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これは、裏切り者の最後の願い/Novel by ぱんだ

これは、裏切り者の最後の願い

10,198 character(s)20 mins

全て捏造です。ユニマ、兄ッポラ、家族構成等。
めっちゃくちゃ暗いお話なので大丈夫な方だけどうぞ。

リドルがオバブロした時に「子供は親のトロフィーじゃない」って言ってたと思うのですが、それを聞いてエースの家庭も色々事情があるのでは、と思い書きました。それにしても暗すぎますね。もしリドルのお母さんと同じでエースのお母さんも魔法医術師だったら……なんて考えてたら残酷な方向にしか進みませんでした。絶対に実際は愛情たっぷり注がれて生きていると思いますよ!ただ最悪な場合を想定して書いただけなのでそこの所よろしくお願いします。あと、結構ズバズバ歳の差関係なしに言えるエースは今をしっかり生きてるなって感じたのでその要素も若干入っています。ほんとに若干。ハッピーエンドで終わればよかったのですが、なかなかそうもいかず。癖が歪んでいるのがバレてしまいますが、暖かい目でお願いします。

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エース・トラッポラ。

物心つき始めた時、オレはこの名前に違和感を覚えた。両親とファミリーネームが違っていたのだ。当時まだ幼かったオレは空気を読む、なんてこと常識になっていなかったから、好奇心に勝てずに母さんに聞いてしまった。

「なんでオレだけ名前が違うの?」

その時の母さんの顔を、オレは一生忘れないだろう。禍々しいその笑顔は決して、愛する我が子に対して見せるものではなかった。

「エース、あなたは生贄なのよ」

「イケニエ?」とまだその言葉もわからず、母さんに従っていたオレを今すぐに殴ってやりたい。早く逃げろ。今ならまだ間に合うから、と。

そしてオレの世界は、色を変えた。









はっと目を覚ます。時計はいつもより30分ほど早い時刻を指している。胸元に目をやると、シャツが汗で色を変えていた。カーテンの僅かな隙間から漏れる光で顔を照らされ、思わず顰める。
───夢を見ていた。幼い頃のオレの夢だ。あの時かけられた母さんからの呪いはまだ続いている。オレはあの人間にとってただの"生贄"なのだ。それは今でも変わっていない。
一人で汗を吸ったシャツを脱いでシャワーを浴びる。幼い頃に負った傷はまだ消えていない。痛々しい跡となって身体にこべりついているままだ。まるで呪いのようなそれを、なるべく視界に入れないように手短にシャワーを終えた。

部屋に戻ると、同室の3人も既に起床していた。
「はよーエース、なんだシャワー浴びてたの」
「んーなんか汗かいててさー、変な夢見たっぽい」
同室の一人、クローバーが片目にある彼がオレに声をかけた。ダイヤの男とケラケラ笑いながら「エロい夢でも見てたんじゃね」とオレのことを笑った。
「そう言えばエース、今日は錬金術の補習があるから忘れないようにな」
スペードの男、そして同クラスのデュース・スペードが言う。朝からそんな話しなくても、と思う以前に「この補習はお前のせいだからな。オレはその時たまたまペアが同じだっただけの単なる被害者だ」と喉まで出かかったけど、結局は押し込んだ。
「そっちこそ、忘れんなよな」
素っ気なく言って自分も制服に着替え、左目にハートのスートを描き始める。入学したての頃はなかなか苦労したこの作業にも、やっと最近慣れてきた。
ふと、無意識に時間の流れを感じて少し鳥肌が立つ。たまにこうしてあの日を思い出すことがあり、刻々と迫ってくるタイムリミットへの焦りは隠せなかった。でもそれは周りにバレる程ではない。必死に抑えている成果だろう。
オレはオレを殺しながら生きている。





