黒の星
1.ポポロンの森-人間の里-スキル投票推進委員会本部
【目口】のぬいぐるみを頭に被らされてスキル投票推進委員会本部の事務所で慌ただしく右往左往するクソ廃人どもを眺めている。
つーか……。俺は黒い全身タイツを指で摘みながら頭に被っている【目口】ぬいぐるみの角度を調整した。
よくこんなのあったな。クラフト技能はまだ使えねーし、あらかじめ作っておいたってことか? 何のために? そして俺を誘拐した動機を知りたい。あと何故か赤カブトも一緒だ。
擦り寄ってきた赤カブトが俺をちょいと見上げて「えへへ」とはにかむ。よく分からんが、この残虐超人が俺を殺し尽くすと俺が何らかの責任を取る手筈になった。そのことがよほど嬉しかったらしく、今日の赤カブトさんは上機嫌だ。おぉ、よしよし。可愛いやつよ。俺は赤カブトの腰に腕を回してぐいぐいと抱き寄せた。俺にはウッディが付いてるからな。美女と言っても差し支えない赤カブトとタダで密着できるならロストの一つや二つは安いモンだぜ。しかもこのジャムジェムさんは外見の年齢をある程度自由に変えることができるらしい。アダルトバージョンのコイツと来たら、そりゃあ垂涎モノのスタイルなんだぜ?
……スタイルに関しては成長曲線に明らかな偏りがあるから本人の願望っぽいんだけどな。
いずれにせよ、俺の提唱するランダムチェンジ萌えに一歩迫った女ということになる。勿体ないから人前ではアダルトバージョンにならないよう言ってある。お前らには見せてやらないぞ。
俺は赤カブトとイチャイチャしながら、クソ廃人どもにガンガン指示を飛ばしてるサトゥ氏に尋ねた。
で? 俺たちを監禁してどうしようってんだ?
ぐりっと首をねじったサトゥ氏が爛々とした瞳で俺を見た。
「ジャムに手出しするヤツは殺す。そういうことだ」
えっ。じゃあ俺は殺されるの?
「違う。ジャムはお前に懐いてるだろ。だからお前も連れてきた。いや、これじゃ分かんないか。順を追って話そう」
サトゥ氏は順を追って話した。
「まず、お前は少し楽観的に考えてるみたいだが【敗残兵】の再建は必要に迫られてというのが理想だ。俺たちのほうから積極的にどうこうってのはしない」
好きにしろ。まだるっこしいな。結論を言えよ。
「分かった。結論から言う。俺たちは選挙活動で忙しい。ジャムにたかるクズを始末してる余裕がない。だからお前らを拉致った」
そいつはどうも。ところで俺を見てくれ。こいつをどう思う?
「似合うよ。そいつはウチで考案した戦闘服だ。エンフレの弱点の一つに誰が誰だか分かんねーってのがある。連携に難がある」
なるほどな。名札代わりか。お前らには悪いが、定着することはないと断言するぜ。
するとサトゥ氏はニヤッと笑って不吉な予言をした。
「どうかな。もる語が生まれた時も俺たちは今のお前と同じことを思ったぜ?」
俺は何も聞かなかったことにした。赤カブトを抱きかかえて事務所のソファにドカッと腰掛ける。
それで……選挙活動ってのは? スキル投票は専用サイトのネット投票だ。レ氏の手が入ってる。おコアラ様の言った通りになったな。一人一票。不正は無理だ。三億円を優勝させるのとは訳が違うぞ。
「出口調査さ。打てる手は全て打った。開票はリアルタイムでやってるんだろうが、途中経過を教えてくれるつもりはなさそうだ。おそらく今回の件はプレイヤーの意識調査も兼ねてるんだろう」
もしも現時点で有力候補が分かれば、それらに票が集中するということか。
出口調査……。結果を先に知りたいのか?
