夫婦げんか_きょうも一緒に、まあいっか 児童精神科医 山口有紗のゆらゆら育児(8)
子どもは両親が仲がいいと安心なはず。
でもときには夫婦げんかしてしまうこともあって……。
やっぱり子どもの前では夫婦げんか見せちゃダメですか?
くだらないことがきっかけだけど
——夫婦げんか、しますか?
よくするんですよ。ほんとにくだらないことがきっかけです。
例えば、思い出せないぐらいくだらないことですけど、「醤油取ってきて」って言ったら、「なんか今それ頼まなくてもいいでしょ」と返ってきたとか。わたしがイライラしてて、「◯◯ちゃん、早く食べて」と娘に言ったら、夫から「そんなふうに言わなくてもいいじゃん」と言われたとか。
あとは、お風呂のドアをわたしがいつも閉め忘れるんですけれど、「カビが出るから閉めてって言ってんのに、なんでいつもやってくれないの? 僕の話、まったく聞いてないの?」みたいになって怒られたり。なんかそういう、ほんとにくだらないことなんです。
——娘さん、そんな両親をどう見ているのでしょうね?
子どもに対しての両親の不和の影響については、脳への影響など含めて専門家としてむしろよくわかっているので、どうするかはいつもとっても悩んでいるところではありますね。
——娘さん、両親のけんかを見ていますか?
見てしまっていることもあります。そういうとき、彼女は黙っているので、しまったと思って。後からフォローしようとしています。
「なんかおとうとママ、けんかしてごめんね」と伝え、気持ちを聴くように心がけています。毎日けんかしているわけじゃないですけど、それでも影響はあると思うので、そのときに彼女がどういう体験をしていたのかを気にかけていることを伝え、後からでも気持ちによりそう姿勢を伝えること、嫌だったり心配だったりした気持ちを共有できる場を作ることはすごく大切なところだと思っています。
例えば、わたしはすごく方向音痴なので、Googleマップで最寄り駅から行き先を入れると、いっぱい行き方が出てくる。そうなると、パニックになるんですよ。
ある日、うちの母が来ていて、思ったことポンポン言う人だから、「こっちの道で本当に合ってるの?」とか聞くんです。そう言われると、わたしはさらにパニックになる。「大江戸線って深いんだっけ?」などと思うと、もっとパニックになる。
そんなとき、娘は疲れているから「抱っこ、抱っこ」と求めてきて、夫が対応している。そんなときに「ねえ、こっちのルートでいいんだっけ?」と聞くと、「今、僕は◯◯ちゃんを抱っこしていて手がふさがってるでしょ? 自分で調べられるでしょ」とか言うわけです。
そうなるとわたしも「だって、わたしが方向音痴なの知ってるじゃん! なんでそんなこと言うの! 意地悪!」みたいになる。
子どもはどんな感情を持っている?
そうやってけんかした後で、娘に話したことがあります。
「きょうはけんかしてごめんね。ママはほんとに道が苦手。あのとき、ほんとに困ってたのね。
でも、もっと優しくおとうに言うべきだったと思うよ。◯◯ちゃんはあのとき、どう思ってた?」
そう尋ねると、「なんか、はやくおわんないかなって、おもってた」と言う。
それでわたしが「そういうときは、『早く終わらないかな』と言っても大丈夫なんだよ」とフォローすると、「だって、はやくおわんないかなっていったら、よけいながくなるとおもう」と言うんですよね。
——すごく大人びたことを言うんですね。
「そういうふうに思うよね。ごめんね」と返して。
うちは、『カラーモンスター』という色々な気持ちを色に例える絵本を使って、気持ちを色で表現して、「どの気持ちもとても大事」と彼女が2歳ぐらいのときから伝えています。だから「悲しい」だって悪い気持ちではなくて、そう感じたことを大事にする。だから、彼女も気持ちをよく表現してくれます。
そして、わたしたちがけんかしていたときの気持ちを尋ねると、彼女は、「そういうふうにけんかになっているときは、そもそも、うれしいとかかなしいとか、どのきもちもだいじとかもおもえなくなる」と言ってくれたんです。わたしは「そうだよね」と答えました。
「嫌って言っていいんだよ」と言われても、その状況で嫌と言えないこともある。そんなふうに豊かに気持ちを表現してくれて、申し訳なく、でも大切なことを教わったと思っています。
けんかが悪いわけではない
——嫌っていう気持ちが言えなかったら、どうすればいいのでしょうね?
