ペタタマの覚悟
国内サーバー最強のパーティーは?と問われれば、サトゥ氏とセブンとリチェットの三人だろう。
各々の高い技量はもちろんのこと、あの廃人三連星は気持ち悪いくらい息が合ってるからな。三人揃うとお笑いトリオみたいな安定感がある。普通に喋っててもなんか笑えるっていうか。そんな感じだ。
だからだろう。そこに四人目を加えるとどうしても見劣りしてしまう。宰相ちゃん辺りが有力候補なんだろうが、やはり三連星と比べると一枚か二枚落ちると言わざるを得ない。ガタつくと言うか……バランスが悪くなる。
おコアラ様の凄さは、そういった偏りが見られないという点にある。古今東西、武器種の長所と短所を把握していてパーティーの体裁を整える力がズバ抜けている。それは野良パに参加して俺TUEEEEしてしまうサトゥ氏にはない力。超絶技巧でパーティーを支えることができてしまうリチェットにはない力だ。意外なところでセブンはおコアラ様に近い能力を持っている。放っておくと一人で勝手にコロリと死ぬから周りの人間が何とかして負担を肩代わりしようとするのだろう。
強さには色々な種類がある、ということ。
そのおコアラ様に俺は目を付けられてしまった。裏市の新入り鍛冶屋アナゴの目の前でエロ式ドロップを見せたのは失敗だった。あのネカマ野郎、掲示板に情報を流しやがったな……。まぁ口封じを怠った俺の責任でもあるのだが。正直、別に隠すほどのものじゃないという意識があった。どうやら俺は自分のアビリティについてあまりよく分かってないらしい。検証チームとの認識のズレがある。
要するに俺のアビリティはハードラック+1という扱いになる、というのが検証チームの主張だ。
散々焦らされて我慢できなくなったポチョにロマサガの無双三段みたいなのを食らって死んだ俺はダッシュで死に戻りするもポチョとはぐれてしまい森をうろうろしていたところをおコアラ様率いる検証チームに捕まってしまい現在に至る。
1.ポポロンの森
検証チームはこれという決まった基地を持たない。再現性の確認は検証における重要な作業だが、このゲームで実験環境を整えるのは困難であり、他に優先するべきことが多いからだ。
例えば……とおコアラ様は言った。
「【全身強打】。知っての通りプレイヤーが一番初めに解放したスキルだ。が……あれが具体的にどういった作用のスキルなのかはあまり知られていない」
……その名の通りじゃない、と?
【全身強打】の暗示は光と腐敗……。だが俺は【スライドリード】でダメージの進行を押さえようとしたことが何度かある。その経験からいって【全身強打】のダメージの質は衝撃だ。暗示はしょせん暗示であって、スキルの全容を表すものではないというのが俺の考えだ。
手足を縛られて地面に転がされている俺は過去の体験談を交えて自説を披露した。
木の幹にしがみ付いているおコアラ様が俺をじっと見つめている。
「よろしい。では、こんな話を知っているか? 腐敗とは大気中の微生物によって引き起こされる。しかしこれはゲームだ。微生物など必要か? どう思う?」
……分からない。しかしこの世界が【ギルド】を誘き寄せるエサ場であるなら、リアルに近しい環境にしたほうが良い筈だ。
「惜しいな。考え方は悪くない。しかし、そうじゃないぞ。ペタタマくん。このゲームの第一目標は【ギルド】を誘き寄せることではなく、レイド級とプレイヤーの育成にある筈だ。従ってリアルに近しい環境を作るよりもゲームらしさやバランスが重視される。この場合、リアルには存在しない要素にマトを絞って考えるといい。つまり魔法。スキルだ」
おコアラ様が木をよじ登っていく。
「知っているか。ペタタマくん。このゲームの運営……。特にレ氏だ……。このゲームの運営は『魔法』という表現を避ける。攻撃魔法や蘇生魔法といった特定のスキルを指し示す場合を除き、一度たりとて魔法という総称を使ったことがない。スキル。技能だ」
それは……。
「混同を避けるためだと我々は考えている。レ氏にとって魔法、魔術は【戒律】の操作を意味しているのではないか。その時だ……。私は思った。おや……【ギルド】に【戒律】はないようだ……と。NAiは……言った。クァトロくんを指して、苦もなく得た力だと」
おコアラ様は木の幹をカリリと爪で引っ掻いた。
「分かるか。ペタタマくん。これは宗教観の話だ。【戒律】とは天使の力なのだ。そして真っ当な宗教の多くでは天におわす方々が命を大事にせよと仰る。そんな彼らにとって微生物というのは非常に都合が悪い存在だ。微生物とは神秘の正体であり、もしくは破綻なのだ」
俺は奇妙な焦りを感じていた。おコアラ様が何を言いたいのか分からなかった。どうして俺にそんな話をするのかが分からなかった。引きつった声が喉から漏れる。
だ、だから一体何だって言うんです!?
