たゆたうセブン
1.中国-エッダ海岸
パンダマンの正体が先生だって……?
い、いや。あり得ない。
俺は動揺していた。震える声で否定する。
ジョンやリンリーとは違う。先生が一人で海を渡るのは無理だ。海底にへばり付いた【ギルド】を突破することはできない。
だがオムスビコロリンは冷静だった。
「いや、可能なんだよ……。【歩兵】のスペックは人間とあまり変わらない。潮の満ち引き、海流と波を利用すれば【歩兵】を振り切れる。知ってるか? 海中ってのは視界が悪いんだぜ。人間と同じくらい視力が発達した魚類は居ない。泳ぐ獲物を目で追うのは限界があるからだ」
……【ギルド】は魚じゃねーぞ。
「【指揮官】が居ない【歩兵】の狙撃は言われたらやるレベルだ。熱源感知や標的の照合。性能的には十分なものを持ってるのに活用しようとしない。多分……レベルが低いからだ。勝利と生存、敗北と死が結び付いてないらしい。何しろ不滅の存在だからな。勝ち負けの概念がないのかもしれない」
だ、だからって……。先生? 人違いですよね?
先生は答えず、俺に歩み寄ってきた。ぐいっと俺とオムスビコロリンの間に割り込んでくる。
「コロリンさん。評価してくれるのはありがたいが、私はそれほど大それたプレイヤーではないよ。君の言うそれは専門家の領分だ。門外漢には成し得ない」
オムスビコロリンは首を傾げた。先生の言う通りなら、先生がここに居る理由が説明できないからだろう。
俺も落ち着いてきた。少し考えてみる。
黒船来航時、ョ%レ氏がジョンのことを全プレイヤーで初の他国の地を踏んだとか言っていたナ……。信用に値する情報だ。つまり先生が中国サーバーに上陸したのはそれ以降の出来事ということになる。
だが、俺はずっと先生の傍らに居て長期間に渡って留守にするという話を聞いたことがない。海外出張するにあたって特に時間が掛かるのは海上の移動だ。……エンドフレームなら可能か? いや、おそらく先生は正常個体だ。正常個体はトレーニングモードを除き自発的に完全変身することができない。大規模侵攻の顛末を鑑みるに、例外はガムジェムの力を借りることなのだろう。そう、オムスビコロリンも正常個体だ。だからマジュンくんはガムジェムを持ち込んだ。
先生の性格から言って長期間留守にするなら俺かアットムに一言くらい掛けてくれるだろう。それがなかった。つまり何らかの事故に近いのではないか、ということになるが……。
オムスビコロリンがハッとした。
「【賢者】の特性……? 待て。待てよ。もしもそうだとしたら……。レ氏、あいつは【賢者】を集めて何をしようとしてる……!?」
ど、どうした?
「チェンユウ。リアルの所在地だ。なんてことだ。【賢者】の称号持ちはリアルで国外に出ればそのサーバーに繋がる。それは何のための機能だ? 別の星に連れて行くためだろう。それ以外に思い付かない」
先生がオムスビコロリンを急かす。
「コロリンさん。リリララはどこに居る? 彼女を止めなければ、この戦争は終わらない」
コロリンさんがギクリとした。
「リリララ……? そういうことか! くそっ、やられた……!」
え、なに? 何の話?
俺は二人の話について行けていない。
でも、すぐに分かった。
先生が身バレの危険を犯して中国サーバーに出張してきたのは取り返しのつかない事態が迫っているからだった。
ざっと波が打ち寄せる。
クソのような廃人が砂浜に漂着した。
よろよろと立ち上がったリチェットが苦言を漏らす。
「しんどいもる……」
サトゥ氏がリチェットに肩を貸して歩いてくる。
「リチェット。陸もるよ。元気を出すもる」
日本産のゴミが中国サーバーに上陸した。
力尽きたマグロみたいに続々と漂着してくる。
オムスビコロリンが後ずさる。
「……どうやって海を」
「泳いで」
サトゥ氏の返答はとてもシンプルだった。
オムスビコロリンは危機感を募らせていく。
「【ギルド】は」
「数にモノを言わせて力尽くで」
「……嘘だろ? どうして、そんな」
「ネフィリアが一晩でやってくれました」
エンドフレームならば、海を越えることは可能だ。
リチェットが120%化した。
サトゥ氏の頭の横にブサイクな人形が浮かび上がる。
サトゥ氏は俺を見つめて苦笑した。
「これは受け売りなんだが、イヤなことをイヤだと言えないのがリアルの悪いところなんだとさ。これはゲームだから。リアルじゃないからさ。俺たちの遊び場だから……我慢しなくていいんだと。久しぶりに怒られたよ」
軽く手を上げて続ける。
「よう。コタタマ氏。迎えに来たぜ」
命の火が燃え上がる。
ゴミどもが完全変身していく。
日本産の粗大ゴミを従えたサトゥ氏が言う。
「トコトン戦ろう」
「バカが……!」
吐き捨てるように吠えたオムスビコロリンが120%化した。白いかんばせにバッチリとメイクが乗り、黒いボンテージのような衣装に換装する。
アビリティを発動した種族人間は【ギルド】に近付く。その外見は他者の認識が関わっており、自分自身で細かくカスタマイズすることはできない。だが、実のところゲームにランダム性は必要だ。それが昨今のネトゲーでステ振りが廃れた理由であり、また札束ゲーと揶揄されるスマホゲーに欠けている部分でもある。
ぐう、と俺の腹が鳴った。何だろう。とても体調がいい。
サトゥ氏がニヤリと笑う。
「オーバードか。いいアビリティだ」
砂浜を蹴って大きく飛び退いたオムスビコロリンがバッと片腕を振る。
「互いに損するだけだと分かってるだろうに! サトゥ〜!」
金髪ロリの合図を受けてチャイニーズが飛び出してきた。護衛か。
チェイニーズの身体の輪郭がジジジと不快な音を立てて二重三重にブレる。その瞳は真っ直ぐ日本ゴミを射抜いている。不退転の覚悟があった。
エンドフレームに対抗できるのはエンドフレームだけだ。
命の火が燃え上がる。
一挙に膨張した体積が大気を押しのけ、砂塵が舞い上がる。独特の圧迫感がエッダ海岸を押し包む。
粗大ゴミと粗大ゴミ。
メイドインチャイナとメイドインジャパンが対峙する。
両陣営から放たれた咆哮にアナウンスが重なる。
【冒険者たちがエッダ海岸を強襲しました!】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:GumS Gemsの奪取】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【王族】【シフォン】【Level-301】
これは、とあるVRMMOの物語。
なお、セブンは波に攫われて辿り着けなかった模様。
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