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The Works "悪行" is tagged "槍弓" and "腐向け".
悪行/Novel by 鏡森

悪行

5,859 character(s)11 mins

 新宿のアーチャーのスキルにより、悪を知ってしまったエミヤ。その甘美さに取り付かれた彼は天敵であるクー・フーリンに対して――

注:シリアスではありません。

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 主が去った第六特異点の王城で、エミヤはサーヴァントとしてマスターの為に力を振るっていた。既に聖杯が取り除かれたこの特異点に再びやってきたのは、粛正騎士が持つ大騎士勲章という素材の為だ。
 次々と襲いかかってくる粛正騎士達を斬り伏せ、魔力が回れば宝具を展開し一気に殲滅する。
 しかし、粛正騎士は堅い鎧と大きな盾を装備している上に体力も多く、なかなか倒しきれない。エミヤ以外のレイシフトメンバーも矢や弾丸を放ち続けてはいるが、今一つ火力が足りていなかった。必要数の大騎士勲章を手に入れるには、時間がかかりそうだ。

「フム……これはちょーっと奥の手を使う必要があるかも知れないネ」

 そんな中、メンバーの一人、悪のカリスマこと新宿のアーチャーが口を開いた。それを聞いてマスターの少年が反応する。

「奥の手? 何かあるの?」
「いやなに、私が持つスキル《邪智のカリスマ》は、対象のサーヴァントが悪だとより力を引き出せるのは知っているね?」
「うん、だけど今日のメンバーじゃ悪いのはダディだけだよ」

 マスターはなかなか酷い事を言っているが、新宿のアーチャーは気にしていない。むしろ、その言葉に対して誇らしげに微笑んで話を続ける。
 
「その通り! だけど、実は私のもう一つのスキル《蜘蛛糸の果て》が強化されてね。悪じゃないサーヴァントにも悪を付与する事が可能になったのだよ」
「えっ……で、でもそれって……」

 マスターが戸惑いの表情を浮かべた。他者の善・悪・中庸のステータスに作用するスキルという初めてのスキル効果。しかも、付与するのが悪となると身構えてしまうのもやむなしである。
 渋るマスターに対して、強化されたスキルを使用してみたいらしい新宿のアーチャーは続ける。

「もちろん、無理にとは言わないよマイボーイ。私は君が大好きだし、君のサーヴァントだからネ! 君の意志を何よりも尊重しよう。 君が許可しない限り、このスキルは絶対に使わない」
「う、うん、ありがと」
「いやいや、いいんだよ。けれど……スキルの効果はあくまでも一時的な物だ。流石の私も霊基の持つ特性を何の準備もなく、スキルだけでどうにかするなんて難しいからね。ほんのちょっと、あくまでも一時的に、悪を付与するだけサ。それで攻撃力が格段にアップするんだから、お得な話だよ?」
「ほんのちょっと……一時的……お得……」
「そ・れ・に! このスキルを使うにはタイミングが重要でね。なんていうかこう……これからクリティカルが出せるかもーって時にしか使えないんだよね。今はちょうどその状態で、この機会を逃してしまうと次に使えるのはいつになることやら……」
「うーん……でも……うーん……」

