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唐代伝奇「人虎伝」~中島敦「山月記」の元ネタを読む🐯

唐代の伝奇小説「人虎伝」を読みます。

自尊心の強い傲慢な男が、ある日突然虎に変身してしまい、その苦悩を旧友に打ち明ける、という物語です。

中島敦の「山月記」の原作としてよく知られている小説で、高校の漢文教材にもしばしば採り上げられています。

少々長くなりますが、書き下しと現代日本語訳で全文を読みます。

隴西ろうせい李徴りちょうは、皇族の子なり。虢略かくりゃくに家す。徴わかくして博学、善く文をしょくす。弱冠にして州府の貢に従う。時に名士と号せらる。天宝十五載の春、尚書しょうしょ右丞ゆうじょう楊元ようげん榜下ぼうかに於て進士の第に登る。後数年、調せられて江南のに補せらる。

隴西(甘粛省)の李徴は、皇族の子孫であった。虢略(河南省)に居を構えていた。若い頃から広く学問を修め、詩文に巧みであった。二十歳の時、地方で行われる科挙の予備試験に通り、中央の本試験の受験資格を得た。世の人々から名士と称された。天宝十五年の春、尚書右丞(尚書省の執行官)の楊元が主管した際の進士科に及第した。その数年後、江南の県尉(治安を司る官)に選任された。

徴性疎逸そいつ、才をたのんで倨傲きょごうなり。跡を卑僚ひりょうに屈する能わず、つねに鬱鬱として楽しまず。同舎の会の毎に、既にたけなわにして、顧みて其の群官に謂いて曰く、「われは乃ち君等と伍を為さんや」と。其の僚友みな之を側目そくもくす。

李徴は気ままで人と親しまない性格で、己の才能を自負して驕り高ぶっていた。低い官職に就いていることが我慢できず、常に鬱々として楽しむことがなかった。役所の同僚との集いがあるたびに、酔いが回ると周囲の役人たちを見やりながら、「俺はなんとお前らごときと仲間になってしまったのか」と言うので、同僚は皆彼を忌み嫌った。

謝秩しゃちつに及び、則ち退き帰りて間適し、人と通ぜざること歳余に近し。後衣食に迫られ、乃ち東のかた呉楚の間に遊び、以て郡国の長吏にもとむ。 呉楚の人其の声を聞くこと固より久し。至るに及び、皆館を開いて以て之をつ。宴遊歓を極めて、まさに去らんとすれば、悉く厚くおくりて以て其の嚢槖のうたくみたす。徴呉楚に在りて、まさに歳余ならんとす。獲る所の饋遺きい甚だ多し。

県尉の任期を満了すると、退官して郷里に帰って閑居し、一年余りもの間、人との交わりを絶っていた。のち、衣食に事欠くようになったため、東へ向かい呉楚の地方を巡り、各地の長官を訪ねて援助を求めた。呉楚の人たちは以前から李徴の名声を聞き及んでいたので、彼が訪れると皆役所内に宿泊の場を用意してもてなした。宴を張り存分に歓待して見送る際には、長官たちは手厚く贈り物をして旅嚢を満たしてやった。呉楚に滞在すること一年余りになる頃には、餞別でもらった金品が山のようになった。

西のかた虢略に帰らんとし、未だ至らず、汝墳じょふんの逆旅の中にやどり、忽ち疾を被りて発狂す。僕者を鞭捶べんすいし、其の苦しみにえず。是に於て旬余にして疾益々甚し。いくばくも無く夜に狂走し、其のくところを知る莫し。家僮其のゆくえたずねて之を伺う。月を尽くして徴ついに回らず。是に於て僕者其の乗馬を駆り、其の 嚢槖のうたくたずさえて遠くのがれ去る。

李徴が西に向かい虢略の家に帰ろうとして、まだ帰り着かない道中、汝墳(河南省)の宿屋に泊まっていたところ、急に病に罹って気が狂った。従者を鞭打ち、その苦痛は耐え難いものだった。このようなことが十日余り続き、病はますます酷くなった。やがて夜中に狂って駆け出し、行方がわからなくなった。下僕がその跡を辿って捜し回ったが見つからず、一ヶ月経っても戻って来なかった。そこで、従者が李徴の馬を駆り、旅嚢を奪って遠くへ逃げ去ってしまった。

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明年に至りて陳郡の袁傪えんさん監察御史かんさつぎょしを以て詔を奉じて嶺南れいなんに使いす。伝に乗りて商於しょうおの界に至る。あしたまさに去らんとするに、其の駅吏もうして曰く、「道に虎有り、暴にして人を食う。故に此にみちする者は、昼に非ざれば敢て進む莫し。今尚お早し。願わくはしばらく車をとどめよ。決してすすむべからず」と。傪怒りて曰く、「我は天子の使いなり。後騎極めて多し。山沢の獣、能く害を為さんや」と。遂にを命じて行く。

