街録に出たら本を出すことになって、おじいちゃんの迷言がタイトルになった話
2022年12月、『街録ch』という動画番組に出た。自分の家族に出演依頼が来ていたので、わざわざパリまで来るのだから、夫婦両方に頼んだ方が向こうもコスパ良いのだろうなと、オマケ程度のノリで「いいですよー」と出てみたところ、中々の反響をいただいた。
動画を観てくれたひとりに高橋君(「君」付けで呼んでいるが、私より年下ってだけで立派な大人だ)という人がいて、大晦日に友人であるひげおやじさんの家で初めて会ったのだが、会うなり「街録見ました!ゆかさん、YouTubeとかやらないんですか?」と言ってくる。「は?嫌だよそんなの無理」と返すと「えー、切り抜きとか向いてると思うんですけど」と聞いてもいないのに構想を語り出し、お酒も入りながら2-3時間位喋ったところで、根負けした私が「わかった、じゃぁ動画は無理だけど、でも本とかだったら喋っても大丈夫かも…」とポロリと言うと、「あ、OKです。じゃぁ出版社探してきますね!」と軽やかに言って、明け方に元気よく帰って行った。年末年始の、飲み会の席でのノリだろうと思い、そのやり取りも忘れかけていた頃、「出版社決まりましたよ!顔合わせ、いつが大丈夫ですか?」と高橋君からLINEが入った。おいおいマジかよ?と驚きつつも、「本ならやる」と言ってしまったのは他ならぬ自分。まったく、仕事ができる男は有言実行だった。
ところで、私には「はじめに」か「あとがき」しか自分で書かないくせに、随分と多くの本を出版している家族がいる。「2-3時間喋るインタビューを、大体3回ほど繰り返すと、一冊の本が出来上がる」と、そいつは涼しげに私に語ってくるが、そんなことが許されるのは、ほんの一握りであることも私は知っている。ちなみに、身内のことなのでdisりっぽく書いているが、依頼する当初から編集者の頭の中に「こういうことが伝えたい」「こんな本にしたい」という構想図がきちんとあって上手くいくパターンだったりもするから、これが悪いとかでは決してない。そもそも相手に委ね、手放し、任せられること自体もすごいのだ。
そんなこんなで、2021年に、そんなツチノコばりにレアキャラな、家族との日常を綴ったコミックエッセイ『だんな様はひろゆき』を出版する機会をいただいたのだが、連載開始から発売までになんと2年半ほどかかった。作画を別の方(『サチコと神ねこ様』の作者であるわこさん。彼女の絵があったからこそ、作品になった)にお願いしていたのと、何より私の連載ペースが遅いからなのだが、連載から10ヶ月ほど経った頃、「(本に換算すると)どのくらい進んだの?」と夫に聞かれ「50ページくらいかな(4コマは2本描いて1ページだ)」と答えると「え、まだそれだけ?遅くね??もっとババーっと進められないの?!」と突っ込まれ、南極あたりに置いて来てやろうかと思ったことを今でも覚えているのだが、ツチノコに凡人の苦労を説いても仕方ない。そもそも、ツチノコの話だから、出版社も書籍化まで2年半も待ってくれた部分もあるだろう。そんなわけで、ましてや自分の本を出すなんて、頭の片隅にも想像していなかった私なのだが、何を書くかよりも先に、出版社が決まってしまったのだ。
顔合わせ当日、有名人の妻というクソ面倒くさいポジションを盾に、高橋君がゴリ押ししたんじゃないかという疑心暗鬼な気持ちで待ち合わせ場所に向かうと、どんな本になるのが一番良いかを真摯に考えてきてくれていた担当編集者の姿があった。話をしながら、なんだ、簡単に考えていたのは私の方じゃないか、と自分を恥じた。やれ有名だとか、誰の家族とか、そんなことで本が出せるほど甘い世界じゃないんだと。そして、良い本が作れる可能性を感じてくれたからこそ、声をかけてくれたのだから、その思いに自分も誠実に応えようと考えた。どういう本にするかを、担当編集と高橋君と3人で何度か詰める。高橋君が軽やかに言う。「ライターさんも入れましょうね!」、「え…」と私。「2~-3時間喋るインタビューを3回ほど繰り返すと、あーら不思議!一冊の本が…」と言う良からぬ妄想が湧き上がるのを必死で抑える。
