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【槍弓】うるさいと思っていたのに(※女体化)/Novel by 日月

【槍弓】うるさいと思っていたのに(※女体化)

23,052 character(s)46 mins

いつの間にか惚れていた話。現パロ高校生槍弓。弓が先天性女体化です。周辺人物も少し出てきます。年齢操作(と言っていいのか微妙ですが)もあります。真名で呼び合ってます。槍が健全な高校生です。
槍弓は何を書いてもn番煎じになる気がするんですが、私には1回目なので石は投げないでください。槍は投げていただいてもいいです。よろしくお願いします。

前回の槍弓にブクマ・いいね・コメントくださった方ありがとうございます! めちゃくちゃ楽しんで書いた話だったのでたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。

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※キャプションご一読をオススメします。

「クー・フーリン!」
 呼び止める声にうんざりとする。今日は見つかったか。ダッシュしてかわしたいが以前逃げたら昼休み開始に合わせて教室まで迎えに来られてやっかいだった。
「貴様今日もイヤリングをつけているな」
「あーはいはい」
「ほしいのは返事じゃない。取れと言ってるんだ」
「はーい」
 抵抗すると長引くのでイヤリングを外して鞄の中に放り込む。校則を気にしない先生も多いから、後でつけ直せばいい。小学生の頃に日本に来て、ある程度文化にも慣れた中でいまだに馴染まないのが生徒の格好は均一であれという考え方だ。イヤリングしてて周りに不都合あるか?
「前から思ってたんだがアンタ、毎朝暇なのか?」
「暇ではない。朝練をしてから委員会に参加している」
 オレの行動に満足そうに頷くエミヤの腕には「風紀委員」の腕章。律義につけているヤツなんてコイツ以外に見ないし、そもそも委員会にちゃんと参加してるヤツも少ないだろう。高校に入学してから数ヶ月、オレはしょっちゅうコイツからお小言をもらっていた。初めて会った時髪の色を指摘されて生まれつきだと言ったらものすごく申し訳なさそうにしていたのに、殊勝だったのは初日だけだった。
「朝礼始まるまで朝練してろよ」
 どこの部活に所属してるか知らねえけど。
「む。委員会の仕事をサボる訳にもいくまい」
 サボっても誰も困んねえと思うし、少なくともオレは助かるんだがな。
「一体何時に起きて」
 るんだ、と聞こうとしたら朝礼開始五分前の予鈴が鳴った。現在地正門、一年の教室は三階。やべ、と走り出す。履き替えた靴を叩きつけるように靴箱にしまってまた走り出すと、後ろでエミヤも走っている気配がして思わず振り返る。
「おい廊下走んのはいいのかよ!」
「良くないが、朝礼に遅れるよりはマシだろう!」
 陸上部のオレに追いつくことはいくらなんでもないが、女子にしちゃなかなかいい走りだ。階段を登り切った所で姿が見えなくなったものの、奥にある教室に走り込んだ時にはエミヤも自分の教室に辿り着いていた。

 九月も後半だが暑い日は暑い。朝から照りつける日差しに半袖を肩まで捲り上げる。
「制服もまともに着れんのか」
「よう」
 今日も会っちまった。他の生徒に紛れようにもオレの髪では目立つんだから仕方ない。エミヤの白髪と褐色の肌も充分に目を引くものの、どうやらコイツはオレより目がいい。朝練なんだか当番の都合なんだか本当に監視の目をかいくぐれたんだか、見かけないことも稀にあったが、ほぼ毎日捉まった。またうるさく言われる前にイヤリングを鞄に放る。エミヤは片眉を上げて、袖も、とだけ言った。
「涼むぐらいいいだろうよ。日本は湿気がヤバイんだよ」
 文句を言いつつ上げたばかりの袖を下ろす。皺が寄ってしまったのは適当に伸ばした。
「朝は五時頃に起きている」
「あ?」
 脈絡なく話が変わってマヌケな声を上げてしまう。
「昨日、私に聞こうとしてなかったか」
 ああ、と思い出す。予鈴のせいで聞きそびれていたやつか。別にわざわざ聞き直さなきゃいけないような話でもなかったんだが。
「朝練あるにしても早くねえ?」
 陸上部はグラウンドの都合で週一しか朝練がないが、七時集合だからオレは六時半に起きて朝メシをかき込んで髪を上げてダッシュで向かう。兄貴と違って短髪なので時間は大してかからない。エミヤの家がどこにあるのかなんて知らねえけどいくらなんでも早くねえか。
「弁当を作る時間がいるからな」
「弁当って自分の? 親に作ってもらわねえの」
「両親は仕事で忙しい。むしろ私が両親のも作っている」
「いい子ちゃんかよ」
 委員会の仕事だけじゃなく生活態度も優等生かよ、というからかいにエミヤは怪訝そうな顔をする。多分コイツにとっては当然のことなんだろう。
「よおクー、おまえまたエミヤにつかまってんのか」
 クラスメイトが肩を叩いて教室に向かっていく。
「捉まりたくて捉まってんじゃねえんだよ!」
 どーだか、と遠ざかっていくクラスメイトは笑う。
「君もそろそろ行かないとまた遅刻ギリギリになるぞ」
「お前は」
「私は仕事を全うする」
 いやそんなキリッとした顔してもな。別にやりたいんなら止めはしないが。じゃあな、と言ってエミヤを置いていった。

 高校生男子に猥談というのはつきもので、オレもまあクラスメイトとか部活の連中とかと話すが、部室で着替えている時にお前よくエミヤさんと話してるよな、と先輩に言われた時には失礼ながら、はあ?と声を出してしまった。
「今、いい女が誰かって話してませんでした?」
「だからエミヤさんの話聞いたんだよ」
 は?と二人で首を傾げ合う。
「お前知らねえの、エミヤさん結構人気あんだよ」
 横からエミヤと同じクラスのヤツに言われてもなおピンと来ない。
「小言めちゃくちゃうるせえじゃん」
「いやいや。しかってもらうの目当てでわざとやらかす奴いるぐらいだからな? クーもそのクチかと」
「んな馬鹿な。オレは回避したいぐらいなんだが」
「もったいねえなあ。体型も最高じゃんあの子」
 両手で円形を作って広げたり狭めたりまた広げたりする先輩を横目にエミヤの身体つきを思い出す。胸はデカいのに腰は細くて、後ろ姿はあんま見たことねえけど多分あのプロポーションなら尻も張りがある感じだろう。
「あー悪くねえッスね?」
 悪くないどころか好みだ。女として見るつもりがなくて気づかなかった。
「しかも胸の方は弓道用に潰してあの大きさなんじゃねえかって噂だからな」
「弓道?」
「お前マジでエミヤさんに興味ないのな。あの子一年生にして女子弓道部の実力者だぞ」
「あの清純そうな感じで夜は、って妄想がまたいいんスよね」
 下卑た妄想に二人とも情けない顔になってる。
「モテるクーにはああいうのは物足りねえの?」
「や、単純に考えたことなかっただけで」
「いいよなー余裕あるヤツは。しかし部活も知らねえってことはお前からはエミヤさんの情報は聞けねえのか」
「朝しか会ったことないんで……あー弁当自分で作ってるとか言ってましたけど」
「待て、弁当っていつも教室で広げてるやつか。うまそうなの」
「料理もできんのかよ。嫁に欲しい」
 今度は台所に立つエミヤの妄想にでもなったようだ。
「料理ぐらい自分で作ったらいいじゃないスか」
「おい頼むモテるヤツがさらにモテるようなこと言うな」
「そうだそうだ」
 結託した二人に何故かくすぐられて話は終わった。

