恋のラビリンス(高難易度)
1.クランハウス-居間
え? ヴァルキリーも総督府に放り込んだらどうかって? とんでもない。
メイヨウとささやきで遣り取りしている。
……なあ、メイヨウ。男は女のために身体を張るモンなんだよ。前時代的な考え方かもしれんが、男はいつだってバカな生き物なのさ。少しはカッコ付けさせてやれ。な?
総督府に放り込んだクルセイダーズは表向き志願兵ということになっている。現場にとどまっているサトゥ氏はその手の演説をさせたらピカイチだからな……。耳触りの良い言葉を並べ立ててハーメルンの笛吹きさながら哀れな生贄たちを沈むと分かっている泥舟へと誘うだろう。その光景がまるで目に浮かぶようだ。
死出の門による電撃戦。
エンフレの大量投下。
禁断の【巫蟲呪画】発動。
そしてクルセイダーによる強制執行。
日本と中国の戦争は、現時点で種族人間が持ち得る最強の手札を余すことなく晒した見本市となった。
今後の戦争はそれらがベーシックとなり、また数多くの国に戦争は悲劇であると印象付ける結果になっただろう。
日本と中国は今後も争い続ける。不特定多数のゴミが女神像の登録を済ませてしまったので、もはや止めようにも止められない。仮に双方のトップが終戦を宣言したところで無駄だ。何故ならこれはゲームで、プレイヤーの身の安全は保証されているのだから。
ましてウチのサーバーのゴミどもは大量ロスト事件を経験してるからな。ヤツらはロストしても別に大して困らないことを身を以て知ってしまった。イヤそれどころか有益ですらある。もしも人生をやり直せるなら誰だって強くてニューゲームしたいだろう。もちろん長い目で見れば国力を損ねることにはなるだろうが、そんなことは大部分のゴミどもにとって知ったことではないのだ。本当にどうしようもない弱小サーバーになって強国にボコられてつまんねえ!ってなったら引退すれば済む話なのだから。
日本サーバーと中国サーバーは共に深い闇へと沈むだろう。これまでに築き上げてきた全てが失われ、放っておいても自滅していくことになる。
そう、全ては戦争が悪いのだ。
日本と中国の末路を目にした他国の首脳陣は否応なく慎重にならざるを得ない。だが、ヤケクソになった日本と中国も黙っちゃいないだろう。他国を巻き込んで一人でも多くの泥舟メンバーを搔き集めるに違いない。
悲しいことだが、サイはとうに投げられルビコン川はダム建設により支流を変え渡るまでもなく後ろに流れた。負の連鎖はアーケード版の北斗の拳のように永久コンボに入るだろう。ドリブルからのバスケ。ブッパッコーからのテーレッテー。
この流れは誰にも止められねえ。
非力なエンジョイ勢の俺たちは、ただただ日々の安寧を祈るばかり。
だろ? ポチョよ!
「ママぁ」
甘えてくるポチョ子を抱っこして今後の計画を立てている。
もう目を使っちまったからな。俺のレベル上げ計画はおじゃんだ。こうなったら魔法使いを辞めて鍛冶屋に戻るしかねえ。平和主義の俺にやはり戦闘職は似合わない。だが、その前に一つ試しておきたいことがある。
俺は、興奮したポチョ子にしがみ付かれて全身の骨をへし折られて死に戻りしたついでに知らないゴミに言伝を頼んだ。ロストしてフレンドリストも白紙に戻ったからな。頼んだぞ。
知らないゴミは気さくに頷いてくれたが、普通にブッチされたようだ。待ち人来ず。やむなし。俺は生産職の相互組合に顔を出して情報を得ると、その足で山岳都市の露店バザーに向かった。
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー-怪しい倉庫
薄暗い倉庫で高校生くらいに見える女キャラが鼻歌など口ずさみながらせっせと荷解きをしている。随分と上機嫌な様子だ。そいつに背後からひたひたと忍び寄った俺は、茶髪ポニーの肩にグイィと手を置いて俺の訪問を告げた。
アンパンくゥーん。
「ひやぁ!?」
素っ頓狂な悲鳴を上げたアンパンが振り向きざまに俺にビンタを浴びせてくる。何しやがる。
アンパンは逸る動悸を鎮めるように自分のおっぱいに手を置いて、ホッと溜息を吐いた。
「だ、旦那か。う、後ろから急に声を掛けるのやめろよー! この辺は変質者がよく出るってんで気ぃ張ってるんだよ!」
とてもそうは見えなかったが……。まぁそういうことなら安心しな。俺は大抵の変質者に顔が利く。お前に手出ししないよう言っといてやるよ。
「え、ホント? それもどうかと思うけどありがとう! あ、叩いてゴメンね。痛くない?」
痛くねーよ。忘れたのか? このゲームの痛覚は特殊仕様だ。ダメージを苦痛に感じないよう脳をいじられてる。
まぁお前は純生産職だからな。戦闘に出る機会がないとそんなもんか。
それはそうとアンパン。引っ越したなら俺に一言言えよ。人間の里にある店は畳むのか?
