震災から約1年後の24年3月、消費税増税法案が閣議決定された。増税に反対する小沢は、総務副大臣の辞任を迫り、黄川田の仮設住宅を訪ね、家族の位牌(いはい)を拝んだ。黄川田は複雑な思いのまま小沢に従った。同年7月、党を飛び出す小沢に従わず、残留した。
被災地への財政支援の仕組みづくりや、地域防災を担う消防団を強化する議員立法など、取り組みの多くは実を結んだ。同年末の衆院選では小沢に刺客を立てられながらも破り、5選を果たした。
失われた一体感
民主党は野党に戻った。それでも黄川田は「政権が交代しても、復興に向けてすべきことも私の思いも変わらない」と意気込んだ。
今年2月24日、衆院予算委員会で質問に立ち、首相、安倍晋三らに復興の取り組みをただした。
「被災者は、それぞれの人生設計について決断していかなければならない段階だ。福島では復興はスタートラインに着いたところで、現実的な対応を決断、実行していかなければならない。私も5年の仮設住宅生活の先を見据えてがんばっていきたい」
「被災者のそれぞれの判断に応じて丁寧に支援していく」との安倍の答弁に、黄川田は「熱意はわかった」と応じた上で、与党にこう注文をつけた。「国民や被災者に説明する機会も持たなければならない」
被災地は、「集中復興期間」5年の半ばを過ぎても、仮設から災害公営住宅への入居は進まず、被災者間での「格差問題」は顕在化。行政による土地買収も、地権者の特定や利害調整のため難航している。
与党時代は「復興に党派はない」との思いがあり、自民党議員と復興に汗をかく一体感があった。立場が変わり、それが薄れつつあるという。先の衆院選で誕生した大勢の新人議員は、震災当時を知る議員とはどうしても感覚の差がある。黄川田らは土地収用を加速するための議員立法を提出したが、野党の立場ではなかなか成立も見込めない。
安倍政権に対しては、民主党政権の自戒も込めて「大臣は泥をかぶる覚悟で先頭に立ち、他の人ができない案件にレールを敷くのが仕事だろう」と苦言を呈する。
震災直後、「国民に安心感を与えるのが政治だ」と語っていたが…。
「方向性と着地点は見えてきた。ただ、被災者からすれば、あと2年も仮設暮らしとなればもう限界だ。あと2年、どう支えていくか…」
(敬称略)