失恋からスタート
槍への恋心がバレちゃった弓の話。恋する弓兵さんは幸せの基準点が低いと常々想っていたのを形にしてみたところ、恐ろしく女々しいナニカになってしまいました…(ガクブル)
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それは繰り返される四日間の中の出来事。それまでと特別何が違うということも無い、異常が日常の振りをして過ぎてゆくだけのはずだった、その時。
何が切欠だったのかと言えば、海釣りをしていたランサーのもとへ、平素の黒いシャツとスラックス姿のアーチャーがやって来て、何気なく会話を始めたことだろうか。赤いアングラーやら子供達を侍らした金色の王様が居ないお陰で静かに楽しく釣りが出来ていた槍兵は、「相変わらず暇そうだが釣れているのかな」だの聞いてくる弓兵に内心溜息を漏らしもしたが、だからと言って会話を打ち切ることも無く。
天気は上々。秋にしては優しい潮風が吹いていた。波の音は二人しか居ない空間に適度なざわめきを与え、けれど会話の邪魔にはならず。
有り体に言えば、弓兵は油断していた。
例えばそれはランサーをからかう声の調子や、見られていないと思っていた横顔の柔らかさ。皮肉に包んで差し出される小さな気遣い。弓兵自身の意図しないまま、彼の心は様々に姿を変えてランサーに向けられて行き・・・。
ある瞬間、それは相手に見つかった。
ランサーに自身の気持ちを気付かれたと悟った瞬間、アーチャーは我知らず青ざめた。ひくりっ、と脚に震えが走り、身体が精神を置いて咄嗟に逃げを打つ。しかし試みを実行するより早く「てめ、逃げんな」との声と共に捕らえられていた。視線を向けて確認すれば、ランサーの手が自身の腕を掴んでいる。
その間にもアーチャーの顔色はどんどん悪くなり、その悲しそうな、絶望したような色が彼の普段身に着けている無表情の仮面から滲み出てくるのを、ランサーの紅玉の瞳は見逃さなかった。
ため息混じりのひと呼吸を置いてから、槍兵は静かに言葉を紡ぐ。
「お前、俺が好きか」
ランサーの言葉は問いかけではなく、断定で。喘ぐように唇を振るわせたアーチャーは、今更ながらに皮肉屋の表情を纏って見せた。そして捕まれていた腕をそっと振り離す。
「・・・何を馬鹿な、と言いたいところだが・・・。その様子では君の確信を翻させるのは難しそうだな」
「まぁな。・・・それでも一応否定しておくか?」
「それこそ今更だろう。無駄なことだ」
「そっか」
「・・・・・何時気付いた?」
「・・・気なったのは前回の二日目あたり、だな。確信したのはついさっきだ」
ランサーの応えに想うところがあったのだろう。ハっ、とアーチャーは嘲るような――実際それは自嘲だった―短い哂いを漏らし、瞬きひとつした後にそっとランサーから視線を逸らした。先程までは穏やかさの象徴のようだった海と空の青さが憎い。
波音が二人の間でざらざらと心を削ってゆく。
「・・・アーチャー」
呼びかけに、詰められた呼吸。身を硬くする様は断罪を待つ罪人のようだとランサーは思う。
ランサーにとって同姓から恋愛の対象として見られることはそれほど奇異なものではない。とはいえ、だからと言ってその想いを受け入れるか否かは別問題である。これまでのアーチャーとの関係を省みても精々がライバル、良き対抗者といったところで、そんな彼と愛し愛される関係になれるとは、ましてなりたいなどとは終ぞ思ったことがない。
・・・答えが出ているのならば、伝えなければ。この目の前の褐色の肌を持つ馬の合わない相手に、気障な皮肉屋に。己と対抗しうる技量と魂とを持った、闘うに値する男へ、ランサーは歯に衣着せぬ口調ではっきりと、残酷なほどの強さで言葉を告げた。
「お前の望むようには愛せない」
その言葉に相手が傷つくだろうというランサーの予想はしかし、ふらりと視線を上げたアーチャーの不思議そうな、無防備ともとれる表情で的を外したものとなった。
「・・・のぞむ、ような・・・?」
その声には困惑が浮かんでいる。弓兵の反応に先ほどまでの怯えの影が薄れていることを見て取ったランサーは、すっ、と秀麗な眉を僅かに歪める。この反応はなんだ?
