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食べ物の好き嫌い、どうしてる?_きょうも一緒に、まあいっか 児童精神科医 山口有紗のゆらゆら育児(11)

栄養バランスの良いご飯を食べてもらいたいから、子どもの好き嫌い、悩みますよね。
でも無理に食べさせて、食卓がどんよりするのも悲しいし。
子どもの偏食、どうしてますか?


子どもの好き嫌いと親の罪悪感

——娘さんは偏食はあるんですか?

よく食べるのですが、食べるのに時間がかかります。ほうれん草とか小松菜とかピーマンは嫌いなので、無理には出していませんね。

子どもが口にする食べ物へのこだわりは結構あります。添加物や古い揚げ物やファストフードなどは、普通がどのくらいかわかりませんが、気にする方だと思います。わたし自身摂食障害があるので、食べ物への不安が強いことも関係しているかもしれません。

娘はホットケーキとか好きなものだったらあっという間に食べるんです。でもご飯と切り干し大根とか、お魚とかだと、食べるのですが、ペースが遅くなります。まあそうですよね。

それで朝、けんかになることもあるんです。「保育園行くのが遅くなるよ」「無理しなくていいよ」と促すと、「全部食べたい」と言う。それを待っているとすごく遅くなるわけです。で、わたしはイライラしてしまうし夫もピリピリしてしまう。

——ご飯作り、たまには手も抜かないと、大変ですよね。

そうですね。たまにピザとか好きなものを外食すると、めちゃくちゃ食べるのが早い。わ〜めっちゃ楽! だと思うのですが、それをずっと続けるとなると、自分の罪悪感とか不安が顔を出してしまう。

それこそ家でも、買ってきた菓子パンを出したら、どれだけ毎朝が楽で、ストレスがなくなるか。でもそれができない、身体に良さそうな安全なものを食べてほしいし、同時に毎日にっこりストレスなく過ごしたい。その葛藤はとても大きいですね。

「楽しく食べるのがいい」とわかってはいるけれど……

——でも、昔親からカップラーメンとかファストフードを禁じられていたお子さんが大きくなって一人暮らしするようになったら、片っ端から食べたという話はよく聞きますよね。「カップラーメン、毒みたいに言われていたけど、食べても元気じゃん。お母さんのあのこだわりはなんだったんだ」みたいな。

確かにそうですよね。ただ前提として、子どもたちが健康的な食事をとることは、心と身体の成長と発達のためにとても大切です。ご家族がなるべく子どもに健康なものを食べさせたいというのは当たり前のことです。たまにカップラーメンを食べても元気なのは、それ以外で栄養の整った新鮮なものを食べていたからかもしれないし、基本的な食事の重要性は強調してもしきれないとは思います。

——でも友達がジャンクフードを食べているのに、自分だけ禁じられて悲しい思いをしているのはいいことなのかなとも思うんですよね。

そうですよね。これは自戒を込めてなのですが、わたしも医師として健診とかでご家族に相談されたら、「基本的には楽しく食べることがいいですよね」とアドバイスをする。

でもやっぱり不安なんですよね、親は。たまに朝ごはんを菓子パンにするかと思っても、「これがずっと続いたら大丈夫だろうか」とか、「自分が作ったものを食べてくれなくなったらどうしよう」とか、いろいろな不安がある。それはつまり子どもじゃなくて、自分の問題なんですよね。

ある意味では親のこだわりに子どもを付き合わせているわけですが、押し付けないようにしたいとは思います。

子どもが食べたいものと食べたくないものがあるし、親が食べさせたいものと子どもが食べたいものが対立することもある。子どもが食べたいものを食べる権利と、健康にずっと健やかでいてほしいという親の願いとでバランスを取っているので、対立すること自体は悪くないと思います。

だけど、どちらかに偏りすぎたときには、「誰が主語だったっけ」と思い出したい。あとはやっぱり、子どもたちがより健康なものを選べるような商業的な工夫はかなり必要だと思います。

