奇跡よ再び……!
1.ちびナイ劇場
このゲームはプレイヤーが戦争してようが何だろうが運営の都合が優先される。
それは、まぁ仕方ない。日本と中国の喧嘩であって他国のプレイヤーには関係ないからな。戦争が終わるまで待ちましょうなんて話は通らない。たまたま今回は俺たちが当事者ってだけで、例えばイギリスとフランスがドンパチしてるのでイベントは後回しにしましょうなんて言われたら「はぁ?」ってなるし。
という訳で、ちびナイ劇場である。
容赦なく観客席に引きずり込まれた俺たちはもるもると不満の声を上げるにとどまる。
ステージの上では、ベッドに寝転がってるちびナイが「こほこほ」と咳き込んでいる。看病してるちびマレが水気を切ったおしぼりをそっと姉キャラのおでこに乗せる。
【お姉ちゃん。大丈夫?】
ちびナイは答える余裕もないようで、コクリと頷いて「こほこほ」と咳き込んだ。
仮病だ。
俺はAIではないので確かなことは言えないが、AIが病気に伏せることはないだろうと半ば確信している。
ちび姉妹の茶番劇が続く。
ちびマレがガタンと椅子を蹴って立ち上がり、
【お、お姉ちゃん待っててね。私、ョ%レ氏を呼んでくるから……! 運営ディレクターのョ%レ氏なら、きっとお姉ちゃんを治してくれるよ!】
プレイヤーの同情を引こうとしているのか、ちびナイは弱々しくちびマレの袖を掴んだ。行かないで、と言うように。
観客席の後方にパッとスポットライトが灯る。
【おや、ナイ。風邪かね?】
ちびマレが胸の前で祈るように両手をぎゅっと握る。
【あ、あなたはもしかして運営ディレクターのョ%レ氏!?】
【そうとも。私が運営ディレクターのョ%レ氏だ。待って居給え。すぐにそちらに行く】
タコ足をバッと広げたタコ野郎のワイヤーアクションが始まった。宙吊りにされたタコ野郎が右に左にと観客席の上を行き来する。たっぷりと三周ほどしてから、ちび姉妹が待つステージにゆっくりと降り立った。
タコ野郎の着地に合わせてステージの上にはスモークが焚かれ、ステージの両端からシュバーッと激しい火花が上がる。とても病人を看病する環境ではない。
くるりと回ったョ%レ氏がタコ足をびしっと観客席に向けてポーズを取る。
【一流の%は部下のためとあらばどこからでも駆け付ける】
……俺も様々なネトゲーをやって来たが、こうまで自己主張が激しい運営ディレクターを目にしたのは初めてだ。
バッとタコ足を左右に広げたョ%レ氏の足場がゴンゴンと音を立ててせり上がって行く。なんだ。何が始まろうとしているんだ。
ちびナイ劇場の四方を囲う壁がバターンと倒れた。ええ? まさかの野外ライブ?
巨鳥の鳴き声が轟く。観客席に混じっていたプッチョムッチョが頭上を指差して叫ぶ。
【上だ!】
輝く太陽を背に火の鳥ワッフルが急降下してくる。大きく翼を広げて滑空するワッフルにョ%レ氏が飛び移った。タコ焼きになっちゃえばいいのに。
観客を上から見下すのがよほど気持ち良かったらしく、タコ野郎を背に乗せたワッフルが高く舞い上がって遥か上空を旋回する。
ちびナイ劇場の館外は不思議空間のようだ。青空にグラデーションが掛かり徐々に夜の帳が下りていく。
ョ%レ氏とワッフルのカットインが入った。夜空に命の灯火が赤々と咲く。燃え立つ不死鳥から赤い輝きがタコ野郎に伝わっていく。ョ%レ氏がタコ足を突き上げるや、命の火が地上のステージに降り注ぐ。
ハッとしたちびナイがむくりと上体を起こして信じられないといった面持ちで自分の身体を見下ろす。
【な、治った……!】
ちびマレが姉キャラに抱きつく。
【お姉ちゃああああん!】
【妹よー!】
かつてないスケールの茶番だった。
感動にむせび泣くちび姉妹を、遥か上空のタコ野郎は優しげに見守りニヒルにタコ足を振る。そのまま飛び去っていくョ%レ氏とワッフルに、ちび姉妹は見えなくなるまで手をブンブンと振って見送った。
【ありがとう、ョ%レ氏!】
【ョ%レ氏のこと、私たちずっと忘れないから……!】
夜空に流れ星が一雫降り、一番星がキラリと光った。
……よく分からないが、今日のゲリラコントはこれで終わりか? もう戻して貰っていいかな?
