暗雲
1.ポポロンの森-人間の里
おコアラ様〜!
生放送が終わるなり俺はおコアラ様のお見舞いに馳せ参じた。
おコアラ様がびくっとしてつぶらな瞳をくりっと見開く。
「……ペタタマくん。いや、今はメタタマくんか。何故ここが」
ペタタマでいいですよ。
俺はベッドの上で上体を起こしたおコアラ様をそっと寝かせてベッド脇の椅子に腰掛ける。
検証チームは特定の拠点を持たない。一般プレイヤーには言えない機密情報を取り扱っており、ヤサがバレたらゴミどもに捕獲されて拷問されるからだ。
とはいえ、検証チームも人間だ。一度でも俺と関わりを持ってしまったなら切り崩すのは容易だった。俺はネフィリアに内部工作員として育てられたキャラクターであり、目を併用した観察眼の冴えは人後に落ちない。
どうもゴミどもはリアルを基準に物事を考える癖が付いているようで、発想も偏りがちだ。俺は目を使ってる時に見たものを忘れない。リアルタイムでストックした記憶を参照できる。つまり数万パターンものゴミどもの反応を照らし合わせてやれば、目の前のゴミがどういうタイプのゴミで何を考えているのか大体のことは分かる。俺というキャラクターは、そういうことができるよう計算されてビルドを組まれている。先生の言葉を借りればネフィリアの呪縛ということになるだろう。やはり俺は悪くなかった。
まぁ今はそんなことよりおコアラ様だ。お犬様にはジョンが付いていたから大丈夫だろう。俺はおコアラ様が心配だった。
お怪我は大丈夫なんですか?
おコアラ様はベッドでごろごろしながら資料を読み漁っていたようだ。俺の目を気にしてか、ベッドの上に広がっている資料を集めて枕元に積む。その中から冊子状に束ねた資料を一つ引っ張り出してぺらりとめくった。
「私は非戦闘型ではないからね。ヤマダさんにしてもメンバーの中では腕が立つほうだ」
そう言っておコアラ様はちらりと俺を見た。
「ペタタマくん。君はどう見る?」
自作自演ですね。
俺はキッパリと断言した。
サトゥ氏の仕業でしょう。アイツはマールマールのスキルを欲しがってた。国外サーバーの侵攻を演出して世論を誘導しようとしている。
するとおコアラ様は喉を小さく鳴らして笑った。
「ペタタマくん。君は賢いプレイヤーだ。だが、それもこの先は通用しないかもしれないな」
……では?
「確かに理屈の上では君の言うことは正しい。私とヤマダさんを襲撃した者は明らかに証拠を残すべく動いていた。他に考えられるのは……警告ということになるだろう。しかし、それは個人の範疇での話だ。例えば……サトゥくんに罪を着せようとしたと考えることもできる。ペタタマくん。君がそう考えたようにね。結局のところは堂々巡りだ。裏の裏。裏の裏の裏。考えていけばキリがない。ある一定以上の規模に達した集団の行動を完全に予測することは不可能なのさ。少なくとも我々人間にはね。そして、そうした制御不能という厄介極まりない属性を持つ規模の集団を……国家と言うのだ」
おコアラ様はどこか楽しそうだった。うきうきした様子で指を一本立てて、
「別の視点から考えてみる。報酬が新スキルの獲得という破格のイベントが国内サーバー限定で実施されるのは不自然だ。詳細は違えど海外サーバーでも同等の報酬を得られるイベントがあったのだろう。何も難しい話じゃない。このゲームの運営ディレクターが公平性を重んじることは周知の事実だ。念を押すように何度も口にしてきた。つまり、おそらくは世界中の全てのサーバーで一斉にスキル投票が実施されることになる」
俺たちは、ポポロンに勝ちました……。
「そう。私たちは勝った。しかし苦戦したね。ならば負けた国もある。日本のゲーム市場の規模は世界三位と言われている。今回のイベントでポポロンを制したサーバーは少数派なのかもしれない。だとしたら、どうなる? 成果を得たサーバーと得られなかったサーバーでハッキリと明暗が分かれることになる。混乱は避けられまい。最悪……戦争になるだろうな」
そんな……。
俺は絶句した。お犬様とおコアラ様を襲った不届き者の正体はαテスターではないかという噂があるのだ。
明確な証拠はないが、ジョンは世界最強のプレイヤーだ。そのジョンと刃を交えて生き残れるプレイヤーはごく限られる。
謎の襲撃者の標的になったのは着ぐるみ部隊でも高い戦闘能力を持つお二人だ。海外勢の事情は知らないが、着ぐるみ部隊は日本サーバー特有の文化なのかもしれない。普通に人間のビジュアルにしたほうが強いからだ。
襲撃を命じたやつは日本サーバーの急所を把握していて、非戦闘型の着ぐるみ部隊では対応できないレベルの脅威であることを示した。
ただ、それらの事柄は俺には関係のないことだった。
戦争がやりたいなら、やりたいやつらで勝手にやっていればいい。
俺が問題視してるのは別のことだった。
それは、お見舞いに持ってきたリンゴにパクつくおコアラ様がヤバいくらい俺の母性を刺激してくること。
俺はおコアラ様の上体をそっと支えて切り分けたリンゴをおコアラ様の鼻先に持っていく。
ひくひくと鼻を動かしたおコアラ様がパクリとリンゴの切れ端を頬張る。
あっ、あっ、あっ……!