そもそも商品棚に並ぶ選択肢が、子どもの権利に基づいたもので、健康的で、すべての人にとって選べるものだといいですよね。日本の食べ物は安全だと思いますけれども、いわゆる子ども向けの食べ物の中でも、添加物が少ないもの、自然な材料でできているものなどは一般的に高価格です。パッケージにジェンダーなど多様性の視点が欠けていることもあるかもしれません。子どもの権利を尊重したものは意識高い系の人しか買えない・買わない構造はおかしいと思うし、すべての子どもが手にし、口にするものが、子どもの健康と尊厳に誠実なものであってほしいと思います。お金をたくさん出さなくても身体にやさしいものをみんなが選べる仕組みや、パッケージのあり方とか、宣伝の仕方とか、ビジネスの分野で工夫できることはもっとあるはずです。

砂糖の入ったおやつを食べさせないのは?

——「体に良い食べ物」にこだわるあまり、お子さんのおやつとして、スルメとかふかしいもとかしか食べさせない親御さんをよく見かけます。それも美味しいのはわかるのですが、他のお子さんが食べているお菓子を食べられずに、そういうものばかり食べさせられているお子さんの気持ちはどうなのだろうと心配になったりもします。

(担当編集・E)僕の友達も親が厳しくて、コンビニには行かせてもらえなかったり、甘いジュースを禁止されたりしていたようなのですが、親元から離れたとたん、毎日そういったものを飲んでいた時期もあったみたいです。

抑圧しすぎる問題も確かにありますよね。

——砂糖が入ったお菓子を子どもに食べさせない親御さん、いますよね。

はい、いると思いますね。わたしもあまり精製された砂糖がいっぱい入ったものをあげたくないと思いますね。やはり虫歯が心配だし、血糖値が急に上がるのも嫌だし、とか色々理由をつけつつ、でもなんとなく不安というか、罪悪感があるというか、ざわざわしてしまうのですよね。

夫は結構食べさせるんですよ。チョコレートを一緒に食べたり。夫が大好きなのです。すごく楽しそうに一緒にニコニコで食べて、いいなあって思うこともあります。

でもわたしはそれへの頑固な抵抗というか、自分のいないときは夫といろんなものを食べるから、自分がいるときぐらいはバランスを取ろうと思う。娘はママが「それは食べていいよ」と言わないと好きなものを食べさせてくれないと思っていると夫に言われたこともあります。特にお菓子はそんな節がありますね。

先ほどの抑圧のお話だと、わたしは子どもを抑圧したいわけではないんです。
いろんな選択の中から、本当は自分で、自分の身体にも心にもちょうどいいものを選んでいってほしいと願っています。

大切なことは、頭ごなしにすべてを否定して与えないということではなくて、子どもたちにきちんと、自分の願いとして、「◯◯ちゃんの身体のことが大切だから、甘いものを食べ過ぎてしまうのは心配」というように伝えて、一緒に考えるということなのかなと思います。
それは言うほど簡単なことではないのは重々承知しているのですが、それでも繰り返し、それを親も、あるいは学校や社会でも伝えていけるといいですよね。

食育のように、「人間にとって豊かで健やかな食を選択するための共通言語」を育む営みというのは、そこにも大切な価値があるように思います。家だけでやるとどうしても、「うちだけ制限がある」というような葛藤につながりやすいかもしれないなと。

子どもの選択も尊重しつつ、自分の不安にも優しく

——栄養バランスと子どもの食べる楽しみとのはざまで悩んでいる親御さんは多いと思いますが、どんな風に声をかけてあげたいですか?

