その想いに名を付けるなら/A
某方に「お誕生日おめでとうございます!よければプレゼント代わりに何か書かせて下さい!」と言って早数か月…お誕生日おめでとうございましたー!!!!(ジャンピング土下座からの墓穴ダイブ) *リクエストは「片思いな槍弓」でしたのでそれっぽく。ダメー!「何度も書き直して時間だけは掛けたのにこれかい」とか言うのダメー!!
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いつからだっただろうか、私が彼に好意を抱くようになったのは。
あの廻る四日間の時には既に好きだったように思う。
彼と他愛の無い会話をして、時には悪ふざけに乗って。その時間が堪らなく楽しかった。
ではその前は?聖杯戦争の中で敵対していた時はどうだっただろうか。
多分、好きだったのだろう。夜の校庭で彼と対峙した時、古傷の下の心臓が一際高く鳴ったのを今でも覚えている。
感情を押さえ込めるのは得意だった。恋情など生前の時点で削ぎ落としたつもりだった。
けれど月明かりの下、青と赤に彩られた彼を―ランサーを見て殺した筈の感情が息を吹き返すのを感じた。
ではそこが想いの始まりかと問われれば「違う」と答えるだろう。その時には既に「好きだった」のだから。
きっかけはもっと前。私が「私」になる前の話。
始まりはきっと、あの夜の廊下。私が「俺」だった時の話。
赤い、血のように赤い魔槍がこの心臓を止めた瞬間―それを思い出した時が、私の好意の始まりだったのだろう。
落ち着いた内装、気にならない程度に流れるクラシック。鼻腔を擽る紅茶の良い匂い。
ライダーから借りた推理小説を読みながらアーチャーはとある喫茶店で平日の午後を満喫していた。
例の繰り返す四日間の件が解決し、その事後処理も一段落した辺りからアーチャーは時折ふらりと喫茶店に寄っては一人優雅なティータイムを送っている。
別に仕事をサボっている訳ではない。午前中は衛宮家の掃除や洗濯をし、腹を空かせたセイバーの為に昼食を作り、必要ならば庭の手入れも行っている。午後は午後で干した洗濯物の取り込みや夕飯の買出し、凛から頼まれれば土地の霊脈の見回りなど、恐らく現界しているサーヴァント中最も勤勉と言っても過言では無い働き振りだ。
そんな中、ちょっとした空き時間を休憩に使った所で咎める者などありはしない。寧ろもっと休めと言われているのが現状だ。
アーチャー自身は何かしら仕事を与えられて動いていた方が気が紛れて良いのだが、多少は休まないと周囲に余計な心配を掛けてしまうと幾らかのお小言で学習した。
学習の結果「私は休んでいますよ」というアピールが必要だと結論付けたアーチャーが取った行動が喫茶店での一服だった。
この喫茶店はアーチャーの他にもライダーやキャスターなど見知った相手も良く利用する店。彼女らから「アーチャーなら喫茶店でお茶してましたよ」と伝え聞えれば心配性なマスターも一安心するだろうという計算だ。
その目論見は上手くいき、ちゃんとアーチャーが息抜きしているならと凛やセイバーからの「少しは休みなさい」とお小言を貰う事も以前よりは減った。
ただ一つ計算違いと言えば―
「ようアーチャー。今日もご来店有難うございますっと」
「ああ、君か」
ランサーがアルバイトをしている、という大きな計算違い。
ウェイター姿のランサーがメニューを片手に話し掛けてくる。オーダーは既に済んでおり、アーチャーの目の前には未だ湯気を立てる紅茶ともう二杯分は残っているであろうティーポットが置かれていた。
「追加注文の取り立てかね?申し訳無いが飲み切らない内に次の茶の事など考えられんよ」
もう何度も目にしている筈なのに慣れないランサーの制服姿に鼓動が幾分早くなるのを自覚しつつも、アーチャーはなるべく平素に、いつも通りの「憎まれ口を叩く自分」を振舞った。