「それがさー。聞いてよ旦那ー」
何だよ。
「うん。人間の里って女神像から近いじゃない? 最近何かと物騒だから俺も人恋しくなっちゃってさ。しばらく露店に専念しようかと思って」
なるほどな。お前はクランのお抱え薬屋って訳じゃないし、そのほうがいいかもな。
「でしょ? で、ほら。旦那ってちょくちょくロストするし、いちいちフレンド登録するの面倒だからさ、まぁいいかーって」
まぁいいかーじゃないよ。そこの手間を省きなさんな。組合にでも行って適当に俺の知り合いを探せばいいだろ。置き手紙するなりよー。
「えー? ヤだよ。旦那の知り合いってホントに知り合いのパターンとそうじゃないパターンがあるんだもん」
それは反論できねえな。俺の名前を出すと荒くれの二人組が片方に「おい」とか声を掛けてニヤニヤ笑いながらお前を尾行したりする。それは避けられない。
「避けてよ。どんだけ恨みを買えばそんなド底辺の世界観を満喫コースになるのさ」
そういう奴らに限って案外気のいい連中だったりするんだよ。まぁロールプレイだな。俺ならそんな場当たり的な尾行はしねえ。足が付くからな。もっと上手くやるさ。
そしてここに居る俺が、そのもっと上手くやった俺です。荷解き手伝うぞ。
「下着とかもあるのでそれはチョット……」
お前の下着に興奮するほど落ちぶれちゃいねえよ。
「俺がイヤなの!」
そうかい。じゃあ本題に入ろう。
俺はぐっと身を乗り出して声を潜めた。
アンパンよ。例えばの話だが、お前のクラフト技能で人間をちょろっと強化したりできねえかな? こう、なんつーか、具体的にどうって訳じゃないんだが、例えばの話ね。腎臓って二つも要らなくない?みたいな……。
「じ、人体改造……」
人体改造? 違う違う。そんな物騒なモンじゃないよぉ。俺は歯列をギラつかせてクリーンなイメージを強調した。
プチ整形さ。
アンパンくんはブンブンと頭と両手を振って拒絶を示した。
「お、俺はヤだからね! お、俺は人間だ! 魔族じゃない!」
冷たいコト言うなよ。俺はのそっと立ち上がってアンパンの肩に腕を回した。友達じゃないか。
そうだろ、アンパン。ネフィリアの下に居た頃、俺が仲間と呼べるヤツはお前くらいだった。お前は俺にとって特別なんだよ。
「だ、旦那」
くくくっ……。まぁ考えといてくれや。今度サンプルを持ってくるからよ。俺の知る限り、お前ほどプレイヤーの身体の仕組みに精通したやつは居ねえ。海の向こうにはお前が喜びそうなお宝がゴロゴロしてンぜ?
そう言って俺は中国のお宝に思いを馳せた。
……仙人のスィシーは口約束では心許ないからと、俺にとある術を受けるよう言ってきた。何らかの【戒律】を俺に刻もうとしたのだろう。発達したクラフト技能こそが仙人の異常なまでの強さの秘密なのかもしれない。
そして何よりも俺の興味を引いたのが呪骸だ。
国内サーバーで【巫蟲呪画】は解放されていないが、中国人が使えるなら問題ない。元より三次職はレベル20以上……俺自身がダークプリーストに転職するのは現実的じゃない。俺自身が使う必要はないってコトだ。
そう難しい話じゃない。中国人のダークプリーストを雇えばいい。ニジゲンの拠点作りはそれを見越してのこと。日本には日本の、中国には中国の良いところがある。悪いところもある。だから協力する。短所を補い長所を生かす。日本人が苦手なことは中国人に任せればいい。そうやって互いに支え合って生きていくんだ。
ロスト慣れした日本ゴミでエンフレ大量投下して、中国ゴミが【巫蟲呪画】をバラ撒くとかなっ。
世界は広い。スキル選挙で【心身燃焼】の解放段階を上げた国もあるだろう。【スライドリード】の解放段階を上げた国も。【全身強打】をカンストまで持っていった国もあるかもしれない。
そいつらが国境を越えて手を結んだなら、未だかつてない脅威となるだろう。楽しみじゃて。のう、アンパンや。
「魔王軍ですね。分かります」
くくくくくっ、ふははははははははははは!
3.露店バザー-表通り
さて、アンパンと旧交を温めたついでにシルシルりんと再々々々度となるフレンド登録をお願いしに行くとしよう。
俺のフレンドリストに咲く一輪の花。それがシルシルりんなのだ。
シルシルりんシルシルりーん! ブンブンと手を振って駆け寄っていく俺に、いつもの場所で露店を開いているシルシルりんが少し怒ったような表情をした。
「あっ、ロスト魔! ロスト魔が現れたっ」
ロスト魔じゃないよシルシルりん。お友達のコタタマりんだよ。
シルシルりんは両手でぽかぽかと俺の頭を叩いた。
「またロストしてー! なんかっ、もうっ、またかぁって思っちゃったし! お友達がロストしたのにっ、私、朝食作ってて目玉焼きをお皿によそっちゃったし! どんどん悪い人になってる! コタタマりんのばかーっ!」
俺はシルシルりんに罵られて興奮した。
しかし、もちろん興奮していることを悟られるようなヘマはしない。ここは下手に出るとしよう。
俺は申し訳なさそうな顔をして、へこへこと頭を下げながらシルシルりんの顔を下から覗き込む。
そ、それでぇ、本当に申し訳ないんですけどぉ、またフレンド登録したいなぁって。だ、ダメかな?