 翌日。今朝もエミヤに話しかけられて、つい顔の下に目線を向けそうになる。まあ見た所でエミヤが気づくとも思えないが。本人に不快な思いをさせるんじゃないなら良くね?と思って視線を口に、首に、と下げていく。髪が短いのでブラウスのボタンが開いていれば鎖骨も見えるんだろうが、残念ながらきっちりと閉められている。もう少し、と思ったらエミヤの顔が下りてきて思わず後ろに下がる。不思議そうに様子を窺われていた。
「随分と挙動不審だが何かあったのか?」
「や、別に」
 何中学生みたいなこと考えてんだオレ。自分に呆れてイヤリングを取ると、エミヤに腕を掴まれた。
「イヤリングのことだが毎日つけてくるぐらいなんだから、大切なものなんじゃないのか? 鞄に投げずに袋に入れろ」
 青い布のようなものを渡されて戸惑う。くるめってことか?
「巾着だ。鞄にくくりつけておけば、君のように乱暴に扱っても失くさないだろう」
 紐をほどいて布を開いてみせる。なるほど、袋状になってんのか。
「つけてくるなとは言わねえの?」
「もう何度も言ったが? 改めないのならば方法を変えるしかない。校則は学校でつけるなと書いてあるだけで登下校中のことには言及していない」
 ほら、ともう一度差し出される。
「もらっていいのか」
「構わない。余り布で作っただけのものだ」
「えっ手作りかよすげえ」
 素直に感心したら大したことじゃない、と返事はかわいくなかったが誇らしげな顔をしていた。受け取ってイヤリングを入れてから落とさないように鞄に結ぶ。
「鞄の内側に入れないと落とすぞ」
「作ってくれたのに見えねえの、もったいなくねえ?」
「イヤリングを落とす方がもったいない。せっかく似合っているのに」
 くるりと巾着を中にしまわれる。
「似合ってる?」
「ああ。校則的に良くないというだけで、見た目としては合っている」
 先輩達が「エミヤが人気」と言ってたのはコイツの言動によるものもあるのか。耐性のないヤツなら好かれていると勘違いもするだろう。エミヤ本人に誑かすつもりはないんだろうが。
「校則破らなきゃいいってことは、例えばオレが髪伸ばしてみるとかはアリなのか」
「いいんじゃないか。伸ばしたらより美しく、日にかざせば輝くような髪になるだろうな」
 幸せそうな顔をされる。小言を言われるようなことをしなければ当たりの強さはなくなるのか。オレでも好意を寄せられているのかと勘違いしそうだ。
「お前、他のヤツも褒めんの?」
 言ってからまるで嫉妬してるみたいだなと苦笑する。別に他の誰かを褒めてくれるなと言いたい訳ではない。エミヤはきょとんとしていた。
「特に褒めてはいないが? 事実を言っただけだ」
 うん、性質が悪ぃなってのはよく分かった。ちょっと危ないんじゃねえのコイツ、と思った数日後に案の定男に絡まれているエミヤに出会うことになる。

「悪いが無理だ」
 部活の後、帰ろうとしたら裏庭から聞き覚えのある声がして仲間と別れて校舎の裏を覗く。日が落ち始めた薄暗い中でエミヤの白銀の髪が浮かんで見えた。
「頼めば何でもやってくれるって聞いたんだけどなあ」
「君のためになることならばするが」
 エミヤは胸の下で腕を組んで頑なに拒否しているようだった。不快そうな表情こそしていないものの、譲る気がない様子は分かる。
「なんでだよ、好きなヤツでもいんのかよ」
「いないが」
 エミヤが告白されているようにも見えなくはないが雰囲気が妙だ。
「じゃあオレと付き合ってよ。オレはカノジョとラブラブ幸せ生活を送りたい訳よ」
「だから私ではラブラブ幸せ生活にならないのでは?」
 会話の内容を理解して頭が痛くなる。誰でもいいから恋人が欲しくてエミヤに声をかけたってとこか。やってることも言葉のセンスも最悪だ。
「エミヤ、なんで裏庭になんていんだよ」
 コソコソと盗み聞きをする趣味はないので、状況だけ分かったら堂々と歩いて二人の前に出る。男はぎょっとしたようにオレを見た。自分が目立つ人間なのは知っている。せいぜい知名度を活かして威嚇してやろうとエミヤからは分からなそうな位置でぎろりと男を睨む。
「探しただろ」
 エミヤはオレに視線を向けつつも依然として腕を組んでいた。胸が強調されるから止めた方がいい。いや、やっぱ眼福だから止めなくていいや。
「クー・フーリン。何、」
 エミヤが余計なことを言う前に腕を掴んで男の横を通り過ぎる。グラウンド横に出て男が追って来ないのを確認してからエミヤの腕を離した。
「君と約束をしていた覚えはないが」
 オレだってない。そもそも連絡先も知らない。
「絡まれてたから助けてやったんだろ」
「別に力を借りなければならないような状況ではなかった。話を聞いていただけだ」
「お前、頼まれれば何でもするのか?」
「何でもはしない。というか聞き耳を立てていたのか? 趣味が悪いぞ」
 エミヤはハッと鼻を鳴らす。なんだよ、わざわざ声かけてやったのに。
「たまたま通りがかったんだよ! なんか危ねえ雰囲気だったじゃねえか」
「告白を聞くことが? そもそも私は断っていただけだ」
「言いつのられたら拒否できなかったんじゃねえの」
 う、と初めてエミヤがたじろぐ。
「しかし付き合って彼のためになるとも思えん」
 自分が嫌だからじゃなくて、相手のためにならないから断ったのかよ。無性に苛立ってエミヤのすぐサイドの壁に拳を打ちつける。すぐに後悔するがエミヤは全く動じる様子がない。
「私以外の人間にやったら恐がられるぞ。気をつけろ」
「お前は恐くないのか」
「だって私を害する気はないんだろう? 何故怒っているのかは理解できないが」
 見上げてくるエミヤに夕日が当たる。そういえば朝以外にエミヤに会うのは初めてだ。
「相手にメリットがあれば誰でもいいのか。自分の気持ちは関係なく」
 少し落ち着いて問いかける。
「別に構わない、と言いたい所だが想いがないのに付き合うのも不誠実だろうな」
 最低限の判断はできるようで良かった。
「逆に想いはあるけど相手にメリットがなければ?」
「聞いていなかったのか? 恋愛対象として好きな人はいない」
「例えばの話だ」
 エミヤは困惑したように口に手を当てて考えこむ。考えたことがなかったらしい。誰かを好いたことがないんだろうか。
「まあ付き合わないだろうな。相手のためにならないのならば」
「気に食わねえなあお前」
 気に食わないが放っておく気にもなれない。ふらふらされんのも面倒だし惚れさせてオレの側に置こう、と決める。
「む、なんなんだ、君から聞いておいて」
「まあいいや帰ろうぜ。送ってく」
 大抵の女子からは喜ばれることを言ったつもりなんだが、エミヤは警戒心を隠すこともなくオレに相対する。頼むから用心は他のヤツにしてほしい、と思いながらエミヤに家の場所を聞いた。