しかし疑問の答えを考えるより前に、アーチャーの唇にじわりと仄暗い笑みが宿った。
「・・・それ、は当然だ。最初から・・・望むべくもない」
「あ?」
「君に、愛されるなどと・・・君の特別になれるなどとは、流石に思っていないよ」
そこまで身の程知らずではないつもりだ、と。何故か清清しささえ感じる淡い笑みが弓兵の顔に浮かんで消えた。
「・・・・・・・」
なんだそれは。
何でも無い事のように訥々と齎されるその言葉にランサーが反応できないでいると、今度はどこか気遣わしげな表情で「それよりも、君は?」と問われる。
「それだけで良いのか。もっと他に何か、言うことは無いのかね」
意味が分からず更に眉根を寄せたランサーに、アーチャーは苦笑を返した。
「気持ち悪いだろうに。こんな、いい年をした男で、そもそもは敵対していた存在が、だぞ?」
「・・・それは」
「うん?」
「それは、俺の意思で消し去れるものではないし、消し去っていいとも思わねえ」
そうだ。
ランサーは思う。恋慕の情を向けられていると知ったとき、自身が相手と同じように想いを返すことは出来ないと答えは直ぐに出たけれど。それでも一瞬だって、相手の感情を厭わしいと、まして醜悪だと感じたことは無かった。
ランサーの考えをその真っ直ぐ向けられる視線から悟ったのか、アーチャーは口元を苦々しく結び、けれど熔けた鋼の様な瞳は何か尊いものを見るように優しく細められた。
「・・・ランサー、私は、自身の気持ちを誰にも知らせる気は無かったし、こんな事を思う自分自身を許してもいなかった」
そんな資格は無いと、誰に言われたでもなく、アーチャーはそう信じている。
先ほどランサーに告げた事だけが理由ではない。ランサーの知らない、アーチャーの正体。守護者として殺戮を繰り返す反英霊、世界の末端、エミヤシロウの成れの果て。そんな存在(モノ)が、大英雄たる彼に想いを寄せるなど・・・分不相応にも程がある。
「君に気付かせてしまったのは、正直に言って大誤算だ。私としたことが・・・まったく、不本意極まりない。出来るなら事実共々君を抹殺したいところだ」
「オイ」
「まあ、それは冗談だが」
業とらしく笑ってみせるとランサーが物言いたげな顔をしたが、無視して言葉を連ねる。・・・告げようとしていることに罪悪感が無いわけじゃない。
だが先にランサーがすっぱりと断ってくれたお陰で少し、言葉にし易い。
「気付かれてしまったからには仕方ない。そうだランサー、私は君が、好きだよ」
告白と、振られるのとの順番が逆になってしまったが。
(それでも君が知っていてくれるのなら。こんな想いがあってもいいと、見逃してくれるのなら)
ランサーは紅い瞳の奥に複雑な感情を一瞬見せたが、やはり静かに首肯すると「わるいな」と言った。想いを告げて、認識され、応えを返された。それだけでも十分だ。肌を粟立たせるものが、悲しみか喜びかなど問わなかった。
弓兵の胸に最初浮かんだのは、すまない、という謝罪と感謝の言葉だった。彼には気まずい思いをさせてしまった。しかし凛と立つ目の前の美しい男の姿に、それは相応しくないと考えを改める。だからアーチャーはそれまで誰にも、一度も見せたことのないような脆い表情をそっと隠し。
小さくちいさく「ありがとう」と、ランサーに礼を告げた。
(後略!)
かっこいい兄貴と弓兵はどこ行った。
そんなこんなで「好きでいてもいい」というだけで幸せな弓兵と、そんな彼を振っておきながら「お前それでいいのかよ」と気になりだしちゃう槍兵の、失恋からスタートしてしまう逆転片思い(本編)が読みたい。