いつものように授業を程々にこなし、補習のため放課後デュースと二人で指定の教室へ向かった。担当のクルーウェルはすでにそこにいて、さっそく補習が始まる。今回の課題は、液体の色を変えるという基礎的なものだった。それこそ、難しい過程はないものの、入れる順番を少しでも間違えればたちまち爆発。そんな基本的なこと普通間違えるはずないのだが、期待に応えるようにすんなり間違えるのがオレの隣にいる男、デュースだった。あの時はオレが先生に呼び出しをくらって「先やってて」なんて言ったのが間違いだったんだ。今回こそは目を離すものか。
「ん、じゃあデュースこれその器に入れて」
「分かった。どのくらいだ?」
「それは全部。で次はこっちね。これは半分だけ。そう、そんくらい」
順調に工程を一つずつクリアした。さて、最後の仕上げだ。全部混ぜ終えたこの液体に魔法をかける。そうするとドロドロで汚らしい色をした液体が、透き通った綺麗な空色に変わる。
「んじゃあこれはオレがやるよ」
「おう、任せた」
ペンを手に取り、それに魔力を集中させて丁寧に魔法をかける。キラキラとした微量の光が液体に入り、コポコポと小さく音を立て始めた。しばらくすると、ポンッと締めくくるように音が鳴り、液体は見違えるほど綺麗に、そして空色へと変色した。
「good boy !! 成功だ仔犬ども」
「やったな、エース!」
「こんくらい楽勝だっつーの」
補習を難なく終えたオレたちは、部活がなかったため真っ直ぐ寮に戻ることにした。
寮に戻ると部屋の奴らは2人ともいなかった。多分部活だ。オレはベットに身を預けスマホをいじる。デュースは机に向かい、明日提出の課題を進める。オレはとっくのとうにその課題は終えていた。そんなデュースを横目に、スマホにきていた通知を流し見ていると、その中で一通、目に止まるものがあった。思わずスマホを持つ手が震える。母さんからのメールが、一通届いていた。無意識にスマホを閉じる。冷や汗が止まらなかった。その瞬間、オレの頭の中で色々な可能性を絞り出し、ぐるぐると焦る思考をめぐらせる。
オレなんかした?なんもヘマしてないし大丈夫だよな。いやでも万が一母さんの気に障るようなことしたら? 今度こそ、オレ殺され─────。

「……………、………ス、エース?」
名前を呼ばれているのに気づいた時にはデュースがオレの腕を掴んでいた。
「大丈夫か?」
心配そうにオレの顔を覗き込む。ふと、腕が不自由なことに気がついた。ぞわっと背筋が凍りつくのを感じる。前にも同じようなことがあったのを思い出して体の震えが止まらない。
「……………あ、や、やめろ…来るなよ!!!」
デュースの手を思いっきり払ってしまった。まるで反射のように、身体が勝手に動いて制御出来ない。デュースは混乱と心配と、自分がどうしてこんなことされるのかというような疑問が入り交じった顔でオレを見る。
「ど、どうしたんだエース。ごめん、僕なんかしたか?」
「……………あ、ちが………ご、ごめん。何でもな、い」
「嘘つけ、それで何も無い訳ないだろ」
まだ、正気が戻っていなかった。どろどろと流れる記憶から抜け出せない。視界が暗くなる。デュースの声が遠くなる。自分の呼吸が荒くなる。目からは水が流れる。怖い怖い怖い、怖い。
行き場のない恐怖にどうすることも出来ないまま、オレの意識は完全にシャットアウトした。

































「やめて母さん!!痛い!!!」

痛々しい叫び声が部屋に響き渡る。自分の兄が目の前で手足を縛られ何かを投薬されている。薬とは思えないくらいの明るい色の液体は、注射器の中でゆらゆら揺れている。その明るい色が恐怖を逆撫でするようだった。
「っゔ……い"、たい、痛い!!!!」
兄は必死に抵抗しているが母さんの手はそんな彼の力ではビクともしなかった。投薬は一回では済まず、何回も何回も同じ工程を彼に繰り返す。その残酷な光景にオレは見ていることしか出来なかった。
「痛い、痛いっっっ………え、エース!!」
突然兄がオレの名前を呼ぶ。助けを求める声。兄の痛々しい叫びが自分の耳に届く。この時だけ、すくんで動かなかった脚が正常に戻り、放心状態であった意識は正気を取り戻した。