翌年、陳郡(河南省)の袁傪が監察御史(官吏の不正を取り締まる官)として、天子の詔勅を受けて嶺南地方への使者となった。宿場ごとに用意されている役人用の馬車に乗って商於(河南省)の境界までやって来た。次の日、早朝に出発しようとすると、宿場の役人が言上した、「道中に凶暴な人食い虎がおります。ですから、ここを通る者は昼間でなければ、あえて先へ進もうとはしません。今はまだ早いので、どうか暫く車を止めてお待ちください。今行ってはいけません」袁傪は憤慨して、「わしは天子の使者だ。護衛の騎馬が大勢いる。山沢の野獣ごときがわしを襲えるものか」と言い、馬車の用意を命じて出発した。

去りて未だ一里を尽くさざるに、果たして虎有り、草中よりおどりて出づ。傪驚くこと甚し。にわかに虎身を草中に匿し、人声にて言いて曰く、「異なるかな、ほとんど我が故人を傷つけんとす 」と。傪其の音をくに李徴なる者に似たり。傪は昔徴と同じく進士の第に登り、分極めて深く、別れて年有り。忽ち其の語を聞き、既に驚き且つあやしみて測る莫し。遂に問いて曰く、「子は誰と為す。あに故人の隴西子に非ずや」と。虎呼吟すること数声、嗟泣さきゅうする状のごとし。已にして傪に謂いて曰く、「我は李徴なり」と。

出発してまだ一里も進まないうちに、果たして一頭の虎が草むらから躍り出て来た。袁傪はびっくり仰天した。虎はサッと草むらに身を隠し、人の言葉で言った、「なんということだ。あやうく我が旧友を傷つけるところだった」袁傪がその声に耳を傾けると、李徴の声によく似ていた。昔、袁傪は李徴と同じ年に進士に及第し、とても深い付き合いがあったが、もう何年も会っていなかった。突然その言葉を聞いて、驚いた上になんとも不思議でわけがわからなかった。袁傪は尋ねた、「貴殿はどなたであられるか。わが旧友、隴西の李君ではないだろうか」虎は何度か唸り声を上げ、すすり泣くかのようだった。やがて袁傪に向かって言った、「いかにもわたしは李徴だ」

傪乃ち馬より下りて曰く、「君何に由りて此に至れる。且つ傪始めて君と場屋を同じくして十余年、情好歓すること甚だしく、他友にまされり。おもわざりき、吾先ず仕路に登らんとは。君も亦継いで科選につ。言笑を睽間けいかんし、時をること頗る久し。傾風結想し、渇して飲を待つが如し。幸いに出でて使いするに因り、此に君に遇うを得たり。而るに乃ち自ら草中に匿る。豈故人疇昔ちゅうせきの意ならんや」と。

そこで袁傪は馬から下りて言った、「君はどういうわけでこんな有様になったのだ。思えば初め君と同じ科挙の試験を受けて以来十年余りの間、君とは他の誰とよりも意気投合して交わっていた。意外なことに、わたしの方が先に仕官することになったが、君もその後まもなく選抜されて官途に就いた。それからは離れ離れになって談笑する機会もないまま随分と久しい時が経ってしまった。遠く隔たってもいつも君のことを思い慕い、渇きを癒やす水を欲するがごとくすぐにでも会いたいと思っていた。いま幸い使いに出たことで君に会うことができた。それなのに君は草むらに隠れるとは、昔からの親友らしくないではないか」

虎曰く、「吾已に異類と為る。使君吾が形を見れば、則ちまさに畏怖して之をにくまんとす。何ぞ疇昔ちゅうせきを之れ念うにいとまあらんや。然りと雖も君にわかに去ること無く、少しく款曲かんきょくを尽くすを得なば、乃ち我の幸いなり 」と。傪曰く、「我もとより兄を以て故人につかえたり。願わくは拝礼をべん」と。乃ち再拝す。

虎は言った、「わたしはもう獣になってしまったのだ。君がわたしの姿を見たら、怖がって嫌うだろう。昔のことを懐かしんでいる暇などあろうか。そうは言え、君がすぐには立ち去らずに、しばらくわたしの話に付き合ってくれたら有り難く思う」袁傪は、「わたしはもとより君を兄として敬っていた。まずは君に挨拶をさせていただきたい」と言うと、李徴に向かって恭しくお辞儀をした。

虎曰く、「我足下と別れてより音容曠阻おんようこうそし、且つ久し。幸喜さいわいつつが無きを得たるか。官途淹留えんりゅうを致さざるか。今又いずくにかく。向者さきに君を見るに二吏有りて駆りて前み、駅隷印嚢をたずさえて以て導く。なんぞ御史と為りて出でて使いするに非ざらんや」と。傪曰く、「近者ちかごろ幸いに御史の列に備えらるるを得たり。今使いを嶺南に奉ず」と。