「よ、おはよう」
 朝、オレから声をかけるとエミヤは目を見開いた。耳元を見やって今度はぽかんと口を開ける。エミヤから指摘される前にイヤリングは外していた。
「おは、よう。どうしたんだ今日は。寝坊でもしたのか」
「いんやさっきまではつけてたが、もらった巾着にしまった」
 鞄をぽんと軽く叩く。エミヤに言われた通り巾着は鞄の中にしまっていた。
「なあ、お前今日も弁当か? 昼一緒に食わねえ?」
 先程からなんとなくあった登校する女子からの視線をはっきりと感じる。でも注目されることに今は興味が湧かなかった。
「弁当だが、どういう風の吹き回しだ」
 エミヤは両手を腰に当てる。今度は男どもの視線がエミヤにいって腹が立つ。
「別に。お前の弁当見てみたいと思ったんだよ。オレはパンだけど」
 コンビニの袋をエミヤの目の前に突き出してエミヤの身体を男らから隠す。
「結構な量だな。野菜も取った方がいいと思うが」
 エミヤは興味深そうに袋を覗き込む。
「運動すると腹減るからガッツリしたもん食いたくなるんだよ。で、どうなんだ、ダメなのか? 他に誰かと約束してたりすんのか」
「いや特には。ただ、いつも弓の練習をしているから急いで食べて弓道場に向かう」
「昼も練習してんのかよ。見に行くのは?」
「静かにしているなら。と言っても部外者は外からしか見られないぞ」
「構わねえよ」
 鞄から携帯を取り出してほら、と促す。エミヤの視線は携帯とオレの顔を行ったり来たりする。
「連絡先教える。わざわざ教室まで呼びに行くの目立つだろ」
「ああ、君は人目を引くだろうな」
 お前も目で追われんだろうけどな、と思いつつ納得したようにようやく取り出した携帯で連絡先をやり取りした。

 昼食は屋上で食べることにした。ベンチも設置されていてカップルで混む場所だが、涼しくなってきたからか思った程の人はいなかった。
「うお、うまそう」
 エミヤが開けた弁当を覗き込んで声を上げる。米に梅干しは日本人によくあるスタイルだが、シャケをほぐしたような物が乗ってる。おかずもにんじんは花の形で、黄色い卵焼きと何か緑の野菜と……と見た目も色も鮮やかな弁当だ。
「なあ、なんか一つくれよ。代わりにパンやるから」
 開けてしまったコロッケパンは横に置いて袋を差し出す。エミヤは首を振ってアスパラの肉巻きを箸でつかむ。
「おかず一つとパン一つでは割に合わないだろう。構わないから、ほら」
 口元に肉巻きを持ってこられる。え、と困惑するオレにエミヤは戸惑った様子だった。え、いやオレの方がおかしい訳じゃないだろ。あーんとかカップルじゃないとやらないだろ普通は。辺りを見回して誰も見ていないことを確認して大きく口を開けると舌の上に肉巻きが置かれた。エミヤはまだ弁当に手をつけていなくて、オレも箸には触れていないので間接キスにはならないのかもしれないが、なーんか無防備なんだよなあ。考えながら口を動かすとシャクシャクと瑞々しい音がする。冷めた肉は固いのかと思いきや食べごたえがあり、塩コショウの加減とアスパラの水気がちょうど良く合う。エミヤは弁当を持ったまま感想を待っていた。口の中のものを味わい尽くしてペットボトルの水を飲む。
「……もう一個」
 ふ、とエミヤが笑うので口を開けて待ち構える。
「一日一個までだ」
 いただきます、と手を合わせてエミヤはすげなく弁当を食べ始める。なんだよ、もっと食べたいって割と最上級の褒め言葉じゃねえ? 開けた口は仕方なくパンを頬張る。一日一個ってことは明日も一緒に食べられるんだろうか。今度はお茶を買ってこよう、なんて思いながらパンを食べ進めていく。会話はない。弓道場に行くためにエミヤも急いでいるようだったからあえてオレから話しかけることもしなかった。
 食べ終わったのはほぼ同時だった。弁当を片づけて立ち上がるのにオレも続く。
「本当に見にくるのか?」
「邪魔になるか?」
「いや。でも着替えるから時間がかかるし、そもそも見て楽しいか?」
「見たことないから分かんねえ」
「確かに」
 迷う様子のエミヤに余計に好奇心をくすぐられる。辿り着いた弓道場には誰もいなかった。昼休みに校舎から離れている弓道場まで来て着替えて練習をして、となると時間がかなり厳しいから昼練をする部員は少ないのだと言う。中には当然入れないし入るつもりもないが、着替える間ぐらいは問題ないとエミヤが言うので入り口の所に座らせてもらった。人の声は全くせず静かすぎて鳥の声が聞こえてくるぐらいだ。なんだか落ち着かなくて立って弓道場の奥を覗いてみたり座り直したりとうろうろしているうちにエミヤが戻ってきた。
「何をそわそわしてるんだ」
「や、別に」
 弓道着姿のエミヤはいつも以上に隙がないように見えた。気を散らせるのは悪いだろうと思って外から弓道場を眺める。横からエミヤと的の両方を確認するのは難しくて、とりあえずエミヤが見られる所に立った。オレが気配を殺す前からエミヤは集中して自分の世界に入り込んでいるようだった。競技は違えど、張りつめたような緊張感には通ずるものがある。矢をつがえ、弦が引き絞られ、ひゅんっと予想以上のスピードで矢は飛んでいく。的に当たったような音がしたが、オレはエミヤから目を逸らせなかった。エミヤは次の矢を準備してまた打つ。弓道をしている姿がいい、と言っていたのは先輩だったか一年のヤツだったか。清廉な姿を見てやましい妄想をする気なんて起きない。
 放っておけないとか落としてみたいとか、人としての良心や対抗心から来る興味だと思っていたけど、違う。庇護したいという気持ちではない、エミヤを弱い者とは思っていない。でも側にいたい、何か困っていたら助けてやりたいと感じた。単にオレが惚れているんだ、と背筋の伸びた凛とした姿を見てすとんと理解した。
「クー・フーリン」
 呼びかけられてハッとする。予定していた矢を全て打ち終わったようで、身体を移動して逆側を見たらいくつもの矢が的を貫いていた。
「やはり手持ちぶさただったのでは?」
「いいや。大したもんだな」
「まだまだ。上には上がいる」
「構えの綺麗さとかは点になんねえの?」
「いかに的に当てられるかどうかが評価基準だからな」
 エミヤは汗を拭い、胸当てを外す。
「もったいねえな。雰囲気も見るなら余裕で優勝だろ」
「私より射形が美しい人はたくさんいる。弓道が気に入ったか?」
「おう。キレイだった」
 弓道がというかお前が、と言うのは控えた。今言っても伝わらなそうだ。
「暇があるなら明日からも来ればいい」
 代わりにエミヤから見学の許可を得た。