サトゥ氏は「ああ」と頷いた。
「正直、俺たちの最大の対抗馬はポポロンの【全身強打】だと思っていた。あと一段階でカンストしそうだからな。ネトゲーマーにはそういう習性がある」
確かに。俺も頷いた。ポポロン戦の総合評価はB。仮に最高評価がAだとすれば、スキルの段階解放は四段階目が最高ということになる。スキルレベルがカンストした攻撃魔法の存在はデカい。手札は多ければ良いというものではないのだ。
しかし……。
言い淀む俺をサトゥ氏が「それだ」と指差した。
「そう。【全身強打】と【八ツ墓】は今回の選挙に出馬してない」
女神の加護とGMマレの【戒律】操作、アビリティの一切合切もだ。
候補は九つ。
【心身燃焼】と【重撃連打】、【迅速発破】と【風速零下】。【ムキダシ召喚】と……。
【Mare-Mare】と【Bury-Creep】と【Naggy-Doom】。そして……。
見たことも聞いたこともない【Naive-Restore】というスキル名称が候補に挙がっていた。
スマホで調べてみたのだが……。「幼稚な復元」という意味になるのだろうか? 多分……ささやき魔法かクラフト技能のことだ。どちらかは分からない。どちらとも取れる。クラフト技能っぽくはあるが、鬼畜ナビゲーターNAiの名前が含まれてるのが気に掛かる。
【Mare-Mare】は【四ツ落下】のことだろう。NAiがそう呼んでただけで、俺たちは正式にマールマールのスキル名称だと確認した訳じゃないからな。【Naggy-Doom】、ニャンダムの【スライドリード】に関しても同様だ。
【全身強打】と【八ツ墓】が選外になっているのは、解放段階が絡んでいるのだろう。エッダ戦の顛末を考えれば一気に三段階目辺りまで解放されていてもおかしくはない。
……ョ%レ氏は解放するスキルについて「完全な形ではない」と言っていた。俺たちのリソースを削ることはしないとも言っていたから、四段階目のスキルを無条件に与えることは不可能なのかもしれない。
サトゥ氏は俺の理解が追い付くのを待ってから続けた。
「コタタマ氏。前に言ってたよな? 俺に頭を張るのなんかやめろって」
言ったな。黒船来航の時の話だ。その思いは今も変わっていない。廃人は昔からそうだ。ネトゲーは遊びじゃないと言うが、その感覚が俺たちには理解できない。遊びじゃなければ何なんだ。遊びだから、ゲームで遊ぶのは楽しいからお前らはここに居るんだろう。そこを否定したら単なるドM野郎ということになる。
しかしサトゥ氏は首を横に振った。
「自覚がある。俺たちは社会の底辺だ。俺たちからゲームを取ったら何も残らない。俺たちは、あの六人にエンディングを見せてやると約束した。その約束は俺たちにとって何よりも大事なんだ」
六人衆はそんなこと気にしないと思うぞ。アイツらはお前らの幸せを願ってるよ。
サトゥ氏は照れ臭そうに視線を逸らした。
「まぁ……単純に勝負だからってのもある。遊びじゃないっていうのは少しズレてるな。本心じゃない。遊びだからって手抜きするのは違うだろ? 俺以上に上手くやれるやつが居れば従うさ。それはそれでイラつくけどな」
俺も照れ臭くなってそっぽを向いた。
そうか。まぁ何だ。あン時は俺も言い過ぎたな。悪かった。ネフィリアが頭を張るのは無理だ。アイツは廃人じゃないからな。その、ええとな、お前以上に上手くやれるやつは居ないと思うぜ。ジョンにしたって実際に指揮を取ってるの見た訳じゃねえしよ……。
「そ、そうか」
サトゥ氏と二人でもじもじしていると、リチェットが「どーん!」と俺に体当たりしてきた。何しやがる。
「どーん!」
ぴょんとテーブルを飛び越えたリチェットがサトゥ氏にも体当たりして、そのままサトゥ氏の隣に座った。
「統計が出た。【四ツ落下】が優勢だ。次点でプクリのスキル。アンケートの結果だから絶対じゃないけど、このまま行けば勝てる!」
そうか。【Naive-Restore】とやらがダークホースになり得ると思ったが、どちらにせよ打撃力の底上げには不向きだからな。【スライドリード】と【心身燃焼】については、解放は済ませてあるというのが影響したか。
……ムキダシ召喚はどうだ?
リチェットは神妙な顔をした。
「お犬様の言うことは分かる。私たちだってムキすけに愛着がない訳じゃないんだ。でも……」
いや、分かったよ。俺は軽く手を振って、それ以上は言わなくていいとジェスチャーした。……そう。分かってる。お犬様は一つだけ致命的なミスをした。
しんみりした空気にサトゥ氏がパンと手を叩いて声を張り上げる。
「よし、最後の一押しだ! これより打って出るぞ! ムキダシ召喚を解禁する! コタタマ氏、ジャム! お前らも一緒に来い!」
サトゥ氏……。いいのか?