助けなくては。

本能的に脳がオレに指示を下した。オレは最大限の力を振り絞って自身の母親にしがみつく。
「母さんやめて!!兄貴が、兄貴が死んじゃう!!!」
情けないほど震える声と溢れる涙で、オレは自分が何も出来ない愚か者だと確信する。こんなことしか出来ない自分への怒りと、兄からの助けを乞う声でもう止められなかった。でも、母さんは違う。オレを見る母さんの目は、他人を軽蔑する目だ。
「それじゃあ、エースがこの子の代わりになってくれるのね」
「……………………え?」
「だってそうでしょ?お兄ちゃん死んじゃうの嫌だものね。じゃああなたが代わりになればいいのよ。そしたら私も本望だわ。正直"我が子"を痛めつけるのは懲り懲りなのよ。でもあなたは大丈夫。あなたは"生贄"だもの」
涙で視界が歪む。声は、出なかった。「え、エース…」という細い兄の声と母さんのくすくす笑う声だけが耳に入る。オレは、兄が大好きだ。死んで欲しくない。でも、自分が代わりになんて───。


「…………………わかった」
「エース?」
兄の叫び続けて枯れてしまった声を聞き、オレは兄の方に目をやる。無理矢理不細工な笑顔を作って「オレは大丈夫」と言うように大好きな兄を見つめる。
「オレが兄貴の代わりになるよ」
その答えに母さんの目はころっと変わって輝きを放ち始めた。
「やっぱりあなたは立派だわ。流石ね」
ここでも母さんは俺の名前を呼ばない。

オレの母さんは魔法士であり医者、つまり魔法医術師だ。とは言っても、母さんはどこの病院にも属していない。一人で新たなる薬の開発や病の治療法などを研究している。それに必須なのは膨大な量の知識と、実験体だった。オレ達はその実験体になるために産まれてきた。そしてオレは更に実験体としては特別だった。オレをつくる際、母さんは代理出産を選び、体外受精したまだ卵だったオレにある新種の病気の元、病原体を組み込んだ。これがオレ、"生贄"の誕生秘話だ。そんな他の女から産まれたオレに、母さんは自らのファミリーネームをつけることを避け、トラッポラ、裏切りという意味を込めた名前をつけた。それに反してエースだなんて、皮肉だ。
オレに組み込まれた病原体は実際に発病した場合、2週間もつかもたないかという致死率ほぼ100%のもの。オレはそれを生まれつき発病していた。生後間もないオレに母さんは毎日異なる投薬をし続け、ついに成功、したと思いきやそれは進行スピードが遅くなっただけに過ぎなかった。母さんはこの病の研究を進めつつ、兄を使って異なる病の研究も同時進行で行っていた。そして、兄には限界が近付いていたのだ。薬の副反応で敏感になりすぎた神経は、肌に触れるだけで痛みを伴う。薬の投与を中止すればすぐに治るとのことだが、もちろん母さんはそれをやめない。この状態であの注射器を皮膚に突き刺すのだから、その痛みは想像を絶するだろう。この時点でオレの身体もかなり限界だった。食事も固形物を食べられなくなり、疲労感はあるはずなのに寝付きが悪くなった。抜け毛この歳にしては酷く、体重は身長に対して平均以下、左目の視力は右目の半分以下まで落ちていた。しかしオレにはそんなことどうでもよかった。どうせ自分が死ぬということは分かっている。いつかみんな死ぬ。オレはそれが早いだけ。そう言い聞かせ、兄の代わりにオレは二つの研究の実験体として、母さんの研究の生贄として生き続けた。


数ヶ月後、兄は元々の体調に戻っていた。感覚も通常に近付き、注射の後で痣だらけだった腕は綺麗な肌色に染まっている。そして兄は逃げるようにここから姿を消した。唯一の大好きだった兄はある学園へ入学していったのだ。一方、オレは生き地獄の中必死に生きていた。兄と同じく感覚が敏感になり、痛みがいつもの何倍にもなって襲いかかる。自分で自分に触れることすら痛みで出来ず、毎日毎日叫んでいたせいで声は完全に枯れ、もう叫ぶことすら出来ない。痛みで反射的に暴れる身体を大人しくさせるため、母さんはオレの手足を拘束し、自由を奪った。逃げる道を失った痛みは更に大きくなり、オレの中を駆けずり回る。それでもオレは必死に耐え続けた。いつかこの地獄の終わりが来ることを願いながら。


