『国選パーティを抜けた俺はやがて辺境で勇者となる』は本格ファンタジーだったか?
はじめに
今回はなろう作家『右薙光介 @Unagi_Kousuke』先生が自作品を『本格ファンタジーだ!』とあまりに連呼するものですから、『国選パーティを抜けた俺はやがて辺境で勇者となる』が本当に本格ファンタジーなのかどうか精読して感想や書評を残しておくことにしました。この作品は第9回カクヨムWeb小説コンテスト、異世界ファンタジー部門で大賞を受賞しており、一巻の帯には『読み応え抜群の本格ファンタジー!』と銘打たれております。
今回、私はこの作品を紙書籍で二巻まで購入しました。合わせて三千円ほどです。紙の書籍とはいえ、なろう系書籍に出す金額としては安くないなと思いましたが、商業化された作品においては精読・批評は購入してはじめてその権利が生じるものと考えているため、必要な事です。また、彼らの言う本格ファンタジーやら、カクヨムの大賞受賞をする作品の良いベンチマークともなりますし、なにより私はかなりの能動的読者です。きっと無駄にはならないでしょう。という事で丁寧に言及させていただきました。
これら作品を精読していくにあたり、メモは1巻が2601字、2巻が1474字となっております。
1巻、タイトルから冒頭まで
まず、タイトルからしてこてこてのなろう系です。また、冒頭は追放劇から始まりますし、いわゆるなろうテンプレです。しっかりしたファンタジーは読者に対して丁寧な説明をなるべくストレスを与えないように行うわけですが、これは完全にハイコンテクストだよりです。『これ読む奴は分かってるだろう?』というお約束の展開で進みますが、それにしたって説明が少なすぎます。重要人物であるはずの主人公の幼馴染が追放されてしまうのですが、この人の描写が全くないまま話がしばらく進んでいくのです。
で、親友の追放から主人公も脱退、さらに仲間も脱退、という流れがしばらく進んでいきます。ここまでは典型的なカタカナ語のラノベルビで、例えば雰囲気を本格ファンタジー的にしようという語彙やルビの選択はほぼ感じられません。ゲーム的な空気のまま進んでいきますが、それでいて主人公の通称は方天戟にかけているのか崩天撃で、これにルビはないのです。この通称のせいでふんわりとオリエンタルな空気が漂っており、雰囲気の統一感はあまり意識されてないのかな、と感じました。ここから閑話まで、本格ファンタジーと感じられるものは特に見当たらず、ただただなろう系ライトノベルです。
一応、冒険者が有害鳥獣対策委員会みたいな仕事をしているという点についてはある程度説明されていました。
閑話
一人称の視点が別の人物に変更されていますが、それについて冒頭で言及がなく、少し混乱する人もいると思います。しかし、その違和感を別の意味で上書きしてしまう描写が続きます。聖女的なキャラクターのパーティ脱退理由が『活動の方向性の違い』と説明されているのです。国選パーティという政治力が背景に存在しそうなパーティで、脱退理由がバンドみたいなのはちょっと軽すぎやしませんかと感じました。
また、この辺りでこの閑話が無能なパーティリーダーの一人称視点だったことが判明するのですが、いくら何でもあまりに無能です。ご都合展開に過ぎる気がします。
故郷到着から1巻おわりまで
上記のような流れで、本格ファンタジーの要素はないばかりか、時々粗が出てきます。箇条書きします。
主人公の親友についての容姿がやっと説明される。多才で器用な立ち振る舞いに対して、『妙幻自在』というありそうでない造語の二つ名で有名になっているとの話が出るが、これを親友である主人公ばかりか、虚栄心に満ちたパーティリーダーも知らないのはちょっと無理があるのでは。
有害鳥獣対策委員みたいなことをしている主人公ですが、聖女キャラとの再会でオオトカゲと訪れた仲間を野盗かモンスターと誤認しますが、ここは主人公の格が落ちただけの演出になっている気がします。
グレグレってなんだ→あの大蜥蜴ね、となりますが、何か所か説明が前後している場所が目立ち、読者にちょっと不親切だなと思います。これはハイコンテクストだよりの書き方の弊害でしょう。で、ここでこのオオトカゲ『グレグレ』の卵を見つけたのが主人公でよく知っている蜥蜴だと説明されますが、そうなるとやっぱり少し前の仲間と気づかなかったシーンが不自然だなぁと感じます。
トムソンさんは馬番か厩舎係なんでしょうが、説明が無いです。
過疎と高齢化が進んだ結果がこれだ→なぜこの世界でそうなったのかの説明がなく、我々の現実の社会の都合をそのまま持ち込んでいる印象です。つまり社会構造どうなってるのという話になります。
唐突に始まる聖女の『赦し』ですが、何をどう許したのかわかりづらいです。主人公が罪を背負ったシーンはないからですね。
168ページ、神の名前は全く出て来ません。このシーンで『讃美歌』という表現が出てきますが、端折り過ぎだと思います。作中世界の奥行きを感じられる大事なシーンになりえたはずです。本格ファンタジーならとても大事な世界観の分かるシーンのはずですから。
主人公の苗字として唐突に決められた『ドレッドノート』。ドラゴンの名前らしいですね。これはちょっと唐突過ぎますし、世界観がよく分からない感じです。
『シルハスタ』『サプティ』などのパーティ名については説明などがないままでした。
といった感じです。
本格ファンタジー要素はどこに?