この話には出口がないんですけど、わたしたちが子どもに「嫌って言っていいよ」とか、「やめてって言っていいよ」と言うだけでは十分ではないのだなと思います。それが言える状況だったかも含めて、一緒に感じ直して、ケアしていくとかをやり続けるしかない。
そもそも、けんかが少なくなるように努力するべきなんですけれど、夫はまったくけんかをしないことがいいとも思っていないんですね。けんかもとても大事なことだと考えています。
もちろん、すごい殴り合いになったり、互いにひどいことを言ったりはしない。「それは自分で調べてくれる?」「だってわかんないんだもん!」みたいなやり取りぐらいはいいんじゃないの、と言うわけです。
子どもの心に影響を与えるレベルの夫婦げんかは?
——子どもの心の専門家の視点で見ると、お父さんとお母さんがけんかすることは、子どもの心にとってはどうなんでしょう?
そうですね、不安になったり心配になったり、心への影響はもちろんあると思います。特に乳幼児期のお子さんたちは大きな影響を受ける可能性があります。
小学校の低学年を超えてくると、抽象的にいろんなことがわかるようになってきます。今ここで起きていることが、世界の全てではないとわかる。
でも特に乳幼児期の子どもたちは、今ここで起きていることが世界の全てであり、自分が見たものや感じたものを、自分と関連づけて感じる発達の特徴があります。
だから、目の前でひどいことが起きていることは、この世界に対する安全感を大きく損なうものであるし、そこに自分を結びつけることが多い。もしかしたら自分が放った何かによって、あるいは自分の存在によって、こういうことが起きていると捉えてしまうこともあるんですね。
そして、目の前での激しいけんかが脳にも悪い影響を与えることが繰り返し証明されています。
基本的に、子どもの人たちにとっては、自分がいる今この環境が、100%ではなくともある程度、安全で安心できて、それが今日も明日も明後日も続いていくという、世界の連続性を信じられることがすごく大事です。だから、それを覆すような大きな夫婦げんかはやはり避けるべきだとは思います。
——DV、つまりお父さんがお母さんを殴ったり、お母さんがお父さんのことをなじりまくったり、そういうのが目の前で続くと子どもは心にダメージを受けるのでしょうね。
そうですね。実際に子どもが親から暴力を受けることもよくないのですが、家族がそういう暴力を受けているのを目撃したり聞いたりすることによって、脳のある部分が萎縮したり、肥大したりするという研究もあります。
——そのような状況が慢性的に続くことの影響は、脳が大きく発達している就学前であればあるほど、小さければ小さいほど大きくなるのでしょうか?
子ども時代の体験の影響には特に感受性の強い時期というのがあることが知られているのですが、やはり脳が一番急速に発達している乳幼児期の方への影響はとても大きいです。
「子どものために暴力を我慢する」は誤ったメッセージ
——よくDVがある家庭で「子どもが小さいうちは両親が揃っていた方がいいから、子どものためにも離婚できない」と言う人がいますね。でもそういう両親の姿を慢性的に見せられるよりは、むしろ別れてしまった方がいいのでしょうかね?
そうですね、それは何を取るかという判断ではあると思うんですけれど、子どもたちにとって、自分が毎日安全で、安心していて、それなりにハッピーであるっていうことは根っことして非常に大事なことです。そうではない状況が続くのは、子どもの発達にとって良くないことです。
そしてまた、特に乳幼児期とか小さい子どもたちにとっては、今目の前で起きている関係性は、人間関係のひな形になっていく。DVの多くは、家庭内のヒエラルキーとコントロール、支配・被支配みたいなものが関わっています。
DVがすごくひどい家庭で、例えば、両親のどちらかが出ていった後、今度は残ったメンバー同士が支配・被支配の関係になることがあります。お母さんを子どもが攻撃するようになったり、逆のことが起きたり。
つまり、「支配・被支配がこの世界のありようだ」とはならない関係性を見て学びながら育っていくことが大事です。
もうひとつは「暴力を我慢する」姿を見せ続けることは、その子が大きくなって同じような暴力を受けたときに、「自分が我慢することがいいことなのだ」と考えるようになるメッセージを与えることにもなります。
だから親が、自分の直感を信じて、嫌なことからは逃げる姿を子どもに見せるのも、すごく大事だなと思います。
ちょうど今朝、夫が職場で嫌なことがあったらしくて、元気がなかったんです。それで私が夫に「なんか元気ないね。どうしたの?」と言ったら、「なんか色々あって、仕事に行きたくないなと思ってるんだよね」と言う。
そうしたら子どもが「おとうはげんきないの?」って言ったので、「うん、元気ないんだって。色で言うと何かな? 青とか黒とかかな」と聞くと、「◯◯ちゃんはいきたくないときは、はいいろだな」と答えたんですね。
「そういうとき、◯◯ちゃんならどうする?」と聞いたら、「にげる」と言う。「もし逃げられなかったらどうする?」とさらに聞いても、「はしる」って言いました。やっぱり逃げるんだ! と思いました。ものすごく、大事なことですよね。
イチャイチャすればいいというものでもない
——逆にお父さんとお母さんが、イチャイチャしてるところ、例えばチューしたり抱きしめあったりしているところを子どもの前で見せることはいいことなんですか?
