【WBC 2026】窮地の侍ジャパン救援陣の救世主となるか 「大谷2世」と呼ばれた男がプロ12年目で世界の舞台に
プロ12年目でWBCに初出場するソフトバンク・松本裕樹は、かつて「大谷翔平2世」と呼ばれていた。高校時代に最速150キロを投げ、通算54本塁打の打棒を誇り、同じ右投げ左打ちの二刀流として注目されたのだ。 【写真】福岡ソフトバンクホークス「ハニーズ」PayPayドーム直撃取材!16人フォトギャラリー 神奈川県生まれの横浜育ちだが、高校は地元を離れて盛岡大学附属に進学した。 「モリフ(盛岡大附高)の監督さんが熱心に声をかけてくださったのもありましたし、(瀬谷)ボーイズの先輩も進んでいた。モリフに限らず、県外で野球をやっていた先輩たちを見ていると、すごく集中できる、いい環境のなかで野球を頑張れるのかなと感じていました。僕は野球を始めた時からプロ野球選手になることを目指していたので、野球のことを第一に考えました」 入学してすぐにベンチ入り。背番号11の控え投手ではあったが、時折マウンドに上がる機会はあった。 【大谷翔平に特大アーチを浴びる】 まだ高校最初の夏を迎える前のことだ。 6月に行なわれた春季東北大会。岩手1位で出場した盛岡大附は準々決勝で、同3位の花巻東と激突することになった。夏の県予選を控えるなかでエースを温存したかったのか、1年生の松本が先発に指名された。 当時「打ち勝つ野球」を目指していた盛岡大附に対し、花巻東も容赦をしない。試合はノーガードの打ち合いになった。そして盛岡大附が8対5と3点リードして迎えた5回だった。 松本が投じた渾身の1球。それを完璧に弾き返されたのだ。自身のはるか頭上を越えた打球は、青森市営球場のバックスクリーンにズドンという衝撃音を残して直撃した。 「それが2学年上の大谷(翔平)さんでした。あの日、大谷さんはピッチャーではなく外野で出場していましたが、本当にものすごい打球。やっぱり特別。ああいう人が二刀流をやれるんです。僕のバッティングなんて全然大したことない」 その後、松本は投打ともにめきめきと力をつけ、世代ナンバーワンクラスの評価を得て、結果的にソフトバンクからドラフト1位で指名。高校では二刀流としても注目を集めたが、プロでは投手に専念する道を選んだ。