あなたが わたしを よぶように
どうも、実はこっそりと5日のFateオンリー「正義の剣」に参加していたタカムラです。オンリーで出せたら出そうと思っていたけど結局出せなかった三槍弓ネタから書き途中だったディル弓を上げてみました。三槍弓リベンジは夏コミかなー。 *ディル弓は弓がディルに対して甘いと良いと思います。二人でほのぼのしてると可愛いよね!後輩属性ディルと世話焼き属性アーチャーの組み合わせが大好きです!!同じくらい病んディルも好きですが←
- 191
- 163
- 10,090
彼の自分を呼ぶ時の声が好きだ。
柔らかく響く声音、誰が呼ぶよりも甘く聞える。
自分がそう聞えるように自分もまた彼をそう呼びたいのだが、何故だか上手く行かない。彼の名を呼ぶ事に抵抗がある、というよりは躊躇いがあるのだ。
今日もまた果敢に挑戦してみるのだが、どうしてもそのたった一言が出てこなかった。
アーチャーには最近気になる事がある。別に大した事ではないし、もしかしたら自意識過剰なのかもしれない。という程度には気になる事柄だ。
それは日常的に起こるディルムッドとの会話での事。
「あ、こんにちわ…アーチャーさん」
「ああディルムッドか。今日も教会の手伝いかね」
「はい、今日は来週のバザーで使う飾りを買い揃えに新都の方に行こうかと」
「そうか。なら途中まで一緒に行かないか?私も凛に頼まれて本を取りに行く所なんだ」
「はい、喜んで」
「すいません、俺の買い物まで付き合って頂いてしまって…」
「いや此方こそ横から口を挟んでしまって悪かったな。君が困っているように見えたから、つい」
「困っていたのは事実ですから。え…っと、アーチャーさんが声を掛けてくれなかったら目に付くもの全部買っている所でした」
「それは…帰ったらカレンに大目玉、いやバザーが終わるまで嫌味を言われるな」
「はは、本当に助かりました―アーチャーさん」
「…アーチャーさん」
「うん?ディルムッド、どうかしたのか?」
「いえ…何を言うか忘れてしまいました」
時々、ディルムッドの様子が可笑しいのだ。自分の名前を呼ぶ時に少し間があったり、どこか言い難そうだったり、たまに用も無く呼ばれたり。
最初はアーチャーという名が彼の時の聖杯戦争―十年前の第四次聖杯戦争での《アーチャー》が別人だから呼び辛いのかと思った。しかし今は当時のアーチャー、つまりギルガメッシュの事は真名で呼んでいるし、名を混同してしまうという事は無くなった筈だ。それに、それが理由だとしたら無意味に名を呼ぶ理由が判らない。
「と言う訳で理由を聞きたいんだが」
「え?ええ!?」
考えても判らないのなら本人に直接聞いてしまえと、丁度良く衛宮邸にやって来ていたディルムッドにアーチャーはお茶を出すついでに問い質す事にした。彼にしては珍しい積極性である。
当のディルムッドは急なアーチャーの質問に目を白黒させ、それから何故か気まずそうに顔を逸らした。
「そんなに言い辛い理由なのか」
「えっと、まあ、その」
歯切れの悪いディルムッド。いつもはこんな様子を見せないため、余計にその態度が不審に映る。余程都合の悪い理由なのか、それとも。
「もしかして私が気に食わないとか」
「どうしてそうなるんです!?」
ガタッ、と対面に座るディルムッドが食卓に乗り上げん勢いで身を乗り出してきた。その後「俺がアーチャーさんを嫌うなんてあり得ません!」と熱弁を重ねる。
「突然この十年後―俺から見れば、ですけど、に呼び出されて右も左も判らない俺に親切にしてくれたアーチャーさんを嫌う訳が無い」
「だが随分私の名を呼ぶ事に躊躇いがあったようだが」
