瞳の奥を覗かせて
※ゲイ向けデリヘルタチ専槍×大学生弓の現パロ。
※風俗業界には詳しくないのでその辺はふわっとさせといてください。
※タイトルは好きな曲から。
本日誕生日の友人に捧ぐ。
追記:多数の閲覧およびブクマ、いいね等ありがとうございます。
ルーキー、デイリー、女子に人気の小説部門でランキングに入ることが出来ました。
評価には続きを書くことで報いたいと思います。頑張ります。
更に追記:続き出来ました→novel/8461493
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時折、笑い話として『風俗で働いていたら客として父親が来店した』『デリバリーヘルスを頼んだら女友達が来た』なんて類いの話を聞くことがある。
本人達からすれば悲劇、他人事なら単なる喜劇。しかし、まさか自分がそんな体験をすることになろうとは。意外と世間は狭いものだ。
ドアを開け、こちらの顔を視認した途端絶句してしまった男を見て―――――ランサー・C・アルスターは現実逃避のようにそんなことを思った。
ランサーの性嗜好はバイセクシャルである。
性別がどうの、というよりも、欲しいと思えば手を伸ばす。その結果両刀使いと分類された、という方が本人の感覚的には正しい。気に入ったものは手に入れたい、何ともシンプルな行動指針だ。色恋に付随する肉体の快楽を覚えてからは更にそれが加速し、気付けば流した浮き名は数知れず。ドン・ファンなどと呼ばれるようにさえなっていた。
しかしながら、それもハイスクールまでの話。
大学入学を機に母国から日本へやって来てからは、やや閉鎖的なコミュニティを考慮し少しばかり自重していた。
そもそも事の発端は師と仰ぐ女性からの宣告である。アイルランド生まれアイルランド育ちのランサーが、何故進学先に飛行機でさえ十時間以上かかる極東の島国を選んだかといえば、彼女がそう宣ったからの一言に尽きる。
「異国の地で見聞を広げて来い」
要は若い時の苦労は買ってでもしろ、ということだ。アルスター家に絶大な影響力を持つ女傑の一声で、あれよあれよという間にランサーの海外進学は決まりはるばる海を渡ってやって来た。幸いなことに父方の祖母が日本人だったため―――つまりランサーはアイルランドと日本のクオーターだ―――言葉は問題なく話せたし、年の離れた兄が日本に住んでいることもあり、基本的な生活にはさほど困らなかった。
その辺りは師匠の優しさと思いたいが、恐らくは監督人もといお目付け役が居るゆえ監視を一任出来るからとかそんな理由であることをランサーは悟っていた。
「あんまり羽目を外すなよ、槍が降ってくるぞ」
とは面白がる笑いを隠しもしない兄の言である。それがあながち物の喩えでないのを察して溜息を深々と吐いたのが去年の春先のことだった。
さて、そのような経緯で始まった異国での一人暮らし。元々新しい環境への適応力は高い方だったし、平均を遥かに上回る容貌と人好きのする性格で友人もすぐに出来た。殆ど問題は無いどころか順風満帆といえる滑り出しだったが、如何せん頭の痛い問題が一つあった。それも恒常的に。
即ち、金銭面での悩みである。
多くの学生が陥りがちな苦悩であるが、ありがちでも当人にとっては深刻だ。ランサーの場合、学費と家賃だけは仕送りがあるが、それ以外の一切は自力で稼がねばならない。一度光熱費が払えずに兄に借りた時など酷い目に遭った。師への口止めなども含めた代償として丸二日へとへとになるまでこき使われた土日は忘れられない。以来、自分の食い扶持は自分で何が何でも賄うと心に決めている。
元来器用な性質であったランサーはどこへ働きに行ってもそれなりに務まった。喫茶店。ハンバーガーショップ。居酒屋。コンビニエンスストア。学生アルバイトの定番は一通り体験したように思う。体力には大層自信のあったランサーは複数の職場を掛け持ちし、場合によって増やしたり減らしたりしながら先立つものを工面していた。
その職場の一つに、この夏から新たに加えたものがある。大きな声ではとても言えないが、今やそのアルバイトは生活を支える収入の軸となっていた。
きっかけは六月某日、さる飲み会でのことだ。気の合う男連中ばかりで居酒屋の座敷を借りて無礼講。むさ苦しいことこの上ないが、遠慮なく下世話な話が出来る分盛り上がりもひとしおだった。
宴も終盤に差し掛かる頃、ランサーはたまたまある男の隣に腰を下ろした。彼は同じ二年生だったが年齢が一つ上で、年上ぶりたいのか気前も羽振りも良い振る舞いを見せることがままあった。実際ランサーも何度かその恩恵に預かったことがある。そのわりに目上への礼儀を強要してくることもないので、気さくで付き合いやすい部類だと評価していた。
二人は与太話をしながら次々飲み放題の薄い酒を空にする。ランサーは自他ともに認めるうわばみだったが、彼は相当酒気が回っているようで真っ赤な顔はいつも以上に饒舌だった。
酒精に任せて話題はとめどなく移り変わり、何かの拍子でアルバイトの話になった時だ。ふと興味本位で訊ねてみたのだ、何故そうも景気が良さそうなのかと。彼は少し逡巡しているようだったが、その場の空気とアルコールに呑まれたか、誰にも言うなよ、と前置きして口を開いた。