虎は言った、「貴君と別れてから、遠く離れて会えないまま久しい歳月が過ぎた。君は無事に暮らしていたのだろうな。官途は順調だったのだろうな。今これからどこへ向かっているのだ?さきほど君の行列の前に二人の役人が馬を駆って行き、宿場の小役人が官印の嚢を携えて先導するのを見かけた。君は御史となって使いの旅に出ているのではあるまいか?」袁傪が答えた、「近頃幸いにも御史の仲間入りができた。今は天子の命を受けて嶺南へ使いするところだ」

虎曰く、「吾子ごし文学を以て身を立て、位朝序に登る。盛んなりと謂うべし。況んや憲台は清峻にして百揆ひゃっき分糾ぶんきゅうす。聖明慎み択びて、もっとも人に異なれり。心に故人の此の地に居るを喜ぶ。甚だ賀すべし」と。傪曰く、「往昔、吾執事と年を同じくして名を成す。交契の深密なること常友に異なれり。声容間阻かんそしてより、去日流るるが如し。風儀を想望して、心目倶に断ゆ。おもわざりき、今日君が旧を念うの言を獲んとは。然りと雖も執事何為なんすれぞ我を見ずして、自ら草木の中に匿るる。 故人の分、豈当に是くの如くなるべけんや」と。虎曰く、「我れ今人らず、いずくんぞ君を見るを得んや」と。傪曰く、「願わくは其の事をつまびらかにせん」と。


虎は言った、「貴君は学問で身を立て、中央の朝廷で官に就いている。なんとも立派なことだ。ましてや御史台は公正厳格に百官を取り締まる役所だ。天子も慎重な人選をされる所であって、他とはまったく異なる。旧友がこの地位にいることは心から喜ばしい。大いにめでたいことだ」袁傪は言った、「その昔、わたしは貴君と同じ年に進士の榜(合格掲示)に名を列ねた。我々の交際の親密さは、並みの友人とは違っていた。遠く離れ離れになってから、時間は流れるように過ぎ去った。わたしは貴君の立派な姿を思慕し、心の底から再会を待ち望んでいた。図らずも、今日こうして君の昔を懐かしむ言葉を聞けるとは。それなのに、貴君はどうしてわたしに姿を見せようせず、草むらに隠れているのだ。昔馴染みの仲なのに、そんなふうでよいはずがあるまい」虎が、「わたしは今や人間ではないのだ。どうして君と顔を合わせることができようか」と言うと、袁傪は言った、「どうか詳しい事情を聞かせてほしい」

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虎曰く、「我が前身呉楚に客たり。去歳まさに還らんとし、道に汝墳じょふんやどり、忽ち疾にかかりて発狂す。夜、戸外に吾が名を呼ぶ者有るを聞き、遂に声に応じて出で、山谷の間を走り、覚えず左右の手を以て地をつかみて歩む。是れより心愈々いよいよこん、力愈々倍せるを覚ゆ。其の肱髀こうひを視るに及べば、則ち毛の生ぜる有り。心に甚だ之をあやしむ。已にして渓に臨みて影を照らせば、已に虎と成れり。悲慟することやや久し。然れども尚お生物をつかみて食らうに忍びず。既に久しく飢えて忍ぶべからず。遂に山中の鹿豕獐兎ろくししょうとを取りて食に充つ。又久しくして諸獣皆遠く避けて、得る所無く、飢え益々甚だし。

虎が言った、「以前、まだ人間だった頃、呉楚に旅をしていた。去年、郷里に帰る道中で、汝墳に宿を取った時、急に病気に罹って発狂してしまった。夜になると戸外からわたしの名前を呼ぶ声が聞こえたので、その声につられて外に出て、山谷の間を走っていると、知らず知らずのうちに、左右の手で地面を掴んで歩くようになっていた。それからというもの心はますます残忍になり、力はますます強くなっていくのを感じた。肘や腿を見てみると、毛が生えていた。なんとも不可思議だった。やがて川に自分の姿を映してみると、すでに虎になっていた。わたしはしばらくの間ずっと悲しみの声を上げて泣いていた。それでもまだ生き物を捕まえて食べるようなことはしなかった。しかし、時が経つと、飢えて我慢することができなくなり、とうとう山中の鹿、猪、のろ、兎を捕らえて喰うようになった。またしばらくすると、獣がみなわたしを避けるようになったので、獲物を得ることができず、餓えがいっそうひどくなったのだ。