おコアラ様は言った。
「ここは微生物の居ない世界なのだ。しかし『腐敗』という現象は在る。それは【戒律】の崩壊という形態を取る。秩序が乱れ、全体のバランスが崩れる。一部はより厳密に、不必要なまでに形式を重んじるようになる。これが腐敗だ。無法地帯などと言うがね。正しくは法の過密化から腐敗は生じるのだ。無闇に縛り付けても人は付いてこないからな」
おコアラ様は木の枝からぐっと身を乗り出して俺を凝視した。
「腐敗。君の固有スキルの正体がそれだ」
そ、そんなことは……。
「いいや、ある。君は心と心を繋げるスキルなのだと言うがね。それは手段であって目的ではないな。プッチョくんとムッチョくんも言っていただろう。あり得ないことを起こすスキルなのだと。彼らは運営側だ。言葉に信憑性がある」
うう……!
「ペタタマくん。何も貶してる訳じゃないんだよ。可能性の話をしている。君はハードラックのオリジナルだ。誰よりも早くスキルを発現した。カリスマと言ってもいい。手段を選ばなければ、もっと色々なことができるようになる。エッダ戦は見事だった。あれこそまさに【奇跡】だ。下位のスキルを寄り集め強固に束ねれば上位スキルと同じ効果を得られる。それはとても自然なことだと思わないか?」
「それは違う」
ハッ。先生。先生が俺の窮地に駆け付けてくれた。
ぽ、ポチョさん。ポチョさんが連れてきてくれたようだ。先生の陰に隠れて何やらこそこそしている。俺と目が合うと真っ赤になってパッと隠れてしまった。何なんだ。いや、今は先生だ。
先生が杖を下段に構えて言う。
「グレイさん。コタタマに妙なことを吹き込むのはやめてくれないか」
グレイというのはおコアラ様のキャラクターネームだ。β組ならではのシンプルなお名前である。
おコアラ様がバッと木の上から飛び降りた。俊敏な動きだった。着ぐるみ部隊としては異質なシャープな輪郭。元々木登りが得意なコアラをモデルにしているおコアラ様は、先生やお犬様のように無理に直立歩行する必要がない。ただ、仕草の端々に明らかに知性の輝きが見て取れるため、おコアラ様を目にしたものは中の人の存在を錯覚するのだ。
地上に降り立ったおコアラ様が木につかまって立ち上がり、木の幹に背中を預けて姿勢をキープした。
「ヤギさん。妙なこととは? 私は検証チームのアドバイザーだ。いい加減なことを口にはしない。確証あってのことだ」
先生が杖を構えたままじりじりと距離を詰めていく。
「固定観念を植え付けることが妙でなくて何だと言うのか。君は可能性と言うが、才能とは疑うことから始まる。歩き出すのは遅くとも良いのだ。急かすことが正しいとは限らない」
おコアラ様が首を横に振った。
「いいや、才能とは方向修正の能力だ。何事か極めるに人生は短すぎる。まず歩き出さねば遅れるばかりだ。それは不幸だろう」
「グレイっ」
先生がダッと地を蹴った。
おコアラ様が後ろに跳ねる。木を蹴って三角飛びの要領で飛び上がると、空中で大きく片腕を振って嬌声を上げた。
「キィー!」
俺は目を見張った。【全身強打】を斜めに!?