 毎日朝にエミヤに挨拶して、昼は一緒にメシを食べて弓道を見に行くようになった。昼はなんとなく教室にいたヤツと取っていただけなのでエミヤ中心の生活になっただけで特に問題はない。エミヤに友達と食べてたんじゃないかと聞いたら、静かなのが好きなので特定のグループには入っていなかった、と言っていた。女子同士のコミュニティは傍から見ていて面倒くさそうだなと思うので本人が気にしてないなら大丈夫なんだろう。オレは隣にいていいのかと聞いたら君はうるさいけど鬱陶しくはないからいい、と言われた。違いがよく分からんが許されてはいるらしい。そしておかずは本当に一日一品食べさせてくれるようになった。例えばハンバーグが主食の日は予めオレのための小さめのハンバーグが一緒にパックされている。専用の箸を用意され、箸入れごと渡される。もらってんだからせめて割り箸を持ってくる、と言ったら割り箸では味が変わるし毎日使い捨てはもったいない、と言って受け入れてもらえなかった。じゃあ箸を借りて洗ってくるようにする、と言ったら洗い物が一つ増えるぐらい大したことないとまた断られる。言いくるめることも考えたが、エミヤが家でオレ専用の箸を洗ってんのもなんかいいなと思ってしまったので諦めることにした。
 好きだ、付き合いたい、という話はちゃんとした。弓を引いているのを見た直後に言いたいぐらいだったが、昼休みのバタバタしている時に言うのもよくないだろうと思って放課後につかまえて告げた。エミヤは人違いでは? 思い違いでは? 無理だ、と拒否の一点張りだった。硬い表情が本当に嫌がってのものなのかオレのために付き合わないとかまた訳の分からないことを思ってのものなのか、エミヤのことをまだよく知らないオレには読み解けなかった。本人の意思を無視して手籠めにするのも張り合いがないので、じゃあ惚れさせてやる、と宣言して今に至る。しかし意気込みはことごとく空振りに終わっていた。毎朝イヤリングを外していたら見られなくなるのも寂しいものだなと言われたり、伸ばし始めた髪を愛しそうに眺められたり、どちらかというとオレが口説かれているような気分になってくる。褒めるのがうまいなと告げたら、君は美しいからなと返される始末だ。
「ねえねえクーって今エミヤちゃんと付き合ってんの?」
「アイツのことちゃん付けで呼んでる人間初めて見た」
 教室で比較的仲の良い女子に言われてまず驚いてしまう。
「大げさだなあ。ちょっとしか話したことないけど面白い子じゃんエミヤちゃん。女遊びの激しかったクーについに本命が?って泣いてる子もいるんだからねえ」
「噂程遊んでねえからな、オレ」
「女の子をとっかえひっかえ」
「してねえ。彼女できても長続きしなかっただけだ」
「常に誰かと遊んでる」
「文字通り、カラオケ行ったりとかの遊びはしてっけど。なあ、エミヤにも誤解されたまま伝わってたりすんのかな」
 信じ込みそうな気がしないでもないし、だらしないヤツだと思われてたら凹む。
「なあに、本当にベタ惚れじゃーん」
 興味深そうに身を乗り出してくる。机越しとはいえ距離が近い。
「身体目当てなのかと思った」
「身体も好みデス」
「はは、正直! でもセクハラ発言は女子に嫌われるよ?」
「いやお前が言ってきたんだろうよ」
 呆れるがクラスメイトは意外にも真剣な顔をしていた。
「エミヤちゃんも発育いいからジロジロ見られること多いだろうけど、ああいうの結構気持ち悪いからね」
 男ども全部ぶっとばしてえ、と自分のことを棚に上げて殺意が湧く。先輩たちにエミヤの手作り弁当の話をしたのも余計な妄想を助長するだろう。エプロン姿とか。おかえりなさいからのよくあるセリフとか。本当に失敗だった。
「彼氏って立場なら?」
「当人同士がどう思うかだろうけど中身も見てほしいよねえ。えっほんとに付き合ってんの?」
「オレの一方通行。エミヤ鉄壁すぎ」
「エミヤちゃん、初心な感じするけどね~。むしろ迫られること少ないから頑ななのかな? 大人の男の人とか合いそう。優しくて包容力があってリードしてくれそうなタイプ」
「やめろ。お前の想像の中の男殴りたくなる」
 なんか該当しそうなのが兄貴なのもムカつく。後残念ながら迫られるのが少ないって線もないだろう。告られてんのに気づいてない可能性はあるか。
「あはは。まあクーみたいな慣れてる男の子が勢いでいくのもありだと思う」
「勢いなあ」
 告白はもうしたんだが。
「手を出せって意味じゃないからね。かわいそうなことしても抵抗しなそうで心配だけど、エミヤちゃんの代わりにあたしがひっぱたくね?」
「お前はエミヤのなんなんだよ。エミヤだって本気で嫌なら抗うだろ。……抗ってくれエミヤ……」
 脳内のエミヤが知らん男に説き伏せられそうになって懇願する。皮肉屋なくせに鈍いから困る。
「私がどうした」
 机に突っ伏していたら横から話しかけられてうわっと顔を上げる。エミヤが立っていた。
「名前が聞こえた気がしたんだが、お取込中だったか」
「お取込んでねえ! 何、珍しいなオレの教室来んの」
 慌てふためくオレにクラスメイトは大笑いしている。クソ、エミヤが近づいてくるの気づいてやがったなコイツ。
「君への用事じゃない。文化祭実行委員の資料を渡しに来た」
 つれなく返事をして、さっきまで話していたクラスメイトにプリントを差し出す。文化祭実行委員は通常の委員会とは別にクラスから一名選出されるとかだったはずだ。道理でエミヤのことに詳しい訳だ。
「希望の料理で申請が通ったぞ」
「わざわざごめんねえ。ありがと」
「いや、自分のクラスのついでだから」
「エミヤのクラスは何やんの?」
 オレのクラスは話し合いの結果喫茶店で希望を出していた。申請が通ったってんなら準備を進めるんだろう。
「メイド喫茶だ」
「は?」
「だからメイド喫茶だ。萌え萌えきゅんってやつだ」
 真顔で萌え萌え言われても面白がればいいのかかわいいと思えばいいのか微妙だが。
「イヤだ」
 立ち上がってガシッとエミヤの肩を両手でつかむ。
「メイド喫茶はイヤだ」
 本来の形であるクラシカルなロングスカートのメイド服と、日本のオタク文化としてよく見るミニスカートのメイド服を着たエミヤが思い浮かぶ。どっちも似合いそうなのが問題だ。また良からぬことを考える輩が増える。
「飲食で被るからか? コンセプトが違うし、そもそも君が客引きをしたらあっという間に売り上げ目標達成完了だろう」
「お前のクラスの売り上げも伸びんじゃね……」
「クー、エミヤちゃんは料理監督プロデューサーだから」
「料理? 恰好は?」
「ああ、私は裏方だ。動きやすいようにジャージだろうな」
 監督プロデューサーという盛り過ぎな名称はどうなんだと思いつつ裏方という言葉に安心する。
「良かった」
「良くないよ、料理得意なエミヤちゃんが指揮するとか超ライバルじゃん」
「負ける気はねえよ。オレも全力で宣伝する。でもシフト出たら教えてくれよ。エミヤが作る時間帯に食いに行くわ」
 昼メシでは独り占めできるエミヤの味がいろんな人に共有されんのは悔しいけどな。裏にいるならエミヤが作ってるかどうかは分からないだろう。
「エミヤちゃん、クーに何かいかがわしいことされそうになったら私でも周りの人でもいいからちゃんと相談するんだよ?」
「おいオレも自重してるわ」
「ありがとう。ケダモノではないから大丈夫だろう」
「安心してるとパクリとやられちゃうよー」
 散々な言い様だ。
「君のシフトも教えてくれ。訪ねに行くから」
「おう、サービスしてやる」
「あら仲良いじゃん。思ってたより会話成立しててウケる」
 クラスメイトの反応にエミヤは苦笑を、オレはだろー?という言葉を返した。