そして、その日は訪れた。兄のを引き継いでから約5ヶ月、母さんの研究は成功し、オレは痛みから解放された。投薬されなくなってからすぐに体調は戻り、食事も少しずつだが取れるようになってきた。痛みが無くなるだけで少しは身体も楽になった。母さんは研究の成功に歓喜していたが、オレに対しては何も言わなかった。あの兄にでさえ感謝の言葉を伝えていたのに。母さんはオレのことを息子ではなく、ただの実験体として扱うようになった。でも、当時9歳だったオレは何も感じなかった。もはや感情が消えかけていたのだ。
「今日は右腕の皮膚と瞼の裏の粘膜を調べるから、そこの台に寝そべって」
「わかった」
もう何も怖くなかった。痛みはあるが、前ほどではないからまだ耐えられる。───ただ、一つ願いが叶うのであれば、こいつへの復讐として早くオレを死なせて欲しい。これは自分の唯一の意思でもあった。死にたい。そう強く思ったのは、この頃が初めてだった。

そして6年の月日が流れたある日。もうすぐ16歳を迎えるオレに、とてつもない贈り物が届いたのだ。ナイトレイブンカレッジからの黒い馬車が、オレを迎えに来た。2年前ここに戻ってきた兄はとても嬉しそうに「よかったな」とオレの背中を押した。後から聞かされたが、兄もここへ入学していたという。だから兄はあの時いなくなった。そして今、喜んでくれた。オレも、オレもここから逃げることが出来る。そう思ったが現実は甘くなかった。母さんはもちろん猛反対した。それはそうだろう。唯一の実験体が手元から離れてしまうのだから。しかも研究の途中で。しかし、ここでまさかの救済があった。父さんだった。父さんは魔法士ではない。そんな彼は母さんの惨さに耐えかね、家を出ていった。そんな父さんがこのタイミングで帰ってきた。そして口を開いたかと思うと、「俺が実験体になる」と言ってオレを家から追い出した。いや、逃がしてくれたんだ。オレは逃げるように馬車に乗った。馬車がオレの家から遠ざかる時、父さんの叫びが聞こてくるような気がして、オレはずっと耳を塞ぎ、早く早くと唱えながら馬車に身を預けた。そしてあることに気づく。オレはこれから薬を投与されなくなる。つまりは病気の進行がこれ以上遅まることはない。ああ、オレはもうすぐ死ぬのか。死が迫っている現実に、オレは気づいてしまった。消えてしまったと思っていた感情は、まだ息があったようだ。オレは次々に零れる涙を拭わず、声も抑えず、ただ一人、馬車の上で夜を切り裂くように叫んだ。



























「ああああぁぁぁぁあああぁあぁぁぁっっ」


あの夜の叫びだと思っていた声は、うなされている自分のものだった。反射的に飛び起きて辺りを見渡す。見慣れた空間がそこにはあった。オレは自室のベットの上にいた。きちんと布団が身体にかかっている。誰かがかけてくれたのだろう。……そうだ、錬金術の補習をデュースと受けて、部屋戻ってきてそんで────。記憶を探り今の状況を確認した。そうだ、メールだ。母さんからメールが届いていたんだ。それでオレはおかしくなった………。勝手に呼吸が荒くなっていく。駄目だと思い大袈裟に深呼吸をして落ち着かせる。枕元にあったスマホに震える手を伸ばし電源を入れて画面を見た。通知はまだある。息を飲み、覚悟を決めて通知をタップすると、メールの文面へと移動された。

『お久しぶりです。元気にしていますか。
朗報があるので連絡します。あなたで行っていた研究を無理矢理あの人で代用してここ半年間やってきましたが、とうとう成功することが出来ました。薬の開発、治療法ともにに成功したのです。しかしあなたにとっての凶報もあります。その治療薬と治療法は生まれつき持っているあなたには効きません。分かっているかと思いますが、あなたはもうその病に蝕まれ過ぎている。薬を服用したところで先が短いのは同じこと。私が開発した二つは早期発見という条件を達した上での形。あなたのように先天性の患者は助けることが出来ない。でも安心してください。この病気は本来は後天性、つまり先天性なのはこの世界であなただけなのです。ごめんなさいね』