それもその夫婦がどういうふうにその行動を取っているかによるかもしれません。ただイチャイチャすりゃいいってもんじゃないし、それぞれにはその人の境界がある。その人同士が心地よい状態でちゃんとつながり合っていることが大事なのであって、身体的距離が全てないわけではありません。
二人が心地よくつながっている、そしてつながりながらも、個として尊重されているということが、メッセージとしては一番大事ですね。
——なるほど。確かにそうですよね。片方がイチャイチャしようとしても、もう片方が嫌がっていたら地獄です。
そうです。我々夫婦は、基本的には仲がいいんですよね。うちは本当によく喋るし、たぶん、だからこそ、意見が違ったときに「違う」って言えるんですよ。「それは嫌だったよ」とか、「それはやめて」とか、「今のは腹が立ちました」と言える。それもなんか長い時間ではなくて、だいたい5分ぐらいで終わるんですけどね。
ただ、私たちにとっては5分間の意見の違いで、後でLINEで「次からはこうしようね」とフォローし合う時間があったとしても、娘にとっては今ここが世界の全てです。そのインパクトは私たちが思う以上に大きいはず。「ごめん」と反省しながら日々やっている感じです。
親はダメな自分を見せたっていい
——お子さんは特に女の子だから、どちらかと言えば女性が被支配の立場に置かれがちなこの社会では、小さいうちから「嫌なことは嫌だと言っていいんだ」と、親が見せることは大事かもしれないですね。
それはあるかもしれないですよね。あとは、逃げたり助けを求める姿を見せることもまた、大切かなと思います。もちろん養育者の人たちが、おうちの中であまりにグラグラしていたら困るとは思います。子どもにとって、ほぼ、そこにどっしりと構えていてくれることは大事です。
だけど、わたしなんかはときに道に迷ってしまったり、保育園に行くときに3日に1回は何か忘れ物をして取りに帰ったりする。それで、「困ったな。忘れた。こういうときは何々さんに頼ろう」みたいに、すぐ人に頼るんです。
そういうのを見ている娘は、「ママ、おっちょこちょいだよね」とか、「ママ、たすけてもらってばっかりだよね」とか言うんです。でも、「そうそう。でも困ったらさ、人間なんともならないこともあるから、人に助けてもらうんだよ」と伝えることも、わたしはあってもいいのかなと思っています。
——ちょっと弱かったり、おっちょこちょいだったり、プンプンけんかしてまた仲直りしたり、不完全だけどなんとかうまくやっている親の姿を見せることも、子どもにとっては大事な教育になるんですね。
そう思います。相互依存の世界であることが、現代の社会では見えづらいじゃないですか。誰かを頼るとか、隣近所と助け合うみたいなことが少ないから、わたしたち親が子どもにとって負担にならない程度に弱さだったり相互に依存したりすることを見せる。親同士もそうだし、親以外にもちゃんといろんな依存先があることを伝える。
ちゃんと人間は弱ることができるし、悲しめるし、嫌と言えるし、悲しんでもそこが全ての終わりではないことを見せる。もちろん、いつもそんなことを思って生きているわけではないですけれど、そんな姿を一緒に見ていくことは悪いことではないと思います。
プロフィール
山口有紗(やまぐち・ありさ)
小児科専門医、子どものこころ専門医。公衆衛生学修士。高校中退後、イギリスでの単身生活や国際関係学部での学びを経て医師となる。現在は子どもの虐待防止センターに所属し、地域の児童相談所などで相談業務に従事。国立成育医療研究センター臨床研究員、こども家庭庁アドバイザー。著書に『子どものウェルビーイングとひびきあう――権利、声、《象徴》としての子ども』(明石書店)『きょうの診察室 子どもたちが教えてくれたこと』(南山堂)がある。
岩永直子(いわなが・なおこ)
読売新聞、BuzzFeed Japanを経て、現在はフリーランスとして医療情報を発信し続けている。依存症専門オンラインメディア「Addiction Report」編集長。著書に『言葉はいのちを救えるか? 生と死、ケアの現場から』(晶文社)、『今日もレストランの灯りに』(イースト・プレス)がある。
医療記者、岩永直子のニュースレター
タイトルデザイン:中道智子




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