さらば、愛しき日々よ
俺たちは出会うために生まれたんだろう。
ならば俺は、この命が燃え尽きる最後の一瞬までお前らと話をしたい。そう思った。
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー
アンパンくゥーん。
「ば、バカなっ。早すぎる……!」
何が早すぎるのかな? アンパンくゥん。
風呂敷を背中に担いだアンパンくんが、俺の姿を目にするなりダッと地を蹴って逃げ出した。
てくてくと歩いて後を追う俺に、肩越しに振り返ったアンパンくんが急に余裕を取り戻してぺろっと舌を出した。
「へへ〜ん。旦那はレベル低いからな〜。俺が本気を出したら旦那なんかコテンパンなんだからねっ。そ、それ以上追ってきたら、な、殴るよ!」
アンパンくゥーん。走る時は前を向いてないと危ないよゥー。
言わんこっちゃない。通りの向こうから歩いてきた男にアンパンくんがぶつかる。
「わっ。ご、ゴメンなさい」
アンパンくんとぶつかった男が、風呂敷から零れ落ちたパンツを拾ってアンパンくんに手渡す。ケガはなかったかい? 気を付けるんだよアンパンくゥーん。
そう、俺である。
「ぎゃあっ!」
悲鳴を上げたアンパンくんがガターンと腰を抜かして地べたに尻もちを付いた。
大量生産された俺が物陰から這い出してぞろぞろとアンパンくんに迫る。
アンパンくゥーん……アンパンくゥーん……アンパンくゥーん……。
アンパンくんは俺との付き合いが長い。コタタマシリーズとオリジナルの俺の区別くらいは見れば何となく分かるだろう。
だが、ここに居る俺は全てが本物だった。
混乱したアンパンくんがぞろぞろと迫ってくる俺を見て忙しなく首を振る。
「ひょっ!? なんっ……! バッドエンド? あわわわっ……!」
俺たちはアンパンくんを神輿のように担いだ。スコップを手にした俺たちがそのあとに続く。
ピクニックでも行こうかアンパンくゥーん。ちょっとそこの山にねェー。
アンパンくんの悲鳴が抜けるような青空に吸い込まれていくかのようだった……。
1.クランハウス-居間
「明けましておめでとうこざいます〜」
明けましておめでとうこざいます。
ウチの丸太小屋を訪ねてきたシルシルりんと年始の挨拶を交わしている。
年が明けてすぐにささやきで遣り取りはしたものの、こうして顔を合わせたなら挨拶はしておくべきだろう。
俺はシルシルりんに先生がプフさんと面談中である旨を伝えた。
いやぁ、急な予定変更があってさ〜。ゴメンね〜。
しかしシルシルりんには俺の嘘はお見通しだった。
「え〜? ホントですか〜? それって変じゃないですかぁ?」
そう言って、何かに思い当たったように急にもじもじする。
「わ、私と会いたかったから言わなかった、とか?」
そうかもね。だとしたら怒るかな? シルシルりん。
シルシルりんは真っ赤になった顔を隠すように俯いて、チラチラと俺を見てくる。
「そのぅ。コタタマりん、忙しい、よね? 今度、えっと、私と二人でどこかにお出掛けしませんか?」
もちろんOKだよ。俺とシルシルりんの仲じゃないか。どこ行く? どこ行きたいとかある? 二人で相談して決めようよ。バザーに迎えに行くから当日のプランを持ち寄って一緒に露店巡りしよう。俺、新しいスコップが欲しくてさ。シルシルりん純生産職だし下手したら俺より詳しいんじゃない?
シルシルりんは胸の前で両手を合わせてコクコクと頷いてくれた。
「わぁ! なんだか面白そうですね! スコップって何に使うんですかぁ?」
家庭菜園もいいんだけど、もうちょっと本格的にやろうかと思ってるんだよね。植林に近いかな? 深く掘れるヤツが欲しいんだ。穴は大きいほうがいい。
「素敵です!」
でしょ? エコだよね。
「あ、でも……。私、あんまりスコップには詳しくないですよ? それでもいいですかぁ?」
もちろんさ。俺一人だと趣味に走っちゃうからね。それに俺だって言うほど詳しくはないよ。何度か使ったことがあるくらいでね。だからさ、分からないことは職人に聞いてみようよ。二人で知らないことを勉強するのって楽しそうじゃんね。
ころころと表情が変わるシルシルりんを見ているだけで俺は幸せな気分になれる。
俺とシルシルりんは同じ生産職だ。
話題は尽きない。というか俺は話題がなくとも無限に喋れる自信がある。
俺はウチの倉庫から色々とガラクタを持ってきて、シルシルりんに見て貰った。
ウチ、いっぺん焼けちゃったからさぁ。色々と買い足してるんだけど、これ見てよ。この椅子。ちょっとオシャレじゃない? 先生の居室に置こうと思ったんだけど、アットムが反対すんのよ。あいつ意外とデザインに厳しいんだよね。シルシルりんはコレどう思う?
