3月9日は、みく?さく?
朝8時40分。
1限が始まるまで、まだ20分ある。
教室には人がまばらで、いつもの静かな朝だった。
僕は窓際の席に座って、スマホをいじっている。
「○○くーん♡」
聞き慣れた声が教室に響く。
振り向くと、一ノ瀬美空が笑顔で手を振っていた。
「おはよう、美空」
「おはよ!○○くんは今日も早いね♡」
美空は僕の隣の席に座る。
いつものことだ。
入学してすぐに仲良くなって、気づいたら毎日こうして隣に座っている。
「○○くん、今日何の日か知ってる?♡」
「は……?」
美空が急に嬉しそうに聞いてくる。
「今日は3月9日だけど……何かあったっけ?!」
「そう♡3月9日♡」
美空は指を立てて、
「3と、9で……みくの日♡」
「……ああ、そういうこと」
「だから今日は、○○くんの大好きなみくの日♡」
美空は嬉しそうに笑う。
その時、教室のドアが開いた。
「あ、待って……!」
柔らかい声が響く。
川崎桜が少し息を切らして入ってきた。
「おはよ、桜」
「おはよー……」
「○○くんも、みーきゅんもおはよう!」
桜はにこっと笑って、僕たちのところに歩いてくる。
桜は美空の高校時代の友達で、ある日美空が紹介してくれた。
それから3人でいることが増えて、今ではすっかり仲良しだ。
「あのね……今、みーきゅん、何て言ってた?」
「え?みくの日だって♡」
「やっぱり!」
桜は美空の前に立って、少し頬を膨らませる。
「今日はね、さくの日でもあるんだよ?!」
「……え?!」
「3、9で、「さく」……だから」
桜が優しく笑う。
確かに……「みく」でもあり、「さく」でもあるな。
うん、そう読めなくもない。
美空が机を叩く。
「それはずるい!!今日はみくの日なの!」
「でもぉ……さくの日でもあるよ?」
「いやいや、待って」
僕は2人を見る。
「なんで僕が審判なの?」
「だって○○くんだし♡」
「○○くんだから」
2人が当然のように言う。
その時。
後ろの席から男子の声が飛んできた。
「おーい○○!」
振り向くと、同じ学科の友達がニヤニヤしている。
「結局どっちが彼女なんだよ!」
「違うから!!」
僕が即答すると、
美空が笑いながら言う。
「彼女じゃないよ〜♡」
桜もくすっと笑う。
「ただの親友だよ?」
「いや絶対どっちかだろ!」
教室の男子たちが笑う。
美空は腕を組んで言う。
「ねえ○○くん」
「どっちだと思う?♡」
「いやだからなんで僕に聞くんだよ」
桜がくすっと笑う。
「でもね」
「今日は特別だから」
「○○くんに決めてもらうの」
嫌な予感しかしない。
1限の授業が終わって、休み時間。
美空と桜が僕の席の周りに集まる。
「○○くん、お昼どこ行く〜♡」
美空が聞いてくる。
「いつもの学食でいいよ?」
「じゃあ、一緒に行こ♡」
「さくも……行きたいなぁ」
桜も嬉しそうに言う。
3人で学食に向かう。
廊下を歩きながら、美空が僕の腕に抱きつく。
「○○くん、今日は特別な日だから♡」
「だから、みくの日なんでしょ?」
「そう!♡」
美空は嬉しそうに笑う。
すると、桜が反対側から僕の腕を優しく掴む。
「あのね……こっちは、さくの日だから……!」
「え、桜?!」
「今日は……特別な日なんだもん」
桜は少し照れたように笑う。
僕は両側から挟まれる形になる。
「……2人とも、周りが見てるけど」
「いいのー!♡今日は特別だから♡」
「うん……まあ僕は大丈夫だよ」
2人は全く気にしていない。
周りの学生たちが、また僕たちを見ている。
多分、また噂になるんだろうな……。
学食に着いて、3人で席に座る。
僕を挟んで、両側に美空と桜が座る。