この長ったらしい文面の中で一度も自分の名前がなかったことに、顔を歪めるしかなかった。"あなた"なんて、まだ人間として扱っているのも恐ろしい。あんなただの人形のように扱っていたのに。
正直自分の死などに興味はなかった。ただただ、あの悪魔がオレのことをまだ人間として見ていることに吐き気を覚えた。そろそろオレも狂ってきたのかもしれない。文面にあった"あの人"とはおそらく父さんのことだろう。安否がわからなかったが、知りたくもなかった。知ったところでオレにもう出来ることなんてないとわかっているから。

「……エース?」
悪魔からのメールに苦笑していると、デュースが部屋に入ってきた。手にはトレイがあり、その上に湯気を立たせた容器が乗せられている。
「大丈夫か!?急に気を失ったから……。それにすごくうなされてたんだ。体調平気か?」
今この時体調のことを聞かれても自信を持って「大丈夫」なんて言えるはずもなく、苦笑からいつもの笑顔に戻して「まあまあ」とそれなりの答えを口にした。デュースはそれでも「そうか」と安堵の笑みを零しオレの前にトレイを静かに置く。オレではなくデュースが好きそうな卵のスープがきらきらと光る。何だかお腹が空いてきた。
「これ、デュースが作ったの?」
「ああ。口に合うか分からないが、体が少しでも温まればと思って」
「………ありがと。いただきます」
手を合わせてからスプーンを使ってまだ温かいそれをゆっくり身体に流し込む。その温かさがデュースのものみたいで全身に満遍なく巡る。シンプルなデュースのお手製スープは、とても美味しかった。次々にスプーンを口に運ぶオレを見て、デュースはとても満足そうだった。が、その顔に急に、ふっと焦りが浮かんだ。
「…………エース?」
「ん?」
「どうしたんだ?」
「え、なにが」
「いや、何ってお前………泣いてるぞ」
「へ?」
無自覚で思わず間抜けな声を出してしまった。目元に手を置くと、確かにそこは濡れていた。そして遅れて熱が伝わってくる。オレは、本当に泣いていた。
「え、何これ。うわだっせ、この歳にもなってボロ泣きとか」
「エース」
「はは、ごめんごめん。今止めるから、ちょっと待って」
「エース」
「あれ止まんね。おかしいな、デュースごめ……」
「エース!」
身体全体を自分ではない温もりが包み込む。思わず力が入ってしまう。しかしその温もりはとても心地よくて、次第にその力は抜けていった。
「エース、大丈夫。大丈夫だ。僕はここにいる。今は何も来やしない。来ても僕が守るから、安心してくれ」
何言ってんだこいつ。オレは別に、怖がってなんかない。死ぬのなんか怖くない。でも、なんでかな。今まで張ってた糸が切れたみたい。ねぇ、デュース。オレ死ぬんだ。もうすぐオレは生贄として死ななくちゃいけない。オレの未来はもう少ない。助けて。オレを独りにしないで。まだ生きたい。まだみんなと笑っていたい。もっとたくさん美味しいものを食べて、たくさん叱られて、たくさん泣いて、たくさん、生きたい。怖い。死にたくない。まだ、死にたくないんだ。
一気に今まで貯めていた感情が溢れた。オレはデュースの腕の中で泣いた。嗚咽なんて気にしている暇なく、声を上げてひたすらに泣いた。あの夜の声とは違う。辛くて、悲しくて、怖くて、そして何より嬉しかった。デュースの優しさが体温から柔らかく伝わってくる。むせ返りそうなほどの優しさがオレを抱擁する。幸せとはこういうことを言うのだろうか。優しさに抱きしめられ、その大きさを抱きとめきれずとも、温かさに身を委ね今生きていることを感じ、涙する。少なくとも今までの人生の中で一番幸せだということは、明らかだった。





それからオレは今を生きると決めた。真面目に、とは言っていない。ただ自分らしく、一分一秒を生きようと思った。残り少ないオレの未来。オレは誰にもこの病のことを言っていない。あの日、オレが泣いた日。デュースには申し訳ないが、「自分が死ぬ夢を見た」とまるで幼児のような嘘をつき、その場を凌いだ。オレがあの日泣いたことはデュース以外誰も知らない。あのデュースだ。わざわざ広めるようなことはしなかった。お陰様でオレは何も変わることなく毎日を生きている。例え明日死んでも、後悔がないように。