少し工夫しているかな? と思ったのは、
要石登場からの『結界が魔術式なのか神式なのかわからねぇ』これはちょっと良いと思います。
猿人(ボルグール)これは良いですね。
死後の『大いなる流れ』ざっくりし過ぎですがないよりましですね。
鉄道が存在し、それが莫大な利益を生むため、誘致の可能性が権力者との対話のカードになる点。
しかし、『本格ファンタジー』とする要素はほぼ見当たりませんでした。典型的ななろうテンプレの物語です。作者さん、編集共に何をもって『本格ファンタジー』としたのか聞いてみたい気分です。
少し粗が目立つような?
2巻はほぼ粗が無いですが、1巻は急いで出したのか、『編集はちゃんとチェックしたのか?』と思う個所が目立ちます。これも列挙しておきます。
郷土料理という言葉の次の行で辺境料理がという表現が出てきます。普通はどちらかに統一すると思います。
『メンテとか』という台詞。
118ページ、唐突に出る『セキュリティ』という言葉。
260ページ、ダイニングに、キッチン、という言葉。
264ページ、『まかりません!』という言葉。これはWeb版もそのままですが、流石に誤用あるいは誤字だと思います。
一巻感想
『こてこてのなろうテンプレだなぁ』としか言いようがありません。ご都合展開も多いですが、それで優先すべきテンポはそこまでではない気がします。主人公は分かりやすいキャラですが、仲間の聖女におそらく腐女子属性を匂わせようとしたのか、親友やこの女性との関係性がやや曖昧なまま進み、どの方向性で読んでいいのかわかりづらくなる部分があります。少し精彩を欠いたまま一巻が終わってしまった印象ですね。本格ファンタジーの要素は全く見いだせず、なろう系を買って読んだだけ、と言ったところです。後書きは興味深かったですが。
2巻に関してのメモ
ここからは私のメモを列挙しておきます。
冒頭からの冬の描写は良いのですが、その後の都市部の人間がこの地域の冬を舐めていて二次災害が、のくだりはちょっと現代感覚に寄せ過ぎだなと思います。こういう世界の市井の人々は多くの場合装備を充実させることは難しく、よほど事情がない限りは冬の移動はしませんし、厳しい冬の情報も早めに共有されるからです。
※これを逆手にとって冬場に困難な旅をしている事で事情を感じさせるのが、RDR2の冒頭だったりしますね。
14頁 ストーブのアーティファクト→もうひとひねりほしいですね。ただの便利アイテムです。
16頁 『監視哨』少し専門的な言葉が文脈や作品の雰囲気から浮いているので、あえて雰囲気を崩した表現にするか、注釈付けた方が良かったかもです。
26頁 『ロケーション』というカタカナ語。なろうならよいのでしょうけどね。
41頁 太った人物の描写に『卵の魔人(ハンプティ・ダンプティ)』は二重にハイコンテクストであまり適切ではないと思う。
42頁 『愚禿』は、ほぼ親鸞聖人に固有の自称として用いられる語なので、ここはもうすこし別の表現が適切だったのではないか?
『規律正しい』にわざわざローフルというルビは必要だったか?
