カケラ紡ぎ【web再録】
2015年5/3のスパコミで頒布した槍弓のweb再録になります。
英霊の座及びアラヤの守護者についての認識、当時シリーズで登場していなかったスカサハについての捏造等が多々あります。またweb再録に当たって誤字の修正等を行っておりますのでご了承下さい。
※表紙イラスト、挿絵の掲載に関しましては担当して頂いたサンド様(user/7902447)(現3様)から了承を頂いております。
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●序章
「貴様、正気か」
秋の空に紫煙が立ち上る。冬木の釣り場はここ暫くの喧騒が幻だったかのようにのんびりとしたこの場所本来の空気を取り戻していた。
気紛れで訪れてはあれこれと騒動を巻き起こす英雄王と彼が引き連れる子供達、ひょっこりとやって来ては釣り上げた魚を根こそぎ頂戴していく虎の彼女やその保護者である少年も今日はまだ姿を見せない。聞こえてくるのは普段は気にも留めない波の音と頭上で飛ぶ鳥の声だけ、そんなのんびりと穏やかで静かな筈の釣り場。その中で唐突に穏やかな空気を壊す、酷く場違いな声が響いた。
声はあくまでも静かだった、だからこそ余計に恐ろしく聞こえてくる。発せられた言葉が刺々しかった事もあり、その声はまるで残り数秒でドカンと破裂する爆発寸前の爆弾を男に連想させた。
言葉を発した男、アーチャーは片眉を吊り上げひしと組んだ腕を解かないまま、こちらを見ようともせずに呑気に釣りを続行している男、ランサーへ鋭い視線を投げつける。
双眸から放たれる視線は素人目から見ても尋常ではない怒気を含んでいる。堅気の出す空気じゃねえな、万が一本職に勘繰られたらどうするつもりなんだか、こいつは。短くなった煙草を灰皿代わりの空き缶に押し付けながらランサーはぼんやりと思う。
けれどそう思いつつも彼は怒り心頭といったアーチャーの様子を別段意に介した様子もない。怒気に反応しているのか釣竿に全く当たりのこない現状だけが少しばかり気がかりではあった、けれども彼にとってアーチャーの怒りはその程度の認識しかなかない。
くあと盛大にあくびをした後、新しい煙草を取り出し咥えたランサー。その姿にアーチャーのこめかみに青筋が走った。
喧嘩をする為にここに来た訳でも、こんな事を言いに来たわけでもない、と苦し紛れに手元の釣竿を微調整し始めたランサーを眺めながらアーチャーは胸の内で吐き捨てる。挑発しているようにしか聞こえない言葉と視線を発してはいるが、断じて彼はランサーに喧嘩を売る為にわざわざ彼に会いに来たわけではない。寧ろ、本来の目的は逆だったのだ。
「そう殺気立つなアーチャー、別に嘘ついてる訳でもねえのによ」
「…なら、より一層貴様の気を疑うな」
アーチャーが詰まった様に言葉を切る、咥えた煙草に火がつけられる。
「終わらせる気はないだと?その意味を理解しているのかランサー」
恋仲である男の言葉にランサーは表情一つ変えずに紫煙を吹き出した。
今回、アーチャーはランサーに礼を言う為に釣り場を訪れていた。
普段であれば、アーチャーが律儀な性格とはいえわざわざ釣り場に足を運んでまで礼を伝えたりはしない。けれど、アーチャーがあえてここを訪れて、ランサーにそれを告げようと決めたのには理由がある。原因は今日の日付だ。
十月十一日。
繰り返された四日目、その最終日。
そして、今日は彼等だけが知っている『最後の』十月十日だ。
今日が終われば彼等は消える。
元々一人の願いを叶える、そのピースを埋める為だけに配役された存在である彼等は、今日の舞台が終われば現世で成すべき仕事はなくなり、必然的に各々の座に戻っていく。
そこに例外は存在しない、それは恋人になったとはいえ所詮はサーヴァントであるランサーとアーチャーも同じ事。アーチャーは今日が彼等の別れの日であり、それぞれなすべき事がある彼等がゆっくりと顔を合わせる事が出来るのは今この時間だけだと知っていた。
それが分かっているからこそ、彼はランサーに伝えたかった。
カケラである分霊が経験した、守護者である以上いつかは記録ごと忘れてしまう思い出ではあるけれど、それでも共に過ごした日々は幸せなものだった。それを偽りなく伝えよう、この関係を築いた時から最後はこうしようと彼は決めていた。