小馬鹿にしたような口調にランサーが眉を小さく寄せるが、アーチャーが自分に対して口が悪い事は「いつも通り」なので大して気にした様子も無い。
「ばーか。お前がいつも紅茶しか頼まねえのは知ってるよ。菓子とか頼むのは新作が出た時だけだろ?別に注文取りに来た訳でも座席空けろと言いに来た訳でもねえっつの」
「では何故?」
自分に声を掛けたのか。用が無ければランサーは自分に声を掛けるような事はしない。
道で擦れ違っても機嫌が良ければ挨拶をし、そうで無ければお互い知らぬ振りをして通り過ぎる。そういう間柄だとアーチャーは思っているし、そうであってくれた方が自分の想いに気付かれないで済む、と自分からは必要以上の接触を避けていた。
にも関わらずランサーからの予想外の接触。アーチャーは嬉しいといった気持ちよりも警戒の方が上回った心持ちで自分の側に立つランサーを見上げた。
「喧嘩吹っ掛けようってつもりじゃねえから、そう睨むなよ。単に飲みに誘おうと思っただけなんだが」
「は?」
これまた予想外の一言。アーチャーは思わずぽかんと小さく口を開け、目を些か見開きながら目の前に立つ男を見た。
「だから、飲もうっつってんの。この間良い飲み屋見付けたんだよ。酒も料理も美味いし、今日辺り寄ろうかと思ってたんだが、そしたら都合良くお前が居んじゃん?一人酒も寂しいしお前さえ良けりゃあと」
あ、もしかして都合悪かったか?とランサーの今更な問いにアーチャーはただ反射的に首を横に振った。
用事が無いのは事実だ。今日の夕飯の当番は桜だったし、出掛ける前に洗濯物は取り込んだし風呂掃除も済んでいるから問題無い。アーチャーが飲みに出た所で困る事など何一つ無い筈だ。
ただ予想外の展開でアーチャーの思考だけが付いていかない。
彼に飲みに誘われる程自分は親しい間柄になっていただろうかだとか、自分なんかが一緒に居ても良いのだろうかだとか、ただの気紛れでも嬉しいだとか、色んな感情と思考が頭の中でぐるぐると掻き混ぜられ、纏まらないままアーチャーの口からするりと言葉が出てしまった。
「君は、私の事が嫌いじゃなかったのか」
それは常々思っていた事。
アーチャーとランサーの関係は傍から見ればお世辞にも仲が良いとは言えない。
顔を合わせれば互いに憎まれ口を叩き合うし、アーチャーがランサーに対して馬鹿にしたような態度を取る事も珍しくない。ランサーもランサーでアーチャーに対して喧嘩腰で応対する事の方が多く見えるだろう。
聖杯戦争で相対した時にも「気に食わない野郎だ」と何度も言われた。だから、ランサーは自分の事を好ましくは思っていないのだろうと。だから、自分の抱いている想いは悟られてはいけないと、そうアーチャーは思っていた。
「んあ?別に嫌いじゃないぜ?まあ、お前の物言いは気に食わないとこもあるが、それだけだ。気に食わないって事と嫌いってのは別の話だろ」
すっぱりと、ランサーは何て事の無いように言った。
嫌いではない、その一言だけでアーチャーの胸は締め付けられるようだった。
想いが通じた訳ではない。気持ちを伝えた訳でもない。自分の想いに応えられた訳でもない。
寧ろこの気持ちは通じる訳も無いし、伝えられるものでは無いし、答えを望むようなものでもないし、何より知られてはならないものだ。
―だからランサーから嫌われていないと、そう判っただけで充分。その言葉だけで満足しなくてはならない。
「で、行くの?行かねえの?」
ランサーに問われて我に返ったアーチャーは「ああ、そうだな」と思案するように、その実動揺を隠すためにカップに口を付けて間を空けた。
本心は行きたい、けれど。
「そんなに良い店なら私なんかではなく、それこそ女性と行った方が君も楽しめるのではないか?」
口を付けただけで一口も中身を飲んでいないカップをソーサーに置きながら、アーチャーは皮肉めいた笑みを浮かべてランサーにそう言った。
ランサーが良く公園や駅前でナンパしているのは知っている。飲みに行ったバーや居酒屋でそこで会った女性と意気投合して朝まで飲んだ、なんて話も良く聞いている。