ギルガメッシュと混ざってややこしい、と言うならともかく、既に呼び分けが出来ているのに私の名だけ呼び辛いという事は何かしら感情的な理由があるのだろう?とアーチャーが続けると、ディルムッドは一転口を噤み再び気まずそうに視線をアーチャーから外した。心なしか顔が赤らんでいる気もする。
貴方の事が嫌いだから、と言う訳じゃありません。そう小さく呟いたきりディルムッドはその口を貝のように閉ざした。
こうなっては頑ななこの男の事、ちょっとやそっとの事では口を割らないだろう。と自分の事は棚に上げた分析をしたアーチャーは、やれやれと肩を竦め言いたく無いなら「無理には聞かないが」と前置きした上で素直な自分の意見を口にした。
「まあ理由はどうあれ呼び難いと言うなら無理に呼べとは言わないが…。残念だな、私は結構君の声で名を呼ばれるのが好きだったのだが」
「え」
ディルムッドの瞳が驚きで見開く。何だか、とても、嬉しい事を言われたような。
「君の声は聞いていて心地良い音だからね、その声で呼ばれて悪い気はしない」
男の私にこんな事言われても嬉しく無いだろうが。苦笑混じりにアーチャーが言う。ディルムッドはその言葉に後押しされ、どうしても今まで言えなかった言葉を搾り出した。
「エミヤ」
囁くような小ささで、だが確りとその言葉はアーチャーの耳に届いた。
「…今、何と」
「もし貴方の許しが得られるなら、貴方の事をエミヤ、と呼んでも良いですか?」
「それ、は」
アーチャーにとって意外な、いや予想外の申し出だった。彼が、自分の名を、真名の方を呼びたいだなんて。
駄目ですか?と眉尻を下げ、微かに首を傾げながら重ねて聞いてくるディルムッドに、アーチャーは困惑したまま可とも不可とも言えなかった。
「本当はずっとそう呼びたかった。けれど貴方は真名で呼ばれる事を厭っていたようだったし、何より付き合いの浅い俺が気安く呼んでも良いものかと…」
真名。それはサーヴァントにとって大切なもの。
聖杯戦争が凍結している今、出自と弱点を晒す真名は戦時に比べれば重要度は下がる。だがサーヴァントとして召喚され、それぞれにクラスが割り振れられ仮の名を得ている以上、己が正体を明かす真名で名を呼び呼ばれるというのは余程信頼の置ける相手でなければ許されない。
加えてアーチャーは他の英霊と違い己の真名を呼ばれる事を極端に忌避していた。ランサーがアーチャーの事を戯れで「エミヤ」と呼んだ時、彼が無言でカラドボルグを連続投影で投げ付けていたのをディルムッドは良く覚えている。
ランサーに対する制裁が極端な例とは言え、アーチャーと付き合いの長い筈の面々も決して彼を真名で呼ぼうとはしなかった。割と何でも受け入れてしまう彼が、唯一拒む行為と知っていたから。
「それでも、貴方が俺に名を呼ばれるのが好きだと言ってくれたように、俺も貴方に名を呼ばれるのが好きなんです」
「それなら別に今のままでも、クラス名のままでも問題無かろう?《アーチャー》もこの世界では私の名だ」
目を見て真摯に訴えるディルムッドと、そんな彼の視線から目を反らすアーチャー。気まずさを誤魔化すようにすっかり冷めてしまった茶を一口啜ると、アーチャーは小さな嘆息を吐いた。
「私が真名で呼ばれる事を厭う理由を、君も多少は知っていると思うが…」
その事はディルムッドも知っている。直接本人に聞いた訳では無いが、同クラスで召喚されている先達や前回の聖杯戦争で好敵手だった少女などに簡潔ではあるが事情は説明されていた。
だが、そんな彼の事情も知りつつも、ディルムッドはアーチャーの真名を、エミヤと言う名を呼びたかったのだ。
「貴方の嫌う事をしようとしている自覚はある。だが、好きな相手の名を呼びたいと思うのは当然の欲求だとは思いませんか?アーチャーさんが俺を真名で呼ぶように、俺も貴方を、真名で呼びたい」