「○○くん、何食べるの〜♡」
「今日のランチセットかな」
「じゃあ、美空も同じにする!♡」
「さくも……同じがいい!」
2人が言う。
そして、お互いを見て、
「「ぐぬぬ……」」
少し火花が散る。
「ねえ、○○くん」
美空が僕の方を向いて、
「今日の授業、どうだった?!♡」
「うーん、まあいつも通りかなぁ?」
「そっかー♡美空はね、ちょっと難しかった♡」
美空は僕に寄りかかってくる。
「後で教えてくれる?♡」
「まあ、いいよ」
「やった♡」
すると、桜が反対側から、
「あのね……私も、分かんないところがあって……」
「桜、別の学科じゃん」
「でも……教養の授業は同じだから……教えてほしいな」
桜は少し恥ずかしそうに言う。
その顔が少し赤くなっている。
「もちろん、いいよ」
「本当?!○○くんありがとう!」
桜が嬉しそうに笑う。
その笑顔を見て、美空が少しむっとする。
「もう、さくたんずるいー!○○くんに教えてもらうの、美空が先って決めてたのに♡」
「え……ごめんね、みーきゅん……」
桜は困ったように笑う。
でも、その目は少しだけ勝ち誇っている。
午後の授業も終わって、帰りの時間。
僕は教室で荷物をまとめている。
「○○くん、一緒に帰ろ!♡」
美空が声をかけてくる。
「うん、いいよ」
「さくも……一緒に帰りたい!」
桜も優しく微笑む。
3人で大学を出る。
夕方の空が少しオレンジ色に染まっている。
「今日はいい天気だったね」
「うん♡みくの日だから♡」
「さくの日だから……!」
また始まった。
僕は苦笑いしながら歩く。
「ねえ、○○くん」
美空が真剣な顔で聞いてくる。
「今日、どっちの日だと思う?!」
「え……」
「ねえ……ちゃんと答えてほしいな……」
桜も真剣な顔だ。
でも、その目は少し潤んでいる。
2人の視線が僕に集中する。
「……どっちもじゃ駄目かな?」
「「だめっ!!」」
2人が同時に言う。
「どっちか選んで!!」
「お願い……選んでほしいな……」
美空は迫ってくる。
桜は優しく、でも真剣に見つめてくる。
僕は少し困って、
「でも、2人とも親友でしょ?」
そう答える。
すると、2人が少し黙る。
「……それ言われたら、ずるいよ」
美空が小さく言う。
「うん……たしかにそうかも……」
桜も小さく言う。
その声は、少し震えている。
2人は少し寂しそうな顔をする。
「ごめん……でも、本当にそう思ってるから」
僕は正直に答える。
桜は少し俯いて、
「……そっか……」
と小さく呟く。
その声が、少し寂しそうで、僕は胸が痛くなる。
少し歩いて、商店街に差し掛かる。
沈黙が続く。
僕は何か言おうとして、
「あのね……○○くん!」
桜が急に明るい声で言う。
「ん?」
「まあ……いいかな」
「え?!」
「今日はね……さくみくの日ってことにしよ!」
桜が優しく笑う。
「さ、さくみく?!」
「そう みーきゅんと桜の日」
美空も少し考えて、
「……それ、いいかも♡」
「でしょー!」
桜が嬉しそうに笑う。
「そっか、それならいいね」
「うん♡美空たち2人の日♡」
「えへへ 嬉しいな」
2人が笑顔になる。
僕もほっとする。
「じゃあね、来年もさくみくの日やろ!♡」
「うん!毎年やりたいな」
「でもね……」
美空が少しいたずらっぽく笑って、
「来年は、ちゃんと選んでね!♡」
「うん……来年は……ちゃんと答えてほしいな」
桜も優しく、でも真剣に言う。
「……やだよ、そんな日」
僕は苦笑いしながら答える。
「「絶対やる!!」」
2人が同時に言う。
そして、お互いを見て笑う。
商店街を抜けて、駅に向かう。
3人で並んで歩く。