下手に出る俺にシルシルりんはくしゃみを堪えるような表情をした。
「ふ、ふーん。そ、そんなに私とフレンド登録したいんですかぁ? でもぉ、どうせまたすぐにロストしちゃうんじゃないですかぁ? ど、どうしよっかなー?」
シルシルりんが俺を焦らしている。俺がシルシルりん抜きでは生きていけない身体になっていることを把握しているのだ。
俺の興奮は頂点に達した。この場からシルシルりんを連れ去らなかったことは奇跡としか言いようがない。
通りすがりのゴミが俺の肩に手を掛けて、
「ンだよ。崖っぷち。フレリ埋めてんのか? だったら俺が」
オンドレぁ! むっ、このゴミ……。この俺の最速の一撃を受けやがった。
通りすがりのゴミがニヤッと笑う。
「そう来ると思ったぜ。甘いんだよ。ネタは割れてんだ。そう何度も通用するかよ」
ちっ、やるじゃねえか。で、どうする……。この場で決着ゥ……付けるかよ?
「……いいや、やめとこう。生産職の連中にゃ借りがある。ポポロンとの決戦で俺らは大分無茶をやった……。だが、崖っぷち。オメェとの決着は付ける」
ほう。じゃあどうする?
俺と知らないゴミは武器を収めた。
知らないゴミがザッときびすを返して去って行く。後ろ手を軽く振りながら、
「この場で二時だ。逃げるなよ?」
上等だよ。仲間も連れて来い。皆殺しにしてやる。
「ハッ……」
知らないゴミは鼻で笑って俺の視界から消えて行った。
おっとシルシルりんがむすっとしている。
どうしたのかなシルシルりん? シルシルりんシルシルりん。
「……なんか、コタタマりんって男の人と一緒に居る時のほうが楽しそうですよね」
そんなことないよシルシルりん。俺はシルシルりんと一緒に居る時が一番なのさ。
「それって、ジャムりんよりもですか?」
そう言ったシルシルりんがハッとして口元を押さえた。慌てて言ってくる。
「い、今のはナシで! わ、私……。その、ジャムりんがコタタマりんを、ろ、ロストしたって噂が……。いえっ、別に私は、誰がとか気にしてないですけどっ!」
…………。
……ジャムが俺を。なるほど。もしも……その、もしもの話ですが、それが実話だとしたらどうなるのでしょうか?
「えっ。それは、えっとぉ……」
シルシルりんは悩んだ末に真っ赤な顔をして俺をチラリと見て、
「ち、ちょっぴり羨ましいかな、なんて……」
消え入りそうな声でそう言った。
……なんだろう。俺は思った。難聴を患ったラブコメの主人公の気持ちが少し分かるような気がした。彼らに倣って俺も聞こえなかったふりをするべきなのだろうか。
シルシルりんは俺というキャラクターに好意を抱いてくれているらしいが、その好意を受け入れた先に待ち受けるのは俺のロストでなくてはならないのか。いや、そんなことはない筈だ。
俺は勇気を振り絞って言った。スッと斧を差し出し、
「俺のこと、殺してみる?」
シルシルりんは真っ赤になった顔を隠すようにバッと俯いてもじもじした。
「……よ、よろしくお願いします」
俺はよろしくお願いされた。
まったく意味が分からなかった。
分からなかったが、シルシルりんは俺とフレンド登録してくれた。
殺してはくれなかったけど。
俺は……。
シルシルりんに殺されたいのだろうか?
自問するが、答えは出そうになかった。
ただ少なくとも俺はシルシルりんを殺したいとは思わないし、ロストなんて以ての外だ。
俺が間違っているのか?
……ウッディ。お前はどう思う?
(シンイチ……。私に死という概念はないようだ。居なくなる、という感覚がよく分からない。それは……寂しい? こと、なのか?)
どうかな。
妙にハイテンションになったシルシルりんがぴょんぴょんと飛び跳ねながら去りゆく俺にブンブンと手を振ってくる。
「コタタマりんっ、また今度ね!」
めちゃんこ可愛いぜ。
でも俺は……。俺が殺したいのはゴミどもなんだ。
だとすれば、このシルシルりんへの想いは……偽りの恋なのか?
俺にはもう何も分からなかった。確信を持てるものが何もなかった。
……セクハラ神に会わねばならない。
そして問い質すのだ。
愛とは一体何なのかと。
これは、とあるVRMMOの物語。
コタタマ、恋の迷路に迷い込む。
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