オレの母親は魔法医術師だ。父親は魔法士ではないが、魔法のようなことはできる人だったことを最近思い出した。その二人の間に産まれたオレ。そして兄貴。何にも恵まれなかった。不幸だったよ。生まれるところを間違えたと何度思ったかわからない。それでも生きている。母さんの要領の良さは引き継がれ、父さんの得意だった魔法のようなことは幼き日に真似していたら出来るようになった。二人の子であると思い知らされるそれは、呪いであるか、または祝福であるのか。まぁ、そんなのどうだっていいか。


















───────✄────────


















意識を失ってる間、随分と長い走馬灯を見ていた。不幸の連続、そして最後に訪れる幸せ。これで人生が終われば最高だったのに、ともう釣り上げることすら出来ない口角がかすかに震える。目の前はもう何も原型を留めていなかった。オレが通っていた校舎はあちらこちらから炎が立ち上り、ガラガラと瓦礫が崩れ落ちる。オレが今いるメインストリートには地割れが入っていて、そこに挟まった何十人もの生徒はそのまま息絶えてしまった。グレートセブンの石像に押しつぶされた者もいれば、逃げきれず炎に飲み込まれてしまう者もいた。名門魔法士養成学校ナイトレイブンカレッジは、大量のファントムによって襲撃された。初めは教師陣、加え寮長達で何とか食い止めていたが、そこでもブロット蓄積量をオーバーしてしまった生徒たちが次々にオーバーブロットを繰り返し、こちらに勝算はほぼなくなっていた。そんな中、こんな内も外もボロボロなオレはなぜか運良く生き残っている。
「デュース、監督生、グリム……ゴホッゴホッ」
ついさっきまで一緒にいたはずの三人が見当たらない。煤のせいで上手く息が吸えず咳き込んでしまう。地獄が、戻ってきた。
「デュース!!監督生!!グリムーー!!」
さっきよりも声を大きくしたが、返ってくるのは炎が吠える声のみ。オレは倒れている生徒を踏まないように慎重にオンボロ寮へと歩く。もしかしたら、という希望を寄せて。───その時だった。
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"」
オレの目の前に巨大なファントムが二体襲いかかってきた。あ、と思った時にはもう遅いとわかった。

死ぬ───────。

まだ握力のある右手で握ったマジカルペンに必死に魔力を注ぐ。何か起きろ、何か起きろ、何か起きろ!!!ここまで来てまでまだ生にしがみつくオレを自分で嘲笑しつつも、魔力を込める。ファントムからの攻撃が振りかざされる時、オレは視界を瞼で塞いだ。




















































「…………………いたっ」

チクリとした痛みで目を覚ます。
「あら、起きたの。寝ている間に済ませようと思ったのに」
その光景に、オレは絶句した。
「母さん………?それ、なに?」
「何っていつもやっているでしょう?というか、あなたが率先して引き受けるって言ったんじゃないの。今日から、あなたはお兄ちゃんの代わりよ」
そして見たことのある禍々しい笑顔に全身の毛が逆立つのを感じた。その悪魔が手にしている注射器の中には、あの明るい色の液体が入っていて、それが滴っている針がてらてらと光る。
「…………や、やだ、母さんやめて……」
「あら何言ってるの?エース、あなたは"生贄"なのよ」

ああ、こんな時だけ名前を呼ぶのはやめてくれ。

やっぱり駄目なのか。裏切り者は所詮、裏切り者だ。今まで犯した罪に応じて罰を受ける、裏切り者。

でも、オレは何を犯したのだろう。自分自身のユニーク魔法でさえ、オレへの罰になるのか。手足の自由は既になかった。はは、笑えるな。オレは湿った息を吐き出し笑う。






















「もう、死んでもいいかな」

Comments

  • はにわ
    August 6, 2025
  • 雑食

    続きはどこですか...。

    June 21, 2023
  • 龍華
    June 11, 2022
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