 悪のカリスマの甘言は、善良な少年の柔らかな心を着実に蝕んでいるようで、マスターはちらちらとこちらの様子を伺ってくる。

「私は構わないぞ、マスター」
「俺もいいですよ。早いとこ済ませて帰りましょ」

 少し不安はあるものの、この悪のカリスマがマスターに対してのみは誠実な事を知っているエミヤは合意を示した。もう一人のメンバー、ロビンフッドもそれに続く。

「い、いいの? じゃあ、お願いしちゃおうかな……」

 マスターがおずおずとそういうと、新宿のアーチャーは満面の笑みを浮かべた。

「任せたまえ! 蜘蛛を呼ぼう!」

 宣言と共に新宿のアーチャーの魔力が染み渡り、エミヤの霊基の奥深い場所に悪が付与された。


 翌日、エミヤはキッチンで弁当箱に手作りの料理を詰めていた。飾り気のないアルミ製の弁当箱にはご飯が敷き詰められ、その上にはタレが絡まった焼き肉が乗せられている。
 どうみても美味しそうな焼き肉弁当だが、これは実は焼き肉弁当ではない。この焼き肉は、なんとチョコレートケーキで出来ているのだ。エミヤが持つあらゆる技術をフルに活用して作ったそっくりスイーツである。
 もちろん、メインの焼き肉だけではない。焼き肉の下に敷き詰められたご飯も、端に添えられた細切りの黄色い沢庵も、焼き肉に降りかかっている白ごまだって、いずれも見た目は本物そっくりだが、甘くて美味しいスイーツで出来ている。
 昨日のレイシフトで使われた新宿のアーチャーのスキルで一時的に芽生えた初めての悪の心。それはすぐに消え去ったものの、その一時の悪があまりにも衝撃的で、そしてとても甘美だった。
 その甘美さが、目的も理想もない悪の道へとエミヤを走らせる。
 
「フフフ……さて、誰を騙してしまおうか……」

 まず最初に思い浮かんだのはギルガメッシュだった。エミヤの事を贋作者(フェイカー)と呼び馬鹿にしてくる彼を、この甘い贋作、スイーツ弁当で驚かせるのは、きっと胸がすくに違いない。怒ると怖い相手だが、あれでノリがいい男なので文句を言われるくらいで済むだろう。
 次に思い浮かんだのはセイバーことアルトリアだ。彼女はエミヤの料理ならなんでも喜んで食べてくれる。ひとしきり驚いた後にはきっとこのスイーツ弁当の味を素直に楽しんでくれる事だろう。
 マスターに渡すもいい。生身の人間であるマスターには明らかに糖分過多なのでこれを一つ丸ごと食べさせる訳にはいかないが、あの純粋な少年はきっとこのスイーツ弁当の出来に目を輝かせてくれるだろう。
 誰に渡しても楽しい事になる。ぞくぞくと背筋を走る背徳の味に酔いしれながら弁当の蓋を閉じると、背後から声をかけられた。

「なんだそりゃ、弁当か? ハッ、相変わらずちまちました事やってやがるな」
「……ランサーか」

 不機嫌そうに声をかけてきたのはランサーのクー・フーリンだった。生前のおかしな縁のためか、何故かやたらと同じ聖杯戦争に召喚されてはその度に命のやり取りを繰り返す相手だ。
 カルデアで同じマスターの元に味方として召喚されてからも、こうしてやたらとエミヤに突っかかってくる天敵で、エミヤの『同じパーティメンバーになりたくないサーヴァントランキング』ではギルガメッシュと並び永遠のツートップである。
 しかし、だからこそ悪事を仕掛けるには申し分ない相手だった。

「ああ、新しく思いついたレシピを試してみたくてね。よければ持って行くかね?」

 表情筋を酷使した優しげな微笑みで、運悪く自らやってきた獲物を罠へと誘う。すると、獲物の不機嫌そうな表情は途端に綻んだ。

「いいのか!」
「うぐっ!?」

 唐突に出てきた喜びに溢れた顔のあまりのかっこよさに、胸が締め付けられる。輝く貌のクー・フーリン、そんな言葉が頭に浮かんだ。 

(か、かっこいい……)

 そう、クー・フーリンは天敵だが、同時に顔だけは物凄くかっこいいのだ。かっこいい武器が大好きなエミヤは、実はかっこいい顔も大好きで、美形揃いのカルデアにおいても特にクー・フーリンの顔はお気に入りなのである。

「も、もちろんだ。勢いで作ってしまったから誰に渡すのか考えていなくてね。君さえよければ持って行ってくれ」
「そういう事ならありがたく貰っていくぜ! ちょうどこれからレイシフトだったしな!」