筆舌に尽くしがたい多幸感が押し寄せてくる。脳内麻薬がドパドパと出てる。
……どうやら俺は尽くすタイプの男だったようだ。
俺はリンゴにパクつくおコアラ様をじっと見つめてベロリと舌舐めずりした。
こりゃ堪んねえ。
おコアラ様は新たな時代の到来に興奮なさっておいでだ。
「ペタタマくん。戦争だ。戦争が始まるぞ。このゲームのサーバーとは何のためにあるのか。技術的には統合することも可能だったろう。だが、しなかった。あえてそうしたのだ。何故か。簡単だ。プレイヤーが人間である以上は何らかの集団に帰属することになる。その最たるものが国家だ。プレイヤーは所属国に分かれて争うことになる。それは仮想の国家ではない。現実に存在し、今なお争い続ける国家なのだ。これを利用しない手はない。いや、国家どころか……。そうか。これがGunS Guilds Onlineなのか」
資料をぱらぱらとめくるおコアラ様は興奮のあまりどんどん早口になる。そんなおコアラ様に俺も興奮した。
2.山岳都市ニャンダム-露店バザー
おコアラ様とお犬様の安否を確認してひと安心の俺は、改めて新規ユーザーの一人として再出発をしようとしてシルシルりんに担がれて山岳都市に持って来られた。
何よ? 何なん? 何なんよ?
いつになく大胆なシルシルりんに俺は戸惑うばかりだ。
露店バザーで俺を待ち受けていたのはゴミどもの集団だった。知ってるゴミと知らないゴミが大集合して輪を作っている。
シルシルりんは野外に置かれた椅子の上に俺を放り込むや、背筋をぴんと伸ばして可愛らしい声で吠えた。
「も〜! 今度という今度は怒りましたよ〜!」
うわ、何も怖くねえ。迫力なさすぎて、いっそ萌えるわ。
しかしシルシルりんはシルシルりんなりに本気で怒っているらしい。腰に手を当てて上半身を屈めて俺の目を至近距離から覗き込んでくる。
「コタタマりん!」
何かな?
「コタタマりんは生産職ですよね!? 私たちの味方をしてくれますよね!?」
ああ、そういう……。
俺は察した。
先日の復刻版チュートリアルで俺たちは市場に出回っていた武器を掻き集めてポポロンに対抗した。
コラボ期間のため職業がムキダシサモナーで固定されており、クラフト技能が使えなかったのだ。
このゲームの武器はNPCから買ったりMOBがドロップしたりするものではない。
モンスターがドロップする魔石を生産職が加工して作っている。
その魔石を大抵の生産職は金を出して買っているのだ。
そいつをレイド級に勝つためとはいえ、強制的に持って行かれたらおまんまの食い上げだ。
なお、ポポロン撃破の過程で相当量の魔石がドロップしたのだが、市場が干上がることを予想したゴミどもが持ち逃げした。そりゃ持ち逃げするわな。誰だってそうする。俺だってそうする。
そして現在に至る、と。
シルシルりんは両手を突き上げて叫んだ。
「ストライキですっ! 戦って勝ったからって何なんですか! 変なのに変身してロストしちゃうだけじゃないですか〜!」
幾ばくかのゴミがちらっと俺を見た。今回のレイド戦の顛末を知ってる連中だろう。
マズい。俺はポポロンのブラックホールクラスターを食らってロストしている。もしかしたら、シルシルりんはそのことを知らないのかもしれない。バレたら怒られそうだ。ここは隠し通すしかない。
俺はフッと笑ってシルシルりんの華奢な肩にポンと手を置いた。
分かるよ。シルシルりん。微力ながら俺にも協力させてくれ。にょきっと腕から生えてきたウッディを押し込んで続ける。一緒に俺たち生産職が戦闘職どもの道具じゃないってことを知らしめてやろう。
うっ、シルシルりんが「じーっ」とジト目で俺を見ている。
「……私、知ってるんですよ。コタタマりん、またロストしましたよね? もうしないって言ったのに!」
い、いつの話だ? 俺は胸中でうめいた。俺はポポロン戦でもロストしたが、その前にもベムトロンの旦那とドンパチやり合ってロストしているのだ。俺は素早くゴミどもに目配せした。以前にシルシルりんは掲示板はなんか怖いからあまり利用しないと言っていた。またシルシルりんを慕うプレイヤーは多い。俺のロスト情報から意図的に隔離されていてもおかしくはない。どっちだ? どこまでバレてる? 情報を。情報をくれ。
