弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

弁明の場での発言や態度が懲戒事由該当性を積極的に基礎づけることはないとされた例

1.弁明の場での発言の当て擦り

 使用者が労働者に懲戒処分を行うにあたっては、事前に弁明の機会が設けられるのが通例です。

 しかし、懲戒処分の効力を判断するにあたっての要素としての重要性が低いせいか、この適正手続の要請を真摯に考えない使用者は少なくありません。

 一方的な事情聴取をもって弁明に代えたり、形式的に言い分が聴取されるだけで弁明内容が何一つ考慮されなかったりする例が典型です。酷いものになると、使用者の認識に反する発言をしたことをもって、「反省していない」などと言い掛かりをつけ、重い処分量定を根拠付ける事情として指摘されることもあります。

 中でも、揚げ足をとるかのように弁明時の発言を処分事由や量定の加重事由として利用してくる手法は、極めて問題であると言わざるを得ません。このようなことが許されると、労働者としては使用者側の認識に迎合することしかできなくなるからです。

 そのため、弁明の場での発言が処分事由や量定の過重事由とされた場合には、処分が歪められていることを主張して行く必要があります。近時公刊された判例集に、その根拠として活用できる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、福岡高判令7.9.3労働判例1343-5 学校法人福原学園(減給等)事件です。

2.学校法人福原学園(減給等)事件

 本件で被告(控訴人)になったのは、大学を設置する学校法人です。

 原告(被控訴人)になったのは、被告と雇用契約を締結し、講師として働いていた方です。

 学生への不適切な対応等を理由に、

平成29年3月22日付けで戒告処分を、

令和4年9月8日付で減給処分を

されたことを受け、これらの無効確認や、減給相当額の賃金の支払等を求める訴えを提起しました。

 一審がいずれの懲戒処分も無効だと判示したことを受け、被告側が控訴したのが本件です。

 本日、注目したいのは、戒告処分との関係です。

 戒告処分の原因になったのは、トレーニングセンター内での言動です。

 具体的には、次のような事実が懲戒処分理由として主張されました。

(被告が主張した懲戒事由 別紙1

「被控訴人は平成28年11月21日(月) 20:10頃、トレーニングセンターにおいて、E学部3年の本件男子学生とトラブルになり、本件男子学生が警察に通報したことで、警察車両 (パトカー4台)が本件大学東門付近に出動する騒動を起こした。」

「トラブルの原因は、被控訴人がトレーニングセンターを利用した際、室内シューズを忘れたため、忘れ物コーナーに置いてあった室内シューズを履いてトレーニングをしていたが、シューズの持ち主である本件男子学生が自分のシューズを被控訴人が履いていることに気付き、返却を要求したところ、被控訴人の本件男子学生に対する不適切な対応、不誠実な態度等があったため、本件男子学生が警察に通報し、警察車両が出動する騒ぎになったものと判断せざるを得ない。」

「被控訴人が相手を学生と認識したうえで、学生の規範となるべき教育者として適切に対応しておれば、学生とのトラブルは発生せず、警察車両が出動する騒ぎ等、起こり得るはずがない事案である。」

また、被控訴人の釈明は文化の違いやモンスター学生の存在等、自身の行為を正当化し、学生に責任を転嫁することにとどまり、被控訴人が今回の顛末を重く受け止め、自身の行為を真摯に反省し、今後の再発防止に繋がる意識改善、行動改善は示されなかった。

「よって、被控訴人に対しては、本件就業規則第37条第1項第6号および第7号の規定に該当し、本件就業規則第37条第2項第5号の規定により戒告に処すものである。

 これについて、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒事由該当性を否定しました。

(裁判所の判断)

・認定事実

「被控訴人は、平成28年11月21日午後6時30分頃、本件大学のトレーニングセンターに行ったが、靴を持参するのを忘れたため、忘れ物コーナーに保管されていた本件靴を使用することとした。」

「被控訴人がトレーニングをしていたところ、偶々本件靴の所有者である本件男子学生がトレーニングセンターを訪れ、被控訴人が本件靴を使用していることに気付いた。」

「本件男子学生が、本件靴が自分の物であることを指摘したところ、被控訴人は、直ちにそれを本件男子学生に返したが、その際、もう忘れ物をしないように、などと注意をした。」

