「ルカは今日の予定はないのか?」
「ある」
自宅への帰り道。付き添いをしてくれているルカに今日の予定がないか聞いてみたが、あると言われてしまった。それなら早く帰ってルカを自由にしてあげないとダメだ。
いや、もう解散してもいいかもしれない。病院に来てくれただけでも十分だ。
「えっ、それなら俺の付き添いなんてしなくて大丈夫だぞ?」
「アンタの付き添いが今日の予定」
「そうだったのか……なんかすまん」
ルカの休日を俺のせいで台無しにしてしまった。今日渡してくれた服のこともそうだし、事務所での立ち回りもルカにお願いしてしまっている。かかっている負担はかなりのものだろう。
「謝る必要はねぇだろ。私が好きでやってることなんだから」
「でもやりたいこともあったんじゃないか?」
「別にない」
「本当か?」
「嘘つく理由もないだろ。アンタは大人しく帰ることだけ考えてろ」
そう言われてしまうと返す言葉がなくなる。ここ最近、ルカの善意に甘えてばかりだ。体調も元に戻ったし、これは仕事で挽回しないとだな。
「……わかった。今日は頼りにさせてもらうよ」
「ん」
ルカは俺の隣を歩きながら時折心配そうにこちらを見てくる。まだルカの中には申し訳なさが残っているのかもしれない。早く元気な姿を見てもらい、いつも通りに戻ってもらいたい。
「ここだ。付き添いしてくれてありがとうな」
「……なぁ、アンタは今日どうするんだ?」
「俺か?んー……今日は家でゆっくりしようかなって思ってるよ」
たまに雑談しながら歩いていたら気がつけば家の前に着いていた。今日は外に出る気もないし、このままゆっくりと過ごしたい。明日は仕事があるからというのもある。
「ふぅん……ならちょうどいいか」
「何がだ?」
「私もアンタの家行くから」
「……えっ?」
ルカの口から出てきた言葉は俺を驚かせるには十分だった。……何かの勘違いだろうか。
「今日、一人だろ」
「まぁ……そうだな。でもどうしてルカが来る必要があるんだ?」
「平気みたいな顔してるけど、アンタ事故に遭ってるんだからな?一人でいる時に倒れたらどうすんだよ」
「その辺は大丈夫だろ。医者からも平気だって言われてるし」
「平気じゃなかったら?」
「それは……」
悪魔の証明に近い。一人でいる時に何か起きるか、それとも起きないか。事故に遭う前にもその可能性はあった。しかし、わかりやすく事故という要因がある以上、心配になる気持ちもわかる。
「別に長居はしねぇよ。……病み上がりなんだから少しは面倒見させろ」
「わかった。ありがとう、ルカ」
「……ん」
もしかするとこれはルカなりの謝罪なのかもしれない。そうなると断るのは良くないな。ここは甘えさせてもらって、貸し借りなしにしよう。
「でもこれで貸し借りは無しだからな?これ以上ルカが今回のことを気にしなくていい」
「……わかった」
とはいえ、アイドルを部屋に入れるなんて初めてのことだ。少しだけ不安を抱えながら俺はルカと一緒に部屋へと向かった。
「……お邪魔します」
「ははっ、そんなに気を使わなくても大丈夫だぞ」
「うるせぇよ。礼儀だろうが」
ルカに優しく小突かれながら部屋に入る。たった数日戻っていなかっただけなのに懐かしく感じてしまう。病院は少しだけ息苦しい感じがしたし、やっぱり自宅が一番だ。
「とりあえず洗濯物からかなぁ」
「……オイ」
「ああ、ルカはソファでゆっくりしていてくれ」
「そうじゃねぇだろ」
「え?」
病院で着ていた肌着なんかを洗濯しようとしていたらルカに止められてしまった。洗濯の順番が違うとかそういう話だったりするのか?
