八番目の男
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー
サトゥ氏と密会している。
会うなと言われれば会いたくなるのが人情だ。赤カブトさんにバレたらひどいことをされるというスリルが堪らない。
無論、変装はしている。俺はバンシーモードのポニテバージョン。サトゥ氏はお決まりのモグラ仮面だ。
俺としてはこのモグラ仮面と一緒に遊べる時間を大切にしたい。そこでさっそくゴミ掃除に連れて行くことにした。ターゲットは以前に俺を襲った刺客の一味で、身元は割れていたが殴り込むにはちょいと面倒臭い、そこそこやれるゴミどもだ。
そこそこやれるゴミがモグラ仮面に蹴り飛ばされて、ふすまを突き破った。一撃で白目を剥いたゴミに他のゴミどもが騒然となる。
「ンだぁ!? このフザケたお面野郎っ…強ぇぞッ!」
「囲めッ! 一斉に掛かるぞ!」
「そ、そいつはサトゥだ! 屋内戦はマズい! 二人や三人じゃっ……!」
魔法使いが一人居るな。ボスって感じじゃない。参謀か。ネカマだ。
サトゥ氏は確かに強いが、それは実戦経験の豊富さから来るものだ。別に量産型のザコより三倍速く動けるとかじゃない。もっと言えば量産型のザコが勝手にパワーダウンしてるだけだ。適当にパーティーを組んで戦ってるだけじゃダメなのさ。
裏を返せば冷静なやつが一人でも居ると数で押し切られる危険がある。
俺は素早く状況判断してネカマ野郎を潰しに掛かる。
脚照ッ!
「ひぇっ!?」
素っ頓狂な声を上げたネカマ野郎が脚を這い上がる触手(イメージ画像)におののいてしゃがみ込んだ。
ネカマ野郎が悲鳴を上げた瞬間にサトゥ氏が跳躍して包囲を脱した。行き掛けの駄賃にゴミの首を一つ刎ねている。ゴミどもがギョッとした。サトゥ氏は止まらない。嬌声を上げた。
「アアッー!」
残像の尾を引いてサトゥ氏が室内を横断する。壁を蹴って跳んだサトゥ氏にゴミどもが遅れて嬌声を上げるが、もはや趨勢は決していた。厄介な問題を複数一気に投入されたことでゴミどもは思考停止に陥っている。狭まった視野をサトゥ氏の残像が埋め、完全に標的を見失っている。地を這うように接敵したサトゥ氏がゴミどもの足を断ち切った。弧を描くように白刃が走る。訳もなくゴミどもの首を刎ねたサトゥ氏が、唯一の生存者であるネカマ野郎にひたひたと歩み寄っていく。
ネカマ野郎は命乞いした。
「ま、待て! あんたサトゥだろ!? 崖っぷちなんかと組んで何してる! サトゥ……いやサトゥさん! あんたはそいつに利用されてるだけだっ! 目を覚ませ!」
「立て。戦え」
サトゥ氏の答えは短く無情。
このゲームの獲得経験値はレベルで一定ということはない。意表を突かれる、士気が高いなどの自分にとってネガティブな要素が多く、かつそれらの劣勢を覆すこと。それが経験値にボーナスが掛かる条件らしい。
事がここに至り、もはやサトゥ氏にとって善悪の問題ではないのだ。より多くの経験値を獲得すること。それだけが大事なことだった。
説得は不可能と悟ったゴミが、そこら辺に転がっていたゴミの足を引っ掴んだ。サトゥ氏に投げつけて、その隙に魔法を撃とうとする。サトゥ氏は投げつけられたゴミの足を剣の柄で弾いた。よろめいたように見えたのは駆け出す前準備だったらしい。急加速して跳躍。ゴミの頭上を飛び越え、背後に降り立つ。一連の動作で頚動脈を裂かれたゴミが噴出する血を手のひらで押さえながらへらっと笑った。
「くそっ、強ぇな……!」
どうと倒れ伏したゴミを、サトゥ氏は無感動に見下ろしている。
室内は死屍累々。血の海だ。
返り血を浴びて全身を真っ赤に染めたサトゥ氏が振り返って俺を見る。
「今日は大丈夫なのか、時間は?」
ん? 何かあるのか?
