泣かないでMy Darling
ひょんなことからマタハリとイチャイチャしてしまい、それを恋人であるエミヤに見られてしまったクー・フーリン。
彼が繰り出す起死回生の方法とは。
注意:マタハリからクー・フーリンに対する色仕掛け描写があります。
あとマタハリが結構出てきます。幕間が面白かったからです。膝枕って凄い。
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ランサーのクー・フーリンはほろ酔い気分でカルデアを歩いていた。
先ほどまで他のクー・フーリン達と部屋で飲んでいたのだが、若いプロトが飲み過ぎでダウンしてしまい、飲み足りないのにお開きになってしまったのだ。
目的地はカルデアのエントランススペースだ。
大きな窓があり月が美しく見えるそこで、一人酒でもしようと思っていた。
到着すると、紫色の長い髪と全身タイツの背中が目に入る。スカサハだ。
彼女はどうやらマタハリと二人で飲んでいるらしい。
どうせなら混ぜて貰おうと近づく。
「そうそう、上手。あとは上目遣いで……」
「ふむ、こんな感じか?」
「うん、完璧!」
「よう師匠、俺も混ぜてく……ぎゃああああああああああああああああ!?」
声を掛けたスカサハが振り向いた瞬間、クー・フーリンは大きな悲鳴を上げてしまった。
なんと、あのスカサハの目がうるうると潤んでいたのだ。
スカサハ、影の国の女王。見目こそ麗しいが中身はこのカルデアにおいても上位の戦闘力を持つサーヴァントであり、クー・フーリンの師匠だ。
弟子として結構な間一緒に暮らしていたが、涙の一滴さえみたことがない。
むしろ、涙腺が備わっているとさえ思っていなかった。
「ぎゃあとはなんだ、ぎゃあとは」
「ぐええええ、ギブ、ししょ……ギブゥ」
思わずあげてしまった悲鳴が気に入らなかったらしく、コブラツイストをかけられた。
呼吸が詰まり、背骨がみしみしと嫌な音を立てる。
「まぁまぁスカサハ、クー・フーリンはびっくりしちゃっただけよ。だってとっても魅力的だったもの。ね?そうでしょう?」
「ハ、ハイ、スゲーカワイカッタデス」
マタハリが差し出してくれた助け船にすかさず乗る。
演技に関するスキルを持っていないので片言になってしまったが、スカサハは許してくれたらしく技は解かれた。
「全く、レディの顔を見て情けない声をあげおって」
「レディ(笑)……嘘!嘘ですごめんなさい!」
悲鳴に続く失言は許されなかった。わかっていたのについつい軽口を叩いてしまう自分が憎い。
謝罪の言葉は聞き入れられず、堅い床の上でパイルドライバーを決められ、クー・フーリンの意識は床の中に溶けていった。
目を覚ますと、頭が柔らかくて心地よい物の上に乗っていた。
魅惑的なそれが何か分からず手を伸ばして触ると、上の方であら、と小さな甘い声がした。
その声でぼんやりしていた意識が覚醒する。眼前に広がるのはマタハリの大きな胸と顔だった。
「うおっ!」
「気がついたのね、よかった」
なんと、クー・フーリンはマタハリに膝枕をされていた。
つまり、頭が乗っている柔らかくてすべすべした物体の正体は彼女の太股であった。
名残惜しいが起きあがろうとすると、細い腕に優しく阻止される。
「頭を打ったんだもの。いきなり起きあがるのは危険よ。私は構わないから、よかったらゆっくりしていって」
「お、おお。ありがとうな」
本人が良いと言っているのだからいいかと、お言葉に甘えることにする。
生前は妻も愛人も居たクー・フーリンだが、こういう男を甘やかすタイプの女性は久しぶりだ。
基本的には気の強い女が好みでも、優しい女も嫌いという訳でない。
ついつい手が伸びて、また太股を触ってしまうが、マタハリは怒らなかった。
「そういえば、師匠は?」
「あの後お酒を飲みながらまた少しうるうるの練習をして、部屋に帰っていったわよ」
「そうだあの潤んだ目!ありゃなんだったんだ?」
身震いしながら思い出す、スカサハの潤んだ目。あまりに衝撃的過ぎて半ば記憶から消えていた。
歴戦の戦士さえ号泣する無茶ぶり鍛錬を弟子に課し、自分はその倍以上の鍛錬を易々とこなすあのスカサハの目が潤むなど、天変地異の前触れではなかろうか。
「あれはね、マスターに使うの。素材が欲しいんですって」
「素材?話がみえねぇな」
「えっとね……」
マタハリの話はこうだった。