「病み上がりだろ、アンタ」
「まぁ……そうだな」
「なら私が部屋でくつろいでアンタが家事するのは違うだろ」
「でもこれくらいは……」
「ダメだ」
手に持っていた服が入っている袋を強引に奪われる。そんなに重労働でもないんだけどなぁ……。
「部屋の案内しろ。掃除機の場所とかも全部」
「……必要か?」
「必要だろ」
即答されてしまった。どうやら今日一日はルカが家事全般をしてくれるかもしれない。それはそれで申し訳ない気持ちになるんだが……。特に洗濯物。ルカは気にしないかもしれないが、俺は気にする。
「オイ。早くしろ」
「あ、ああ。わかった」
断ろうともしたけどルカの圧力には勝てなくて結局は言われるがまま知りたいことを教えることになった。
「じゃあ私は掃除とかするから。アンタは休んでろ」
「でも……本当にいいのか?」
「いいも悪いもねぇ。私がやるって言ってるんだからアンタは黙ってろ」
「……わかった」
言葉は少しキツイが俺のことを心配してくれてのことだとわかっているので断るに断れない。むしろこうでもしないと俺が従わないとすら思っているのかもしれない。
そうして俺がソファでぼんやりとしている間にルカはテキパキと家事を済ませていく。元から俺の部屋に何があるのかわかっているかのようなスピードだ。……別に家事が苦手なわけじゃない。ルカの作業スピードが早すぎるだけだ。
「本当に手伝わなくて大丈夫か?」
「……何度も言わせんな。そこでジッとしてろ」
いつの間にか用意していたエプロンを身につけながら布団を干しているルカに声をかけるがキッパリと断られてしまう。
「でも手持ち無沙汰というか……なんか申し訳ないっていうか」
「布団干し終わったら叩き込んでやるからそれまで我慢しろ」
「……まだ寝るには早くないか?」
「だったら黙ってろ。いいな?」
「……はい」
下手なことを言うと干したての布団に叩き込まれてしまうらしいので黙っていることにした。とはいえ、せっかくの休日をこんなことで潰させるのはやはり申し訳ないというか。
「……何度も言ってるけどアンタが気にすることじゃねぇよ。私がやりたくてやってんだから」
「すまん……じゃなくて、ありがとう」
「……」
その後もルカは黙々と家事を進めて行った。
「……不思議な感じだなぁ」
そんな言葉がつい口から出てくる。部屋の掃除をしているところまではあまり気にはならなかった。たまに事務所の掃除をしているのを見たことがあるから。
しかし、洗濯物を干しているところを目にしてからは本当にこれが現実なのかと疑うようになった。ルカがわざわざ俺の家まで来てそんなことをしてくれるなんて思ってもいなかったから。
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない」
「ふぅん……ならいいけど」
洗濯カゴを持ったまま浴室に向かうルカ。あまりにも家庭的なその姿に違和感を覚えてしまう。いや、ルカも普段からこういうことをしているのはわかっている。わかっているんだが……あまりにも非現実的な状況過ぎて頭の理解が追いつかない。
「ベッド、まだ使えないから。寝たいならもう少し待て」
「わかった。ありがとう」
「ん。ところで昼飯、何か食いたいのあれば言え」
「リクエストは特にないよ。……え、ルカが作るのか?」
「当たり前だろ」
何を言っているんだという目で見られてしまった。そうか、ルカって料理もできるんだな。確かたまにお店でお母さんの手伝いをしていると言っていたことがあった気がするし、その時の経験が今に生きているんだろうな。
「なんでもいいならナポリタンでもいいか?」
「大丈夫だ」
「冷蔵庫借りるぞ。……何もねぇ」
冷蔵庫を開けたルカはこちらを見るなり呆れた表情をする。そんな顔をされても食材は出てこないぞ。
「はぁ……買ってくる」
「そこまでしなくていいんだぞ?」
「うるせぇ。不健康な人間は大人しくしてろ」
「ぐっ……」
ルカはエプロンを脱ぐとそのまま俺に放り投げてくる。今回ばかりは反論ができない。……別に料理をしないわけじゃない。たまたま何も無かっただけだ。それに家に帰らないことも多いし、野菜なんかは残しておけないだけだ。うん。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい。気をつけてな」
「当たり前だろ」
軽く返事をしてからルカは家を出た。当たり前……まぁ、そうだよな。遠回しに俺の注意力が足りてなかったことを指摘するとはやるな。
「それにしても……こんな状況を羽那たちに知られたら大変なことになりそうだな」
真っ先に食いつきそうなのは羽那とはるきだろうな。ルカが何をしたのか、その一挙手一投足を確実に知りたがるはずだ。このことは絶対内緒にしないと。
「……やっぱり不思議だよなぁ」
ルカを見送ったこともそうだし、さっきまでのやり取りもそうだ。あまりにも自然過ぎて困惑する時間すらなかった。意外だったことはあるけど。
「まぁそれも今日までだろうな。あんまり負担をかけたくないし、これで貸し借りはなしなんだから」
今日、ルカが色々としてくれたのはあの日のことがあったから。けれどそれもこの一回で終わりだ。
ホッとすると同時に少しだけ名残惜しさもある。ルカの優しさは不思議と心地が良かったし、もう少しくらい甘えたい気持ちもある。
「いけないな、こんなんじゃ」
ルカの罪悪感につけ込むようなことはしたくない。だから今日で諸々のことは終わりにしよう。
「……あれ」
