次世代へと受け継がれるもの
戦闘職の中でガンナーは不人気職ということになる。
以前は魔法使いがそうだったのだが、魔法使いゲーという現実に加え、幾つかの魔法を解放したことで魔法職の比率が増したらしい。
同じ魔法職のヒーラーは相変わらずマゾ御用達の職性能だが、エッダの【八ツ墓】が解放されたことで一時的に水増しされているというのが検証チームの見立てだ。
近接職に関しては不動の人気職である。これはどのネトゲーにも言えることだが、基本的に前衛は食いっぱぐれることがない。ソシャゲーなんかだとDD…….ダメージディーラーの魔法使いのみでパーティーを組んでMOBを瞬殺する組み合わせもアリだが、それは不意打ちされることがないという前提に基づいている。
このゲームの場合は狩りをしていると他のパーティーが襲い掛かってきたりするので、とっさに身体を張れる前衛が不要ということはあり得ない。何なら全員前衛でパーティーを組んでもいいくらいだ。まぁ保険に一人くらいは魔法職が欲しいが……。
ともあれ、ガンナー不人気の理由は複合的な要素によるものだ。必須という訳ではない、フレンドリーファイアの危険性、仕事着が私服、などなどである。
使えるガンナーは貴重だ。彼らにはどうしたってゴチャるレイド戦で目障りなゴミを迅速に始末するという重要な仕事がある。それは他職にはないガンナーの強みとも言えるだろう。
セブンの補佐が必要だ。以前に俺がガンナー部隊の指揮を代わってやったことがあるが、ああした場面で「いや俺が」と言えるようなヤツが居れば何かと違ってくる。
そいつは腕利きの廃人であることが望ましい。精神的にタフで他人に死ねと言ってやれるヤツだ。
ハチがその候補なのだ。
俺とサトゥ氏は持てるものを全てハチに注ぎ込んで行く。俺はともかくサトゥ氏はスパルタだ。ハチは何度も脱走を繰り返し、そのたびに連れ戻された。俺とサトゥ氏がタッグを組んで新たな魔族を生み出そうとしているというので、面白がったクソのような廃人たちも協力してくれた。誰が魔族だ。余計な五感強化などされては台無しなので拷問一つにも気を遣う。俺とサトゥ氏が教育方針の違いでぶつかることもあった。サトゥ氏は完全な戦闘マシーンに感情は必要ないと言うが、俺はそう思わない。貴重な指揮官候補だ。三等兵とは訳が違う。強烈な悪意を植え付けてやらねば。
俺は椅子に縛り付けられているハチの耳元で優しく囁いてやった。
怒りだ。憎しみだ。安心しろ……。俺とサトゥ氏がお前に手心を加えることは決してない。お前が俺たちのことをどう思おうとも何も変わらない。ならば憎め。……良かったな? リアルじゃこんなことは教えてくれないぜ? 尊敬や……良識、社会的なマナーとやらを強要される。それでいて負けん気は評価されたりな……。くくくっ……そりゃおかしいだろう。結局は上が無能なのさ。俺やサトゥ氏ですらそうだ。お前と俺らで一体何が違う? 簡単だ。たまたま先にこのゲームを始めた。それだけさ。だが、それが全てだ。お前の味方をしてくれるヤツは誰も居なかったろ? こんなひどい目に遭ってるのになァ。じゃあどうしたらいい? 考えろ。工夫しろ。俺とサトゥ氏を出し抜いてみせろ。お前が俺たちの予想を超えた時……お前は初めて一人前になれる。俺もそうやって生きてきた。何も難しいことじゃない。良心を捨てろ。お前の中にこびり付いてるソレはお前を救っちゃくれない。余計なものは捨てて、捨てて、捨てて……。最後に残ったものだけが本物だ。ニセモノは余裕がある時に拾ってやればいい。それだけのことなんだ。簡単だろ……?
猿ぐつわを噛まされたハチが「うーっうーっ」と呻いてガタガタと椅子を揺らす。
その姿が滑稽で、俺は笑いを堪えることができなかった。
くくくくっ、ふははははははははははっ!
月明かりの下、俺の哄笑が闇夜を埋めていく……。
1.マールマール鉱山-山中
「パーイセンっ。次は何する〜?」
サトゥ氏と一緒に頭を抱えていると、ハチが俺のあごに手を添えてくいっと持ち上げてくる。
おかしい。何故こうなった?
