ペタタマ殺害事件
1.ちびナイ劇場
するすると降りてきた垂れ幕にタコ野郎の無双動画が放映されている。
おや、今回はプッチョムッチョも一緒か。タコ三兄弟のパーティーがアルバイトのゴブリンをばったばったとナギ倒している。
……何なんだコレは。以前から不思議に思っていたのだが、この運営ディレクターの無双動画を俺たちはどんな視点から眺めればいいんだ? ゴブリンに同情すればいいのか? 何しろ曜日ダンジョンに出没する彼らはバイトで雇われた子たちであり、種族人間とまったく同じステータスを持っている……。近頃では三次職のゴブリンも現れると聞く。こうして改めて見ると、あまりのザコさに驚きを禁じ得ない。なんと非力でノロマかつ脆い生き物なのか。パワー、スピード、タフネス……戦闘で重要な割合を占めるそれら全てにおいてまったくお話にならないレベルだ。見ていて悲しくなってくる。
一方、ちびナイとちびマレは大はしゃぎだ。
【見てっ。運営ディレクターのョ%レ氏が荒ぶってる! ついこの間までギルドの最高指揮官と無駄に張り合って干物みたいになってたのに!】
【お姉ちゃん無駄じゃないよ! 最高指揮官は退却してったでしょ! お姉ちゃんは一発でのされた癖に生意気だよっ! あっ、ギルドっていうのは正体不明の敵勢力のことね!】
マレは新規ユーザーへのアピールに余念がない。
ちびナイが深々と溜息を吐いた。
【結局はオトコの肩を持つのね。姉妹って。はぁ……】
【そ、そんなことないよぉ〜!】
ちびマレは健気だ。NAiがプレイヤーから徴収した命の火を使って受肉しようとするたびにそれを止めようとしてやっつけられたりと散々な目に遭ってるのに特に気にした様子もない。運営組の中では明らかに格下なので、噛ませは自分の役割だと割り切っているのかもしれない。姉妹揃って噛ませ犬である。
まぁ中ボスの型落ちは宿命だ。ゲームの中盤に出てくるやたらと偉そうなのが終盤のフィールドをうろついてるそこら辺のザコよりも弱いのは仕方ない。
混乱耐性を持ってない雑魚MOB相手にはワンチャンありそうなマレは気を取り直してョ%レ氏の無双動画を解説していく。
【お姉ちゃん見て! いつもの微妙に言葉を濁した職業案内じゃないよ! シナリオの進行に合わせてリニューアルしてる!】
ちびナイがぱちんと指を鳴らした。
【さっすがョ%レ氏ね! 調べれば分かるようなことをこんなに堂々と発表するなんて!】
それな。
とはいえ、分からんでもない。
このゲームの画像やら動画はプレイヤー側で加工ができないのだ。
実況動画みたいにプレイしている本人を重ね撮りすることもできない。まんま垂れ流しするしかない。すると、どうしてもプレイヤー視点になってしまうので見づらい。プレイヤー本人は五感を駆使して情報を拾っているのだが視聴者はそうではないので、前触れなく急にグリッと視線が動いているように感じるし、そもそも人間の視野角にモニターが対応してない。端が切れる。
その点、こうして運営が時々提供してくれる動画は悪くない。広告には持って来いだ。特にョ%レ氏の無双動画は長らく更新されておらず内容がふわっとしていた。【スライドリード】の段階解放が発見されるまで、近接職は他と何が違うのかよく分からないジョブだったからな。その当時は村人とかクラフトできない生産職とか色々と言われていたのだ。古株の近接職に「出身は?」と聞くと機嫌が悪くなって面白いぞ。役立たずの戦士を煽るために考えられた傑作NGワードの一つだ。他にも「武器なんて持ってどうした?」とか色々な派生がある。なお同じ物理職の狩人にそういう面白エピソードはない。あの連中は揃いも揃って狩人に転職すると弓矢の精度が上がるだのとホラを吹いていたのだ。しいて言うなら神殺しだろうか。着ぐるみ部隊の皆様をMOBと間違って狩るのは大抵が狩人だ。そして主に俺の手で哀れな末路を辿ることになる。
ョ%レ氏がタコ足を剣やら槍やら斧やらに巻き付け、残像の尾を引いてゴブの首を景気良く刎ねていく。運営ディレクター直々の職業案内とは恐れ入るぜ。テロップが流れて戦士の特徴が列挙されていく。説明文はこんな感じだ。
戦士
ありとあらゆる武器を駆使して戦う戦闘のエキスパート。アクティブスキルによる加速と減速が可能で、攻守のバランスに優れる。
また全ての一次職は装備制限や行動制限の【戒律】を持たないという大きな特徴を備えている。
ちび姉妹がコメントを入れる。
【肉壁ね。戦士が十人くらい束になっても魔法使い一人の火力に負けるし】
【お姉ちゃん! そんな単純な話じゃないでしょっ。戦士はスキルを使って仲間を持ち運んだりもできるんだよ。戦うだけじゃなくて、魔法使いをサポートしたりもできるってコトね! 大切なのは工夫することなんだから!】
要は人間爆弾だ。
ョ%レ氏が武器を弓矢に持ち替える。ゴブリンシャーマンを担いだ肉壁ゴブリンが突進してくる。すかさずョ%レ氏はこれを矢で射る。しかし肉壁ゴブリンは怯まない。ハリネズミにされてなおも前に出る。大きく飛び退いたタコ野郎がギリギリと矢を引き絞る。
【スライドリード(射撃)】だ。残像の尾を引いた矢が急加速して肉壁ゴブリンとゴブリンシャーマンをまとめて貫通した。
テロップが流れる。
狩人