曰く、彼は風俗店で働いていると言う。そこまではまあ、なきにしもない話だ。調理スタッフだのボーイだの、働き口は嬢だけではない。よってランサーもふんふんと普通に聞いていたが、続けて述べられた言葉には危うくグラスを取り落とすところだった。
彼はスタッフではなく、キャストとして勤めているらしい。業務形態は電話予約制で指定された住所に向かうもの。しかも対象となる客層は成人男性―――要は、ゲイ向けのデリヘルである。
酒の勢いで聞き出したは良いものの想定外にも程がある内容にランサーの酔いはすっかり冷めてしまった。彼の方はまだ盛大に酔っ払っており一時間幾らだのオプションがどうのだの、今勤めている店にはタチが少なくて重宝がられているなんて聞いてもいない細かい内情まで語っている。自分は元々の性癖からして偏見など持ち得る筈がないが、大勢に知れ渡られると些か面倒なことになるのではなかろうか、これは。周囲が各々で盛り上がっていて他所の会話まで気にしていないのは僥倖だ。
どうしたものかと思案しかけたその時、不意に彼が口にした一言が衝撃を伴って耳に入った。
それはとても具体的な数字。彼が業務で受け取る報酬についてだった。その金額たるや、通常の飲食店バイトで得られる平均月給を遥かに上回っていた。思わず脳内の計算機を叩いてしまう程に。
奇しくもその頃、ランサーは一つの短期アルバイトを勤めあげて惜しまれながらも退職したばかりだった。更に言うならその数週間前に付き合っていた女性とも別れており、夜に時間と身体が空いていた。そこに加えて目の前の彼はこう続けた。恋人が出来たので、そろそろ店を辞めようと思っている、と。
ランサーは回す脳こそあるが、基本的には即断即決の性質である。しかもその時の回転方向はこれから益々上昇する気温に比例してはね上がる光熱費や、大食らいゆえ常に削減がままならない食費の賄い方にのみ向いていて。
旧型のレジスターのような軽快な金属音と共に弾き出された結論に、にっこり口角を釣り上げ、ランサーは未だ喋り続ける男の肩に手を置いた。
「そのバイト先、オレのこと紹介してくんねえ?」
かくしてランサーはデリバリーヘルスの従業員として働き始めたのである。
ちなみに店側は見目麗しく体格も優れた異国の青年を手放しで歓迎し、タチ側専門が良い等の諸々の希望も二つ返事で承諾してくれた。
それから約三ヶ月。季節は秋へと装いを変えていたが、ランサーは同じ店に勤め続けていた。身内に知られればとんでもないことになるだろうが、雇用側の厚遇もあり、己としては中々良い仕事場を見つけたと思っている。何せとにかく実入りが良い。それに先んじて条件を提示しておけば意に沿わぬ役割を押し付けられることもないし、もしそのような不届き者が居たとしても組み伏せられる自信があった。また、客の引きが良ければこちらもそれなりに楽しめるのも良い。報酬が支払われるうえ時には良い目も見られると考えれば悪くない話だ。
そうして仕事にもすっかり慣れた十月半ばの夜。その日も仕事が入ったランサーは、店が呼んだタクシーで指定された住所へと向かっていた。デリバリーヘルスの出張先は自宅かホテルが殆どで、今回は後者だ。女子会コースなどもメニューに取り入れたそこそこ綺麗な外観のラブホテルである。ランサー自身何度かプライベートで使ったことがあった。当時はまさかこんな形で使用することになろうとは思ってはいなかったが。
車内でコースとオプションの確認をしているうちに現場へ到着し、運転手に帰る予定の時間を伝えて降りる。後はフロントに一言話を通し、予め聞いていた部屋へ向かうだけだ。 目的の階までエレベーターで昇りつつ束の間の思考に耽る。
さて、今回はどんな客だろうか。無論仕事は仕事、美醜で手を抜くことはしないがどうせ相手取るなら見た目が良いにこしたことはない。出来ればあまり年齢が離れておらず、骨の上にしっかり筋肉の乗った肉付きの良いタイプが望ましい。役割上仕方ないことだが、ランサーの客は線の細い中性的な人間が多いから。
益体もないことを考えながら鉄の箱を降り、部屋番号の前に立つ。インターホンを押せば数秒の後にドアが開いた。笑顔を作って決まり文句を口にする。
「どーも、デリバリーヘルス『キス・ユア・ハンド』の者、で」
「…………ア、ルスター?」
え、と息を飲んだ。聞こえたのは知られている筈のないファミリーネーム。それに苗字を呼ばれたこともそうだが、目の前に立っている男自体にひどく見覚えがあった。
褐色の肌。鋼色の瞳。今は額にかかっている白い頭髪が、普段の生活ではきっちりセットされていることをランサーは知っている。何故ならいつだってそうだったのだ――――彼を学内で見かける時は。
同じ大学だが学科どころか恐らく学部も違う。けれど存在は認識していた。確か名前は。
「…………エミヤ…………?」
誰かからの又聞きで記憶していた名を口にすると、彼は整った顔立ちに浮かべていた驚愕の色を更に深めた。
そして冒頭へ至る。