1.大学の学生に対する気遣い
少子化の影響か、大学は学生に対してかなり気を遣うようになっています。それ自体は問題視されるようなことではないのですが、大学教員側が皺寄せを受けるケースが散見されるようになっています。例えば、学生側が大学教員の行為に対して殊更に騒ぎ立て、大学当局側が大学教員側を抑え込むことによって問題の鎮静化を図るといったようにです。この抑え込みの手段には、懲戒処分のような侵害性のある措置がとられることもあります。
大学教員の労働問題という観点から、こうした抑圧的な措置のことは常々憂慮していたのですが、近時公刊された判例集に、学生の過剰反応により誘発された懲戒処分の効力を否定した裁判例が掲載されていました。福岡高判令7.9.3労働判例1343-5 学校法人福原学園(減給等)事件です。
2.学校法人福原学園(減給等)事件
本件で被告(控訴人)になったのは、大学を設置する学校法人です。
原告(被控訴人)になったのは、被告と雇用契約を締結し、講師として働いていた方です。
学生への不適切な対応等を理由に、
平成29年3月22日付けで戒告処分を、
令和4年9月8日付で減給処分を
されたことを受け、これらの無効確認や、減給相当額の賃金の支払等を求める訴えを提起しました。
一審がいずれの懲戒処分も無効だと判示したことを受け、被告側が控訴したのが本件です。
本日、注目したいのは、戒告処分との関係です。
戒告処分の原因になったのは、トレーニングセンター内での言動です。
忘れ物コーナーに置かれていた学生の靴を借用して利用していたところ、これに気付いた学生が返却を求めてトラブルになり、最終的に学生が窃盗被害にあったと通報し、警察が臨場する騒ぎになりました。大学当局はこれを理由に原告に対して戒告処分を行いました。
これについて、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒事由該当性を否定しました。
(裁判所の判断)
・認定事実
「被控訴人は、平成28年11月21日午後6時30分頃、本件大学のトレーニングセンターに行ったが、靴を持参するのを忘れたため、忘れ物コーナーに保管されていた本件靴を使用することとした。」
「被控訴人がトレーニングをしていたところ、偶々本件靴の所有者である本件男子学生がトレーニングセンターを訪れ、被控訴人が本件靴を使用していることに気付いた。」
「本件男子学生が、本件靴が自分の物であることを指摘したところ、被控訴人は、直ちにそれを本件男子学生に返したが、その際、もう忘れ物をしないように、などと注意をした。」
「本件男子学生は、本件靴を受け取って一旦退室したが、被控訴人の態度に納得ができず、約5分後にトレーニングセンターに戻り、被控訴人に対して、文句を言った。被控訴人は、憤慨している本件男子学生に対して、開き直った態度で謝罪したが、そのことで本件男子学生が余計に憤り、声を荒げて侮蔑的な発言をし、さらに被控訴人に対して土下座することを要求した。被控訴人がそれを拒否して立ち去ろうとすると、本件男子学生はなおも食い下がり、ついには警察に窃盗事件として通報するに至った。」
「通報の架電中、本件男子学生が被控訴人の腕やバッグをつかんだことから、被控訴人がそれを振りほどくと、本件男子学生が『痛い』と発声し、それを電話口で聞いた警察が暴行事件の発生と把握して、警察車両4台が本件大学に臨場することとなった。」
「本件男子学生と被控訴人は、それぞれ警察官から事情聴取を受け、被控訴人は、本件男子学生に対して謝罪することを促され、改めて本件男子学生に謝罪した。」
「その後、警察による追加捜査等は行われていない。」
・判断
「本件出来事1に関して、客観的に見て、控訴人の名誉や社会的信用に影響を及ぼす点があるとすれば、警察車両4台が本件大学に臨場する騒ぎになった点にある(証人Dも同趣旨の証言をした。)。しかし、上記認定事実の経過に照らせば、被控訴人の態度に不誠実な面があるとしても、警察に通報するという本件男子学生の対応は明らかに過剰といえ、しかも、通報時のやり取りから、警察が暴行事件と捉えて直ちに警察車両を出動させたものであり, もはや被控訴人の言動と相当因果関係のある出来事とはいえない。したがって、結果的にそのような騒ぎになったことをもって、被控訴人の言動が控訴人の名誉や社会的信用を害したということはできず、懲戒事由該当性が認められない。同様に、被控訴人の言動が控訴人の風紀及び秩序を乱したということもできない。」
「控訴人は、靴の無断借用自体が教員としてあるまじき行為である旨主張するが、懲戒権限の行使は、経営秩序の維持確保という目的のために必要不可欠と認められる限度で許容されるというべきであり、教員としての倫理上、一定の非難を受けるべき行為があるとしても、そのような行為がすべて懲戒処分の対象となるものではない。本件出来事1の発端となる被控訴人の行為は、忘れ物の靴を借用したというものにすぎず、客観的に見て、控訴人の経営秩序を乱す性質、態様のものではないから、懲戒権限を行使する必要性があるとは認められない。」
「また、控訴人は、事情聴取の際の被控訴人の発言を懲戒処分理由(別紙1)に記載しているが、そうした事情聴取は、主に対象者に弁明の機会を与えるために行われるものであり、その場での発言や態度が懲戒事由該当性を積極的に基礎付けることはないというべきである。」
「その他、事実認定に関するものも含めて、控訴人の主張は採用することができない。」
3.大学側の過剰反応、それを見越す学生
学生とのトラブルを理由とする懲戒処分の効力が問題となっている近時の裁判例を眺めていると、大学側の過剰反応や、それを見越して騒ぎを大きくしようとする学生の意図が感じられる事案が増えているように思います。
本件にしても、大学教員側の行動が褒められたものでないことは否定できませんが、警察に通報するのは行き過ぎでしょうし、学生に阿るかのように大学教員に懲戒処分を科しているのは過剰な反応であるように思われます。
この判決の意義は、学生側が必要以上に騒ぎ立てたことで膨らんだ結果については大学教員側に帰責できない(相当因果関係がない)とした点にあります。
裁判所の判断は、学生とのトラブルを理由とする懲戒処分の効力を争ってゆくにあたり、実務上参考になります。