「う〜ん。野生、を感じますね〜。コタタマりんは先生にワイルドさを求めているのでしょうか」
そうなんだよ。分かる? おコアラ様に負けたくないなって気持ちがあるんだよね。どうしても野生のコンセプトは外したくなくて。他にも色々とあるんだけど見る?
「色々って。無駄遣いばっかりして〜」
シルシルりんは冗談めかして笑いながら席を立ち、俺と一緒にウチの倉庫へ向かう。
我らが【ふれあい牧場】は、稼ぎ頭の先生とアットムくんを筆頭にエンジョイ勢としては十分な蓄えがある。よってクラン倉庫はかつてのバリエーションの豊富さを取り戻しつつあった。
倉庫に眠る数々のガラクタを検分しているシルシルりんが、ハッとして棚の上に乗っているバランスボールを指差した。
「あっ、あれ!」
シルシルりんが嬉しそうに振り返るが、そこに俺の姿はなかった。
頼りない蛍火のような赤い光が、そっとシルシルりんに寄り添うように舞い上がり、やがて輝きを失って宙に溶け込んでいく。
「コタタマりん……?」
1.ポポロンの森
赤カブトと一緒にウチの丸太小屋を外から見ている。
「……ペタさん。シルシルさんに何も言わなくても良かったの?」
いいんだ。置き手紙は用意してあるから。俺がロストするってこと、シルシルりんには知られたくない。……本当はお前にも内緒にしておきたかったんだけど、ちょっと無理そうだからな。俺の残機、見えてるんだろ?
赤カブトは素直に頷いた。
「うん。どんどん減ってる。ウッディ……さんの力、使ったでしょ」
そうなのか? 自覚はねえな。分かるのか?
「分かるよ。ベムトロンさん……だよね? あの人と似てる感じするもん」
そうか。
……ジャム。お前、ウッディのことあんまり良く思ってないのか?
「……分かんない。逆かも」
逆ってのは?
「私ね、【ギルド】さんたちを見ると、たまに私と凄く近い感じがする。近くて遠いの。だからかなぁ? ペタさんとお話ししてるウッディさんを見ると、なんか……イヤな気持ちになっちゃう」
それは嫉妬だな。俺はキッパリと言った。
ジャム。お前は俺を親代わりに思ってるんだろう。あれだ、卵から孵った鳥のひなが最初に見たやつを親と思い込む刷り込みに近い。可愛いやつよ。よしよし。ママだぞ〜。
俺は赤カブトを抱きしめて撫で回してやった。
何しろ血も涙もないような暫定エイリアンに作られたAI娘だ。ろくに愛情を注がれずに育ったことだろう。でも俺は違うぞ。海よりも深い俺の愛に溺れるがいい。
しかし赤カブトは俺の腕の中でジタバタと暴れて、
「こ、子供じゃないから! こ、恋人って言うかぁ……夫婦、みたいな?」
あん? じゃあ結局同じことじゃねーか。
俺は赤カブトを撫でくり回した。ママだぞ〜。
「そ、それおかしくないですか?」
おかしくはねえな。そりゃリアルだったら話は別だが、このゲームには特別な所有権ってのがあるからな。結婚システムも実装してねえ。しょせんは口約束だ。だったら夫婦と親子は変わんねえよ。で、どっちかっつーと俺は親子のほうが強い結び付きだと思ってる。俺がお前を母として甘やかす。お前は俺の娘として俺に甘える。この瞬間は永遠なんだ。
「……じ、じゃあ両方で」
む? 夫婦兼親子ってことか? 一気に犯罪臭くなったな……。欲張りなヤツめ。まぁいいや。
俺は赤カブトを抱っこして木陰に座り込んだ。後ろから抱きすくめた赤カブトの肩にあごを乗せてくつろぐ。
「……もう少しでロストしちゃうね」
ふふ。お前には隠し事できねえな。怖い奥さんだよ、お前は。
「……戻ってくるよね?」
戻ってくるさ。何しろ新婚さんなんでね。可愛い奥さんが家で待ってる。現地妻も……たくさん……。
ざあっと風が吹く。舞い上がった火の粉が散る。
「ペタさん……?」
振り返った赤カブトが、木の幹にこつんとひたいを当ててぽつりと呟く。
「……ばか」
1.山岳都市ニャンダム-ティナン姫の屋敷
よう。アットム。
ポケットに両手に突っ込んでズカズカと武家屋敷に乗り込んできた俺を、アットムくんは柔和な微笑みを浮かべて歓迎してくれた。
「やあ、コタタマ」
ティナン四天王のミルフィーユとハーブミントも一緒だ。
コミュ障ティナンことミルフィーユが俺を見てハッとする。
「あなたは……」
ハーブミントがミルフィーユの肩にぽんと手を置いてかぶりを振る。
「アベルは分かってる」
そう言ってミルフィーユを連れて屋敷に引っ込む。
俺は苦笑した。気を遣わせちまったかな?