ここで手を緩めればプクリのスキルに追い抜かれるかもしれない。
「だからだよ。投票権を保存してる連中が居る。推移を見て一気に戦況を覆すつもりだ。大まかな票の流れは掲示板でも集計してるんだ。あんにゃろーども嫌がらせに人生を賭けてやがる。暫定一位っていう立場は危うい」
多分サトゥ氏の言うことには多少の誇張が混ざっていた。ヘタに状況を動かすのは悪手だ。あるいは未知数な部分が多いプクリのスキルが次点だったから、どちらに転んでも損はないと計算したのかもしれない。
ただ、スキル投票が終わればコラボ期間も終わる。俺たちはムキダシメイトとお別れになる。
サトゥ氏は、ムキダシ召喚のアピールに繋がってしまうと分かってはいても、この場ではいい人ぶることにしたのだ。
俺たちは一斉に頷いて片手を突き上げた。
「ムキダシ召喚!」
「ミダシナミー!」
2.別れの時
人間の里はゴミで溢れていた。
散歩に出た犬みたいに元気に駆け回る俺たち種族人間をメイトたちが遠巻きに見守っている。
て、てっきり逆だと思ったぜ……。ぜぇっ、ぜぇっ。ひゅーひゅー。シャトルランをキメた俺は呼吸がヤバくなって地面に大の字になった。最後くらいチャッピーの散歩に全力で付き合ってやろうとしたのだが、当のチャッピーは早々に戦線離脱してしまったらしい。や、やっぱり可愛くねえ。過労死したセブンにこれ以上は付き合ってられないと他のゴミどもがばたばたと倒れていく。あのセミ野郎はどうなってんだ……。ポーションを打つでもなしに素で脳のリミッターを解除してやがる。……ヤツなりにメイトとの別れに思うところがあるのか。
ウチの赤カブトはメイトと抱き合ってわんわんと泣き叫んでいる。俺のチャッピーとはえらい違いだ。俺のメイトちゃんは太々しいというか肝が座っているというか……。
俺が地べたに寝転がって赤カブトさんを羨ましそうに見つめていると、ぬちゃりと頬に湿った感じがした。
俺はハッとした。いつの間にか近寄ってきたチャッピーが俺の頬をひと舐めしたのだ。
ち、チャッピー……。
感極まった俺はガッとチャッピーに抱き付いておいおいと泣いた。
本当にクソコラボだった。
コラボと言えば、普通は別ゲーの主要なキャラクターが戦力に加わる目玉イベントの一つだ。
参戦してくるのは言ってみれば取引先だから、ぞんざいに扱うことはできない。それなりの性能になっているのは当たり前なのに。ムキダシメイトたちは何の役にも立たなかった。
ああ、クソコラボだ。
このゲームはVRだから。
こんなにも身近に感じられて、別れを惜しんだゴミどもは無様に泣き叫ぶ羽目になる。
……時間だ。
ぴくりと耳を動かしたチャッピーたちがのそりと身を起こして一斉に遠吠えを上げる。
「ミダシナミー!」
様子がおかしい。大人しかったムキダシメイトたちが獰猛な唸り声を発して臨戦態勢に入る。
巨大な影が落ちた。
地響きを立ててタコの化け物が俺たちの眼前に降り立った。
ョ%レ氏……。
本性を晒したタコ野郎は、そのタコ足に巨大な何かを抱えていた。
地面を引きずり、無造作に放り捨てて寄越す。
……それは……瀕死の重傷を負ったマールマールだった。
ダッと地を蹴って駆け出したムキダシメイトたちが一斉にョ%レ氏に飛び掛かる。
ョ%レ氏は巨躯を揺らして笑った。
【なるほど。そういう設定か。何かあるのだな。我ながら忠実に再現したものだ……】
ョ%レ氏は反撃しなかった。いや、反撃するまでもなかった。
【だが、時間だ。本来の居場所に戻り給え】
チャッピーたちが赤い輝きになって消えていく。
それらは原っぱを駆け回る犬のように俺たちの頭上をくるくると回り、宙に溶け込むように徐々に輝きが薄れていき、やがて……弱々しい鳴き声を残して消えた……。
チャッピー……。
俺はぐっと握り締めた拳に力を込めた。
大丈夫。寂しくはないよ。また会いに行くさ。
……そう、お犬様は一つだけ致命的なミスを犯した。
ムキダシサモナーは他社企画だから。
別ゲーだから、会おうと思えばまた会えるのだ。
とにかく今は頭を切り替えろ。俺は自分に言い聞かせた。
深く傷付いたマールマールが殺意も露わに人間の里の大地に前足を叩きつけた。ごろりと寝返りを打ってョ%レ氏に前足を突き付ける。
ョ%レ氏が笑う。
【ふふ。健気なことだ】
マールマールが憎悪の雄叫びを上げる。
Zoooooooooooooooooooooooooooo
ョ%レ氏のタコ足が寸断された。極限まで圧縮した超重力で……?