一日、婦人有りて山下より過ぐ。時に正にえ迫り、徘徊すること数四さくし、自ら禁ずる能わずして、遂に取りて食らう。殊に甘美なるを覚ゆ。今其の首飾、猶お巌石の下に在り。是れよりべんして乗る者、徒して行く者、負いてはしる者、翼ありてける者、ありてする者を見れば、力の及ぶ所悉くりて之をし、立ちどころに尽くすをおおむね以て常と為す。妻孥さいどを念い朋友を思わざるに非ず、だ行いの神祇しんぎそむけるを以て、一旦化して異獣と為り、人にずる有り。故に分としてまみえず。嗟乎ああ、我と君とは年を同じくして第に登り、交契素より厚し。君は今日天憲を執り、親友に耀かす。而るに我は身を林藪りんそうに匿し、永く人寰じんかんる。躍りて天に呼び、して地に泣き、身やぶれて用いられず。是れ果たして命なるかな」と。因りて呼吟こぎん咨嗟しさし殆ど自らえずして、遂に泣く。


ある日、女が山を下りてわたしの前を通り過ぎた。その時、ちょうど飢えに迫られ、何度も辺りを徘徊した末、もうどうにも自分を抑えることができず、とうとう女を捕まえて喰ってしまった。格別に旨いと感じた。今でもその女が付けていた首飾りが岩の下にある。それからというもの、冠を被って車に乗る者、徒歩で行く者、荷物を背負って走る者、翼を広げて空を飛ぶ者、毛皮で覆われて地を駆ける者を見れば、力の及ぶ限りすべて捕まえて喰らい付き、立ち所に平らげてしまうというのが概ね日常となっている。妻子や友人のことを思わないわけではないが、ただわたしの行いが天地の神に背き、突如獣となってしまったからには、恥ずかしくて合わせる顔がない。だから獣の分際として、もう人には誰にも会えないのだ。ああ、わたしは君と同じ年に進士に及第し、もともと親しい交わりをしていた。今や君は朝廷の法令を執り行う官にまで昇り、親戚友人の前で光り輝いている。なのにわたしはと言えば、草木の茂みに身を隠し、長く人の世から離れてしまっている。躍り上がって天に叫び、這いつくばって地に涙し、身体を損なって無用の輩となってしまった。これが果たして運命なのだろうか」そこで、うめき声を上げて溜息をつき、もはや我慢しきれずに泣き出した。

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傪且つ問いて曰く、「君今既に異類と為るに、何ぞ尚お人言を能くするか」と。虎曰く、「我今形変じて心むるのみ。此の地に居りてより歳月の多少を知らず。但だ草木の栄枯するを見るのみ。近日絶えて過客無く、久しく飢えて堪え難し。不幸にして故人に唐突す。慙惶ざんこう殊に甚だし」と。傪曰く、「君久しく飢う。われに余馬一疋いっぴき有り、留めて以て贈ることを為すは如何」と。虎曰く、「吾が故人の俊乗しゅんじょうを食らうは、何ぞ吾が故人を傷つくるに異ならんや。願わくは将に此をかえさんとす」と。 傪曰く、「食籃の中に羊肉数斤有り、留めて以て贈ることを為すは可ならんか」と。曰く、「吾方に故人と旧をう。未だ食らうにいとまあらず。君去るとき則ち之を留めよ」と。

袁傪はさらに尋ねて言った、「君は今すでに獣となっているのに、どうしてまだ人間の言葉を話せるのか?」虎が答えた、「わたしは今姿は変わっているが、頭ははっきりしている。ここに棲みついてからどれくらいの歳月が過ぎたのか分からない。ただ草木が生い茂っては枯れるのを目にするばかりだった。近頃は旅人がまったく通らなくなり、長い間飢えて耐え難かった。それで、不幸にも旧友の君に粗暴な真似をしてしまった。誠に恥じて恐れ入るばかりだ」袁傪は言った、「君が久しく飢えているのなら、わたしには余った馬が一頭あるから、ここに残して君に差し上げたいと思うが、如何だろうか」虎は言った、「わが旧友の君が乗る駿馬を喰ってしまうのは、君を傷つけるのと同じことだ。それは遠慮させて頂きたい」袁傪は言った、「では、食物を入れる竹籠の中に羊の肉が数斤ある。ここに残して君に差し上げたいと思うが、よいだろうか」虎は言った、「わたしは今旧友の君と昔のことを話をしているところだ。食べている暇などない。君がここを去る時に置いていってくれ」

又曰く、「我と君とは真に忘形ぼうけいの友なり。而して我将に託する所有らんとす、可ならんか」と。傪曰く、「平昔へいせきの故人なり、安くんぞ可ならざること有らんや。恨むらくは未だ何如の事なるかを知らず。願わくは尽く之を教えよ」と。虎曰く、「君我に許さずんば、我何ぞ敢えて言わん。君既に我に許さば、豈隠すこと有らんや。初め、我逆旅の中に於て疾の為に発狂し、既にして荒山に入る。而して僕者我が乗馬を駆り衣嚢もて悉く逃げ去る。吾が妻孥尚お虢略に在らん。豈我化して異類と為るを知らんや。君南より回らば為に書をもたらして吾が妻子を訪え。但だ我已に死せりと云え。今日の事を言う無かれ。之をしるせ」と。

