近所にフラカフェを見付けて入ったら、イケボのお兄さんが美味しい珈琲を淹れてくれて幸せなひと時を過ごしていたけど、突然訳ありの男が絡んできてお兄さんを連れ出し壁ドンしてるのを眺める夢女
槍弓をモブ女として眺めたい!
ただのモブ女としてアーチャーにチヤホヤされてみたい!そこに強引に割り込んでくる槍男がかっ攫ていくのを眺めるのは最高のご褒美です!
夢小説って、こういうのですよね?
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私が新しく引っ越してきたのは、シンボリックな赤い大橋のある、旧くて新しい街だ。
山の手には瀟洒な洋館が建ち並ぶ高級術宅街で、石畳と坂道が素敵だけど、庶民が暮らすには少し敷居が高く感じる。古くから住んでる人が殆どで、あまり出入りはないらしいから、当然かな。
反対側は観光地でもある県庁所在地で、モダンな雰囲気と、庶民的な街並みが溶け合う、居心地の良い場所だ。
駅周辺は24時間人でごった返すが、少し歩けばそれなりに静かな住宅街が広がって、私はこの辺りで小さなマンションに部屋を借りている。
三月に引越してきて、桜の時期も過ぎ、ようやっと新しい生活に慣れてきた頃、通勤の行き帰りの道を、顔を上げてゆっくり歩く余裕がでてきた。日射しが強くなってきたので、日傘が欲しいな、喉も乾いたからコンビニでアイスコーヒーでも買おうかな、と考えながら歩いていると、珈琲の焙煎する芳ばしい香りがして、ふと、通り過ぎた横道を数歩後戻りして、のぞき込んだ。
数メートル先に小さな公園があるみたいで、この香りはその周辺からのようだ。車道から延びるこの横道は、軽自動車がギリ通れる位の狭い道幅で、小さな戸建て住宅がぎゅうぎゅうと並んだ路地裏だった。とても冒険心をくすぐられる。
こんな所に珈琲屋さんがあるのかな?それとも家庭で淹れた珈琲の香りかな?と少しわくわくしながら、それぞれのお家の玄関ポーチをあしらう、ハンギングや鉢植えの花々を眺めつつ、路地裏を進むと、胸ほどの高さのフェンスに囲まれた、狭いけど手入れの行き届いた児童公園があった。間口は5m程度で奥行きが割と深く、両側の住宅のベランダが近接している。奥にブランコが二脚、小さな滑り台と鉄棒があるだけで、あとはポツポツと低木の庭木が植えてある。下生えは丁寧に抜かれて、ゴミ一つ落ちておらず、大事に管理されているのがわかる。この辺りも外国人が増えてきたけど、ニュース等で見掛けるような不法投棄は滅多に見ないのも、住民の努力の賜物なんだろうなとか、考える事が出来る程度には大人になったな、私。と思ったりして。
そして後ろを振り返る。
児童公園の向かい、丁度角地に当たる場所にそのお店はあった。隅切り部に煉瓦を敷いて広くボーチにしてあり、抱える程の大きな洋酒樽にオリーブの木が植えてある。周りには新鮮なハーブがお日様を浴びてキラキラと輝いていた。
オイルステンのオーク木の格子に、波打つ手吹き硝子を嵌めた大きな三枚折れ戸で中はぼんやりとしか覗けないが、扉が一枚半開きになっていて、そこから焙煎の薫りが漂ってくる。お店の看板は見当たらないが、その香りに釣られるようにフラフラと引き寄せられ、扉に手をかけた。
「いらっしゃいませ」
大人の男性の低音ボイスが降ってくる。
ポーチの煉瓦が店の奥まで続いていて、歩くと靴底がカツカツ、いい音がする。大きくて無骨で頑丈そうなテーブルが二台、その周りに素朴なスツールがパラパラと無造作に配置されている。まるで小学校の図工の教室みたいだ。
「こちらはお店…カフェとかですか?」
入って右側にステンレス製のワークトップが間仕切り代わりに置いてあり、その向こう壁際に収納と流しがあるだけであまりお店という感じがしなかったので、扉を開けたものの、中まで入るのを躊躇ってしまう。
「カフェという程立派な店ではないが、今淹れたての珈琲はお勧めするよ」
白いタートルネックのスプリングニットを着た長身のイケメンがプラスチックカードを持ってきてくれた。
珈琲、紅茶S,M,L、カフェオレ、カプチーノ珈琲に+50円、ロイヤルミルクティーS、テイクアウト容器代+50円
ビックリする程良心的お値段!