「本件男子学生は、本件靴を受け取って一旦退室したが、被控訴人の態度に納得ができず、約5分後にトレーニングセンターに戻り、被控訴人に対して、文句を言った。被控訴人は、憤慨している本件男子学生に対して、開き直った態度で謝罪したが、そのことで本件男子学生が余計に憤り、声を荒げて侮蔑的な発言をし、さらに被控訴人に対して土下座することを要求した。被控訴人がそれを拒否して立ち去ろうとすると、本件男子学生はなおも食い下がり、ついには警察に窃盗事件として通報するに至った。」

「通報の架電中、本件男子学生が被控訴人の腕やバッグをつかんだことから、被控訴人がそれを振りほどくと、本件男子学生が『痛い』と発声し、それを電話口で聞いた警察が暴行事件の発生と把握して、警察車両4台が本件大学に臨場することとなった。」

「本件男子学生と被控訴人は、それぞれ警察官から事情聴取を受け、被控訴人は、本件男子学生に対して謝罪することを促され、改めて本件男子学生に謝罪した。」

「その後、警察による追加捜査等は行われていない。」

・判断

「本件出来事1に関して、客観的に見て、控訴人の名誉や社会的信用に影響を及ぼす点があるとすれば、警察車両4台が本件大学に臨場する騒ぎになった点にある(証人Dも同趣旨の証言をした。)。しかし、上記認定事実の経過に照らせば、被控訴人の態度に不誠実な面があるとしても、警察に通報するという本件男子学生の対応は明らかに過剰といえ、しかも、通報時のやり取りから、警察が暴行事件と捉えて直ちに警察車両を出動させたものであり, もはや被控訴人の言動と相当因果関係のある出来事とはいえない。したがって、結果的にそのような騒ぎになったことをもって、被控訴人の言動が控訴人の名誉や社会的信用を害したということはできず、懲戒事由該当性が認められない。同様に、被控訴人の言動が控訴人の風紀及び秩序を乱したということもできない。」

「控訴人は、靴の無断借用自体が教員としてあるまじき行為である旨主張するが、懲戒権限の行使は、経営秩序の維持確保という目的のために必要不可欠と認められる限度で許容されるというべきであり、教員としての倫理上、一定の非難を受けるべき行為があるとしても、そのような行為がすべて懲戒処分の対象となるものではない。本件出来事1の発端となる被控訴人の行為は、忘れ物の靴を借用したというものにすぎず、客観的に見て、控訴人の経営秩序を乱す性質、態様のものではないから、懲戒権限を行使する必要性があるとは認められない。」

「また、控訴人は、事情聴取の際の被控訴人の発言を懲戒処分理由(別紙1)に記載しているが、そうした事情聴取は、主に対象者に弁明の機会を与えるために行われるものであり、その場での発言や態度が懲戒事由該当性を積極的に基礎付けることはないというべきである。

「その他、事実認定に関するものも含めて、控訴人の主張は採用することができない。」

3.弁明の場での発言や態度が懲戒事由該当性を積極的に基礎づけることはない

 企業で行われる懲戒手続は、訴追権者と判断権者を使用者が兼任する構造になっています。また、何某かの手続法があるわけでもないため、やろうと思えば、どのようなことでもできてしまいます。そのため、自分の認識に反することを言う労働者に対し、見せしめと言わんばかりに処分事由が認定されることがあります。弁明の内容を当て擦るかのように処分事由としたり、処分の加重事由としたりするのは、その表れということもできます。

 しかし、弁明内容が不利に考慮されたのでは、労働者としては言いたいことを自由に言うことさえままなりません。そのような手続が適正な弁明の機会と言えないことは明らかです。

 本件の裁判所が「主に対象者に弁明の機会を与えるために行われるものであり、その場での発言や態度が懲戒事由該当性を積極的に基礎付けることはない」と判示したことは、当たり前のことではあるものの重要な判示です。弁明をしたことで不利に扱われるといった本末転倒な扱いを受けた時には、この裁判例を引用して反駁して行くことが考えられます。