知らないゴミが察した。俺の肩にガッと腕を回してシルシルりんに探りを入れる。
「シルシルさん。ロストしたとは言うが、大量ロスト事件の時、コイツはもうどう足掻いても助からなかった。【ギルド】化の副作用だよ」
まぁな。俺は口裏を合わせた。副作用などというものはなかったが、悪くない設定だ。その路線で行くか……。
俺はぺらぺらと口を回した。
俺だけの話じゃない。あの時……【ギルド】にされたことで、俺たちはいつ身体を乗っ取られても不思議じゃなかった。一か八かの賭けにはなるが、母体を一度リセットするしかなかったんだ。キャラクターデリートという手も考えたが、半端なことはできなかった。ラム子は……【ギルド】の最高指揮官は……エッダ戦で一度はロストした俺たちを強制的に引き戻してるからな。だから俺は【戒律】を利用した。【ギルド】に【戒律】はない。ロストを代償にすることでラム子の支配を逃れることができるんじゃないかと考えた……。俺たちは間違っていた。アイツを……ラム子を救ってやるためには人間のまま向き合ってやるしかないんだ。そうだろう? お前ら!
俺はラム子を引き合いに出して同情を誘った。
ゴミどもはうんうんと頷いた。だろ? それって凄く分かるよ。俺の話に乗ったほうが都合がいいもんな。全裸のチャンネーのためにロストしたなんていう過去は歴史から抹消するべきだった。普段はいがみ合っている俺たちゴミもその一点に関しては手を取り合える筈だ。歴史というものは、ちょっと人には言えない性癖を隠すようにして紡がれていく。大いなる時間という大河の底をさらえば偉大なる先人たちの性癖がごろごろと転がっていることだろう。そうやって生きていくんだ。俺たちは。この広い宇宙で、やっと出会うことができた仲間だからな。それは、とても奇跡的なことで……。
人と人の繋がりってやつは、河原に捨てられたエロ本と少し似ている。
へへっ。無性にゴミどもが近しく思えて、俺は照れ臭くなって鼻をこすった。
シルシルりんも場の雰囲気に呑まれて一応は納得してくれたようだ。
「……そういうことなら仕方ないかもしれませんけどぉ……。私は……」
いや納得してない。すかさず俺はシルシルりんの手をガッと握った。シルシルりんの瞳を見つめて言う。
また会えて良かった。俺はロストしたけど……シルシルりんのことは忘れなかったよ。なんでかな? 自分でもよく理由が分からないんだ。忘れちゃいけないって、ずっとそればかり思っていた。
まぁウッディのお陰なのだが。もちろん口には出さない。女は運命って言葉に弱いからな……。
シルシルりんは「あっ……」とか細く声を上げて、恥ずかしそうに手を引っ込めた。もじもじとして許しの言葉を俺に掛けてくれる。
「も、もうロストしちゃダメですよ?」
もちろんさ。
俺は爽やかに笑って誓いの言葉を口にした。振り返ってゴミどもを見つめる。
俺は……俺たちは人間だから。人間にしかできないことは何なのか探っていくんだ。【ギルド】の力に頼ることはない。そうだろ? お前ら!
俺の頭の上にひょっこりとウッディが這い上がった。
ゴミどもはスルーしてくれた。
歓声を上げるゴミどもを脇目に、俺はゴミどもの輪から離れた。見覚えのあるゴミの肩にガッと腕を回して、小声でぼそりと呟く。
「【ギルド】の力を持ってるヤツらを集めろ」
冒険者ギルドのゴミがちらりとウッディを見て、恭しくこうべを垂れた。
「仰せのままに。カーディナル」
ほう。どうやらコイツら出来損ないの【ギルド】にとってウッディは上司に当たるらしいな。
そいつはいい。つくづく俺ってやつは天に愛されてる。だが、それ以上に……。
シルシルりんが勝利を願っている。ならば俺はシルシルりんに勝利を捧げよう。いかなる手段を用いようともな。何しろ非力な生産職なんでね。使えるものは使うのさ。
俺は歯列をギラつかせた。
さあ、戦争を始めよう。
これは、とあるVRMMOの物語。
人間たちは魔王に勝利を収めた。しかし魔族は生きていた……。ロストすら乗り越えて、人間たちの前に立ち塞がる。魔の脅威はすぐそこまで迫っていた……。
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