スカサハは自身の持つスキルを強化したいらしく、マスターに素材を要求したが、今は手持ちがないと言われ、では集めに行こうと誘うと今は他にやることがあると断られたそうだ。
だから、次は少し強くお願い(この言葉にクー・フーリンは震えた)しようかと思っていると相談されたので、それならば上手くいくように女の武器を使いましょうと進言し、潤んだ目と上目遣いによるおねだりの仕方をレクチャーしていたらしい。
「マスターは強い子だけど……ね?」
スカサハに少し強く“お願い”されて、小動物のように怯えるマスターの姿が目に浮かぶ。
スカサハとしては脅す気などは欠片もないのだろうが、彼女が持つ圧倒的な強者のオーラを纏った“お願い”は、大多数の存在にとっては驚異以外の何物でもない。
マタハリはマスターを守ろうとして安全なお願いの方法を教えたのだろう。
「あれはあれで衝撃だったが……ま、師匠はここでは猫をかぶってるからなぁ」
古代ケルト時代のスカサハを知るものならば、彼女が上目遣いで目を潤ませる顔など、少し強いお願いを越えうる危険物である。
現にクー・フーリンも見た途端叫んでしまった。
しかし、マスターはその頃のスカサハを知らないし、彼女はあれであの少年を気にいっており、彼女としては信じられないくらい優しく接している。
スカサハは見目は麗しいので、まだまだ青いマスターに、ああいうおねだりは効果的だろう。
「うふふ、良い案でしょう?ところで……」
途端に、マタハリが放つ空気の甘さが増す。マタハリの全身から目にはみえないフェロモンが溢れ出て雄の本能をくすぐった。
警戒して、太股をなで回す手を引っ込める。
「おねえさん、恋の話が聞きたいなぁ」
わざわざ魅了のスキルを使用してまで聞き出したい恋の話、心当たりはありすぎるほどにあった。
「……いいぜ。俺には四人の女が居てだな――」
「それは前にも聞いたわ。新しい恋の話が聞きたいのよ」
さわさわと暖かな手が額を撫でた。思わずマタハリの顔をみると、その前にそびえる巨大な胸に目を奪われる。
「くっ!」
油断した。視覚から魅了の力が流れ込んでくる。どうしても話を聞き出したいらしい。
マタハリはその生涯から恋に憧れを持つサーヴァントであり、人の色恋話を聞くのが大好きなのだ。
クー・フーリンも過去、彼女に請われ生前の恋の話をしたことがある。
とろとろとした甘い声に頭を撫でる手、そして眼前に広がる胸による攻撃は、クー・フーリンの理性を確実に削り、洗いざらいなんでも話してしまいそうになってしまう。
「そ、そろそろお暇するぜ」
「だぁめ」
持ち上げた頭は細い腕によって容易く太股の上に押し戻される。
漂うフェロモンの密度はどんどん増し、スタンをかけられたように力が入らない。
「いいじゃない。サーヴァントになってからも恋をするなんて本当に素敵で、夢のある話だわ」
そう言いながら、力の入らなくなったクー・フーリンの腕を掴み、自ら太股を触らせてきた。
現金なもので、力が入らなかったはずの手が自然に動き太股を撫でる。素晴らしい手触りだ。
「あー……仕方ねえな」
実際のところ、気恥ずかしいが話したところで減るものでもない。
このままマタハリの魅了を受け続けるのも悪くはないが、介抱と膝枕の、そして太股の礼として語ってやろうかと思った。
その時――
「お楽しみのようだな」
クー・フーリンを一気に現実に引き戻す苦々しい声がした。
「本当に本当にごめんなさい!」
マタハリは頭をこれでもかと地に擦り付け土下座をしている。
「おいおい、やめてくれよ。あんたみたいな良い女にそんなことされちゃ逆に困る」
「だって……彼なんでしょう?」
「……ああ」
「嗚呼……!ごめんなさいっ!」
マタハリの額がごんごんと床にぶつかり鈍い音を立て、見ている方が心配になってしまう。
そう、先ほど苦々しい声を掛けてきたかと思えば足早に去っていった男、エミヤ。
彼こそがサーヴァントになってから出来たクー・フーリンの恋人だ。
付き合い自体は長いが、恋人として付き合って今日で二週間と数日、まだまだ出来立てほやほやのカップルで、そんな時期に美女とイチャついているのを見られたのは、タイミング的にかなりまずかった。
(どうせ、自分とは遊びだったんだ、とか思ってんだろうなぁ)
エミヤは自己評価が低い男だ。ケルトの英雄であるクー・フーリンに、有名な女スパイのマタハリがあれだけ密着していれば、そういう勘違いをするだろう。