いや、まだ続きがあるようだ。
舞台袖から何食わぬ顔で出てきたョ%レ氏がタコ足に持った便箋からガサガサと手紙を出して広げ持つ。
【さて、プレイヤーの諸君。諸君らにこうして集まって貰ったのは他でもない。とあるプレイヤーより要望があってね】
最初からそう言えよ。前半の茶番はどう考えても不要だろ。
【まずは先回の復刻版チュートリアルはご苦労だった。まぁ感触から言えば、そう悪くない結果だったと言えるだろう。そこで、このお便りだ】
そう言ってタコ野郎は手紙をぴらぴらと振る。
【実のところ、復刻版チュートリアルは当時のストーリーを忠実に再現したものとは言い難い。無論のこと、このョ%レ氏は考えあってそのようにしたのだが。諸君らがポポロンとの戦いで精根尽き果てることは分かっていたからね。まず時間の無駄だろう。そう思っていたのだよ】
おい。まさか。
【しかし、なるほどな。諸君らを戦士と認めると言ったのは私自身だ。私は心のどこかで諸君らを侮る気持ちを捨て去れなかったのかもしれない。ヒューマンめ。よかろう。要望は確かに受け取った。ならば戦え。精々足掻いてくれ給えよ?】
ョ%レ氏がタコ足をパチンと鳴らした。
【ワッフル。来なさい】
巨鳥がステージに舞い降りる。
ョ%レ氏が宣言した。
【心の準備はいいかね? これより復刻版チュートリアルの後半戦に移る】
誰だ。余計な要望を送りやがったのは。
2.日本-ポポロンの森
強制参加だ。転送されるなりゴミどもが叫んだ。
「散れぇ!」
地獄のチュートリアルはポポロンとワッフルの二連戦だ。
苦難の末にポポロンを倒した初日組は喜び勇んでチュートリアル空間を脱出するなり全滅した。ワッフルの襲撃によるものだ。
森の上空を陣取った巨鳥から火の雨が降り注ぐ。
こ、こんなの避けようがねえだろ……。
アナウンスが走る。
【警告!】
【レイド級ボスモンスター出現!】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:11.79.88…87…86…】
【目標……】
【使徒】【Burn-Hail】【Level-2743】
ワッフルの固有スキル【心身燃焼】は物理的な熱量を伴うものではない。降り注いだ命の火が種族人間の体内を走り瞬時にゲージをMAXに持っていく。あふれた生命力が肉体という器から漏れても構わずドンドンと注ぎ込まれる。お猪口にバケツで水を注ぐような暴挙だ。いや、もっとひどい。安物の紙コップを滝に突っ込むようなモンだ。当然、紙コップはひしゃげて破ける。
おごごごっ……! 膨張した筋肉が全身の骨をへし折り皮膚を突き破る。心臓がどくどくと高鳴る。ボコボコと浮き上がった血管が圧に耐え切れずにブチブチと悲鳴を上げる。
俺は破裂して死んだ。
倒れるのは許さないとばかりに加護が降る。前へ進めと命の火が燃える。敵を倒せとアナウンスが叫ぶ。
【条件を満たしました】
【パッシブスキルが発動します】
【女神の加護】
や、やめ……。
【Death-Penalty-Cancel(あの頃のあなたたちとは違う)】
【Stand-by-Me!(今一度奇跡を!)】
死に戻り、できねえ……!
当時よりは幾らかマシになってるだろって? 信じて、いいのか?
俺たちは……ワッフルに勝てるのか?
最強のレイド級に!
俺は自身を叱咤して吠えた。
「あああああああっ!」
生死を運に委ねて立ち上がり、上空を滞空している巨鳥を指差す。
ネフィリアの下に居た頃に俺は一次職を一通りかじってる。その後、先生の【ふれあい牧場】に身を寄せた俺が生産職として平穏な日々を過ごしている間にも魔法の使い方は盛んに研究されてきた。
脳に力を込めるというマナの絞り出し方は今や初心者向けの第一段階であるに過ぎない。
俺たちが魔力と呼ぶものの正体は【戒律】だと判明し、プレイヤーの母体が発見された。エンドフレームを駆るプレイヤーは魔法の扱いが上手くなることも分かっている。
かつてサトゥ氏は【スライドリード】の段階解放をつまみをひねることに例えた。それは正しかった。
呪詛を裏返せば祝福になる。この身に巣食う【戒律】を反転し、内に眠る母体の操作法を引きずり出すのが魔法の正しい使い方だ。
ごく一部のプレイヤーは極度の集中状態において無詠唱の行使に成功している。
そうさ。種族人間は強くなった。あの頃の俺たちとは違うッ……!