気がつくと俺はソファで寝転んでいた。自分でもいつ寝てしまったのかわからない。ただわかるのはルカが帰ってきて、俺に毛布を被せてくれたということくらいだ。
徐々に目が覚めると同時にいい匂いがしてくる。ルカが料理をしてくれているのだろう。
体を起こしてキッチンに向かうとエプロンを着けたルカがフライパンを振るっていた。
「すまん、寝てたみたいだ。毛布ありがとうな」
「謝る必要はねぇよ。眠たいなら干し終わってるからベッドで寝ろ」
「いや、もう大丈夫だよ。それより何か手伝えることはないか?」
「ない。大人しくしてろ」
「本当に大丈夫か?」
「少なくともアンタがキッチンに立つよりは安全だ」
「……俺だって料理くらいできるんだぞ?」
何もできないと思われるのは流石に心外なので少しだけど抵抗してみた。それに料理ができるのも本当だ。……美味しいか美味しくないかはわからないが、自信はある。
「はいはい。わかったから座ってろ」
「……」
軽くあしらわれてしまった。渋々俺はテーブルに向かう。今度、事務所でルカのいる前でお菓子でも作ってやろう。それなら俺が料理できることをわかってもらえるだろうし。
席に着いた俺はやることもないしルカの料理姿を見ることにした。エプロンを身につけながら料理をするルカなんて番組じゃないと見られないからな。
「……何見てんだよ」
「いや、やることがなくて」
「……見んな」
「まぁそう言わずに」
「見んな」
「そういうこともあるってことで」
さっきの仕返しではないけど座れと言ったのはルカだ。俺はそれに従っただけだし、座ってから何をしろとも言われていない。
「後で覚えておけよ……!」
「……恐ろしくなってきたな」
フライパンを振るう手は止めずにこちらをジッと睨みつけてくる。怒らせたわけではないと思いたいが、確実に何かされるだろうな。……香辛料の類を山のように入れられてないかしっかりと確認しておかないと。
それから数分後。懸念していたようなことは起きずにルカは料理を終える。
「ほら、出来たぞ」
「おお……!」
皿の上に盛られたナポリタンは想像以上に美味しそうでぐうと腹が音を立てる。
「いただきます……!」
食欲をそそる赤く色付いた麺を箸を使って口の中へと運ぶ。
「美味い!」
「ハッ、そいつは良かった」
「美味いぞ、ルカ!」
「そうかよ」
「本当に美味いなぁ……!」
一口、また一口と口の中へと運んで行く。こんなにも美味いナポリタンを食べたのは初めてかもしれない。もしかすると数日間病院食だったのが原因かもしれないが、それでも美味いものは美味い。
夢中になって食べ進めていると視線に気がついたのでルカの方を見てみると、少しだけ嬉しそうな表情をしていた。
「……何か顔についてたか?」
「いや?ただ何も食ってねぇみたいな感じで食うのが面白くて見てた」
「起きてから病院食だったからなぁ……不味くはないんだけど、やっぱり何か物足りなくてさ。このナポリタンにはその足りてない何かが入ってたのかもしれないな」
健康に気を使うとどうしても味が薄くなったり物足りない感じが出るのは仕方ない。そのことに不満はないけど消化器官に異常があったわけでもないならもう少し味の濃いものを食べたかったというのが本音だ。
その点、ルカのナポリタンは本当に美味しい。手作りというのも大きいかもしれない。
「……毒は入れてねぇぞ?」
「それはわかってるよ。むしろ入ってたらどんな味になるんだ……?」
「ハッ!今度入れてみるか?」
「勘弁してくれ……」
そんなことをされたら別の意味で入院することになってしまう。でも今度ってことはまた作ってくれるということか?
……機嫌が良くて口が滑っただけかもしれない。指摘はしないでおいた方が良さそうだな。
「ごちそうさまでした!めちゃくちゃ美味しかった……!」
「そりゃよかった」
ルカの作ってくれたナポリタンが美味しくておかわりもしてしまった。心も腹も満たされてもうこのまま寝てしまいたい気分だけど、流石にそれはまずい。それに洗い物くらいは手伝わせてもらわないとな。
「洗い物くらいは手伝うぞ?」
「いらねぇ。大人しくしてろ」
「でも料理まで作ってもらったのに何もしないのは歯痒いというか……」
「ならそこで歯痒いまま見てろ」
サッと俺の食べ終えた皿を手に取るとそのままキッチンに向かってしまう。……本人から許しも得たし、合法的に見ることにしよう。
「むっ……ルカがそう言うなら見てようかな」
「見すぎたら殴る」
「えぇ……」
「フライパンで」
「流石にそれは勘弁してくれないか?」
どこを殴るか言われてないので頭以外かもしれないけどフライパンで殴られたらどこも痛そうだ。ジッと見るのはやめておいた方がいいかもしれない。チラチラ見るくらいにしておこう。
「なんというか……手馴れてるな」
「ママの手伝いしてたから」
「そうだったのか。家でも料理とかするのか?」
「やる時はやる。やらない時はやらない」
「やっぱりそんなもんだよな」
自炊をしないことを悪いとは思っていないし、自炊をすることを偉いとも思っていない。ルカはそんなスタンスなんだろうな。
「アンタみたいに何もしないわけじゃないから。一緒にするなよ」
「だから俺だって料理くらいするからな……!?」
「はいはい」
なんて適当な返事だろうか。やっぱりルカは俺のことを料理のできない人間だと思っているんだろうな。
いいだろう。円香を驚かせたチャーミングクッキングを今度見せてやろうじゃないか。
「きっとルカも俺の腕前を見たらそんなこと言えなくなるぞ?」
「ふっ、期待しないで待ってる」
どこまでも上から目線なルカ。絶対に認めさせてやるぞ……!
Pルカ供給感謝!我大変満足!