「えと、珈琲のMを一つお願いします」
「お持ち帰り?」
「できればここで頂きたいのですが」
「勿論!お好きな椅子にどうぞ」
と言って、扉を大きく開けてくれた。
コツコツと靴音を響かせて、一番奥の席に座る。よく見るとスツールは一つ一つデザインが違っていて、三本足の物や高さや大きさもバラバラで、いくつかにはふかふかしてそうな座ぶとんが置かれていた。
「まだ冷える時期だから、お座布団を使うといい。洗いたてだよ」
褐色で白い髪のお兄さんは、国籍不明だけど綺麗な日本語を話す。
近くに置いてあった黄色のギンガムチェックの座ぶとんを取っておしりに敷く。確かに…お尻がじんわり暖かい。木製の椅子って冷えるんだな。
コポコポと珈琲を淹れる音を聞きながら、店の中を観察する。こじんまりとした店内の奥は、ロールカーテンで
仕切られていて、もう一つ小部屋?があるみたい。キッチンの対面は、壁に直接打ち付けた木製の飾り棚が天井まであって、沢山のドライフラワーが飾られていた。珈琲の強い香りに掻き消されず、微かな花の香がする。
見上げると木製のシーリングファンがひっそりと回っていた。店内の天井が高いのは二階が無いからで、部屋の広さの割に開放感がある。一方、ロールカーテンで仕切られた部分には上にロフトがあった。開口部は間仕切りで微妙に中が見えない。階段が無いけど、奥にある木製の脚立を使かうのかな?だとしたら客向けの部屋ではなさそう。
「お待たせしました」
テーブルの向こうから珈琲が差し出された。この大きなテーブルの端まで安々と手が届くって、このお兄さん本当に背が高いんだな。
…実を言うと、このイケメンと店内で二人きりという状況にちょっと緊張していたので、この距離感は助かる。それにあのイケボを傍で聞かされたら、平常心を保てるか自信ないし。
なんて考えながら目の前の珈琲を見る。わぁ、木製のカップだ珍しい!あ、クッキーが付いてる嬉しいな♪ん?ミルクと砂糖は無いのかな?テーブルにも置いてないし…まぁ、飲んでみて駄目ならお砂糖貰えばいいか…と、一口飲んでみて。
驚いた。
ほんのり甘い。お砂糖のしっかりとした甘さじゃなくて…スッキリとした後味で、珈琲の苦味を円やかに包み込むような…
「あの、これ…蜂蜜ですか?」
ワークトップの向こうで珈琲を飲みながら何かノートにメモしているお兄さんに声を掛けた。
「ん?よく分かったね。もしかして、苦手だったか?」
「いいえ、とても美味しいです。不思議、珈琲と蜂蜜ってこんなに合うんだ…」
「そう、日本では余り一般的ではないが、ブラック派の人でも否定されない位には合うんだ。気に入ってもらえて良かったよ」
ニッコリ笑うと意外に幼い顔になる。
「それにこのカップ、木製なんて初めてです。口当たりもいいし、手で持っても熱くなくて温かい」
「この店のお客様は、」
背中の方を指差し、
「ここの奥にある保育園のお迎えに来たお母さん達が帰りにお喋りしに来るんだが、小さなお子様連れも多くて、陶器だと、火傷したり落としたりして危ないから、でもプラスチックは流石にチープ過ぎるだろう?で、木製に替えたんだ。しかしお嬢さんは大丈夫だろうから、お代わりは陶器のカップで提供しよう」
「お代わり?」
いや、本当は「お嬢さん?」てツッコミたいんだけど!