まるでラーハルトのハーケンディストールだ。なおラーハルトとはダイ大の竜騎将の一人で、あのヒュンケルをして最速の男と言わしめたスピードキングである。そのラーハルト戦でヒュンケル特有の上げて落として最後に上げるという謎の芸風が確立された感がある……。
まぁラーハルトは置いておこう。いずれにせよおコアラ様の放った光の輪は格ゲーで言うところの対地技であり、うまくやれば標的だけを狙い撃てるという従来の【全身強打】の運用法を大きく揺らがせるものだった。むしろ何故これまで誰もやらなかったのか不思議なくらいだ。いや、単に無理だからか。ジャンプしながら精神集中するって何か無理な感じがする。その無理をやったのがおコアラ様だ。おコアラ様は日によってジョブをホイホイ変える。器用なお方よ。
一方、先生はおコアラ様のハーケンディストールを予感していたようだ。棒高跳びの要領で杖を支えに光の輪を飛び越えて事なきを得る。
空中でお二人がすれ違う。
先に着地したのはおコアラ様だ。くるりと振り返ると同時に草むらからゴミどもが飛び出してきた。検証チームだ。素早く後退したおコアラ様が舌打ちした。
「ニジゲンめ」
先生が杖に片手を添えて嬌声を上げた。
「メェーっ!」
先生の杖はニジゲンの特別製だ。そんじょそこらの杖とはモノが違う。
俺は先生に殺されるなら本望だったのだが、先生は【全身強打】の出力を極限まで絞ったようだ。放たれた光の輪が俺たちの身体を打ちつけると、痺れたような感触があって手足が動かなくなる。非殺傷型の【全身強打】か。これまた新しい。……でも、これ多分モンスターには効かないな。
先生の【全身強打】はおコアラ様と検証チーム、ついでに俺とポチョの身動きを封じた。
しかし先生がウィザードというのは有名な話だ。
そして……。
おコアラ様が杖を持たない理由。
このゲームの対人戦で職業がバレているというのは、著しく不利を招く要因たりうる。
ウィザードの先生に手持ちの札を全部まとめてぶつけるのはアホのやることだ。おコアラ様は違う。ある程度の人数を投入して攻撃魔法を誘ったのだろう。
草むらで待機していた検証チームの残りカスがザッと立ち上がる。
先生は無理な出力調整をしたためかフラフラしている。可愛い。
おコアラ様は頭をふるふると振って気をしっかり保とうとしている。可愛い。
それは、あまりにも尊い光景であった。
検証チームもしょせんは人の子か。
可愛くない俺を取り囲んで武器を突き付けてくる。
「終わりだ。崖っぷち」
俺は悔しがった。
「くっ、殺せ……!」
俺の横に転がってる元騎士キャラがきゃっきゃと楽しそうに笑った。
「手足がぴりぴりする」
フラフラしている先生が杖で身体を支えながら辛うじて仰る。
「ま、待ちなさい。コタタマを……どうするつもりだ?」
立つのを諦めて地面で丸くなったおコアラ様が答える。
「悪いようには、しない。スキルを、確実に重ねたことが分かっているプレイヤーは……そう多くない。検証しなくては……」
先生が木に片手を付いて反省のポーズから言い放つ。
「本人の……意思が大事だ……」
「それは……そうだが……」
先生とおコアラ様はおねむのご様子。
おコアラ様は着ぐるみ部隊の中で取り分け小柄だからな。身体が小さいと【全身強打】は特効が入るのだ。
なんとか歩こうとした先生の足がもつれて転んだ。ころころと転がっておコアラ様の横に並ぶ。奇跡のような光景だった。
俺のささくれ立った気持ちが鎮まっていく。
検証ねぇ……。
まぁ手伝うぶんには構わねえけどよ、俺ぁ女の服を脱がすことくらいしかできねーぞ。しかもそっちで用意した女とかじゃダメだ。訴えられたら負けるかもしれねえ。それが制約。
俺がハンターxハンターっぽく説明していると、ウチの金髪が何やらアピールしてくる。
「わ、私は訴えたりしないよ?」
俺の好感度とか色んな条件があるんだよ。俺はリスク背負ってセクハラしてるんだ。簡単に言うとお前らに嫌われたら人生狂うレベルでダメージ受けるだろ。
リスクが高いほど上質の魔石になる。ただし下着だけ残すとか全裸にするのは無理だな。人間の限界を越えてる。あるいは……才能とか記憶とか全部を差し出せば可能なのかもな。
先生がパタパタと片手で地面を叩いている。
「コタタマ……。いけない。それは……いけない」
分かってますよ。やりませんって。
俺はニコッと笑った。
そして内心でこう付け加えた。
やるとすれば……俺の命が燃え尽きようとしている、その瞬間になるだろう。
俺はフラグを立てた。
これは、とあるVRMMOの物語。
立てるな。
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