何も私を誘わなくても一緒に飲んでくれる相手は沢山居るだろうと、アーチャーは勝手に結論付けて勝手にランサーを突き放すような言葉を選んだ。
こう言っておけばランサーも二度は誘わないだろうという予防線も含めて。
だがランサーの返答はアーチャーの予想を三度外すものだった。
「お前と飲みに行きたいって言ってんのに、どうして他の奴誘わなきゃなんねえんだよ。今日行く店はお姉ちゃんとかとじゃなくてお前と行きたいの。これでも人に合わせて店選ぶぐらいの配慮はあるっつうの」
酒も料理も美味いが女連れで入るような店じゃない、だけど美味い店を独り占めすんのもアレだから、とランサーは続けて言う。それから頭をがしがしと掻きながら困ったような顔をアーチャーに向けた。
「アーチャー、もしかしてオレと飲みに行くの嫌か?」
「そんな事は・・・」
「そうか?気乗りしねえなら無理に誘うつもりは無いんだけどよ。お前にゃ何度か飯食わせて貰ってるし、ちょいとは借り返しておかねえとオレの気が済まねえから良い飲み屋でも連れてってやろうと思ったんだが」
バツが悪そうに頬を掻くランサーの姿にアーチャーは罪悪感を抱いた。
―自分の我が儘のせいでランサーの気分を害してしまった。
―ランサーの厚意を私は無碍にしてしまった。
「折角の一服中に邪魔して悪かったな」とランサーが背を向け立ち去ろうとすると、くん、と腰の辺りを引っ張られる。
何だと怪訝そうにランサーが振り返ると、視線の先にはランサーのシャツの裾を掴むアーチャーの姿。
「アーチャー?」
シャツを掴みながらも顔を俯かせて自分の方を見ないアーチャーにランサーが訝しげに声を掛けると、パッと顔を上げたアーチャーは慌てた様子でシャツを離し、何故か行儀良く両手を膝の上に揃えて置いた。
「あ、あのだな、まず君の気分を害した事を謝罪しようと思う。すまない」
「は?ああ、いや急に誘ったのはこっちだし。別に気なんか悪くしてねえし」
それでも、とアーチャーはすまないと頭を下げた。
「それと、君さえ良ければ…一緒にその店に行っても構わないだろうか」
散々尻込みしておいて、ランサーの気を悪くしたと思った途端に現金だなと自分でも思わなくは無い。
これで断られても仕方ない、それは自分の臆病のせいだ。アーチャーはまるで判決を待つ被告人のような気持ちでランサーの返答を待つ。
判決は、ランサーの小さな溜息の後に下された。
「だーかーら、端ッから誘ってんじゃねえかこの大たわけ。何をぐるぐる考えてたんだか知らねえが、行くなら行くで素直に頷いときゃ良いんだよ」
じゃ、あと二時間で上がれるから悪いがそれまで待っててくれや。こつんとメニューでアーチャーの頭を軽く小突いてから、ランサーはニッと笑ってアーチャーの側から立ち去った。
去っていくランサーの後姿をつい追ってしまう。同じ制服を着た青年に手を合わせて謝っているところを見ると、随分長い時間ランサーと話し込んでしまっていたらしい。
あと二時間とランサーは言った。従業員を拘束してしまった罪滅ぼしも兼ねて、とアーチャーは近くを通った店員を呼び止め「本日のケーキを一つ」と追加の注文を頼んだ。
彼の言動一つで一喜一憂してしまう。
それだけ私は彼の事を好いているのだと嫌でも自覚する。
万が一にも気付かれてはいけないと、知られてはいけないと予防線を張るのに、彼は易々とそれらを突破して私の中に入り込んでくる。
無自覚に、無遠慮に。私がどう思っているかなんて知らないままに。
頼むから構わないでくれという思いと、彼に近付けたと喜ぶ想い。二律背反なのは判っている。
決して向き合わない思いと想いが千切れる前に、この気持ちに決着を付けなければならないと理解もしているし承知もしている。覚悟も出来ている、筈だ。
だけど、どうか、その決着を付けるまでは、このささやかな幸せを噛み締めても構わないだろうか。