ハチはギャルみたいになってしまった。
女キャラになったのは、まぁいい。このゲームは男女でステータスに差がないので、ハッキリ言って男キャラに存在価値がない。俺はそう思っている。いや……。俺は、頭を抱えてうんうんと唸っているサトゥ氏を見て考えを改めた。コイツが男キャラなのはゴミどもの指揮を執ることを想定してのことだろう。女キャラは舐められる。究極的な話、男は男にしか従わない。それは本能に根ざしたものなので、理屈で押さえつけるのは余計な手間なのだ。リチェット辺りが曲がりなりにも頭を張れるのは、サトゥ氏やセブンの存在が大きい。女キャラのワントップは無理だ。
ハチがセブンの補佐を目指すなら、理想的なのはセブンに取って代わるくらいの気概を持つこと。その筈だ。同じところを目指さないと同じステージには立てない。セブンの下に甘んじているようではダメだ。
俺はぐりっと目を動かしてハチを見た。
ハ〜ッチ。こんなこたぁ言いたかねえが、お前は男キャラでイけ。お前は逸材だ。お前ならセブンに並び追い越せる。男キャラでイけっ。
ハチは盛りに盛った長いまつ毛をぱちぱちと瞬かせた。
「え〜? ヤダっ。男って可愛くねーし。あ、パイセンらは別ね。パイセンらは可愛いけどぉ。何つーか真似できるモンじゃねーんだよな。俺ぇ、そういう人を見る目? センスあるんで〜」
そう言ってハチは手鏡を開くと、前髪をいじり始めた。
ハチの背後にはクソのような廃人どもが寝転がっている。ハチがやったのだ。動けるガンナーは地形を利用すれば近接職を一方的に制圧できる。
サトゥ氏がガタッと席を蹴った。
「いやっ、これでいい! これで良かったんだ! ハチは強くなった。俺たちは間違ってない」
ええ? コレがお前の理想とする冷徹な戦闘マシーンなの?
サトゥ氏は頬を引きつらせてわななく指先を俺に向ける。あんだよ。
「お、お、お、お前が余計なことをした所為だろが! つーか薄々は勘付いてたけどっ。俺とお前の教育方針は水と油だ! 両立なんて最初から無理だったんだよ!」
あー? それについては話し合ったろーが。お前も同意した。三等兵じゃねーんだ。指揮官にはある程度の自由意思は必要だろ。俺ら人間様はコンピューターじゃねえからな。戦況を完全に把握して唯一無二の正解を導き出すなんてのは絵空事さ。判断には偏りがあって然るべきなんだ。むしろその偏りが速度を生む。感情ってのは元々そのためのモンだろうがよ〜。
「それはそうなんだけどさ〜……! 何つーか……!」
サトゥ氏は言葉にならないもやもやとしたものを形にしようと忙しなく手を握ったり開いたりしている。手鏡を片手に自分を磨くことに余念がないハチをちらっと見て、ダンと机を叩いた。
「女子か! コレは絶対にお前の影響だろ!」
ん〜。否定しきれない。サトゥ氏はそっち方面に無頓着だからな。
ただ誤解しないで欲しいのは、俺は俺なりにハチの育成に心血を注いだのだ。
このゲームはVRMMOだ。従来のMMOとは違う。具体的に何が違うか。グラフィックとマス目の細かさだ。戦略シュミレーションをやったことがあるやつなら分かるだろう。ターン制ストラテジーはマス目とターンでユニットを管理する。だが、それは実のところワールドオープン型のMMORPGも根っこは一緒なのだ。ぱっと見でそうと分からないようになっているだけで。トルネコの大冒険なんかを思い浮かべると分かりやすい。あれはMMOのターン進行を非自動化したゲームだ。
グラフィックの高画質化とターン制ストラテジーの緻密化。それがVRMMOというジャンルの本質だ。
それは、つまりリアルに極限まで迫ることを意味する。
だから従来のネトゲーでは半ば無視されてきた「見た目」という武器が有効に働く。
システムとしてそうなってるんだから、このゲームのプレイヤーはそこの部分を軽んじるべきではないのだ。
大半のゴミどもは認識が甘い。ビジュアルというリアルではどうにもならないものに劣等感を持っている。
その心理は利用できる。美人局をやらせようってんじゃない。もっと根深いものだ。これは奥義と言ってもいい概念だ。あやふやで、完全に手にすることができたならこの世の全てを支配できるだろう。この俺ですらまったくと言っていいほど掴みきれていない。ただ、その存在は何となく分かるくらいのトコまで来た。