「大きなカップだと最後の方は冷えてしまうからね。少しずつお代わりして、最後迄温かい状態で飲んで欲しいんだ。勿論、料金内だよ」
と言って自分もマグカップを傾けた。何処にでも売ってるようなデザインの白地に赤で『I♡IE』と書かれたカップ。IE?何処だろう…
「凄いサービスですね。大丈夫ですか…その…色々」
「見ての通り、儲けの為の店ではなくてね。本業は花屋なんだよ此処は」
「え!お花屋さん?」
ぐるりと見回すまでもなく、ドライフラワーは沢山あるけれど、花屋と云うには生花が見当たらない。
「一般向けの花屋ではなく、イベント用の花飾りを受注製作する作業場なんだ。今は開店休業中だけどね」
「へぇ~」
「作業が始まると凄いよ。花の香りで珈琲も負けてしまう位なんだ」
「作業中でもカフェはやってるんですか?」
「ああ、作業内容によっては子供が悪戯しない様に、店内での飲食は制限するけどね、大人はフリーだよ。面白いから一度見に来るといい」
何かを思い出したようにフフ、と小さく笑った。
「あの…遠慮なくお代わりをお願いしていいですか?このカップ気に入ったので、これに足してもらえれば」
と言って席を立つと
「注ぎに行くから、座ってて」
と言われて又座る。冷蔵庫を開け閉めして程なく、ポットを片手にテーブルを回って来たお兄さんが、私のカップに湯気の立つ熱い珈琲を注ぎ、小皿を置いた。
「今度はミルクと黒糖を試してみて欲しい。また違った味が愉しめる」
「ありがとぅ、!!」
「何、個室で若い女、誑かしてやがんだ、助平め」
黒尽くめの男が、お兄さんの後ろに立っていた。
黒い革の手袋を履いた腕が肩に廻され、少し屈んでいた彼に覆い被さる男は、ハンチングを目深に被り、瞳の見えないサングラスで顔は伺えないが、どうも外人のようだった。重いチェスターコートの足元は硬いトウの靴なのに、このレンガの床を歩く足音が全く聞こえなかった。
恐い。
「やめろ。馬鹿か貴様、お客様が怯えてるだろう。足音を消して近づくとは悪趣味極まりないな」
「なんだよ、久しぶりだってのに相変わらずつれねぇなぁお前。なあ、お嬢ちゃん、こいつちよっと借りてくぜ」
とお兄さんを羽交締めたまま外に向かった。
「お客様、こいつは知り合いなので大丈夫、少しお待ち、あ通報はしないで!」
スマホを握り締めた私に声を掛けながら、お兄さんは引き摺られて店の外に連れて行かれた。
波打つ硝子でハッキリとは見えないけど、お兄さんは男に壁ドンされてる。喧嘩が始まりそうな雰囲気。でも知り合いなんだよね、通報しなくていいんだよね。ハラハラしながら硝子越しに外を見守る。
ボソボソと抑えた調子の低い話し声が聞こえるけど、何を言ってるのかは聞き取れない。男の影が濃くなって、白いニットの腕が伸びて影を引き離す。サングラスが取られたのか白い顔が歪んで見える。ボソボソ、ボソボソ…それから、うるせえな!とハッキリ聞こえて、後ろ向きのお兄さんの腰に黒い腕が回されて、黒い脚の膝下が硝子にくっつけられて、
え?
何?この状況?
それからすぐ、鈍い打撃音がして、いてぇー!と、家に帰れバカ!の声が同時に聞こえ、黒い色はフェードアウトして、白い色がドアを開ける。
後ろを振り返りながら、少し上気した険しい顔を、腕で擦ってひと息ついたお兄さんが、こちらを見た時には、先程までの優しい顔に戻っていた。
「驚かせてすみませんでした」
ペコリと頭を下げる。
「あの…大丈夫ですか…?」
「ああ。奴…彼は…、恥ずかしながら、この花屋の方の店長で…お調子者が過ぎる奴で…本当に、もう…何と言っていいか…普段はもう少しまともなんだが…いや、どうだろう…まとも…ウーン」
どんどん畏まってくるお兄さん、大丈夫じゃ無さそう。
「あの…知り合いってかここの店長さんなら大丈夫ですね!私、通報しなくてよかった〜あ、そうそう、珈琲ご馳走様でした!二杯目も美味しかったです!お会計お願いします!」
しどろもどろになりながらもお財布を片手に立ち上がった。膝がちょっと笑っているけど。
「あ、ああ、どうも、その、今日は、うちの店長が驚かせたりして、申し訳なく…だからというか…これは、私の奢りと言う事にしてもらえないだろうか…」
「え、でも」
「珈琲を気に入って貰えたなら、又来てくれると嬉しい。私は、その、今すぐ、あいつを追っかけて、ボコボコに殴りたい衝動で、居ても立っても居られないので…正直、レジを打つのがもどかしいんだ」
優しい顔、は上辺な訳か〜
「ではご馳走になります。ちゃんと又来ますんで、遠慮なく、追っかけちゃって下さい」
財布をカバンに入れながら出口に向かう。お兄さんがドアを開けてくれた。
「ありがとうございました」
丁寧な言葉を受けて会釈を返してから、もと来た道を歩いていると暫くして、後ろからガレージの降りる乱暴な音が響いてきた。
ふふふ。今頃、あの男、店長さんはどうしてるだろう。彼を追っかけたお兄さんの鬼の形相を見たら、ビックリするのかな。
ふと、トムとジェリーというアニメを思い出す。
な、か、よ、く、喧嘩しな♪
帰宅する足取りが軽くなった。スキップしたい位!
近所にこんな素敵なカフェを見付けられて、ほんと宝くじに当たった気分〜
ニヤつく顔をペチペチ叩いてみるけど、無理〜
カバンからスケジュール帳を取り出して、次、あのカフェに行けそうな日をチェックしながら、うきうきと家路についた。