結論から言うと、本はそんな簡単には出来なかった。少ないときで2時間、多くは3時間を超えるインタビューを毎週繰り返してガラガラ声の私に、夫は「まだ終わんないの?」「何喋ってるの?」と不思議顔。自分でも、どうしてこんなに喋ることが湧いて出てくるのか、昔の話を詳細に覚えているのか不思議なくらいだった。すべて自分に起きた出来事ではあるのだが、「自分の」という部分は結構どうでもよくて「こんな事が起きて、その時にはこう思ったけど、それは後にこう生きて」みたいな、物語のその後みたいな部分も含めて、誰かとシェアしたかったのかもしれない。延々喋り続ける私、そして「実は僕にも…」と共鳴するかのように自らの物語をシェアしてくれる担当編集、ライターも加わってからのやり取りは、映画やドラマなどでしか観たことないけれど、アルコール依存症などの治療セラピーのような感じだった。インタビューが60時間を超える頃、ライターがポツリと呟いた。「このインタビューが、もうすぐ終わるのが寂しい」。私も、おそらく担当編集も同じような気持ちだったと思う。そして、それがそろそろインタビューの終わりどきであることを、3人ともわかっていた。
これは私に起きた出来事で、全部私が喋ったものではあるけれど、でも、その言葉に根気よく耳を傾け、そこから物語のかけらを選び、1冊の本として仕上げてくれたのは担当編集者の崔鎬吉さん、ライターの岡田寛子さんだ。(岡田さんは、夏休みの真っ最中、お子様が常に自宅にいるという高難易度のブートキャンプの中で、で260ページを超える原稿を書き切って下さった強者なので頭が上がらない)もし自分の話を、私自身が文章でアウトプットしてしまったら、もっと「私が」の部分にこだわったり、見栄を張ったりして、正直に綴ることは出来なかった気がする。誰かに聞いてもらい、言葉を受け止めてもらうことで、私は私に起きた出来事を手放して、ひとつの物語としてそれらを歩かせることができたのだ。ダイビングのバディみたいに、物語の海へ共に深く潜ってくれた2人には、とても感謝している。そして、その海へ潜るキッカケをくれた高橋君にも。
不思議なもので、インタビューが終わると、あれほど細かく覚えていた話が、なんとなく思い出せなくなってきた。物語たちは、私の体の中から出ていってしまったのだろうか。だけど、思い出せないことは、不思議とそんなにさみしくない。私は今45歳、今後も付き合っていかなければならないシェーグレン症候群という持病はあるものの、まだまだ長く生きるつもりだし、これからの人生で起きる、新たな物語を入れるためのストレージも必要なので、ちょうど良い機会なのかもしれない。そして何より、たとえ忘れてしまっても、この本を開けば、いつでも思い出すことができるから。
というわけで、『転んで起きて 毒親、夫婦、お金、仕事、夢の答え』、2月22日に徳間書店より発売します。この本に関わってくれたすべての方、これから出会う読者の方に感謝を込めて。
ちなみに、タイトルの「転んで起きて」というのは、私の祖父が子どもの頃に私に良くかけていた言葉から来ています。これについては本のあとがきに書いてあるので、手に取った方は読んでみてください。


コメント
1西村ゆかさん
はじめまして。雪のパレードと申します。最近、色々動画を見させて頂いて考えることがありまして。
『転んで 起きて』も読ませて頂きました❗自分の結婚観を考えるいいキッカケになりました。
ありがとうございます🙇♂️