しかしョ%レ氏は一切怯まない。
【当然ながら】
傷口から零れ落ちた魔石が無数の繭と化して切り崩されたタコ足を瞬時に再構築した。
【今の私のクラフト技能はコンフレーム時のそれとは比較にならない】
再構築したタコ足がマールマールの顔面に巻き付く。暴れる凶獣をタコ足一本で軽く持ち上げ、大地に叩きつけた。マールマールを力尽くで押さえ付けたョ%レ氏が言う。
【さあ、プレイヤーの諸君。何をぼさっとしているのかね? とどめを刺し給え。言った筈だ。最多票のスキルを一つ進呈するとね】
加護が降る。
命の火が燃える。
アナウンスが走った。
【警告】
【レイド級ボスモンスター出現!】
【勝利条件が追加されました】
【勝利条件:レイド級ボスモンスターの討伐】
【制限時間:00.00】
【目標……】
【♯%】【ョレ】【Level-4863】
俺はへらっと笑って肩を竦めた。
参ったな……。
いやね? ホントさぁ。レ氏。あんたってやつは。
俺をイラつかせるのが上手いよなぁ……。
恵んでやるって? 皿に乗せてどうぞってか?
いやぁ……。参った。参ったよ。
ふふふ……。本当に……。
またこのパターンかよ〜……。
俺は顔面をぴしゃりと手で覆って、くつくつと喉を鳴らして笑った。
笑い声を上げる俺の両頬がめりめりと裂けて、ギョロギョロと目が生える。
ネフィリアの言う通り、俺は多分ある程度アビリティを選べる立場にあった。種族人間はゴミすぎて、固有スキルですら他者の認識に依っている。特定の印象を植え付けてやれば戦闘型のアビリティにも手が届いたろう。
様々な可能性たち。
精彩予測を利用して競馬で大勝ちする未来が見えた。
認識阻害を手にした俺を殺しあぐねるゴミどもの姿……。
ありとあらゆる未来がビジョンとなって俺の目に映る。
それらの映像にビキリとヒビが入った。
俺はぴたりと笑うのをやめた。
笑えねんだよ。
ギョロリと目を動かしてクソ運営の巨体を睨み付ける。
「ブッ殺す」
俺のアビリティはゴミでいい。
俺は未来を捨てた。無限に等しい可能性とやらを放り捨てた。そんなものは俺には不要だと今ハッキリと分かった。
砕け散り、焼け落ちていく未来を踏みにじって前に進む。
俺は【扉】を開いた。
死出の門が咲く。
俺の全身をドス黒く染めた紋様が遊離し、醜悪な怪物の輪郭を描いていく。
引き戻そうとする無数の手を振り切って、俺はクソ運営に襲い掛かった。
身体の底から低い唸りを上げてせり上がってくる咆哮を解き放つ。
Pyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
タコ野郎は俺の突進をタコ足一本で訳なくいなした。俺の目から零れ落ちる黒い血をタコ足で器用にすくって魔石に変換。すぐさま巨大な槍をクラフトしてタコ足を振り下ろす。その槍は俺の身体を呆気なく貫き串刺しにして大地に縫い付けにした。
呻き声を上げる俺に、ョ%レ氏がぐっと身を乗り出して低い声で囁きかけてくる。
【戦士メタタマ。そうじゃないだろう? 報酬を取り違えていやしないかね?】
俺は口の端からブクブクと血のあぶくを飛ばして絶叫を上げた。
ゴミどもぉー!
完全変身を遂げたゴミどもが高々と跳躍してョ%レ氏を頭上から強襲する。
ゴミどもがニヤッと笑った。
【崖っぷち〜。俺らも混ぜろや】
これは、とあるVRMMOの物語。
決して譲れないもの。その一線を守るために人は戦う。そして、それはいつしか命という領域を越えていく。これはゲームなのだから。私は祈り続ける。勝って。負けないで。
GunS Guilds Online