 レイシフト先で食べてびっくり、完璧すぎる悪である。しかし、戦闘で疲れた身体に甘いスイーツは、十分な水分がなければサーヴァントとはいえ辛いに違いない。ちょっと待ってくれと頼み、急いで紅茶を準備して、水筒に注いだ。

「そういうことなら、これも持って行くといい。少し味付けが濃いからな」
「おう、サンキュー」

 スイーツ弁当と水筒を持って、クー・フーリンは去っていった。エミヤは後片付けを済ますと、自室に戻って戦闘準備を始める。きっと短気なクー・フーリンはあの弁当に騙された事に怒り、殴り込みをかけてくる。それを万全の体制で迎撃するのだ。
 いつくか武器を投影しながら、エミヤの口角は本人も気がつかないうちに上がっていた。



 予想に反して、クー・フーリンは殴り込んで来なかった。それどころか、笑みを浮かべて部屋にやって来た。

「おうアーチャー、弁当ありがとな。びっくりしたけど美味かったぜ。これ、お返しな」

 そう言って差し出されたのは、小さな箱だった。一体なんだと警戒しつつ開けてみると、中にはクー・フーリンの耳飾りを模した二本のチョコレートが入っていた。エミヤはこれに見覚えがあった。バレンタインにマスターの少年がこれと同じ物を目の前の男から貰っていたはずだ。
 余り物か、とは思ったものの、なかなか出来がいいのでしげしげと眺めていると、早速食べてくれと言われたので一本を手に取りぽりぽりと食べる。少し甘みが強いミルクチョコレートは、丁寧に作られているらしく舌触りが滑らかで美味しかった。

「ふむ、美味いな」
「そりゃ良かった。もう一本も食ってくれよ」
「あ、ああ、いただくよ」

 正直、甘いチョコレートを一気に二本も食べようとは思わなかったが、味を誉めた時のクー・フーリンの顔がかっこよかったので、言われるがままにもう一本も食べる。味は一本目と同じでやはり少し甘みが強いが美味しかった。

「どうだ?」
「さっきも言ったが、美味しくできているよ。強いて言うのならば私はもう少し甘みを抑えた物が好みだがね」
「あー、どうしても薬を誤魔化す為に甘くしなくちゃいけなかったんだよ」
「なるほどな、それなら……おい待て! どう言うことだ?」

 クー・フーリンの笑みが人の悪い物へと変わる。つり上がった口からは犬歯が覗き、笑顔の奥で赤い瞳がぎらりと光った。
 そんな顔から、エミヤは目が離せない。ずっとずっと見ていたい、そんな気持ちが強くなってくる。

「び、媚薬だな! 媚薬を仕込んだんだな! 貴様、なんてものを!」
「は? 何でそうなんだよ、媚薬なんざ仕込んじゃいないぜ。ちょーっと素直になる薬を入れただけだ。対魔力がCもありゃ完全に無効化出来る弱い薬をな」
「わ、私の対魔力はDだ! 知っているだろう!」
「ほー、そうだったか?」

 白々しい様子で嘯くクー・フーリンの顔を一発殴ってやろうと拳に力を込める。だが、それはどうしても出来なかった。嫌らしくにやけていても、やはりイケメンはイケメンなのだ。素直になってしまった身体は大好きな物を殴れない。

「ああ〜! くそ! 貴様は本当に顔がいい〜!!」

 さらに、薬のせいで本心が勝手に口から漏れ出てしまい、羞恥と怒りで身体がカッと熱くなる。
 顔が殴れないのならばと、狙いを変更して腹に拳を振るった。けれど一度躊躇ってしまったみえみえの攻撃は、クー・フーリンに易々と避けられてしまう。