しかし、クー・フーリンはエミヤに対してこそ本気だ。生前の四人の女ならぬ、死後の一人の男として、エミヤを迎えようと思っている。マタハリは確かに魅力的だが、それは愛や恋ではない。
「そ、そうよ!私がエミヤを同じように甘やかして有耶無耶にしちゃうのはどうかしら?」
額が赤くなってしまったマタハリが提案した。
「それはやめろ」
「っ……」
つい語気を強めて低い声で断ってしまい、マタハリが怯える。
男である限り、いや、マタハリが本気になれば女であろうともその魅了の力には抗えないことは分かっているが、それでも、恋人が魅了される姿はみたくない。
身勝手だが、先ほどまで自身が味わっていた太股の柔らかさと手触り、そして目の前でたゆんたゆんと揺れる大きな胸の幸せ、それらをエミヤに味あわせるのは絶対に嫌だった。
マタハリからそれらを味わい幸せそうな顔を浮かべるエミヤを見たしまったら、きっと二人を害してしまう。
「あー、すまん。びっくりさせちまったな……。ま、とりあえず謝ってくるわ」
「待って!私もついて行くわ!」
「いや、いい。俺一人で行く」
外面がよく女子供に優しいエミヤは、マタハリがいたら本心を隠してしまうだろう。
これから浴びせられるであろう恋人からの冷たい視線とお得意の皮肉、そして見ることになってしまうであろう本人は隠しているつもりの悲しい表情を思うと胃が痛んだが、逃げるわけにはいかない。
エミヤの部屋に向かって歩き始めた。
「待って!それなら――」
まだ額が赤い、魅惑の女スパイは、精一杯の謝罪の意を込めてクー・フーリンに自身の奥義を伝授した。
やはりこの二週間ほどの日々は夢だったんだと、エミヤは自室でため息をついた。
クー・フーリンから告白されても、エミヤは別に慌てなかった。
ケルトの大英雄であり、恋多き男。幼少の頃に彼が暴走した際には、処女の娘達を裸にして並べることでその暴走を収めたほどの女好き。
だから、告白された時も、ああ、女遊びに飽きて男遊びを始めるのか、としか思わなかったのだ。
付き合いも長く、気が合わなくとも憎い相手でもなしと、求められるままにOKしたに過ぎなかった。
けれど、ことあるごとに愛を囁き、愛おしそうに自分に触れてくる彼を、本当に愛し始めていたことは事実だった。
「しかし、相手がマタハリでは……」
エミヤは体格こそいいが、ただの男だ。対するマタハリは歴史にその名を刻む絶世の美女スパイ。
男だ女だというレベルを超越した圧倒的な敗北。比べることさえ烏滸がましい。
「あのバカ狗は変なところで優しいからな、私から言ってやらねばなるまい」
決心の言葉で、エミヤは心にぽっかりと空いた穴を塞いだ。
感情を殺し、別れを告げる。それだけで全てが丸く収まるのだ。
これからも、友人として付き合えればそれでいい。
部屋の扉が開く。来る相手は決まっていた。
「……来たのか、釈明する必要もあるまい。私などより――」
「あーぢゃーあああああ ごべーん!」
「んなっ!?」
部屋に入ってきたのは、やはりクー・フーリンだった。しかし、予想と違い過ぎるところがある。
なんと、彼は号泣していたのだ。
「なるほど。マタハリ女史は君と私の、その……恋バナを聞き出したくて君に魅了をかけていた、と」
「ヒック……ぞう。ぞうなんだよぉ……ズズッ」
「ああ、ほら、鼻は吸わずに、ちゃんとかみたまえ」
エミヤがティッシュを投影してくれたので、言われた通りに鼻をかむ。
その優しさが嬉しくもあり、騙しているようで少し後ろめたくもあった。そう、クー・フーリンが泣いているのは、嘘泣きなのだ。
マタハリがお詫びとして教えてくれた技である。
スカサハにレクチャーしたものは、目を潤ませる程度だが、これは違う。
簡単に、涙を好きなだけ流せるという秘密の対人技術。
その効果は絶大で、部屋に入った時には感情を押し殺したようなほの暗い表情だったエミヤの顔は、泣き顔を見た途端驚きに代わり、今は呆れ顔をしている。
説明も驚くほどすんなりと聞き入れられ、すでに誤解も解けた。
「全く、マタハリ女史の恋バナ好きにも困ったものだな。ほら、もう泣くな」
「うっうっ……許してくれるのか?」
「……まぁ、不可抗力みたいなものだろう」
「あ、アーヂャー!」
流れに任せて抱きつき、胸に顔を埋める。
マタハリのそれとはまた違った、見事な筋肉が作り出す雄っぱいの弾力を顔全体で存分に味わった。
顔を押しつけても潰れずに跳ね返してくる感覚が気持ちいい。
「わっ!全く、子供のようだな」