虎はさらに言った、「わたしと君とは心で結ばれた真の友だ。そこで、君に頼みたい事があるのだが、よいだろうか」袁傪は言った、「昔からの親友ではないか、どうして断ることがあろうか。いったい何の事なのか、話してくれなければわからない。どうか何でも話してくれ」虎が言った、「君がそう言ってくれなければ、とても話せるようなことではない。君がそう言ってくれたからには、包み隠さず話そう。最初、わたしは旅の宿で病に罹って発狂し、やがて人気のない山奥に入った。すると、従者がわたしの馬や荷物を残らず盗んで逃げてしまった。わたしの妻子はまだ虢略にいるはずだ。わたしが獣になってしまったなどとは思いも寄るまい。そこで、君が南方から帰ったならば、どうか手紙を持ってわたしの妻子を訪ねてくれまいか。わたしはもう死んだとだけ伝えて、今日のことは言わないでくれ。どうか決して忘れてくれるな」

乃ち曰く、「吾は人世に於て且つ資業無し。子有るも尚おおさなく、固より自ら謀り難し。君は位周行に列し、素より風義をる。昔日の分、豈他人能くまさらんや。必ず其の孤弱を念うを望む。時に之を賑䘏しんじゅつし、道途に殍死ふしせしむること無くんば、亦恩の大なる者なり」と。言いわりて又悲泣す。傪も亦泣いて曰く、「傪と足下とは休戚きゅうせき同じ。然らば則ち足下の子は亦傪の子なり。当につとめて厚命にうべし。又何ぞ其の至らざるをおそれんや」と。


虎はさらに言った、「わたしは人間の世界にいた時、何の財産も残さなかった。子供がいるけれどもまだ幼く、むろん自分の力で生計を立てるのは難しい。君は朝廷の高官の地位に在り、平素から世の正しい模範となってきた。昔からの情誼が君の右に出る人間はいない。どうか是非とも父親のいない幼子のことを心に掛けてやって欲しい。時には哀れんで救いの手を差し伸べ、道端に飢え死にすることがないようにしてくれたならば、これまた大きな恩義というものだ」そう言い終わると、虎はまた悲しげに泣いた。傪もまた泣きながら言った、「わたしと君とは喜びも悲しみも共にする仲だ。だから、君の子はわたしの子でもある。きっと君の依頼に添うよう精一杯努めるから、わたしが約束を果たさないのではなどと心配する必要はない」

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虎曰く、「我に旧文数十篇有り。未だ代に行われず。遺藁いこう有りと雖も、当に尽く散落すべし。君我が為に伝録せよ。誠に文人のいきに列する能わざるも、然れども亦子孫に伝うるを貴ぶなり」と。傪即ち僕を呼び筆を命じ、其の口に随いて書せしむ。二十章に近し。文甚だ高く、理甚だ遠し。けみして歎ずること再三に至る。虎曰く、「此れ吾が平生の業なり。又安くんぞめて伝えざるを得んや」と。

虎が言った、「わたしには以前作った詩文が数十編あるが、まだ世間では知られていない。しまっておいた草稿もあったが、きっともうすべて散逸してしまったに違いない。どうがわたしのために書き留め、世に伝え残してほしい。まったく文人の作ったものと言えるような代物ではないが、せめて子孫に伝わればそれでよいのだ」袁傪はすぐに従者を呼び寄せて筆記を命じ、李徴が吟ずるまま書き取らせた。二十篇近くあり、表現は大変格調高く、内容は大変深遠なものだった。袁傪はそれを読んで、あまりの素晴らしさに何度も溜息を漏らした。虎が言った、「これがわたしの生涯の仕事なのだ。どうして世に伝えずにしておくことができようか」

既にして又曰く、「吾詩一篇をつくらんと欲す。蓋し吾が外は異なると雖も、中は異なる所無きを表さんと欲す。亦以て吾が懐いをいて吾が憤りをべんと欲するなり」と。傪復た吏に命じ、筆を以て之に授く。詩に曰く、

  偶因狂疾成殊類
  たまたま狂疾に因りて殊類と成り
  災患相仍不可逃  災患 相りて逃るべからず
  今日爪牙誰敢敵  今日 爪牙そうが 誰か敢えて敵せん
  當時聲跡共相高  当時 声跡 共に相高し
  我為異物蓬茅下  我は異物と為る 蓬茅ほうぼうの下
  君已乘軺氣勢豪  君は已にように乗りて 気勢豪なり
  此夕溪山對明月  此の夕べ 溪山 明月にむか
  不成長嘯但成噑  長嘯ちょうしょうを成さずして 但だゆるを成すのみ