両の掌で湯飲みを包むように持っていたアーチャーの手に、ディルムッドはそっと己の手を重ねた。
その温かさに驚いて、アーチャーは反らしていた目を正面に戻す。魅了の黒子など無くとも、充分に人を惹き付ける山吹色の瞳が真っ直ぐに自分を見ていた。自分の手を包み込む白い掌にやや力が篭る。
「……参ったな」
「え?」
「そんな目で見られては嫌だとは言えないじゃないか」
まるで雨の日に捨てられた子犬のようだ、とアーチャーが苦笑交じりに言うと、ディルムッドはその端正な顔を不服そうに顰めた。
「ああ、そう怒らないでくれ。君にそういう顔をされるのが一番堪える」
「アーチャーさん…」
「ディルムッド、君は私を真名で呼びたかったのではないのかね?」
「はい…って、ええ!?」
先程からアーチャーの言葉に翻弄されっぱなしでころころと変わるディルムッドの表情が可笑しくて、ついアーチャーは笑いを抑えることが出来ず吹き出してしまった。何が可笑しいのか判らないディルムッドはただただ困惑するだけだ。
「あの…今のは真名で呼んでも良い、と受け取っても…?」
「そう聞こえたのなら、そうなんじゃないかな」
「―エミヤさん」
ぴくり、とアーチャーの手が一瞬強張る。
真名で呼ばれるのは矢張り嫌だったんだろうか、と不安に思ったディルムッドが恐る恐るアーチャーの顔色を窺うと、相手は鋼色の瞳を彷徨わせて何だか落ち着かない様子だった。心なしか頬の辺りが赤い気もする。
「エミヤ、さん?やっぱり抵抗がありますか?」
「ああ、いや、そうじゃ無いんだが…。何て言うかだな」
ごにょごにょ。口の中で何事かを呟くアーチャーだったが、その声はディルムッドには届かない。
エミヤさん、と心配してディルムッドが声を掛ける度にアーチャーの顔色はますます赤くなっていく。
「なあディルムッド、一つ頼みがあるんだが」
「はい?何でしょうか」
滅多に人に頼み事をしないアーチャーからの個人的な頼み事とあっては聞かない訳にはいかない。ディルムッドは居住まいを正しアーチャーの言葉を待った。
「人前では今まで通りクラス名の方で呼んでくれないか」
「………え?」
さっきは真名で呼んでも良いと言ってくれたのに、早々に前言撤回されてしまった。
見るからにディルムッドがしょぼくれたのが判ったのか、アーチャーは慌てて理由を説明する。
「君に真名を呼ばれるのが嫌だと言う訳じゃないんだ。寧ろその逆で」
「逆…?」
「だから…君の声でその名を呼ばれると落ち着かなくなる。さっきも言っただろう、その声で名前を呼ばれて悪い気はしない、と」
素直で無いアーチャーの物言いに合点がいくと、ディルムッドは瞠目し、それから花が綻ぶような笑顔になった。その顔がまさに喜色満面と言った面持ちで、アーチャーはとうとう真っ赤になった顔を俯けてしまった。
「判りました、他の人の前では今まで通りにしますね。ええ、貴方のそんな姿を他人に見せる訳にはいきませんから」
「…何を言ってるんだ君は…」
俯いたままプイッと顔を横に背ける仕草が可愛いな、と思ったディルムッドの顔がますます緩む。
アーチャーの両手をそっと湯飲みから外し、自らの手で包んだまま互いの胸の高さへ。見ようによっては腕相撲でも始めようかという格好だが、甘ったるい雰囲気がそうでない事をありありと判らせた。
「でも今は二人だけ。真名で呼んでも構いませんよね、エミヤさん」
白いディルムッドの手から覗く浅黒いアーチャーの手。その指先に軽く触れるだけの口付けを落とすと、ご褒美を貰った子供のように笑うディルムッド。
その姿にアーチャーは「好きにしてくれ」と顔を赤くしたままぶっきらぼうに答えるしか出来なかった。