――君とこのような関係になるとは想像すらしていなかった。だが、守護者の身にありあまる良い夢を見せて貰った。
たった一言。その一言を告げた時点でこの関係は終わる筈だった。けれど。
――俺はここで終わらせる気はねえぞ。
顔すら見ずに至極あっさりと言い放たれたその言葉のせいで、綺麗に終わる筈だった関係は未だに継続している。
正直、アーチャーはランサーの言っている意味を理解出来なかった。いや、理解したくなかった。
ランサーが言うアーチャーの関係を終わらせる気がないと言った。つまり、彼はこの先もアーチャーと共にいる事を望んでいると言ったのだ。そしてアラヤの守護者であるアーチャーが外野の英霊であるランサーと共に、彼の傍にいる方法はただ一つ。
「ランサー貴様、アラヤを敵に回すつもりか」
アーチャーをアラヤから攫う。ランサーはそう宣言したのだ。
彼の宣言を明確な形で口にしたアーチャーの顔が歪む。浮かべている表情を言葉と空気で察したのか、火を付けたばかりの煙草を空き缶に押し付けてランサーが口を開く。
「まあ確かに無茶な約束になる。叶う確率より叶わねえ確率の方が遥かに上、下手をすりゃテメエの言う通り厄介なもんを敵に回すことになる」
「っ、そこまで理解していながら…」
「けどな」アーチャーの言葉を遮りながらランサーは心のまま確信を持って答える。「例えそうだとしても、何もしないままで黙ってお前を取り逃がすよりはマシってもんだぜアーチャー」
言い放たれた言葉にアーチャーの眼が見開かれる、気を抜けば震えそうになる拳を強く握る事で必死に堪えた。ランサーがこの手の類の話で嘘をつかない事と彼は嫌と言う程理解している、だからこそアーチャーは彼の言葉に一種の恐怖を覚えた。正規の英霊に、それも神話の時代より語り継がれる大英雄が世界を敵にまわす、彼がそれ程の危険を冒してまで手に入れる価値が自分にはあるのだろうか。
――いいや、そんな価値はない、ある筈がない。
考えれば考える程アーチャーの拳が固く握られていく、爪を立てた手のひらがまるで彼の心の軋みに連動するようにぎちりと音を立てた。
「余計な事を考えんじゃねえぞ」
「っ」
どうしたら諦める、どうすれば考えを変える。その方法を模索していたアーチャーの思考を遮る様にランサーが淡々と告げた。その声に反応しアーチャーが意識を現実へと戻せば、いつの間に海から視線を移していたランサーがまっすぐに彼を見つめていた。
赤い双眸が炎のように輝いている、爛々としたその奥に固い決意の色が浮かんでいるのを見つけてアーチャーは思わず言葉を詰まらせ、思考を止めた。
「まあお前の事だ、考えるなと言うほうが無理だな。けどな、コレはお前がどうこう決める事じゃねえよ。俺がそうしたいから、そうするだけだ」
だからお前にもコレは止めきれないの、そうランサーはアーチャーを打ちのめす言葉を吐いた。
「お前がどう言おうと俺は、お前が欲しいんだよ」
目を細めて獰猛に笑ったランサーに怒っているようにも悲しんでいるようにも見える、そんな複雑な表情を浮かべアーチャーは無言で額に手を当て、目を隠す。ランサーの言葉を嬉しく感じてしまう自分と、価値はないと、何を馬鹿げた事を言っているのだと感じてしまう自分がアーチャーの中で交互に叫んだ。その姿をランサーはじいと見つめる、暫くの間二人は無言で対峙した。
どれ程時間が経ったのだろうか。無言で視界を塞いでいたアーチャーが溜息と共にゆっくりと額から手を放し、目を伏せた。そしてもう一度彼が目を開いた時、そこに浮かんでいた感情は怒気でも困惑でもない恐怖でもなく、どこか諦めを滲ませた心底呆れている、けれど僅かに嬉しさの交じった感情だった。
「全く…なら好きにしろ。だが、私はそう長くは待てんぞ」
アーチャーの言葉に煙草をふかしながらランサーはからからと楽しそうに笑って、任せろと言わんばかりに拳で胸を叩いた。
「無理難題なだけでも苦労しやがるってのにこれ以上に時間制限まで付くか!いいねえ、俺ぁ無茶な約束が好きでね弓兵、男としちゃそっちの方が燃えるってもんだろ」
「そうか、では精々励んでくれたまえクランの猛犬殿。期待はせずに居ておくさ」
応、と自信たっぷりに頷かれた言葉にアーチャーの顔に笑みが浮かぶ。
彼にしては珍しい、本心からの柔らかい笑顔だった。
その夜、衛宮士郎の皮を被った悪魔は導きのシスターと供に天の階を昇りきり、
繰り返しの四日間は終了し、彼等は姿を消した。