やがて虎は続けて言った、「いま詩を一篇作ろうと思う。外見は人と異なっていても、心は人と異ならないことを示したいのだ。併せて、わたしの胸の内を語って、悲憤の情を述べたいのだ」袁傪はまた部下の役人に命じて筆で書き留めさせた。詩は次のように歌っている。

  ふと心を病み、人と異なる生き物になってしまい
  災難が重なり、逃れることができまなかった
  今やこの爪や牙に立ち向かおうとする者はいない
  その昔、君もわたしも俊才として評判が高かった
  今、わたしは獣となって草むらの中に身を隠し
  君は馬車に乗る身分に出世して威風堂々としている
  今宵、この山あいの谷で、折から昇る明月に向かい
  声を引いて吟ずることもできず、ただ吠え叫ぶばかりだ

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傪之をて驚きて曰く、「君の才行、我之を知れり。而も君の此に至れるは、君平生自ら恨むころ有る無きを得んや」と。虎曰く、「二儀にぎの物を造るや、固より親疎厚薄のへだて無し。其の遇う所の時、遭う所の数の若きは、吾又知らざるなり。ああ、顔子の不幸、冉有ぜんゆうの疾、尼父じほかつて 深く之を歎ぜり。若し其の自ら恨む所を反求せば、即ち吾亦之れ有り。定めて此に因るを知らざらんや。吾故人に遇えば、則ち自ら匿す所無し。吾常に之を記す。南陽の郊外に於て、かつて一孀婦そうふに私す。其の家ひそかに之を知り、常に我を害する心有り。孀婦は是に由りて再び合うを得ず。吾因りて風に乗じて火をはなち、一家数人尽く之をき殺して去る。此を恨みと為すのみ」と。

袁傪は詩を見て驚いて言った、「貴君の才能や功績については、わたしはよく知っている。しかし、それにしてもこのような状況に至ったのは、君が日頃から何か無念に思っていることがあるからではないのか」虎は答えて言った、「陰陽二気により万物が創り出された時、もとより造物主に万物の間に分け隔てはなかった。その後、それぞれがどのような時機に出会い、どのような運命に出会うかは、わたしの知るところではない。嗚呼、顔回がんかいが短命で亡くなったこと、冉有ぜんゆうが悪い病に罹ったことをかつて孔子は深く嘆いた。もしわたし自身無念に思うことがないか振り返って考えてみると、やはり思い当たる節がある。きっとこれが原因であるに違いない。いま昔からの親友に会ったのだから、隠し立てはすまい。わたしはいつもこのことを気に掛けているのだ。わたしはかつて南陽の郊外で一人の未亡人と私通していた。その家の者がこのことをこっそりと嗅ぎつけ、いつもわたしに危害を加えようとしていた。そのため、未亡人とは再び会うことができなくなった。それでわたしは風の強い日にその家に火を放ち、一家数人を残らず焼き殺して逃げたのだ。今もこのことが悔やまれてならない」

虎又曰く、「使いしてかえる日、幸いに道を他郡に取れ。再び此の途に遊ぶこと無かれ。吾今日尚おむるも、一日すべて酔わば、則ち君此を過ぐるとき、吾已に省せず、将に足下を歯牙の間に砕かんとす。ついに士林の笑いと成らん。此れ吾が切祝せつしゅくなり。 君前み去ること百余歩にして、小山に上らん。下視すれば尽く見えん。此に将に君をして我を見しめんとす。勇をほこらんと欲するに非ず。君をして見て復た再び此を過ぎざらしめんとすればなり。則ち吾故人を待するの薄からざるを知らん」と。

虎はまた言った、「君が使者としての務めを終えて都へ帰る日には、他の郡の道を通ってくれ。二度とこの道を通ってはならない。わたしは今日はまだ心がはっきりしているが、いつかすっかり気がおかしくなってしまえば、君がここを過ぎた時、わたしはもう人事不省であるから、君を牙で噛み砕いてしまうかもしれない。そしてついには世の儒者仲間で笑い者にされてしまうだろう。これはわたしの切実な願いだ。君が百歩余り先に進み、小山に登って、そこで山下を見れば、周囲をすべて見渡すことができるだろう。君がそこまで行った時、君にわたしの姿を見せようと思う。勇姿を誇りたいのではなく、君にわたしの姿を見せて、二度とここを通らないようにさせたいのだ。そうすれば、わたしの旧友に対する思いが厚いことをわかってもらえるだろう」