アットムが首を横に振る。
「いいんだ。いつか……こんな日が来るんじゃないかと思ってた」
俺とアットムは武家屋敷の縁側に隣り合って座った。手入れの行き届いた庭を二人でぼんやりと見つめる。
何となく傍に居たかっただけで、特別何か用事がある訳じゃなかった。
相棒と取り留めのない話をぽつぽつと交わす。
クリスマスパーティーはどうだった? お前さぁ、ティナンにコスプレさせるのやめろよな。未だに街を歩いてっとスク水がどうのと言われンだよ。俺が。
「ひどいな。コスプレじゃないよ。聖衣さ」
なに? 聖闘士星矢? 爆発するのはお前の小宇宙じゃねえか。今回はどんな聖衣をプレゼントしたんだよ。
「エプロンを」
おお、今回はマトモじゃねえか。どうした?
「裸エプロンを期待してたんだけどね」
そんなこったろうと思ったぜ。お前は本当にブレねえな。で、どうなった? ウマく言いくるめたんだろ?
「コニャックちゃんが使ってくれてるよ」
あ、はい。飼育員さんが。
「ええ。とても機能的だと喜んでくれて」
料理をしてると、どうしてもね。
「家庭的な。はい」
ところでティナンってメシはどうしてるんだ? 菓子好きなのは知ってるが、たまに市場にスピンの串焼きとか出回ってるよな。
「ティナンは何でも食べるよ。好き嫌いのない良い子たちなんだ」
何でもって? 肉とか野菜とか……。
「何でもさ」
なるほど。道理で山岳都市の通りはいつもキレイだなと思ったぜ。本当に、なんていうか、たくましい子たちだな。アットムよ、お前も見習わないとな。お前、実はかなりの偏食だろ。知ってるんだぞ。晩メシのメニューによって外泊の頻度にバラつきがある。
「トラウマかな。給食を残さず食べろってあり得なくない?」
ガキンチョの舌は敏感らしいからな。
「あとね、コタタマはホントにお酒を控えて。たまに僕のベッドに潜り込んでくるでしょ。どうなっても知らないよ?」
ンなこと言ったって一人で寝る意味が分かんねんだよ。夏なら分かる。暑いよな。
「いっそ夏は来てよ」
嫌だよ。俺、夏は部屋で普通にパンイチだったりするぞ。
「知ってるよ。だらしないなぁ。ああいうのは僕の前だけにしといてよね」
元からそうじゃねえか。
さて、と。俺はアットムの肩にぽんと手を置いた。
相棒。また今度な。
「うん。また今度」
俺とアットムは拳をこつんと当てた。感触が伝わったかどうかは分からないけど。
2.ポポロンの森-人間の里
さしものジョンも完全変身したエンドフレームを打ち倒すのは難しかったらしい。
いや、母体の力を幾ばくか引きずり出したとはいえ、コンフレームで善戦しただけでも驚異的なことだった。
エンドフレームのレベルは最低でも1001。
レベルと膂力が必ずしも一致するとは限らないようだが、さすがに桁が二つ違ってはどうにもならない。
粗大ゴミが全身の切り傷から命の火を漏らしながら手のひらでジョンを叩き潰した。
【ハハッハッハ!】
楽しそうだなぁ、おい。
俺の母体は崩壊の一途を辿っている。
四つん這いになっている粗大ゴミが身体ごとぐるりと振り向いて俺を見る。
【崖っぷち〜……! ああ、楽しいぜ〜。オメェはさっき言ったよな? 俺とオメェは同じクズだってよ〜】
言ったな。で?