56頁 ここまでのミオペテ枢機卿とのやり取りは陳腐すぎて、『時代劇はなろう』みたいな言説において、『もっと時代劇を勉強しろ』と言いたくなるレベルです。悪役もチープですが主人公もチープですし、勇者の成立条件が聖女からの『寵愛』というのも表現がしっくりきません。信頼や信用に近い概念だと思いますが。例えば枢機卿の『フィミアちゃん』呼び。雑に過ぎます。この流れでも何とかまとまったはいいですが、61頁の主人公のセリフで台無しになります。主人公の魅力をもう少し出せなかったんですかね。
68頁 あっさり制圧されたらしい『聖典騎士団』、そして床に転がる枢機卿。戦闘描写無いのですか。あと、枢機卿馬鹿すぎ。
81頁 『生娘』で(おぼこ)のルビは何というか昔を感じさせますね。
82頁 ここまでの流れですが、ロロとフィミアとの関係において、主人公の立ち位置や考え方がブレブレです。たぶんプロットありきなのでしょうが、良い意味で立ち始めていた主人公の魅力に、プロットが干渉しているようなブレを感じます。主人公の女性に対しての対応がキャラと一致しないのです。
108頁 盗賊ギルドのマスター『塩犬』ここは洒落が効いているだけに、ルビが無いのはもったいないです。ただ、描写を見た限りではこんな秩序だった都市に『盗賊ギルド』が公然として存在できるのはもうすこしすり合わせやひと工夫が欲しいかなと思いました。
117頁 会話文に『フィーリング』
127頁 ボディラインという表現
136頁 盛装の階級や色の意味に言及しているのは良いと思います。
151頁 『パッケージ』中の人が時々現代人なんですよね。一人称の弊害がちょっと多い、あるいは一人称を使いきれていない、そのどちらかですね。
162頁 寄親、つまり寄親・寄子制度のことですが、これは中世日本の制度であって、架空のファンタジー世界でケツ持ちをこれとして持ち出すのはミスマッチ感が強いです。
172頁 ここでそんな下品な質問を出す必要があったかと。ここまでの教皇猊下が良いキャラクターだっただけに、ここはちょっと残念ですが、これはうなぎ先生の作品に以前もあった特徴なんですよね。
177頁 『リソース』はどうなんだと。
178頁 せっかく『本格ファンタジー』うたってるのに、肝心の王についてはほぼ描写無しで流れていくのか。
223頁 聖女が何を『赦す』のかが一巻からずっと不明瞭です。良いシーンなのに。
戦槌の描写がほぼありませんね。
2巻の感想
一巻より粗が少なく、細部の描写に力を入れようとしている工夫が見られますが、中世ファンタジーや中世日本から持ってきた言葉の使い方の非常に難しい部分がそのまま出ているなあと感じます。作中世界の人物に少し説明させれば使えない言葉はほぼ無いので、そういうひと手間を入れてほしかったのと、やはり王の描写を楽しみにしていたのにそれがほぼ無いのはとても残念でした。
一方、敵として外の世界の異形の神格が登場しているのはオリジナリティを感じました。これは悪くないと思います。ただ、敵としてのオリジナリティある神格が登場している事に対して、主人公側の宗教、主人公側の宗教や神格は、ついに出てきません。国名の後に『正教』とついているので、この場合は既存の何らかの宗教があり、主人公勢力の所属する国家ではその国なりの解釈や体系のある宗教が権力構造と結びついている、と読めるのですが、神格も宗教の教義も説明されませんので、異形の神格の規模や強さが今一つ分かりづらい気がします。
感情移入ポイントはないわけではないのですが、前述の通り、主人公の女性に対する対応がちょっと一貫性が無いため、そこで読者として乗っていいのか悪いのかわかりづらい所はありました。
2巻の後半からはスピード感もスムーズな流れもあり、読みやすかったと思います。
ただ、筆者は同じ作者の『追放戦士のバール無双』を読んでおり、話の流れは同じでそちらの方が熱量もあって流れも良く、完成度が高いのでは? と感じました。感想としてはこんなところです。
気になる点
この作品はカクヨムのコンテストの大賞受賞作との事ですが、常日頃から『Web小説はレベルが上がってる!』と界隈のインフルエンサーが言っている割に、それを裏付けるどころかむしろ疑問を抱かざるを得ません。これくらいなら、コンテストを経ずに拾い上げられている、もっとよくできた作品も少なくなかったと思うんですよね。何が言いたいかと言うと、帯の煽りも作者の言もそうですが、本格ファンタジーと言いたかっただけじゃないのか? という印象を受けました。特に一巻の後書きは非常に興味深いです。
本格ファンタジーだったか?
私としては、そうした要素は『ほぼゼロ』です。よって批評対象にはなりません。『面白くて、売れればいい』のがなろう系Web小説であり、そこに批評は必要ないのです。本格ファンタジーとしての構成や要素が見られたらまた違うのですがね。『こうしたらもっとそうなる』みたいな話も無粋かなと感じたので、言及はしません。それにしても、
果たして、彼らの言う本格ファンタジーとは? 謎は深まるばかりです。
以上で、今回の記事を終えたいと思います。


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