つまり……リアルとはまた異なる、ネトゲーならではの可愛さという概念だ。
どうもネカマというのは限りなくその概念に近い。
これまで俺はホモだホモだとバカにしてきたが、事ここに至っては認めざるを得ないだろう。ネカマにはネカマ特有の可愛らしさがある。それはリアル男ゆえの安心感だったりと様々だ。
そこから目を逸らしては先には進めない。システムとしてそうなってるのだから。
よってハチには全て伝授してある。この俺をして不完全であり未踏の領域であることも包み隠さず、だ。
ハチならば俺を越えていけるだろう。コイツは天才だ。宰相ちゃん以来の逸材ということになる。
しかしサトゥ氏の苦悩は尽きないようだった。
「マズいぞ、これ……。こんなにしちゃって。と、通るか?」
そう悲観するなよ。確かにチョットきゃるきゃるしちゃったけど、ハチは強くなった。そんじょそこらのゴミじゃコイツには勝てねえ。俺たちは成し遂げたんだ。
「そ、そう? そう、かな? そう……。そうだよな!」
サトゥ氏は元気になった。
そうそう。俺はうんうんと頷く。手鏡を閉じたハチもうんうんと頷く。
「パイセンらには感謝してますヨ〜。俺ぇ、なんかゴチャゴチャ言われて途中でよく分かんなくなったっていうか。頭ン中で色々とこんがらがっちゃって。でもぉ、コレだ!って言えるモン見つけたっス」
ハチ……。
俺とサトゥ氏は感動した。
自慢の教え子が大きく羽ばたこうとしている。ならばもう俺たちがどうこう言ったところで始まらないだろう。
照れ臭そうに鼻をこすったサトゥ氏がハチの華奢な肩にガッと腕を回して言う。
「さあ、山を降りよう」
もう教えることは何もない。あとはひたすらレベルを上げるだけだ。
俺とサトゥ氏は立派に成長したハチを連れて下山した。
2.スピンドック平原
「あっ。リチェットさ〜ん!」
スピンドック平原で俺たちの帰りを待ってくれていたリチェットにハチがぶんぶんと手を振ってきゃるるんと駆け寄っていく。
リチェットは首を傾げた。
「ん? ああ、久しぶりだなっ」
トップクランの幹部などやっていれば知り合いも多い。リチェットは適当に合わせた。そして肩を並べて歩く俺とサトゥ氏に声を掛けてくれる。
「サトゥ! コタタマ! 帰ったか! どうだ、新入りは。なかなか悪くないだろう? 少し生意気なところはあるが期待の新人だ。ゆくゆくはメガロッパと組ませる。きっといいコンビになる!」
その期待の新人とやらはきゃるるんとリチェットの腕にしがみついてハシャいでいる。
腕組みなどして木の幹に背中を預けているセブンが「ふん」とつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「途中経過は入ってきてる。小隊規模の攻略組を単独で、か。悪くねえ。基礎は出来たらしいな。俺が仕上げてやるよ」
その仕上げる対象がきゃるるんとセブンに駆け寄っていく。
「セブンさ〜ん! 会いたかったですよぅ! きゃはっ」
「あ? 誰だテメー。知らねー、ぞ……」
セブンが察した。ギョッとして俺とサトゥ氏を見る。信じられないといった面持ちだ。
俺とサトゥ氏は微笑を交わして、どちらからともなく肩を竦めた。
スピンドック平原に爽やかな風が吹く。
ハチの前途を祝福するように柔らかな陽光が降り注いでいる。
リチェットさんは無邪気に喜んでいた。
「小隊を単独でか!? 凄いじゃないか! 正直オマエらに預けるのは心配だったけど、さすがだ! いや、疑って悪かった! さのすけは昔から、その、少し無茶を言うところがあったから……」
そう言ってリチェットさんはもじもじとし始めた。余計な気遣いだったと恥じているのだろう。
だが余計な気遣いなどではなかった。
「それで、ええっと……ハチは?」
俺はダッと地を蹴って逃げ出した。
ハッ。赤カブトさん。赤カブトさんが満面の笑顔でこちらに駆け寄ってくる。
「ペタさ〜ん!」
ギクリとして立ち止まった俺の脇をサトゥ氏が猛スピードで駆け抜けていく。野郎っ、自分一人だけ逃げようってのか!?
