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好きな人が夢に出てくるのは……

 上代……奈良時代あたりの日本でよく考えられていた迷信に、「恋しい人が夢に出てくるのは、相手が自分のことを思っていたから」というものがあった。
 
 たとえば万葉集に、

我妹子(わぎもこ)に恋ひてすべなみ白袴(しろたへ)の袖返ししは夢に見えきや(万葉集 巻11 2812 作者未詳)
(皐月訳:愛しいあなたに恋い焦がれてどうしようもなく、白袴の袖を折り返したのですが、こんな私をあなたは夢に見ましたか)
※すべなみ=すべ+無み(無し+語尾のみ)=すべなし=方法がない・つらい

 という和歌がある。
 これは、「自分のことを思っている人が夢に出てくる」という前提で、「私はあなたのことを思って寝ました。あなたの夢の中での逢瀬は叶いましたか」と問うている和歌だ。
 「袖を折り返す」って何? と思った方もいるだろうか。
 「袖を折り返す」というのは、当時のおまじないの一つで、「好きな人の夢を見る」ためにするもの。おまじないというと女子のイメージが強いかもしれないが、当時は男も女もおまじない大好き。この和歌の作者も男性だけれども、積極的におまじないをしたらしい。
 この歌の作者は、「彼女と夢で会いたい!」と思っておまじないをして寝た。これは彼女に恋している気持ちからの行動なので、思いは強い。だから「少なくとも彼女は夢で私のことを見るだろう」と思ったわけだ。
 それに対して、彼女からの返歌も残っている。

我が背子が袖返す夜の夢ならしまことも君に逢ひたるごとし(万葉集 巻11 2813 作者未詳)
(皐月訳:私の愛しいあなたが袖を返した夜の夢だったので、現実にあなたに会ったような夢だったのですね)

 彼が夢に彼女を見られたかは分かりませんが、実際に彼女の夢に出演できたようである。やったね!
 彼女がこう返してくれるなら、彼女も彼のことを思っているということでしょう。もし気がなかったら、「あなたは夢に出ませんでしたよ。そんなこと言って、あなたの思いは本物ではないのでしょう」くらいの返歌が返ってきそうなものです。想像ですが。
 愛しい人が夢に出てきて喜ぶのも可愛いけど、「あなたの夢に私はいましたか?」と確認するのもロマンチックだなと思う。

 それにしても、初めて聞いたときは不思議だった。普通逆じゃない? と。

 実際、この価値観もまた古く根強いもので、万葉当時からそっちの考えもあったようだし、平安時代には「相手が自分のことを思っているから」の方は見られないようです。(あったらぜひ教えてください!見たい!)
 自分が相手のことを思っているから夢に見ちゃった和歌で有名なのは、小野小町の歌。

思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを(古今和歌集 恋二)
(皐月訳:あの人を思いながら寝たので夢に見たのでしょうか。もし夢だとわかっていたら、目を覚まさなかったのに)

 幸せな夢を見ていたのに、起きてしまって後悔するのって、現代もあるあるですよね。(「幸せな夢」って聞くと無限列車が頭をよぎりますが)
 先述の通りこの和歌は、「自分が相手を思っているから、相手が夢に出てくる」という前提で詠まれている。
 やはりどちらかというと、こっちの考えに感情移入はしやすいし、作者の気持ちも想像しやすい。好きな人のこと考えてると夢に出てきちゃうこともあるよね。

 ちなみに小町も「好きな人を夢に見るおまじない」はしていたようで、その和歌もある。

いとせめて恋しき時はむば玉の夜の衣を返してぞきる(古今和歌集 恋二)
(皐月訳:心に強く迫りくるくらいに恋しい時は、寝る時に着る服を裏返して着ます)

 ここでいう、「夜の衣を返す」というのが、好きな人を夢に見るためのおまじないだったらしい。万葉時代の「袖を返す」おまじないが派生したものかもしれないなとも思う。
 私が小学生の頃は「好きな人の写真を枕の下に敷いて寝ると、その人の夢を見る」というおまじないが流行ったのだけれども、それは今でもあるのだろうか。
 いつの世も、好きな人のことを夢に見たい気持ちは同じなのかなあと思う。

 ところで、「相手が自分のことを思っていると、相手の夢を見る」という考えについて、私の解釈を以下に少し。

「夢の通い路」という言葉がある。百人一首でおなじみの「住の江の岸による波夜さへや夢の通い路人目よくらむ」という歌の中に出て来る言葉である。
 これは「相手が自分を思うから夢に現れた」時に、「相手が自分の夢への道を通ってきた」と考え、その「夢への道」を「夢の通い路」または「夢路」というとのこと。

 つまり、相手のことを強く思うと、夢に通じる道が現れる、と考えられる。

 「自分が相手のことを思ったから夢に相手が現れた」場合、それは自分の夢の中に「相手を召喚する」のに近いと思う。相手を直で自分の夢に転送しているようなものなので、片思いの感じが強い

 一方で「夢の通い路」の場合。自分の夢に相手が渡ってくるのは、相手の意志によるところが強いという考え方だ。また、もし「夢の通い路」の形成に、夢を見る側の意思も働いていて、夢を見る側の人も相手のことを考えていたからこそ、二人の思いが一致して夢で会うための道が生まれると考えたら、両思いの感じが強いし、ロマンチックである。

 もちろん、前者に対しても同じ考え方をすることはできるけれども、その場合、「自分が思うから」相手の前に道が現れることになる。たとえば私が、今こうしてこのnoteを書いている時に、目の前に道が現れたらちょっとびっくりする。それが好きな人の夢へ渡る道なら、もちろん嬉しい。嬉しいけれども、自分の意志やタイミングに関係なく目の前に道が現れるのは、ちょっと唐突に感じるのは否めないように思う。
 その点、「夢の通い路」の考え方は、自分が相手のことを考えていると現れる道、という感じなので、願いが叶って来てくれる/行けるという感じなので、より浪漫がある考え方なのかなあと思ったのである。

 実際こっちの考えが廃れたのは、自分がめっちゃ恋い焦がれていても、片思いの時、(悲しくも)自分のことをなんとも思っていない相手の夢に自分が出る率が低かったからかなあとは思う。
 現実的な話をすれば、多分夢というのは基本的には脳が見せているものなので、主体は自分なんだろう。だから、「自分が相手を思うから相手のことを夢に見る」という方が、多分科学的にも言えることなのだろう(詳しくないけど)。

 しかしながら、「相手が自分のことを思っているから、夢に見る」という考え方もまた、当時の人の気持ちに想いを寄せつつ残していきたいと思う。

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