「よう、そこのお嬢さん方、昼メシ探してんならオレの所にしねえ?」
 喫茶店ということが分かりやすいように腰で巻く黒いエプロンをして看板を持って校内を練り歩く。看板と言っても予算の関係からA3サイズの厚紙だ。エミヤが文化祭の準備で忙しくなり、つまらなさを埋めるように陸上の自主練に励んでいたオレはクラスの文化祭の手伝いをほとんどしなかった結果、文化祭を行う土日の二日間、客引きとしてほぼずっとシフトを入れられた。バイトかよって感じの労働時間だ。クラス対抗で客数を競い合い、優勝したクラスには豪華賞品があるらしいし、人に声をかけるの自体は好きなので張り切って働きはする。ただ、オレのシフトとエミヤのシフトの時間帯がかみ合ってしまった結果、エミヤのいる時に顔を出すのは不可能になった。エミヤのメシ食べたかった。
「ご飯ものもケーキも飲み物もありまーす! いかがっすか~三階の教室でーす」
 エミヤの方は仕事が落ち着き次第オレの所に訪ねてくれると言っていたが、校内を練り歩いているオレと会えるかどうかは確実じゃない。仕事中に携帯を鳴らす訳にはいかなかろう、とか言って連絡もくれなそうだしなあ。考え事をしながら歩いていたら、とん、と小さな姿にぶつかる。
「っと悪い嬢ちゃん、大丈夫か」
 赤い服に身を包んだ嬢ちゃんの前にしゃがんで目線を合わせる。幼稚園か小学校低学年ぐらいだろうか。特に臆する様子もなく平気、と返してきたが、視線は辺りをさまよっている。それなりに背の高いオレを恐がっている、という様子でもない。
「お父さんお母さんは?」
 一人で来た訳ではないだろうに、辺りに両親らしき人影はない。ざわざわと行きかっているのは他校も含め学生ばかりだ。
「二人ともおうち」
「誰かと来たんだろ?」
 こくん、と頷く。
「気づいたらいなかった」
 うん、迷子だな。迷子センターは一階に設置するとかエミヤが言ってたような。
「嬢ちゃん、はぐれそうだからオレと手ぇ繋いでくれるか」
「私一人で行けるわ」
 誇らしげに背を反らす。勝気な性格らしい。
「どっかで待ち合わせしてんのか?」
「一年生のきょうしつ」
「奇遇だな、オレも一年なんだわ」
 奇遇という言葉が分からなかったらしい、首を傾げる嬢ちゃんに警戒心を解くように笑ってみせる。
「オレもちょうど行く所だから、一緒にどうだ」
「かまわないわ」
 女王様然としている。誰の知り合いかは知らないが余計な誤解を生まないように手は繋がない方がいいだろうなと判断して、小さな歩幅に合わせて三階へと向かう。教室に向かう前に嬢ちゃんの知り合いは見つかった。
「凛!」
 人波をかきわけ、慌てたように向かってくるのはジャージ姿のエミヤだった。
「アーチャー!」
 嬢ちゃんも嬉しそうに駆け寄る。二人は廊下でひっしと抱き合った。感動の再会。良かった良かった。
「ってお前の妹?!」
 見た目は似ていないが、言動はちょっと近いものがあるような。
「いや、近所の子だ。私の弟と来ていたんだが、はぐれてしまったようで。君が保護してくれてたんだな、ありがとう」
 心底ほっとしたような顔を向けられてむずがゆい。
「君の姿が見えたから、赤い女の子を見つけなかったか聞こうと思って、そうしたら凛の姿が見えて」
「おう、分かったから落ち着け」
 本当に必死に探してたんだろう、息が上がっている。
「無事で良かった……」
「校内で迷子になって大事になることはないんじゃねえ?」
「何を言ってるんだ。凛はかわいいんだぞ。攫われたらどうする」
 座り込んでぎゅっと嬢ちゃんを抱き締める。胸が当たってうらやま、いや嬢ちゃんに妬いたりしねえけど。
「アーチャーに会えてよかったわ」
 嬢ちゃんは嬢ちゃんでエミヤの頭を撫でている。羨ましい。羨ましいです、はい。
「アーチャー、ってなんだ?」
「ああ。凛と初めて会ったのが弓道場でな。以来、アーチャー、と呼ばれている」
「アーチャーの弓はきれいなのよ」
 何故か嬢ちゃんが誇らしげにする。
「知ってるよ」
「あら、私の方がたくさん見てると思うわ」
「オレは毎日見てるけど?」
「何を競い合ってるんだ君達は」
 エミヤは苦笑してから、ん? とオレのエプロンを見遣る。
「君、エプロンの紐が縦結びになってしまっているぞ。ちょっとじっとしていてくれ」
 オレの前にかがんで紐を解く。
「本来ならもっと長いエプロンなんじゃないか? 脚が長すぎるせいで丈が短く見えてしまうな」
 エミヤが笑っている気配がする。というか、あの、その位置でしゃべったり笑ったりしないでほしい。まずい。
「ん? 向かい合ってると分かりにくいな」
 しかもなんか手間取ってるし! せめて視覚をシャットダウンしようと片手で顔を覆う。オイシイ状況だが刺激が強すぎる。
「後ろからやってくんねえ?」
 かすれた声で頼むとエミヤは立ち上がって後ろに回り込み、オレを抱き込むような形になる。ふわりとシャンプーらしき香りが肩の辺りからして、あ、前でも後ろでもキツイわコレ、と悟る。エミヤが紐を丁寧に整えるまでだいぶ忍耐力を試された。
「サンキュ……」
 平静を装うことができていなかったようで、エミヤと嬢ちゃんに不思議そうな顔をされる。気にしないでほしい。特に嬢ちゃんは。
「凛、すまない。私はもう少し仕事があるんだ。桜もいるから切嗣たちと待っていていてくれないか」
 教室に戻るのにオレもついていく。何故か嬢ちゃんが先頭を堂々と歩いて行く。周りの連中にいろいろと声をかけられていた。
「成長したら美人になりそうだな」
「当然なるだろうが、君、守備範囲広すぎないか」
 ジトッと半眼で言われる。
「別に彼女に~とかってことじゃねえよ! お前のことが好きだって言ってんじゃねえか」
「随分とナンパして呼び込みしてたそうじゃないか」
「なんだよ、嫉妬か?」
 ふん、とつれないエミヤに冗談のつもりで声をかけるとほんのりとエミヤの頬が朱に染まった。
「えっまじで」
 顔がにやける。調子に乗って空いているエミヤの手をつかもうとしたら、着いたわよ、とくるりと振り返った嬢ちゃんにはたき落された。タイミング悪ぃ。
 連れてきてくれてありがとう、と優雅に礼を言って嬢ちゃんはエミヤに教室の中へと案内されていく。エミヤの家族に会いたくて教室を覗こうとしたら人だかりができていて見えなかった。メイド服姿の女子と何故か同じくメイド服姿の男子と、他、学校の生徒と思われる人々。
「随分と人気だな?」
「アイリスフィールが何か天然発言でもしたんだろうな。切嗣の居心地が大変なことになってそうだ……」
「そのキリツグさんとかアイリスフィールさんとかってのはお前の家族か?」
 家族にしては呼び方が変だが。兄弟姉妹の名前だろうか。
「そうだ。普段は仕事が忙しいんだが、今日だけは休めたらしいな」
 仕事、ってことは両親なんだろうか。歳の離れた兄や姉という可能性もあるが。エミヤは喜びたいような、わざわざ来られて困惑しているような、妙な表情をしている。気になって教室に入ろうとしたら止められる。
「なんだよ。挨拶するぐらいいいだろ。娘さんをくださいとか言うつもりはまだないぞ」
「君は仕事中だろう。他のクラスに入り浸ってる暇はないと思うが?」
「ちょっとぐらいさあ。お前の料理も食べられないんだし」
 文化祭でもお堅い。口を尖らせていたら、廊下で呼び込みをしていろ、と追い出された。
「遅めの昼ごはんにいかがっすか~」
 エミヤの言うことは正論ではあるので客引きを再開する。エミヤの教室付近でやってるのはちょっとした意趣返しだ。
「よっ番犬は今日は休みか?」
 友人に話しかけられる。エミヤの側で求愛し続けた結果、何故か一部の人間から番犬と呼ばれるようになった。犬は好きなので構わないけど、もうちょっとうまい呼び方はなかったのか、とは思う。エミヤ多分猫派だしな。部活があったりするので毎日は無理だが一緒に帰れた時に野良猫が随分懐いていた。
「仕事がなきゃ側にいるっての」
「まあ頑張れ。俺も後でお前のクラス寄ってやるよ」
「よろしく」
 老若男女手当たり次第声をかけて自分のクラスに誘導していく。しばらくしたら教室の前に列ができ始めた。
「呼び込み過ぎでは?」
 様子を見に来たらしいエミヤに呆れられる。
「お前が仕事しろっつたんだろうよ」
 まあ単純にどうやって誘うか楽しくなってたところもある。
「君は本当に誰にでも好かれるな」
「お前もオレを好け」
「たわけ。ほら、お腹空いただろう。先程凛を見つけてくれた礼だ」
 エミヤの手元にはトレー、トレーの上の紙の器に盛られたのはオムライス、紙コップには紅茶。
「えっこれ」
「うちはデリバリーもやっていてね」
 驚いているオレにエミヤが楽しそうにウインクする。
「まじか!」
「君の熱心な仕事ぶりのせいで私のクラスは人手が足りていてね。君も昼休憩を取ってないんじゃないか?」
「ん、声かけてくっからちょっと待ってろ」
 自分のクラスに飛び込んで、休憩してくる! と叫ぶ。慌ただしそうな様子に申し訳なくなるが充分働いてるから行ってこい、と叫び返される。持っていた看板は廊下に面した窓に張りつけた。誰かと交代しても、今呼び込みをしたら客に待ってもらうことになってしまう。
 エミヤと連れ立って屋上のベンチに向かう。冷たい風が堪えるが、流石に今日は混んでいた。辛うじて空いていたベンチを見つけて二人で座る。エミヤは持っていた紙袋からケチャップを取り出した。
「本来はメイドさんがかわいくハートマークを描いてくれるんだが、私で我慢してくれ」
 オムライスの上にジグザグとケチャップをかけていく。
「ハートじゃないのかよ」
「満遍なくかけた方が味が均一になる」
 まあ美味いなら文句はないけどよ。
「萌え萌えきゅんは?」
「む、ムリだ。私はメイドさんではない。愛情は込めたから我慢しろ」
「あーおっけ、オッケーありがとな」
 コイツの言う「愛情」は親愛とかって方での愛だ。分かってても嬉しいもんは嬉しい。オレが教室に戻っている間に温め直してくれたんだろう、オムライスも紅茶もほんのりと温かくて、疲れた身体に染みた。