「セブンが新人教育してる。その新人ってのがセブンのファンでな。セブンを追って【大黒屋】に加入してきた筋金入りだよ」
まぁセブンは強ぇからな。そういうこともあるだろう。
しかしサトゥ氏はご不満の様子。
「俺のファンは居ないのかなぁ? 俺のほうがセブンより優しいし人材育成に向いてると思うんだけど……」
サトゥ氏は放っておくとすぐに戦闘マシーンの量産体制に入ろうとするからなぁ……。
元トップクラン【敗残兵】はサトゥ氏のスパルタ教育とリチェットの甘やかしの両輪で成立していた感がある。サトゥ氏はノってくると急にいい人ぶるのをやめるから仮にファンが居ても付いていけないだろう。
しかしセブンのチワワ研修か。面白そうだな。よし、こっそり見学しようぜ。
「ああ、あと先生には言ってあるけどスズキさん借りてるぞ」
スズキを?……ああ、セブンの真似は無理だからか。言い出したのはセブンか? アイツ、意外とウチの小せえのを買ってくれてるよな。
「スズキさんは元β組だからな。もしもサービス残業してくれたら今頃はセブンと二枚看板を張ってたかもしれないぞ」
リアルの生活環境が変わったんだろ。それはもう仕方ないさ。
……ポチョも同じだ。ウチのメンバーは何気に凄いのかもしれない。いや、凄いのは先生の人を見る目か。
いずれにせよ、スズキとポチョの才能は折り紙付きで。赤カブトはαテスター。アットムはどんどん強くなってる。
俺だけが何もない。ウチの子たちの足を引っ張っているのは俺なんだろう。我らが【ふれあい牧場】は先生が率いるクランということでそれなりに名前が売れてる。もっとデキる鍛冶屋を引っ張ってくることなんて簡単だろう。やっぱりそろそろ頃合いなのかもしれない。俺はウチの子たちの成長に付いていけない。巣立ちの時は近いと感じた。
2.スピンドック平原
初心者は戸惑うことが多いのだが、このゲームのマップで最深部と言えば中心部を意味する。
レイド級は基本的にマップの隅っこには住まない。一等地にデンと居座っている。すると眷属は自然とレイド級を中心に据えて円状に分布を広げていくことになる。
そしてレイド級が住みついてる最深部に近付くごとにエンカウント率は跳ね上がっていく。
いわゆる深部というのは、眷属が単独で散歩していることを期待できない魔の領域だ。それは日によってまちまちで、レイド級の気分で線引きが決まる。
深部をうろつく眷属は攻撃的で獰猛だ。レイド級が暴れれば自分たちも無事では済まないからだろう。
つまり吹けば飛ぶゴミのような種族人間はマップの端っこでちまちまと狩をすることになる。深部に立ち入らないようぐるりと遠回りして歩く。惨めなモンだぜ。地球じゃ絶対強者みたいな顔してうろついてる俺ら人間様がココじゃ虫けらと変わらねえ。くそっ、ミサイルさえ。ミサイルさえ作れれば。人間様の真の実力はミサイルなんだ。言ってみればデカいハンデを抱えてる。ミサイルだけが種族人間に残された最後の心の拠り所だった。
そのプライドが種族人間のパーソナルにいびつな影響を及ぼしているのか?