復た曰く、「君都に還り吾が友人妻子を見るも、慎みて今日の事を言うこと無かれ。吾久しく使旆しはいを留め、王程を稽滞けいたいするを恐る。願わくは子とわかれん」と。別れを叙すること甚だ久し。傪乃ち再拝して馬に上り、草茅そうぼうの中を回視す。悲泣聞くに忍びざる所なり。傪も亦大いになげく。行くこと数里、嶺に登りて之を看れば、則ち虎林中より躍り出で咆哮ほうこうす。巌谷皆震う。

虎はまた言った、「君が都に戻ってわたしの友人や妻子に会っても、くれぐれも今日のことは言わないでくれ。使者の旗を立てた君の一行を引き留め、天子の命を受けた君の旅程を滞らせてしまっては恐れ多い。これでもう君とお別れしよう」こうして、長い間互いに別れの言葉を述べ合った。やがて傪は丁寧にお辞儀をして馬に乗り、草むらの中を見回した。すると、聞くに堪えない悲しげな泣き声が漏れ聞こえてきた。傪もまた大いに悲しみ、声を上げて泣いた。数里ほど進み、峰に登って見渡すと、虎が林の中から躍り出て来て、大きな声で咆哮した。その声は、辺りの山や谷を揺れ動かさんばかりだった。

後、南中より回るに、乃ち他道を取りて、復た此に由らず。使いを遣わし書及び賻贈ふぞうの礼を持ち、徴が子に訃せしむ。月余にして徴が子虢略より京に入り、傪にいたりて先人の柩を求む。傪已むを得ずして、つぶさに其の伝をす。遂に己が俸を以て均しく徴が妻子に給し、飢凍を免れしむ。傪は後に官は兵部侍郎へいぶじろうに至る。

その後、南方から帰る際、袁傪は他の道を通り、再びこの場所は通らなかった。袁傪は使いの者に手紙と香典を持って李徴の家に行かせ、李徴の子に父親の訃報を伝えさせた。一ヶ月余り後、李徴の子が虢略から上京し、袁傪を訪ねて亡父の棺を引き取りたいと願い出た。そこで袁傪はやむなく事の一部始終を説明した。そして自分の俸給の半分を李徴の妻子に分け与え、餓えたり凍えたりすることのないように世話をしてやった。袁傪は後に兵部侍郎の官位にまで昇った。

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渓斎英泉「月に虎」


🐯「人虎伝」の版本

唐代伝奇「人虎伝」の版本は、2系統あります。

一つは、北宋『太平広記』の巻427に収めるもので、『宣室志』を出典とし、作者は張読、タイトルは「李徴」となっています。

もう一つは、明『古今説海』、清『唐人説薈せつわい』などに収めるもので、作者は李景亮、タイトルは「人虎伝」となっています。

前者の方が、原作に近く、また『太平広記』は勅撰ですので、版本としての信頼性は高いとされています。

後者は、俗本の類であり、後人が加筆している部分も多々ありますが、一般に広く読まれてきたのはこちらの方で、中島敦もこちらの系統の版本に依拠して「山月記」を書いています。

そこで、本記事では、後者を採録している『国譯漢文大成』(文学部第12巻晋唐小説)の原文に沿って、適宜修正を加えながら訳しました。

🐯虎憑きの民間信仰

「人虎伝」を文学として扱う際には、虎になった李徴の苦悩や、李徴と袁傪の友情にスポットが当てられることが多いでしょう。

しかし、民間伝承を母胎とする志怪が発展して成立した伝奇小説として捉えると、この物語は、主人公の苦悩や友情云々は二次的なものであって、主な枠組みは、「憑依ひょうい」の民間信仰です。

憑依、すなわち異類の精霊が人に乗り移るという「憑き物」の信仰は、世界中の文化圏に遍く存在します。日本では「狐憑き」「犬神」「トウビョウ」などがその類ですが、中国や東南アジアでも、さまざまな動物について広く見られます。

動物の精霊に憑かれると、虎であれば虎の如く暴れ出し、ワニであればワニの如く這い回るというように、一種の精神異常の状態に陥り、その動物と同じような行動を起こすとされます。

「人虎伝」では、李徴は虎の精霊に憑かれた「虎憑き」の人間という設定になっていますが、この物語では、さらに李徴の身体が虎そのものに変わってしまいます。

変身の話は、「狼男」「カエルの王子様」「美女と野獣」など、やはり世界中の文化圏に見られますが、中国の民間信仰では、人間が動物の姿に変身する超常現象のことを「転病」という呼び方をします。