「ねえねえ、○○くん」
桜が聞いてくる。
「んー?」
「今日ね……楽しかった」
「そっか、よかった」
「うん すごく楽しかったよ」
桜が嬉しそうに笑う。
その笑顔は、本当に幸せそうだ。
「美空も楽しかった♡」
「そっか、僕も楽しかったよ」
「本当?!」
「うん。笑」
桜が少し照れたように笑う。
「でもね……」
美空が少し真面目な顔で、
「来年は、もっと楽しくしたいな♡」
「ど、どうやって?」
「それは……来年のお楽しみ♡」
美空がウインクする。
「私もね……何か考えるね」
桜も優しく笑う。
「……2人とも、何企んでるの?!」
「「秘密♡」」
2人が同時に言って、笑う。
駅に着いて、改札の前で立ち止まる。
ここで、いつも3人は別れる。
「じゃあ、また明日ね♡」
「うん。また明日」
「また明日!」
3人で手を振る。
美空と桜は一緒の方向に歩いていく。
2人の後ろ姿を見ながら、僕は改札をくぐる。
今日は、変な一日だった。
でも、楽しかった。
2人がいると、毎日が楽しい。
その夜。
スマホを見ると、美空からメッセージが来ていた。
「今日はありがと♡楽しかったよ♡」
すぐに、桜からもメッセージが来る。
「今日はね……すごく楽しかったよ!ありがとう」
僕は両方に返信する。
「こっちこそ、楽しかったよ。また明日」
送信ボタンを押す。
少しして、また美空からメッセージが来る。
「ねえ、○○くん」
「ん?!」
「来年のさくみくの日、楽しみにしててね♡」
そして、桜からも、
「来年はね……もっと楽しくするから!楽しみにしててね」
僕は少し笑って、
「楽しみにしてるよ」
と返す。
でも、正直少し怖い。
来年の3月9日、2人は何を企んでいるんだろう。
次の日。
朝、いつものように教室に入る。
美空と桜が、もう席に座っていた。
「おはよ、○○くん♡」
「おはよぉ!」
「2人ともおはよ。」
僕は2人の間に座る。
「ねえ、○○くん」
桜が優しく聞いてくる。
「ん?!」
「昨日のこと……覚えてる?!」
「もちろん覚えてるよ」
「よかった 嬉しいな」
桜が本当に嬉しそうに笑う。
「美空も覚えてるよ♡」
美空も言う。
「来年もやろうね」
「うん!絶対やる♡」
2人が顔を見合わせて笑う。
僕は少し苦笑いしながら、
「……また来年も、こうなるのかな」
「「当たり前!!」」
2人が同時に言う。
そして、お互いを見て、
「「次は……負けないから」」
また同時に言って、笑う。
僕は、この2人といると、本当に毎日が楽しいと思う。
親友として。
でも、もしかしたら……。
そんなことを考えながら、僕は窓の外を見る。
空は、今日も晴れていた。
そして、時間は流れる。
美空と桜は、今日も変わらず僕の隣にいる。
3人で笑って、3人で過ごす。
でも、2人の中には、少しずつ何かが変わっている。
それは、僕にも分かる。
でも、僕はまだ、答えを出せない。
2人とも、大切な親友だから。
でも、いつか。
いつか、答えを出さなきゃいけない日が来るのかもしれない。
それが、来年の3月9日なのか。
それとも、もっと先なのか。
僕には、まだ分からないけれども。
「○○くん、何ぼーっとしてるの?!」
美空の声で、僕は現実に戻る。
「あ、ごめん」
「もう♡しっかりして♡」
「そうだよ……心配しちゃうよ?!」
桜が優しく微笑む。
美空も笑う。
僕も笑う。
今日も、美空と桜が隣にいる。
3人で笑って、3人で過ごす。
でも——
来年の3月9日。
その日、僕はきっと。
「どっちか」を選ばされる。
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