セブンを追って【大黒屋】に加わったという新入りは生意気だった。
「……セブンさん。俺はあんたに憧れてこのゲームを始めたんだ。こんな女から教わることなんて何もねーよ」
ちっ、男キャラかよ。何かを教わろうってんならせめて女キャラで来いよ。最低限の礼儀だろうが。
もはや俺は男キャラに何一つとして価値を見出すことができなかった。ホモ被害やらセクハラ特化のキャラビルドの影響だろう。俺以外の男キャラはこの世に不要とすら思う。そう、俺だけ居ればいいんだ。このペタタマさんが居ればなァ〜。もっとも今の俺はバンシーモードなので実質的には絶滅待ったなしなのだが。
横柄な態度の新入りに指差されたスズキは特に反論しなかった。よそ行きの無口キャラになってる。
代わりに答えたのがセブンだ。手の中で棒手裏剣を弄びながら、つまらなそうに鼻を鳴らして、
「お前は弓を使え。俺がコレを使ってるのは弓職で俺よりレベル高いやつが居ねえからだ。言ってる意味分かるか?」
「……分かんねえ。調べようにもリアルで余計なことするとクラスチェンジが狭まるとか脅されてっし」
セブンが頷く。
「【スライドリード(射撃)】を最大限に生かそうとするならコレだ。魔力で加速して撃ち出す。だが魔力の消耗が激しい。加速を武器のほうでやれば効率は上がる。そういう理屈だ」
そう言ってスズキをちょいと指差す。
「弓矢なら俺よりスズキだ。ハチとか言ったな。お前のセンスがどれほどのモンか知りてえ。そいつ……スズキはセンスだけはある。お前のセンスを計るいい目安になる」
「俺はハチなんて名前じゃねーが……まぁ分かった」
ハチね。いい名前じゃねーか。
スズキは早くも帰りたそうにしている。よそ行きの劣化ティナンさんはマジで無愛想だ。気が乗らない様子で森のほうを指差し、
「……じゃあここから木に矢を撃って。何本か撃ったらこっちで見るから」
ハチが渋々と弓に矢をつがえる。
セブンのフォロワーと言うだけのことはあるようだ。一発目で当てやがった。
しかしスズキさんはお気に召さなかったご様子。
「周りを見て。弓職は距離が全てだから。なんで見ないの?」
あ〜ダメダメ。俺はモグラ仮面を連れて茂みから這い出した。手をぱちぱちと打ちながら新人教育に乱入する。ウチの小せえのが目に見えて動揺した。
「こ、コタタマ? どうしたのこんなところで。言ってくれれば一緒に来たのに。あ、そこの人サトゥさんだよね? 狩りに来たの? 森に行くの? じゃあ私も一緒に……」
俺はスズキの小振りな鼻をつまんだ。
お前の人見知りは直らねえなぁ。まぁいいや。人に言われて直すモンでもねえしよ。
やい。ハチとやら。ウチのスズキが悪かったな。さっきの説明じゃ何も分かんねえだろ。コイツは知らないやつの前だと緊張してうまく喋れねえんだ。ここは俺に免じて許してやってくれや。
ハチはモグラ仮面が気になっているようだ。
「サトゥ……さん?」
おいおい。おいおいおいおい。どうやらお前の側にも問題があるようだな。目上の人間が喋ってるのに無視か? そんなんじゃこのゲームじゃ通用しねえぜ? レベルさえ高ければ無双できるゲームじゃねーんだ。世の中コネと金よ。
よし、こうしよう。セブン。こいつは俺が預かる。少しは扱いやすくなるよう従順に仕立て上げてやるよ。
そういう訳だ。ハチ。宜しくな。俺はペタタマってーんだ。光の勢力の急先鋒と言えば通じる。世間じゃ俺について色々と言われちゃいるが、それらは全て真っ赤な嘘だ。イヤ……おそらくはブラフ。魔女……ネフィリアの策略だろう。
俺はハチの肩にガッと腕を回してぐいぐいと引っ張って行く。さあ行こう。どんどん行こう。
「ちょっ、セブンさん! こいつ何なんだよ! あんたの知り合いなんだろ!?」
ハチがきゃんきゃんと吠えているが知ったこっちゃない。
おっとサトゥ氏。サトゥ氏も付いてくるようだ。さてはセブンのフォロワーを奪うつもりだな。イイね。この際だからサトゥ氏が理想に掲げる冷徹な戦闘マシーンとやらを作り上げてみるか。
俺とサトゥ氏は、ハチを連れて森の中に消えて行った……。
これは、とあるVRMMOの物語。
ハチの命運やいかに。
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