エミヤの大きな手が優しく頭を撫でる。それだけでクー・フーリンは暖かな気持ちに包まれて、じんわりと本物の涙が滲んだ。
誤解はすぐに解け、スキンシップも出来て、悲しむ顔もほとんど見ずに済んだ。
嘘泣きの威力は本当に絶大だ。
「あー……ところで、一つ聞きたいんだが」
「グスッ……なんだ?」
「そんなにその……良かったのか?マタハリ女史の膝枕は」
「あ”?」
「えっ?」
「あ、いや……ヒック、なんでもない……うう……グスグス」
危なかった。嫉妬の炎が一瞬で、全ての涙を蒸発させてしまった。顔をエミヤの胸に押しつけていなければ、きっと睨みつけていただろう。
エミヤはただ、純粋な興味で質問してきただけなのだと心の中で自分の言い聞かせ、クー・フーリンは極力簡素に語った。
「まぁ……太股はもちもちすべすべで……ううっ……グスッ、む、胸もでかかったな……ヒック……それだけだ……」
「ふむ。そうか……もちもちすべすべで大きいのか……そうか……」
話を聞いたエミヤが落ち着きなく、そわそわしだした。明らかに、マタハリの膝枕に興味を持っている。
思えば、エミヤは元々「可愛い子なら誰でも好きだ」と言ってしまうような男である。
力が籠もりそうになる両腕を理性で抑えるが、抑えきれずに僅かに震えた。
その震えに、既に頭の中で不埒な想像をしているのであろうエミヤは気がつかない。
「……そうだな。君を許す。許すがこのままではフェアとは言えないだろう?私たちは恋人で、対等なのだから。だから、釣り合いをとるために私もマタハリ女史の膝枕を……ぐあああ!?」
耐えられなかった。抱きついた両腕で強く強く、エミヤを抱きしめる。
「テメェ、ふざけたこと言ってんじゃねえぞ?」
クー・フーリンの豹変に気がついたエミヤは、驚愕しながらも万力のように締め付ける腕から逃れようともがく。
だが、クー・フーリンは決してその手を離さず、むしろ更に強く抱きしめた。
恋に憧れていた。愛を求めていた。それは生涯変わることなく、手に入ることもなかった。
父の事業が失敗し、母が病に倒れ、結婚に失敗し、生きていく為にダンサーになった。
そうして肢体を見せびらかして、日銭を稼いだ。
スパイになってからもそれは変わらず、ただ男達の欲望の中を泳いで、そのまま溺れて死んでしまった。
「やっぱり、私も謝りにいかなきゃね」
マタハリはエミヤの部屋に向かった。クー・フーリンが許して貰えるように嘘泣きの技術は教えたが、それだけでは気が済まない。
誰か恋を壊してしまうなんて耐えられないのだ。
部屋の前に着き、深呼吸を数度繰り返すと、意を決して扉を開けた。
「くっ!きっ!貴様はっ!自分は散々楽しんでおきながら!ぐううううぅぅぅっ!」
「うるせえ!それとこれとは話が別だ!絶対に行かせねえからな!」
「あぐぐぐぐ……離せえええええ……大英雄の癖に魅了にも耐えられない盛りのついた狗ううう……ぐああああっ!ぎあっ!」
「狗って言うな!英雄だろうと男だろうと女だろうと、アレに耐えられる奴なんていねえよ!」
「そ、こまで言うなら私も試す!試して判断すっるっ!ぐおおおおっ!折れる!背骨が折れるっ!!」
「そんなもん許すわけねえだろうが!」
眼前に広がるのは恋人達の抱擁。
一方は燃えるような赤い瞳で相手を睨みつけながら、両腕で締め付けている。
もう一方はその強烈すぎる抱擁から逃げようと髪を引っ張ったり頭や背中を叩いたりと必死に暴れるが、なかなか抜け出せないようだ。
戦闘には詳しくないマタハリだが、前者が優勢のようにみえた。
これは一体何なのかと戸惑っていると、後者の男、エミヤが気付き声をかけてきた。
「マ、マタハリ!ちょうどよかった!私がこの腕から逃げ出せたらひざっ、まくっ!らをおおおおぉぉぉ!」
「えっ?ええ!?膝枕?」
「ほざけ弓兵!絶対に逃がさねぇ!このまま霊核ごと抱き潰してやらぁ!」
「くおおおおおお!あがががががが……ぐぐぐ……ま、負けるか……私は……ひ……ざ…まく……ら……を……!」
「どういうことなの……?」
目の前で繰り広げられる恋人達の熾烈な戦い。
二人は争いながらもどこか楽しげで、それでいて本気で争っていた。
マタハリ思い描くそれとは違いすぎる恋の形。
クー・フーリンとエミヤの痴話喧嘩は、エミヤが気絶するまで続いた。
それでも、完全にオチて白目を剥いて泡を吹くエミヤに、クー・フーリンが愛おしそうに口づけをする姿は、マタハリの恋に対する憧れをより一層強めるのだった。
おわり