させるかっ。死なば諸共よぉ!
俺は目に力を込めた。全力でサトゥ氏の足止めに回る。出し惜しみはナシだ。
幻術・突ク読ッ!
セクハラ空間に囚われたサトゥ氏は抵抗しなかった。手足に巻き付く触手をじっと観察している。
「……なるほど。これがお前の霊力か。NAiの固有スキル【奇跡】の一端……」
……随分と余裕だナ?
探りを入れる俺にサトゥ氏は苦笑し、
「余裕なんてないさ。ただ……」
ただ?
「ただ、こいつは相手の体感時間を引き延ばすワザなんだろ? 悠長なコトをやってるなと思っただけさ」
なに?
いや、サトゥ氏の言う通りだった。
サトゥ氏の頭の横に不細工な人形が浮かび上がる。
スキルチェインのアビリティ……!
俺が失策を悟った頃には手遅れだった。
気付けば立場が逆転していた。
俺は触手で拘束されていて、自由になったサトゥ氏がゆっくりと歩み寄ってくる。
ば、バカな……。ここは俺の作り出した異空間だぞ! あり得ない! ここは俺だけの……!
「お前の目がスキルだというなら、俺はそいつをコピーできる。コタタマ氏。コピーの条件には察しが付いてるんだろ? 俺も喋りすぎた。だが、それを差し引いてもお前は不用意に死にすぎたな……」
い、いつだ? いつ……マーカーを付けた?
「……何の話だ?」
お前のアビリティはただ他のプレイヤーが死ねばいいってモンじゃないっ。そんなゆるい条件があるかよっ。リスクがある筈だッ。対象にマーカーを付けて、そいつが死なないと次に行けないんだろ!?
サトゥ氏は肩を竦めた。
「コレだよ。怖い怖い……」
そして頭の横に浮かんでる念獣みたいなのを指差す。
「気付かなかったろ? コイツがマーカーだ。実際、コイツは今俺には見えてない。そういうタイプのアビリティは多いんだ。だから……憑かれた本人には見えない」
くそっ!
ジタバタする俺にサトゥ氏は冷徹な眼差しを向けるばかりだ。その目を一度閉ざしてから、ゆっくりと開いた。
「コタタマ氏……。お前の如何なる術もこの眼の前では……」
びきびきと毛細血管が浮き上がった目が俺を見据える。つ、とサトゥ氏の目元から血の筋が垂れた。
「分かってるハズだろ……」
サトゥ氏の意思が俺のセクハラ空間を侵食していく。
くそっ、サスケの身体を乗っ取ろうとした大蛇丸みたいになってる!
でも抗えない! 悔しいっ!
アッー!
俺はサトゥ氏にセクハラされた。
ぐっ、うぅ……!
現実空間に復帰した俺は苦しげに呻いて片膝を屈した。
こうまで不快なモンだとはな……。いや、分かっていたことではあるが。
項垂れた俺を、しゃがみ込んだ赤カブトさんがじーっと見つめている。な、何だよ?
「……サトゥさんと二人きりで何してたの?」
ふ、二人きりじゃねーよ。ハチが。俺たちにはハチが居たから。それで……。
「ふぅん。私には言えないコトしてたんだ」
目が。赤カブトさんの目が怖い。
このままではお持ち帰りされてしまう。
俺は命乞いした。
ま、待ってくれ。そうじゃねえんだよ。俺はお前に心配を掛けまいとだな……。そ、そうだ。お前、どういうふうに俺を殺したいとかあるか?
俺はあえてリクエストを聞く姿勢を示した。ひとまずこの場をしのぐ。それだけでいい。この場をしのげればどうにでもなる。死んで堪るか。生きるんだ。
「えっ」
赤カブトは目を丸くしてもじもじとする。
「わ、私はそういう変なのないからっ。あ、変なのってポチョさんが変って訳じゃなくて! だからっ、ええと……」
サトゥ氏もリチェットに捕まったようだ。
ハチをネカマ化した罪で裁かれるご様子。
くくくっ、いい気味だ。精々足掻け。俺は生きるぜ。赤カブトのリクエストを聞いたふりをして逃げる。完璧なプランだ。
頬を赤らめた赤カブトがちらっと俺を上目遣いで見てくる。
「ふ、普通でいいよ。普通に……部屋で。ね?」
俺はお持ち帰りされた。
これは、とあるVRMMOの物語。
増えるネカマ。
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