「……恥ずかしい秘密でも聞き出してやろうかと思っていたが。そーかそーか、お前、そんなにこの顔が好きか」

 面白い玩具を見つけた、とでも言いたげにクー・フーリンが舌なめずりをした。薄く形のいい唇に赤い舌が這う様は、かっこよさだけではなく淫靡な美しさを放っていた。

「か、顔だけだ! 顔だけだからな! 薬を盛るなど最低最悪の行為だぞ! 狗の世界は知らないが、人間の世界じゃ立派な犯罪行為なんだからな!」
「テメェ……! じゃあ、そんな最低野郎の顔なんざ見たくもねぇな? 隠しておいてやるよ」

 クー・フーリンはそういうと、手で顔を覆ってしまった。クー・フーリンの顔はかっこいい上にサイズも万人が羨ましがるほどの小顔なので、それだけで完全に隠れて見えなくなってしまう。

「あ! 隠すな!」

 薬の影響で素直になってしまったエミヤには、それが耐えられなかった。顔が見たくて、腕を掴んで引き剥がそうとするが、悲しいかな筋力差のせいでびくともしない。
 とにかく大切なのは顔なので、腹を殴ったり、わき腹をくすぐったり、尻を叩いたりと顔以外に色々と仕掛けてみるが、相手は己の内臓を石柱に結びつけて立ち往生したあのクー・フーリンだ。ダメージはあるはずなのに、痛がる素振りすらみられない。当然、かっこいい顔は隠されたままだ。
 
「ランサー、私が悪かった! 君ほど(顔が)かっこいい英霊を私は知らない! 私は君(の顔)が好きなんだ! (顔を)愛しているんだ! だから、だからどうか顔を見せてくれ!」

 顔が見たい一心で、薬に任せて心の内を吐き出しながら説得する。頭の片隅では、なんだかとんでもない事を言っている気がしたが、そんなことはどうでもよかった。クー・フーリンのかっこいい顔が見たいという気持ちが一番強いのだ。

「ンンッ……そ、そうか。熱烈だなアーチャー」

 覆っていた手がゆっくりと離れ、隠れていた顔が露わになる。何故かほのかに赤く染まった頬と、狼狽えるように揺れ動く瞳、そんな情けない様子さえ、エミヤには魅力的に見える。

「ああ、顔がいい……。(顔が)好き……(顔は)最高……」

 エミヤの口から本心が漏れる度に、クー・フーリンの顔の赤みが増していく。白い肌は染まりやすく、もはやすっかりピンク色だ。

「お前なぁ……。ま、まぁ俺もお前の事は結構好きだし? あの弁当も可愛いことするな、なんて思ってたから……付き合っちまうか? 俺たち」
「付き合う!」 

 クー・フーリンからの申し出を、エミヤは一も二もなく快諾した。クー・フーリンと付き合う、それはつまりこの顔が恋人になると言うことで、顔の見放題コースへの加入だ。おはようからおやすみまで、好きなだけ堂々とこの顔を堪能出来る。

「よし、じゃあこれからよろしくな。アーチャー」

 快諾を受け、嬉しそうなクー・フーリンのかっこいい顔に、同じく嬉しい気持ちになっていると、顔が近づき、チュッ、と小さな軽いリップ音が二人しかいない室内に響いた。
 キスだ。好色で知られる英雄は、流れるような自然な動きで素早くエミヤの唇を奪った。
 キス、唇と唇が接触、つまり、クー・フーリンの顔面が極至近距離まで迫るという事で――

「ヒェ……」

 あまりの衝撃に、喉の奥から空気が逃げ出すような悲鳴が漏れ出て、意識と共に空気中へと溶けていく。
 エミヤは薄れゆく意識の中、形の良い唇は感触も良いんだな、なんて事を考えていた。


 この後、無事意識を取り戻したエミヤは心配そうに覗き込んで来るクー・フーリンの顔の良さにまた気絶しましたとさ。

おしまい

Comments

  • そー
    March 21, 2019
  • モブおばさん
    March 21, 2019
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