 文化祭、クリスマス、バレンタイン、と恋人達が楽しむイベントが続いたがオレとエミヤの関係は変わらなかった。オレは我慢している方だと思う。というか耐えすぎだと思う。クリスマスはいつもおかずをもらっているお礼に、とネックレスを贈った。バレンタインの手作りのチョコはお世話になっているから、という理由で渡された。イベントを無視されている訳ではなかったが、カップルのやり取りとはやっぱり違って、もどかしかった。
 ホワイトデーのお返しを持ってすっかり馴染んだ屋上でオレはなあエミヤ、と語りかける。
「お前さ、オレのこと結構好きだろ」
 根拠もなしに適当に言ってるんじゃない。コイツのお人好しっぷりは大したもんで、部活の助っ人を頼まれていたかと思えば器具の修理に行っていたりする。いろんな所に駆り出される中、オレとの昼食の時間は必ず取ってくれていて、多少遅れることはあっても会えなかったことはなかった。
「随分と自信があるんだな。顔がいいと度胸もつくものなのか?」
「オレの顔も嫌いじゃない、と」
「都合良く解釈するな」
 オレは立ち上がってエミヤの正面に立つ。見上げてくるエミヤには太陽の光が当たっていた。
「もう一度言う、オレと付き合ってくれ」
 好きだ、好ましい、キレイだ、といった言葉は常日頃から伝えていた。でも恋人になってほしい、という話は最初に告白して以来していない。言っても断られるだろうという予感があったからだ。エミヤは目を伏せる。
「無理だ」
 目を合わせるためにしゃがみこんでエミヤの顔を覗きこむ。
「なんで」
「ぐ、子犬のような顔をするな。卑怯だぞ」
「理由も言わずにフル方が卑怯じゃねえ?」
「君と私では釣り合わない」
「オレの努力が足りない、と」
「逆だ逆! 君にはもっとふさわしい人がいる」
 エミヤが弾かれたように顔を上げる。ようやく表情が見られた。
「例えば?」
「美人でかわいくて気が利いていて、明るくて、信念を持っていて……」
「オレはエミヤがいいって言ってるのにか」
 エミヤが段々と泣きそうな様子になってきたので途中で止める。そもそも挙げていたものはほぼエミヤにも当てはまると思う。
「君のためにならない」
「オレのためになるかどうかはオレが決める」
「友人同士じゃだめなのか?」
「そんでエミヤに彼氏ができたりしたらソイツ殴るぞ」
「手を痛めるからやめろ」
 オレのことは思い遣るんだよなあコイツ。
「エミヤさあ、オレのこと『君』としか呼ばなくなったの、自分で気づいてるか」
 ぴくっとエミヤの肩が跳ねる。意識してしまうからオレの名を呼ばなくなったんじゃないかという読みは当たったらしい。しかも自覚もあるらしい。
「昔はちゃんとフルネームで呼んで、」
「クー・フーリン」
 エミヤはしっかりとオレの目を見る。まるで出欠でも取るみたいに。
「クー・フーリン。君の名を忘れた訳ではないが?」
「強情だな」
「数少ない長所だと思っている」
 エミヤは寂しそうに微笑む。なんでフッてるお前の方が辛そうなんだ。
「諦めないからな」
「早く飽きてしまえ」
 苦々しそうに言うエミヤをにらみつける。明らかに情も想いも向けられているのに、簡単に引き下がれる訳がなかった。