ねえ、ほんとうにどうしたらいいんですかねえ。それこそ、子どもと食べることや食物が身体や心の健康に関係していることについて一緒に考える努力をし、対話はしつつ、ある程度は「まあいっか」と思うしかないですよね。

まあいっかと思いにくいときには「どっちでも死なないから大丈夫」というある種、究極のところを拠り所にしてみるとか。すごい偏食の方であってもそれなりに育っていくし、ミネラルとかが足りないとか、いろいろあるかもしれないけど、命に関わることは稀にしかない。

ずっと自分一人で考え込んでいると、どんどんそれが深刻な問題になっていくけれど、でも死ぬほどのことではない。自分がこだわっているならそれはそれでいいし、でも、子どもがたまにスナック菓子や甘いお菓子を食べたくて、お友達と一緒に食べちゃったら、それはそれでまあいっかと思うしかないし、それもまたいい時間だったなととらえられるように自分を応援する。

「まあいっか」という遊びがあるといいですよね。そして、そのこだわりの一部には、親である「わたし」の中にある不安や不満や、自分の育った過程などもあるかもと気付いておけるといいですね。

こんなにがんばって毎日ご飯作ってるから、大事に食べてほしいし、子どもの健康への影響が不安なんだよね、ということは、一人の人間として大事な、すごく素敵な気持ちです。だからそんな自分の不安とか、食べてくれなかったときの残念さにまずは優しくしてあげる。

あとは、わたしたちは、栄養素や成分だけを考えて食べているわけじゃないし、食事は社会的な営みの一つでもあります。だから、子どもたちが主体的に生きるため、誰かと気持ちよく過ごすために食べている選択を尊重する。これは自分自身にも言い聞かせてあげたいのですが、「そこにそんな不正解はないから、大丈夫」って自分を許してあげるときも作ってあげてほしいです。ただ、やはりそもそもの選択肢に、より心身にいいものが自然に増えていって欲しいとも思います。個人がしんどさを引き受けなくてもいいように。

嫌いなものは嫌いと言ってもいい

——だんだん大きくなっていくと、給食など家族以外の他者と食べる機会が増えてきますね。そこで自分が食べられないものが多いと、友達との関係性で肩身が狭くなって、苦手なものも一生懸命食べるうちに食べられるようになってくるという話をよく聞きます。食事って社会的な営みなんだなってすごく思います。

そうですよね。

——そのとき、給食を全部食べ終えるまで一人残して無理やり食べさせるようなことはあってはならないと思いますが、友達と一緒に食べているうちに何となく食べられるようになったという軽い強制力みたいなものはどうですかね?

そうですね。それは、偏食や好き嫌い、健康的な食事が成長と発達に重要という話とは、また別の話だと思うんです。

好き嫌いは別にあってもいいと思うんです。わたしたちが誰かと一緒にご飯に行くときでも、「何か苦手なものはありますか?」「何か食べたいものはありますか?」って聞くじゃないですか。大人の社会ではそれは当たり前に許容されている。

好き嫌いなくということ以上に 、それを自分が食べるのをどう避けられるかを学んでいくのが大事です。事前に食べにくいものは伝えておくとか、箸をつける前に「これ苦手なんですが、食べられる人いますか?」と周りに聞くとか、給食で「このおかず減らします」と先生に言うとか。食べる・食べないどっちかではなくて、「食べない」という選択の中にももっとバリエーションがあると思うんです。

最近わかったのですが、娘は味噌汁が嫌いなんです。絶対に最後まで食べないし、最後まで食べたとしても時間がかかる。で、聞いてみたら、味噌の匂いとつぶつぶが嫌いということを教えてくれたので、お吸い物にしたら食べるようになった。それで食卓は多少(笑)平和になったんです。地味なことなのですが、そうしたら、みんなで似た感じのものを楽しく食べられることを、娘が教えてくれました。伝えてくれてありがとうって感じでした。

「食べる・食べない」の中にも、その人によっていろいろな選択肢があるのだろうし、別にみんなで全く同じものを食べるだけじゃなくて、嫌いなものは「嫌いです」って言っていいこともあると思います。そのとき、伝える術を学んでいけばいい。

給食で食べられるようになったという話は、集団の中での強制力というよりも、いい意味での意外な発見というのもあるのかもしれません。

例えばしいたけが嫌いだとして、友達がめっちゃ美味しそうに食べているのをみて、しいたけさんの意外な一面を発見するかもしれません。それで食べてみたら意外と大丈夫だったのかもしれない。食べてみてそれでも無理だったら「しいたけさんごめんなさい」になるのかもしれないんですけれども。なんかノリで食べちゃった感じで、必ずしも強制力だけではない気がしますね。