【俺とオメェは似たタイプのキャラクターだってことだよ〜。最高のクリスマスプレゼントだ……! これがオメェのアビリティか。使い方のコツまで教えてくれてよ、感謝してるぜ〜!】
粗大ゴミが円環状の黒い波を放った。
人間の里の至るところでゴミどもの【戒律】と干渉してバリバリと黒い稲妻が上がる。
この粗大ゴミにとって世界最強の男との戦闘はちょっとした人生のハイライトだったのだろう。安い人生だ。人生の安売りが感染する。戦意を煽られたゴミどもが変身していく。
粗大ゴミは大喜びだ。
【おしまいだなぁ! 人間の里はエンフレがうろつくドン底の社会になった〜! 俺がやった! 崖っぷち! オメェのアビリティで、だ!】
なんでお前らはそう疑うってことを知らねんだ。猿なのかよ……。
【あ〜?】
あ〜?じゃねえ。俺のアビリティだ。お前にとって俺はどんなキャラなんだよ。ノーリスクで人間の里を滅ぼせる力を持ってンのに、わざわざ泥舟を用意してゴミどもを沈めてやった聖人君子なんかよ? 天使じゃねーか。
俺がゴミどものエンフレをコントロールしたのは、これまでに二回。エッダ戦とベムトロン戦の二回だ。そして、そのどちらも俺はロストしてる。
他人のエンフレに干渉して無事に済む訳ねーだろ。
言ったろ。俺のアビリティは生死の観念を引き剥がす。
俺は粗大ゴミを触手で指差した。
まんまとハマりやがって。アホが。
明日の朝刊に載ったぞテメー。お前はもうコンフレに戻れねえ。戻るつもりにならねえんだ。
【おいおい、崖っぷち〜。なに賢いふりしてんだよ? 眠たいこと言ってんじゃね〜よ。俺がロストを怖がるとでも思ってんのか〜?】
お前を動かしてるクソユーザーもそう思ってるといいよな?
ただハッキリと言えるのは、お前はついさっき俺の可愛い暗たまとの交戦を避けて逃げた臆病者ってことだ。そして……。
世界最強のプレイヤーってのはマジでスゲーよな。役者が違うぜ。どんだけアビリティ持ってんだ。
ジョン。もういいぞ。畳んじまいな。
それは、とても美しいエンドフレームだった。
一切の無駄を削ぎ落とされた影法師が、さざめく波のように巨体を構築していく。
仮面の奥で複眼が鈍く輝く。具現化した影が揺らめく。異様に長い腕を構えた先に、自然にぴたりとポン刀が収まる。背中から突き出た突起がポロリと抜け落ちてドス黒い瘴気を吐き出した。
アナウンスが走る……。
【警告!】
【レイド級クラン出現!】
【限界突破……】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級クランの撃破】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【英雄】
【浪士】【John】【Level-1439】
完全変身を遂げたジョンが寒々しい呼気を吐く。
Seeeeeeeeeee……
間合いを測るようにゆっくりと前進していく。下半身が袴のようになっており、足運びが見えない。恐ろしく実戦的なエンドフレームだ。
粗大ゴミが強がった。
【……へへっ。来いよ。俺が臆病者だと? 来いよっ! 化けモン! 俺は逃げも隠れもしねえ!】
いや逃げろよ。どう考えても勝てねえだろ。くそっ、エッダ戦の時の俺もこんな感じだったのか。
しかも粗大ゴミに煽られて完全変身したゴミどもが酒盛りを始めたぞ。どういうことなんだよ。俺のアビリティは何のために存在するんだ?
一人だけ勝手に盛り上がっている粗大ゴミが怪鳥のように飛び上がってビャッと舌を伸ばす。
一閃。ジョンの刀が粗大ゴミの舌を断ち切る。半歩前進。跳ね上がった刀が粗大ゴミの巨体を分かち逆袈裟に抜けた。
【かっ……!】
ゴロリと地面に転がった粗大ゴミの半身がもがくように腕を伸ばす。ぶるぶると震える手を、俺はそっと握ってやった。
ま、旅は道連れ世は情けってな。一緒に逝こうや。どんなクズだってよ……独りぼっちは寂しいもんだ。
【ざっ、けんな……! 崖っ、ぷち〜……! テメェは、俺がッ……!】
オンドレぁ! 俺は粗大ゴミにボディプレスを浴びせた。
ちっ、少しばかり情けを掛けてやったらこれだ。
折り重なった俺と粗大ゴミの身体が急速に崩壊していく。脱落した俺のつぶらな眼球を、長い髪の女がそっと撫でる。
「バカ弟子が」
へへっ。そう言うなよ……ネフィリア……。悪ぃな……また……。
その言葉を最後に、俺の意識は途絶えた。
【Game Over】
3.チュートリアル空間
ダッシュでキャラクリを終えた俺は、
(契闊)
4.ポポロンの森
気付けば森の中に立っていた。
マジか。
あんっの鬼畜ナビゲーター! とうとうやりやがった! 俺のチュートリアルを省きやがった!
ちょっとウッディ〜。この扱いはひどいと思わん?
にょきっと生えた五体のウッディがぴんと身体を伸ばしてコクリと上半身を前倒しにする。
(まったくだ)
これは、とあるVRMMOの物語。
良い友人を持ちましたね、コタタマ。
GunS Guilds Online