 翌日からのエミヤはごく普通だったし、オレも重ねて何か言うことはしなかった。エミヤの性格からして焦って追い詰めたら拒絶が激しくなるだろうしな。時々手を伸ばしたくてたまらなくなることはあったが、日々は穏やかだった。材料費渡すからいっそオレの弁当作ってきてくれよ、と言ったら彼女にでも作ってもらえ、と返されてケンカになったりとかはまああったけど。流石に無神経だと気づいたらしいエミヤに謝ってもらえたし。先輩に告白されたという話をしたらエミヤの機嫌が急降下するぐらいの進展はあった。……進展だよな? 少し前までならへえ、それで?とか返されてただろうし。
 どうやったらエミヤの心をつかむことができるのか途方に暮れていたある日、部活が終わってジャージだけ着込んで携帯をいじっていたら、手元で着信音がして飛び上がった。画面を見てエミヤからなんて珍しいな、なんてのんきに思いながら電話に出る。
「もしもし?」
「……」
「エミヤ?」
 返答はない。ただ地面を蹴るような音と息遣いだけが聞こえてくる。走ってるんだろうか。
「おい、エミヤ?」
 嫌な予感がしてもう一度問いかける。
「助けてくれ、クー・フーリン」
 ようやく聞こえてきた声は苦しそうだった。何かがおかしい。
「どうした」
「追われている」
「誰に、いやまず今どこだ」
「商店街の、近く」
「何があった」
 足元に置いていた鞄を引っつかんで走り出す。学校から商店街までなら全力を出せば五分で着く。
「凛を迎えに来てたら、囲まれて」
「はあ?!」
「いや、違うんだ。屈強な、男性たちとかじゃ、ない」
「や、でも」
「話を聞こうかと、思ったんだが。鬼気迫る、感じで。でも、倒す訳にも、いかないと思って」
「いやいやいや囲まれて、ってことは複数人だろ。相手を慮ってる場合か!」
「だって、ケガさせる訳にも」
「でもお前も危険だと思って、電話したんじゃねえの?!」
「危険というか、どうしようって」
「追われるような、心当たりは?」
「ない」
 恨みを買うような人間じゃないが、逆恨みとか勘違いによるものはありそうだ。
「凛も、ないと言ってる」
「嬢ちゃんも一緒なのかよ! もうすぐ商店街だが、どの辺りに、」
 言いかけた所で赤い色が目に入る。嬢ちゃんをおぶったエミヤが走っていた。携帯は嬢ちゃんがエミヤの耳元に当てている。
「おい!」
 気づけ、と思って手を振る。数メートル後ろを追いかけていた女性たちがなぜかいっせいに止まる。数は五、六人。オレに気づいたエミヤはほっとしたような顔を見せた。
「で、アンタらは何の用だ?」
 後ろの女性陣をねめつけてから、あれ、と思う。見覚えのある顔が何人かいる。
「クー・フーリン、あまり威嚇せずとも」
「お前のこと怖がらせたってだけで充分腹が立つんでな。おねーさんら、申し開きがあるなら聞くが」
 女たち、つうか男も混ざってる、は顔を見合わせて――。

 結論から言うと、オレにも関係ある話だった。
曰く、クーがエミヤさんばかりに構うから気に入らなかった。――オレが構いたくて構ってんだからクチ出すな。
曰く、エミヤがクーに色目を使っている。――いや、使われてない。むしろ使ってほしい。(何言ってるんだと軽くはたかれた。)
 曰く、エミヤ先輩に彼氏ができたのが寂しくて。――彼氏じゃない。――エミヤ先輩ってなんだ。――中学時代の後輩だ。
 学校やバイトの知り合いもいれば全然見たことのないヤツもいた。エミヤに思う所がある者が集まって今回の事態が起きたらしい。危害を加えるつもりはなかったと言うが、どうだか。気に入らないことがあって追いかけ回すなんて小学生かよと思うが、人数を考えるとシャレにならない。話を聞けば聞く程不機嫌になっていくオレを、集まった面々は恐々とうかがってくる。
「一対一だとエミヤに敵わねえから、まとまってかかったってのか?」
 低い声で問いかける。おろおろと複数の視線がさまよう。
「思うんだが、正々堂々と勝負をしかけた方がクー・フーリンの好みなのでは?」
「お前はアドバイスしてる場合か! オレはシメたいんだが?」
「表現方法はどうかと思うが、全て君を思っての行動だろう。やめておけ」
「オレだけじゃねえと思うけど」
 エミヤを慕って暴走してるのもいるだろ。さっきの後輩とか後ろの方で一応申し訳なさそうな様子をしている男とか。
「エミヤに免じて何もしねえ。でも次があるとは思うなよ」
「だから恐がらせるな」
 オレは一応お前のために言ってるんだがなあ。
「ああもう、日が落ちる前に帰れお前ら。エミヤにちょっかい出してんのはオレなんだし、今度から文句があるならオレに直接言うようにしろ」
 嬢ちゃんがいる所でもめるのもどうかと思い、そこそこで切り上げた。

「怖い思いをさせてすまなかった、凛」
 今度こそちゃんと送るというエミヤにオレもついていく。しっかりと嬢ちゃんの手を握って申し訳なさそうにするエミヤに対して、嬢ちゃんはけろっとしている。
「アトラクションみたいで楽しかったわ」
 気遣ってるんだか、肝が据わってるんだか。
「クー・フーリンも。くだらないことに巻き込んですまなかった」
「いや、オレのせいでもあったしな」
 連絡を受けた時にはヒヤリとしたが、むしろ嬉しかった。なんでも一人でやってしまおうとする癖のあるエミヤが自分を頼ろうとしてくれたことが。
「しかし本気であぶねえ時は警察呼んだ方がいいぞ。なんかあってからじゃ遅いからな」
「凛がケガをするようなことがあっては困るからな」
「いや自分の心配もしろ」
 伝ってきた汗を手で拭うと、エミヤがハンカチを差し出してくれる。自分には使わず、同じく汗だくになっているエミヤの顔を拭く。
「君に使ってもらおうと思って渡したんだが?」
「オレは自分の持ってる」
 エミヤの首筋まで拭って返し、鞄から部活で使っていたタオルを取り出す。髪は元々走るためにきつめにしばっていたので乱れずに済んだ。自分のことは適当に拭いて巾着からイヤリングを取り出す。
「あ、キンチャク。あなたのためのだったのね」
 見上げてくる嬢ちゃんに、お、エミヤが作ってたの知ってんのか、と問いかける。恐がっている様子はないものの、先程追いかけられた記憶を取り除いてやりたかった。
「うん、なつやすみのあいだに作ってるのを見てたから」
「夏? 秋じゃなくてか」
 巾着をもらったのは秋も遅い時期だった。
「凛、別に巾着のことなんていいだろう」
「嬢ちゃん。エミヤは夏休みには作り終わってたのか?」
 エミヤがあからさまに話を逸らそうとするので余計に気になる。嬢ちゃんはエミヤとオレを見比べてから頷く。
「作りおわったならちょうだいって言ったら、わたす人がいるからって」
「凛!」
「へえ。渡すかどうか迷って、秋になった?」
「別に、イヤリングに傷がつかないか心配になって作っただけのものだ。想いを込めて作ったものではない」
 エミヤの言うことは多分事実だろう。当時の態度からして、きっとオレへの恋心から~とかって話ではない。でも、渡すのを躊躇っていたのは本当のはずだ。
「まだ昼メシも一緒に食べてなかった頃だもんな。いきなり渡したら引かれるかもとか心配した? オレに嫌われたくないとか思った?」
 毎朝、渡すか渡すまいか逡巡していたのだとしたらかわいすぎる。
「うるさい」
「作ってる時どんな気分だった? 風紀委員として注意しないといけない立場なのに、とか?」
 ぽかり、と腹に拳が入る。嬢ちゃんに睨みつけられていた。そしてエミヤはわずかに涙目になっている。滅多なことでは動じることのないエミヤが。
「すまん、いじめすぎた。お前がオレのこと考えてたのが嬉しかったんだよ。嬢ちゃん、別にエミヤにひどいことしようとは思ってねえ」
 安心させるように頭を撫でる。
「アーチャーのこと、悲しませたらゆるさないんだから」
「おう。肝に銘じておく」