もちろん子どもたちに、嫌なときにはNOと言える権利が保障されることは大事だと思います。食べ物を残さないことは、子どもたちの内側から、「これはいろいろな人がかかわっている命の一部だ」という感覚や「みんなで食べたい」という動機によるものであって、恐怖や強制によるものではないはずです。自動的に呪文のように「残さず好き嫌いなく」というのはなんだか変な気がしています。

嫌だ、嫌いだ、も大事な感覚

——あまりいっぱい残すのは良くないでしょうけれど、「好き嫌いなく、最後まで全部食べましょう」というのはどこから生まれた規範なんでしょうね。わたしたち、当たり前にそう言われて育ってきた気がします。バランスよく食べてもらいたいのに、なかなか食べてくれないってノイローゼのようになっているお母さんとかいますよね。

確かに、「バランス」とは何かっていうことですよね。「バランスよく食べる」っていうのと、「好き嫌いなく何でも食べる」っていうのは違うことなので、好き嫌いがある前提でいいんじゃないですかね。

わたしたちは好き嫌いはあっていい。「なんでも食べられますよ」という人であっても、特別好きなものとそうでもないものはあるだろうし、その濃淡は大事にしてあげた方がいい。

小さいころから「好き嫌いはダメだよ」じゃなくて、「これが嫌いなんだね」って言ってあげるのが大事なんだと思います。「嫌いだな」とか「嫌だな」というのも、とても大事な感覚で、否定されることではありません。

例えば娘は小松菜やほうれん草が本当に嫌いですけど、「なんで嫌いなの?」って聞くと、「まず見た目が嫌で、色が嫌で、匂いも、スジスジするのも嫌」と言うんです。五感を駆使して感じていて、素晴らしいことですよね。そう聞けたら、緑ではなく繊維が多過ぎない別の野菜にするとか、入っていたら「おとう」にわけてあげるとか、いろんな選択肢を話し合うきっかけになるじゃないですか。

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「娘に嫌いな食べ物を書いてもらいました」。左から小松菜、ねぎ、ピーマン。「乗り物酔いをするので、車も嫌いみたいです(笑)」。線の右側は好きなもの。「飴やりんご、さらには爆発しているフライドポテトまで(笑)。ワクワクが止まらなくなっていました」。

嫌だとか苦いとかも、大事な感覚です。それこそ前回は性教育の話でしたけど、嫌だっていう感覚をなしにしちゃったら、嫌だって感じる感覚の解像度がものすごく低いまま大きくなっちゃうわけです。

でも、わたしたちは、嫌だとか苦いとか、これは好きじゃないとか、なんか違和感がある、気持ち悪い、という感覚ももっと豊かに育てていかないといけません。そうでないと、身体の中に、あるいは外から違和感が生じたときに、それを突っぱねる力が身につきません。

だからわたしは、偏食や好き嫌いも大事にしたいと思うし、そこから対話が始まることを祝福したいなと思います。


プロフィール
山口有紗(やまぐち・ありさ)

小児科専門医、子どものこころ専門医。公衆衛生学修士。高校中退後、イギリスでの単身生活や国際関係学部での学びを経て医師となる。現在は子どもの虐待防止センターに所属し、地域の児童相談所などで相談業務に従事。国立成育医療研究センター臨床研究員、こども家庭庁アドバイザー。著書に『子どものウェルビーイングとひびきあう――権利、声、《象徴》としての子ども』(明石書店)『きょうの診察室 子どもたちが教えてくれたこと』(南山堂)がある。

岩永直子(いわなが・なおこ)
読売新聞、BuzzFeed Japanを経て、現在はフリーランスとして医療情報を発信し続けている。依存症専門オンラインメディア「Addiction Report」編集長。著書に『言葉はいのちを救えるか? 生と死、ケアの現場から』(晶文社)、『今日もレストランの灯りに』(イースト・プレス)がある。
医療記者、岩永直子のニュースレター

タイトルデザイン:中道智子

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