家族が死刑囚になったーー「殺人鬼の家族と呼ばれようとも」 残された両親と弟、過酷な現実の中で今も生き続ける
「今日があの子との最後の面会になるかもしれない」。2025年9月、奥本浩幸さん(66)と妻の和代さん(64)は、福岡拘置所で死刑囚として勾留されている長男(37)との面会に訪れた。夫妻は毎日、死刑執行のニュースに怯えながら生きてきた。 【ある日、家族が死刑囚になって】家族の葛藤と覚悟【写真でみる】
「兄が殺人鬼と呼ばれようとも、僕にとってはたった一人の兄なんです」。奥本さん夫妻の次男、隆嗣さんも20歳の時に死刑囚の家族となった。兄が死刑囚であることを理由に2度も結婚が破談になり、恨んだこともあったが「事件から逃げずに向き合うことが僕の償いです」と実名、顔出しでの取材に応じた。 ごく普通の家族が「死刑囚の家族」となる過酷な現実。事件から15年、家族は今、何を思うのか。 (TBSテレビ 西村匡史)
息子の殺人事件 ニュースで知り呆然自失
「テレビのニュースで息子が殺人事件を起こしたことを知りました」。16年前、奥本浩幸さんは福岡県豊前市求菩提(くぼて)地区の自宅で朝のニュース番組を見ていたところ、画面に長男の章寛(当時22)の名前と宮崎市の自宅が出ているのが目に飛び込んできた。最初は人違いだと信じたかったが、その後も同じニュースが流れるにつれて、深刻な状況を理解していった。 介護施設で夜勤明けの仕事をしていた浩幸さんの妻、和代さんは、入所者の女性の着替えを手伝っていた。ニュースを見ていた女性が「宮崎の事件やけど、生後5か月の子どもが殺されたって」と口にすると、和代さんは「うちの孫と同じ年やわ。大変やね」と返している。程なくして夫から電話を受けた瞬間、「あっ、章寛だ」と直感した。
建設会社で土木作業員として働いていた章寛は2010年3月、宮崎市の自宅で生後5か月の長男の首を絞めて殺害。さらに妻と、同居していた妻の母をハンマーで殴って殺害した疑いで逮捕された。 奥本さん夫妻は呆然自失の状態で、事件現場となった宮崎市に車で向かった。5時間以上の道中、交わす言葉はほとんどない。車窓から見えたのは、普段と変わらない穏やかな街並みだった。 「こんな事件を起こしたのだから、もうこの町にはおられんだろう」