 嬢ちゃんを無事に家に送り届けて、家の人に遅くなったことをエミヤと一緒に詫びて、一人で帰れると主張するエミヤを説得して帰路を共にする。日が沈んで薄暗くなった道を歩かせるなんて、騒動のあった今日でなくても避けたい。嬢ちゃんの家から角を一つ曲がった瞬間、エミヤはずるずると崩れ落ちるようにしゃがみこむ。
「おいっどうした?」
 気づかぬうちにケガでもしていただろうか。
「いや、気が抜けて……」
「嬢ちゃん送ってほっとしたか」
「ああ……すまない」
 立ち上がってまたふらつくのを腰に手を回して支える。
「君には何か礼をしないとならないな」
「別に」
 構わねえ、と言いかけてチャンスかと思い直す。
「じゃあ抱き締め……」
 いや待て、嫌がられるか? 告白も断られてんのに。言葉を引っ込めるオレに反して、ほら、とエミヤは両腕を広げてみせる。オレが手を回しているので不自然な格好のまま。というか、抱き締めたい、と言おうとしたんであって、抱き締めてくれってことじゃない。
「しないのか?」
「するけどよ。お前、奉仕体質も程々にしろよ」
 腰に当てていた手に力を込めてエミヤを迎え入れる。何度も想像、妄想したような柔らかさを感じる。オレもジャージじゃなくて制服だったらもっと堪能できただろうに、もったいないことをした。少し下の位置にある肩口に顔を乗せたらいい香りが強くなる。オレは部活後で汗かいてるから悪いなあ。でもくっついててえ。
「接触はクー・フーリンにしかしない。そもそも、私を安心させるためにやってくれているのでは?」
 オレが抱きたかっただけです。まあエミヤがほっとするならなお良いし、否定はしないでおこう。そういえば、弓道用に胸を押さえ込んでんじゃないかって噂あったけど、普通に下着の感触しかしねえな。
今日も昼に練習してたのに胸潰してないんだな。
エミヤがもぞもぞと離れたがるように手を突っぱねる。
「弓道はきちんとした姿勢になっていれば胸は別に邪魔にならない。というか、そんなこと考えてたのか」
「はっオレ声に出して言った?! どっから?!」
「どっからかは知らないが、胸を潰してないんだな、と」
「すまん。デリカシーがなかった」
 謝りつつも手に力を籠める。せっかく抱き締められたのに離れるのは惜しい。
「もっと大きいのが好みだったか」
 ぷい、とエミヤが動かせる首だけそっぽを向く。胸のことを言われたのが不快だったんじゃなくて、オレの好みを気にしてるのか。
「充分でかいと思うぜ」
「お世辞はいらん」
 エミヤの機嫌は直らない。オレの話聞けよとは思うものの。
「お前、かわいいなあ」
「はっ?」
 エミヤの体温がガッと上がる。胸の話は平気だったのに、かわいい、には反応するのか。今までも分かりにくかっただけで、照れていることがあったのかもしれない。
「あーキスしてえ」
「だ、だめだ」
「だよなあ」
 理性が残っているうちに一旦身体を離す。
「いい人だな、君は」
 いい人、じゃなくていい男、と言われたい。
「惚れ直したか?」
「……うん」
 返事が返ってきて目を丸くする。
「えっ」
「惚れ直したよ」
 エミヤは困ったような笑みを浮かべていた。
「なんっ何」
 じわじわと自分の顔に熱が集まっていくのを感じる。
「はは、初めてクー・フーリンを動揺させられた気がするな。私が心を動かされてばかりだったから」
 は、冗談か、いや、エミヤが心ない騙し方をするとは思えない。
「なんで突然。好きだって何度言っても響かなかったのに」
「自分のモノにしようという意図が透けて見えたから、大人しく従う気になれなかった」
「別にお前のこと下に見てるつもりはないぞ」
「理解しているよ。単なる私の見栄だ。甘い言葉を他の女性たちにも伝えてきたんだろうな、慣れていそうなのが面白くないなと思った時点で気づくべきだったんだろう」
 エミヤは小さく両手を上げてみせる。
「今日、誰かに助けを求めたいと思った時、真っ先にクー・フーリンの顔が浮かんだ。散々断ってきた身で自分勝手かもしれないが、なんというかもう、逃れられないなあと思って」
「オレの粘り勝ちか」
「素敵な恋人ができるんだから、私の勝ちでは?」
 負けず嫌いで張り合ってるんじゃない、本気で解せない様子に力が抜ける。
「前にメリットがあれば誰とでも付き合うのかと聞いただろう。付き合えば君が喜ぶだろうなと思えたからというのもある」
 オレが舞い上がるのが分かったのは褒めてやるが。
「お前自身は?」
「メリットデメリット関係なくクー・フーリンの側にいたいと思ってしまっているから困っている」
 本気でどうしたらいいのか分からないような顔をしている。言い訳を並べ立てつつもようやく素直になってきた。
「エミヤお前、自分を卑下する癖があるだろう」
「卑下じゃなく、事実として私には足りないものが多い」
 どうしてマイナス思考に陥っていくのかは追々知るとして。押しても押しても心をつかめているという実感はまだない。ならばやり方を変えて更に穿つ。
「お前がお前自身を大切にしなくとも、オレがお前を貰い受ける。自分なんかが、なんて言えないようにしてやるから覚悟しろ」
「君に愛されているというだけで、充分自信になりそうだよ。今後も私が惚れて良かったと思えるような男であってくれよ?」
 煽るようなことを言いつつ微笑むエミヤをもう一度抱き寄せる。ちょ、待っ、というエミヤの制止は無視してほんの一瞬キスをした。
「もう充分すぎる程待った」
「いい人だと思ったばかりなのに!」
「嫌がってんなら止めるけど、余裕があるかどうかでのストップなら聞かねえわ」
 もう一度キスをしようとすると、手でガードされる。口に手が当たってんだがいいのか。
「公道で、こんな、」
 いや抱き締めてるしな? 良くねえ? ……良くねえか、お堅いエミヤにしばらくキス禁止令とか出されかねん。
「外じゃなきゃいいのか」
「う、人目のない所なら」
「じゃあ今度弓道場とか」
「部活に集中できなくなるから駄目だ」
 あー、神聖な弓道場では~とかじゃなくて? エミヤの言葉がいちいちダイレクトに届く。性格も価値観も違うから、今後ぶつかることもケンカすることもあるんだろうが、同じぐらい愛しくなる瞬間もあるんだろうな。
「あの」
 エミヤが何かを伝えたそうにする。
「どうした?」
「お弁当。彼女として、作ってきていいだろうか」
 はにかみながらの提案に心が満たされていく。遠慮がちなエミヤが踏み込んできてくれるのが嬉しい。
「おう、よろしく頼んだ!」


Comments

  • こらころ
    July 31, 2025
  • わんわんお
    January 30, 2025
  • September 25, 2022
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