俺は目に力を込めた。クソ鳥のボスを凝視し、呪詛を塗り込めるように叫ぶ。地を這いつくばれッ……!
「墜ちろぉ! ふあっ、んっ……! やっ! ああっ!」
運良く被弾を免れた魔法使い部隊が【四ツ落下】を放つ。
【四ツ落下】は攻撃範囲が指定できないという話だったが、ネトゲーマーはさしたる根拠もなく自分の才能を信じてやれる人種だ。俺だって例外じゃない。俺なら【四ツ落下】を制御できるんじゃないかという確信にも似た予感があった。
その期待は脆くも崩れ去り、俺の近くに居たゴミどもが押し潰された。ダメか。
ダメだった。【四ツ落下】は使い物にならない。細かい仕様は分からないが、ただでさえ命中率が低いのに空を飛んでる敵には更に当たる確率が下がるらしい。多分俺らの意識がまったく作用してない訳じゃないんだろう。高低差を意識すると空間認識能力が悪さをして、大部分がこの広い大空のどこかで作動してしまうようだ。
【四ツ落下】は解放して日が浅い。研究の余地は多い。そもそも重力を操るってことからして軽く意味不明だしな。ジョジョの時を止めるっていう概念と同じく具体的に何がどうなってるのか分からない。今でこそ瞬間移動する敵キャラが漫画に出て来たら俺らは時止めを疑えるが、それは花京院の命を賭した最後のエメラルドスプラッシュによるものなのだ。
いずれにせよ、ワッフルに勝つためにはスキルを封じることと飛行を封じること。それら二つを両方やらなくちゃならない。
ワッフルに手加減させたら、その時点でアウトだ。何しろ【心身燃焼】は二段階目まで解放されている。
つまり、どういうことか。
簡単さ。
俺たちは諦めた。
俺は不屈の闘志がウリのキャラだが、例えば目の前に10メートルほど高さのある壁を持って来られて「さあ跳び越えろ」と言われても困るだろう。それはもうルールがおかしいのであって、精神的なタフさは関係ない。
すっかり大人しくなった種族人間の群れにワッフルもまた警戒を解いて地べたに足を畳んで座り込んだ。時たま、のろのろと立ち上がったゴミが奇声を上げてワッフルに突進して行くが、これをワッフルは一瞥してカウンターのマホイミで黙らせる。
俺たちとワッフルの間に横たわる微妙な距離が、決して埋まることはない種族の違いを物語るかのようであった……。
3.中国-海上都市ニャンダム
強制参加のイベントは終了時に元居た場所に戻されるケースが多い。今回もそうだった。
さあ戦争の続きだ。
ダッシュで死に戻りした俺は戦線に復帰する。メイヨウ様ー!
「チェンユウ! 戻ったか! ワッフルはどうだった?」
無理っス!
「だよな!」
中国サーバーも無理だったようだ。メイヨウは嬉しそうだ。同病相憐れむというやつだろう。
メイヨウはこほんと咳払いして改めて俺に突撃の命を下そうとする。しかし咽せたのか、こほこほと咳き込んで号令が切れ切れになる。
「と、つ……。こほっ、こほっ」
このゲームでは、人間の肉体構造上の欠陥としか思えない生理現象は大部分が再現されている。急いで水を飲むとうっかり気道に入って咽せたりだ。そうした欠陥は回り回って健康を保つ上で必要なことだったりするので、迂闊に削ることはできないのだとネフィリアから聞いたことがある。
涙目になって咽せているメイヨウが少し待てと言うように手のひらを俺に向ける。俺もこほこほと咳き込んで待つ。
……?
俺たちは同時にギョッとした。
習慣的に口元を覆っていた手のひらにべったりと血液が付着していた。
体調がおかしい。身体が重い。立っていられない。がくりと膝が折れる。
俺たちだけじゃない。
他の連中も同じ症状に苦しんでいる。血を吐いてバタバタと倒れていく。
こ、これは……。
ボトボトと吐血しているメイヨウが叫んだ。
「禁術……! 【巫蟲、呪画】だと……! っ、オムスビ、コロリン! 使った、のか!」
これは、とあるVRMMOの物語。
奇跡は起こらなかった。
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