私にその知らせが入ったのは突然だった。
マナーモードにしてあるスマートフォンがポケットのなかで振動し、画面には「緋田美琴」の文字。
普段なら電話を掛けてくるはずもない。その上何故アイツではなく私に?
「天井だ。どうかし……」
「プロデューサーが!!」
電話を取る前の疑問や不安は良くない形で取り払われた。
血の気が引いていくのを自覚しながら、何とか冷静さを保って応じる。私は曲がりなりにも社長だ。私まで一緒になって緋田の不安を煽るような真似をしてはいけないと自分に言い聞かせる。
「プロデューサーが……急に気を失ってしまって……今……救急車で……」
「!!……分かった。病院の名前を送ってくれ。私も今から向かう。」
電話を切っても頭の中の情報が処理できずにいた。
しかし、思えば当然の事だった。283プロダクションのアイドル達を一人で担当し、送迎や付き添い、資料関係にまで渡って仕事をこなしていたアイツの働きぶりは見事なものではあったが、同時に過剰でもあったことは間違いない。私が無理をさせたからだ。アイツに頼ってばかりで、私は何かアイツに返してやれていただろうか。
……違う。今は考えごとをしている暇はない。病院へ急がなくては。
「はづき、アイツが倒れたらしい。私はアイツの所へ行ってくるから、ここは任せたぞ」
返事を聞くよりも先にドアを閉める。
「……はい!」
ドア越しにはづきの返事の声が聞こえた。くぐもった声ではあるが、はっきりと動揺が感じられる。
エンジンをかけてアクセルを踏んでからシートベルトに手を伸ばす。道中の赤信号はやけに長く感じ、赤信号が赤い色であることにすら苛立ちを覚えるほど焦っていた。エンジンをかけたと同時に流れ出したラジオのパーソナリティの笑い声が鼻につく。ラジオを止め、無音になったはずの車内では自身の心臓の音が煩く感じられた。心臓が跳ねるたび自分の肩や腕までが跳ねるような感覚に陥った。ハンドルを握り直し緋田から名前が送られてきた病院へと向かう。
しばらくして病院に到着した時、バックミラーに映る私は冷や汗まみれで顔色は悪く呼吸も荒い、もはやこちらが病人なのではないかというような風貌だった。スマートフォンに送られた「3階の312号室です」というメッセージを頼りに病室へと向かうと、そこには緋田とアイツがいた。
病室はあまりにも静かで、それがいっそう私の不安を煽った。
「……大丈夫なのか?」
なんと言っていいかわからず、最低限の言葉しか出てこない。
「目眩と貧血らしいです。倒れた時におでこを打ってしまったようで、ガーゼは……そのためのもので……」
安心し、胸を撫で下ろす。コイツが今このような状態にあることは間違いないが、大層な病名を並べられたらどうしようかと思った。
「じゃあ今は寝ているだけ、ということか」
「まぁ……はい」
ようやくになって気分も落ち着いてきた。それと同時に、焦りが埋めていた感情のスペースを罪悪感と申し訳なさが覆い尽くす。
「すまなかった。私が無理をさせたあまり、迷惑をかけてしまった。本当に済まない」
「いえ、別に私は……プロデューサーの方が……」
「あぁ……。本当に申し訳ないと思っている。__あー……こんな状況で聞くのも配慮に欠けるのかもしれんが、撮影はどうなったんだ?」
「撮影自体は終わりました。というか、撮影後の挨拶を終えて現場を出る時に、突然、崩れ落ちるみたいに……」
「そうか……。今は寝かしておいてやろう。恐らく睡眠不足も原因の一つだろうからな。私はここに残る。今日は帰ってゆっくり休んでくれ」
「いえ、私も残ります!大した予定もありませんから」
「その気持ちは有難いが、すまない……今日のところは……」
「………分かりました。じゃあお願いします。……失礼します」
ガラガラと引き戸が閉まる音が無音の病室に数秒間響き、再び沈黙が訪れる。恐らく含みがあって言った訳では無いであろう「お願いします」という言葉が重くのしかかってくる。
目を瞑っている姿を見るとどうしても不安で、手を握り、暖かさを確認する。脈もある。大丈夫。半ば自分に言い聞かせるような言葉は古い思い出に由来するものだということに間違いはなかった。
__昔アイツはまるで眠るかのように向こうへ逝ってしまった。やめてくれ……繰り返さないでくれ………。握る手には無意識に力が籠ってしまっていた__。