「人虎伝」でも、「忽ちやまいを被りて発狂す」とあって、その後に虎に変身しています。

つまり、古代中国人の発想では、変身は一種の「病」であると捉えられているのです。

六朝の志怪小説の中には、人間が虎に変身するという怪異の話が数多くあります。例えば、南朝宋の『斉諧記』に、次のような話があります。

薛道詢は、病気で発狂し、失踪して虎になり、たくさんの人を喰った。のちまた人間に戻って役人になった。ある夜、仲間と怪談を語り合い、「わしは昔狂って虎になって人を喰った」と語った。その時、喰った人々の姓名まで話してしまった。同席した者の中に、親類が喰われた者がいて、薛道詢は捕らえられ、獄死した。 

また、同じく南朝宋の『異苑』には、

ある男が発狂して行方不明になった。男は、実は、土地神に虎の皮を被せられ、虎にされていた。

というような話があります。

「人虎伝」は虎になったままで終わっていますが、六朝志怪では、再び人間に戻るというプロットが多く見られます。

なお、志怪・伝奇には、異類通婚譚の系譜があり、「人虎伝」とは逆に、異類が人間の姿(多くは美女の姿)で人間の男の前に現れ、浪漫を展開するという話が数多くあります。

六朝の『捜神記』では、動物から人間、人間から動物の変身譚がいくつもあります。唐代伝奇では、狐女の「任氏伝じんしでん」、清代の『聊斎志異』では、数々の狐妖譚、花妖譚、蜂妖譚などが同じ類のものです。

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🐯「人虎伝」と「山月記」

前述のように、中島敦の「山月記」は、『唐人説薈』系の版本に拠って書かれています。

「山月記」には、『唐人説薈』版に見える李徴の七言律詩がそのまま載っていますが、この詩はもともと『太平広記』版にはなく、後人が創作して加えたものです。

「山月記」という題名は、この詩の最後の2句で、

此夕溪山對明月  此の夕べ 溪山 明月にむかい  
不成長嘯但成噑  長嘯ちょうしょうを成さずして 但だゆるを成すのみ

と歌っている中の「溪山」「明月」から取ったものです。

「山月記」は「人虎伝」の翻案ですが、主に以下の点に大きな違いが見られます。

一、李徴の人物像
両作品とも李徴がもともと自尊心の強い傲慢な性分であったとしています。
「人虎伝」では、李徴の願望はあくまで官僚としての出世であって、高官となった旧友とわが身を比べて強い自卑の念を抱いています。詩文を世に残すことは、それに付随したものでした。
一方、「山月記」では、李徴は「詩人に成りそこなって虎になった哀れな男」であり、詩家として名を残そうとし、己の詩文に対して異常なまでの執着を見せるという一面がとりわけ強調されています。

一、虎になった理由
「人虎伝」では、李徴が自ら思い当たる節として、「未亡人と私通した上にその家に火を放つという極悪非道の行いがあった」と回顧し、その報いで獣に身を落としたとしています。
一方、「山月記」では、自分が獣になったのは、「臆病な自尊心」と「尊大な羞恥心」のせいだとし、さらに、「飢え凍える妻子のことよりも己の詩業を気にかけるような男だから」と自嘲的に語っています。

一、虎の心理描写
「人虎伝」は、李徴と袁傪の対話という形で物語が進んでいきますが、「山月記」は、ほとんどが李徴一人の独白で占められています。虎になった李徴の胸中にある悲哀、苦悩、憤懣、焦燥、悔恨の思いが縷々述べられ、人間存在に対する深い思索もあり、哲学的な色彩を帯びています。
「人虎伝」が、基本的には憑依の信仰に基づいた怪異譚であるのに対して、「山月記」は、そうした怪異譚の枠組みを借りながら、主眼はあくまで主人公李徴の心理描写にあります。そうした意味では、近代的な小説として完成した文学作品と言ってよいのかもしれません。

↓↓↓ 下は、青空文庫からの「山月記」全文です。

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中島敦『李陵・山月記』(新潮文庫)



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同じく唐代伝奇から翻案した日本の小説では、芥川龍之介「杜子春」がよく知られています。


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コメント

4
おうみのひと
おうみのひと

こんばんは

丁寧な解説をありがとうございます
山月記は初めて読んだ時は涙💧がとまりませんでした

泉聲悠韻
泉聲悠韻

おうみのひとさま

わたしは人間が冷たいのか、鈍感なのか、
小説で涙が出た記憶はないですねえ。

夜中に中島みゆきを聴くとホロッとなることあります😢

堀間善憲
堀間善憲

おかげさまで「人虎伝」に初めて接することができました。
やはり「山月記」よりひと回りもふた回りも大きな世界のような気がします。

泉聲悠韻
泉聲悠韻

わたし日本文学には疎いのでよくわからないのですが、
翻案は双方の発想の違いが出るようで興味深いです。
文化的土壌によるものなのか、作家の資質によるものなのか、
プロットは大体同じでも読んだ時に受ける印象が違いますね。

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唐代伝奇「人虎伝」~中島敦「山月記」の元ネタを読む🐯|泉聲悠韻
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