弓矢による後方支援を得意とする。近接職のようなスピードはないが、アクティブスキルを射撃に適用することが可能。射程が広く、地形を活用すれば有利に戦闘を進めることができる反面、味方に攻撃を当ててしまう危険性が高く、適切な状況判断を求められる。扱いが難しい上級者向けの職業。
【レイド戦で足を引っ張る味方を撃ち殺す大切なお仕事があるよ!】
【お姉ちゃん! 何か嫌なことでもあったの? そんなの一部のプレイヤーが勝手に言ってるだけだよ!】
いいや事実だ。戦士だって弓矢を使えないことはないんだぜ? 狩人にしかできないことを突き詰めていったら邪魔なゴミの排除に行き着く。そんな簡単なことをョ%レ氏が想定していなかったとは考えにくい。狩人は種族人間を狩るジョブだ。
ョ%レ氏が武器を捨てた。タコ足を大きく広げて粘土をこねていく。散らばった武器を拾い上げたプッチョムッチョが、殺到するゴブに立ち向かっていく。その間にョ%レ氏は調理に入る。速い。なんて包丁さばきだ。一流の%は伊達じゃない。下ごしらえの工程を調合のクラフト技能でスキップして瞬く間にひと皿ふた皿と仕上げていく。カメラアングルがョ%レ氏を中心にぐるぐると回る。奮闘するプッチョムッチョはフレームアウトし、カメラを独り占めしたョ%レ氏がドアップで自作したメシをぱくりと口にした。タコ足の先端に引っ掛かっている指輪がキラリと輝く。
鍛治師 細工師 薬剤師
一次生産職。細分化されたクラフト技能を限定的に使用できる。
鍛治師は武器と防具の作成と修理。
細工師は装飾品の作成と【戒律】の刻印。
薬剤師は合成と調合を担当する。
生産職とはいえ、基礎ステータスは職業に左右されないため、戦闘に参加することは十分に可能。 クラフト技能を駆使すれば変則的なアタッカーにもなり得る。
【ステータス一緒にしとかないと単なる貯金箱になっちゃうからね。でも思ったよりは戦闘職と仲良くしてるなぁ】
【お姉ちゃん言葉が悪いよ。クラフト技能はスキルの汎用性が高すぎて三分割したんだよね? 組み合わせると色々なことができちゃうので参考にしてくださいね!】
ゴブにボコられたプッチョムッチョが傷付き倒れていく。二人を打ち倒したゴブどもがョ%レ氏を取り囲み、じりじりと包囲の輪を狭めていく。
ョ%レ氏がタコ足を高々と掲げた。命の火が燃える。【心身燃焼】だ。ョ%レ氏に襲い掛かろうとしていたゴブどもの前に、復活したプッチョムッチョが立ちふさがる。
僧侶
回復魔法と補助魔法を使うことができるパーティー戦闘の要。
魔法はレイド級の固有スキルを写し取ったものであり、絶大な効果を持つものが多い。
そのため、慎重な運用を求められる。特に回復魔法は最も扱いが難しいスキルの一つだ。
【補助魔法はエッダの八ツ墓ね。回復効果を制限したりスキル強化したりできるの。でも良いことばかりじゃない。何かを強化すればどこかが弱体化するのが八ツ墓の特徴だよ!】
【一時的にブーストした長所で勝負するのが大事なんだねお姉ちゃん!】
【まぁ無理なんだけどね。どうせ味方の足を引っ張ることしかしないし】
【お姉ちゃん!?】
多勢に無勢。ゴブどもの猛攻が始まる。待遇に不満があるのかもしれない。プッチョムッチョは追い詰められていく。それでもョ%レ氏だけは守り切ってみせると顔を上げた二人がギョッとした。
ョ%レ氏がタコ足に引っ掛けている指輪が禍々しい光を放っている。
カッと雷光が走る。【重撃連打】だ。降り注ぐ電撃がゴブと地を砕き割る。美味しそうにこんがり焼けた二人の実弟にョ%レ氏は一瞥すら寄越さない。
ただ孤高に佇む。勝者は一人……。
ョ%レ氏のカメラ目線。瞳の奥で炎がチラつくように、薄っすらと赤く染まる……。
魔法使い
強力な攻撃魔法を使うことができる。その圧倒的な火力は他の追随を許さない。
それゆえに消耗も激しく単独行動には不向きだが、仲間たちの理解と協力を得られたなら誰よりも頼られる存在になるだろう。
【人間爆弾……】
【人間爆弾ですね……】
ちび姉妹の意見が一致した。
……レ氏。俺は胸中で呟いた。
この茶番は何なんだ?
何の意味がある?
もしかしてあんたは……本気で身動きが取れないのか? ラム子との競り合いの後遺症で?
だが、もしもそうなら……俺なら何もしない。余計な情報を与えるのは悪手だ。
しかし、あのタコ野郎のことだからな。何かある。
……挑発、か?
レ氏。あんたは……。一体、誰と戦ってるんだ?
2.マールマール鉱山-山荘
ここは……?
俺は薄っすらと目を開けた。
……?
前後の記憶があいまいだ。
頭に何か強い衝撃を受けて、それから……。
ばたばたと雨が屋根を叩く音がした。
胸が熱い。妙に視点が高い。
俺は……。
バタンとドアが開く。
リチェットだ。よう、調子はどうだい? 俺はいつものように軽口を叩こうとしたが、口が動かなかった。
リチェットが目を見開き、悲鳴を上げた。
「こ、コタタマ!?」
慌てて駆け寄ってきたリチェットが唖然として俺を見る。
「し、死んでる……!」
俺は、壁に磔にされて死んでいた。
それは、惨劇の第二章の幕開けだった……。
これは、とあるVRMMOの物語。
割とよくある連続殺人事件。
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