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AIの時代に、漂う
全員が何でもできる時代が来た。
GPTの新モデルが出るたびに、タイムラインが騒がしくなる。「AIでSRPG作った」「AIで映画作った」「AIでアプリ作った」。すごい。本当にすごい。
俺もやった。コードなんて書けないのに、AIと一緒にゲームを作った。小説を書いて、ソフトを作って、音楽も作った。
でも、GPT 5.4が出た日、タイムラインに流れてきたSRPGを見て思った。
「あ、もう俺じゃなくてもいいじゃん」
焦る。
何かしないと。何かで認められないと。稼がないと。時代に置いていかれる。みんな走ってる。みんなすごいものを作ってる。俺の周りには何もない。
17冊、本を出した。商業出版で。コミカライズもされた。でも、「実績がある」なんて感覚はない。周りのほうがもっとすごいから。この渇きは、たぶん実績を積んでも消えない。
全部できるようになった世界で、「できること」に価値はなくなった。
じゃあ、何のためにやるのか。
答えは最初からあった。
楽しいからだろ。
書きたいなら書く。書きたくないなら書かない。作りたいなら作る。飽きたらやめる。それだけのことだった。
「全員ができるなら、できることで競う意味がない」
そう気づいた瞬間、なんか楽になった。
競争から降りたんじゃない。競争の外に出た。
今日、俺はAIでドーナツ屋だらけの架空の街を作った。猫が店員の。
誰にも頼まれてない。1円にもならない。でも楽しかった。
自分用のデスクトップアプリの企画書も書いた。AIで音楽のサンプルパックを作る計画も立てた。小説の新しい連載も考えた。
全部、好きだからやってるだけだ。
みんな焦ってると思う。
AIがすごくなるたびに、自分の居場所がなくなるような気がして。何者かにならないと生き残れないような気がして。
でも、全員が全部できる時代に、「何ができるか」で自分を測るのは、もう意味がないんだと思う。
じゃあ何が残るのか。
「何が好きか」だけだ。
俺は時代の真ん中で、空中に浮遊するように漂ってる。
どこかに着地しなきゃいけないとは思わない。漂いながら、目についたものを拾って、遊んで、また漂う。
それでいい。
それがいい。
月ノみんと
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