グレイ
着ぐるみ部隊は国内サーバー最高の頭脳集団だ。
だから肉体派は居ないと思っているプレイヤーが多いが、実のところMMORPGというゲームの大部分を占めるのは戦闘要素だ。
よって着ぐるみ部隊にも戦闘考察を担当する人物が居る。
単純に有効な戦術やステータス関連、レベル、ジョブ等の調査が目的であるため、イベントにはあまり顔を出さないが。
そう、つまり検証チーム。そのアドバイザーということになる。
怪人。
そう呼ばれている戦闘型の着ぐるみである。
1.ポポロンの森
ウチの金髪の要望で森に身を潜めている。
なんでも散歩してるところを俺に襲撃されて返り討ちにしたいらしい。
理解に苦しむが、要するにイメクラみたいなものだろう。とうとう俺は殺されるシチェーションを指定される段階に来てしまった。暗澹たる将来に不安しか感じないが、エロい身体つきをしているポチョは俺の癒し担当。少しくらいの無茶なら目を瞑ろう。貴重なセクハラ要員は大事にしてやらないとな。
おっと来たぞ。ウチの金髪がてくてくと森の中を歩いている。普段着だ。ゲーム内の季節は夏ということもあり白い二の腕が露出している。へへ……。相変わらずエロい身体つきしてやがる。俺はベロリと舌舐めずりした。気分は山賊だ。茂みの中でぐっと身を乗り出すと、知らないゴミが混ざってきた。俺と同じようにぐっと身を乗り出している。しかも一人じゃない。三人だ。
誰だよオメェらよ〜。
知らないゴミがニッと笑う。
「崖っぷち〜。オメェ一人じゃあの女はキツいだろ〜。死ぬ気か〜?」
モブが出しゃばってんじゃねぇ〜。何ならオメェからヤッてやっか? あ〜?
「崖っぷち〜。オメェもネトゲーマーだろがよ〜。忘れちまったんか〜? ネトゲーは他人と遊ぶもんだ〜。縁もゆかりもねえ他人だからイイんだろがよ〜」
……まぁ一理ある。
リアルの知り合いの前でロールプレイするのはキツいものがあるし、そもそもネトゲーってのは一種の異世界転生だ。リアルの自分に不満があるから擬似的な生まれ変わりを望む。
しかし何だ。このゲームのプレイヤーは積極的だな。ゲーマーってのは基本的に内気な人間が多い。全体チャットを空気が読めないガキンチョが占拠してしまうくらいには口数が少なく他人との関わりを持たない。なのに、このゲームのゴミどもは呼ばなくても出てくるしガンガン絡んでくる。それはVRMMOならではの要素と言えるのかもしれない。脅しが有効で、キレーなチャンネーがそこら中を歩いていて、黙っていても損しかしないのだ。俺がホモやらネカマやらにやたらと縁があるのは、多分俺がそこら辺のゴミよりも呼ばなくても出てくるしガンガン絡んでくるからなのだろう。
俺は知らないゴミどもの参戦を許してやることにした。
分かった〜。だが俺が頭だ〜。俺に従え〜。いいな〜。俺の空気を読め〜。
そう言って俺はのそりと身を起こした。斧を肩に担いでだらだらと歩いてウチの金髪に接近していく。金髪のエロい身体を下から上まで舐め回すようにじっくりと眺めて、
「へへっ、なかなかの上物じゃねえか。おい、ネーチャン。何かと物騒な世の中だ。森の一人歩きは感心しねえな。ここで会ったのも何かの縁だろう。俺らが街まで送ってやるよ」
俺の紳士的な申し出を元騎士キャラがキッパリと断ってくる。
「結構だ」
そう言うなよ。俺は金髪の胸を凝視しながら続けた。へへっ、ここら辺は人通りも少ねえしよぉ。何かあってからじゃ遅ぇだろ〜? なあ、お前ら。
俺が一声掛けると、俺の後をのそのそと付いてきたゴミどもがさり気なく金髪を包囲しながら俺に負けず劣らず下卑た笑みを浮かべた。
「へへっ。カシラはお優しいこって。命あっての物種って言うからなァ〜。大人しく言うこと聞いといたほうが身のためだぜ〜」
じりじりも包囲の輪を狭める俺たちに金髪が剣の柄に手を掛ける。おっとやる気かい? 勇ましいなァ〜。強気な女は嫌いじゃねえぜ〜。
俺が斧の刃をベロリと舐め上げると、ポチョはさっと頬を赤らめた。人前で俺を殺すのが恥ずかしいのだろう。ハッキリ言って異常だしどうしてこんなことになったのかイマイチよく分からないが、さすがに百回近く殺されれば俺を殺すことでウチの子たちが何らかの充足感を得ているのは分かる。それが性的な興奮でないことを祈るばかりだ。いや、性的な興奮って。それはない。俺はそれだけはないと思った。だって俺はセクハラ神の敬虔な信徒だから。エロスは生命の根源であり、もっとも純粋な欲求だ。そこに殺すだの何だのが立ち入る余地など決してない。ある訳がない。
見ろ、ゴミどもを。ウチの金髪を見る目が尋常じゃない。コイツらはポチョに惚れてる。男ってのはそういう生き物だ。キレーなチャンネーを見ると一発で惚れるんだ。一目惚れってやつだな。性格や人間性なんてどうでもいいんだ。日頃、女が男を見下すのはそういうところで。それはもう生物学的に正しいと言わざるを得ない。もうどうしようもない。男と女は違う生物なのだ。
俺は知らないゴミどもとアイコンタクトを交わした。ポチョは強い。オートカウンターのアビリティは脅威だ。しかし俺たちにはゴミスキルのハードラックがある。連携できる筈だ。
その時である。俺の出鼻をくじくように俺の足元に手榴弾がコロリと転がった。ゴミどもが素っ頓狂な声を上げて後ずさる。ばかっ! ハッタリだ! レ氏が言ってたろ! 俺らに火器は作れねえよ!
こなくそっ! 俺は手榴弾を蹴っ飛ばして前に出る。ポチョ目掛けて振り下ろした斧が受け止められた。俺とポチョの間に割り込んだグレーの人影がぐんっと背筋を伸ばして俺の斧を巻き上げた。
「加勢する」
俺は悲鳴を上げた。おコアラ様……!
着ぐるみ部隊の戦闘考察担当にして検証チームのアドバイザー。
国内サーバー最強の男は今ならセブン辺りなんだろうが、パーティー戦ならおコアラ様だろう。そう言われる。ワンピースの四皇、百獣のカイドウみたいな評価をされているのがおコアラ様だ。
どうしてこんなところに……!
いやっ。俺は知らないゴミどもを見た。偶然にしては出来すぎてる。テメェら検証チームか!
検証チームは被ダメの計算式やシステムの解析に全てを捧げた連中だ。コイツらにとって見た目や個性など数値の違いであるに過ぎない。
ゴミどもがへらっと笑った。
「ハードラックのスキルは解放された。じゃあ元々ハードラックのスキルを持っていたお前のスキルはどうなった? もしかして進化してるんじゃないか? なあ、教えてくれよ。意地悪しないで。見せてくれよ」
ちぃっ! 俺は舌打ちしてこんなこともあろうかと持ってきた赤カブトのパンツを魔石に変換した。失って惜しいものほど上質な魔石を産む原材料になる。
おコアラ様が嬉々として叫ぶ。
「無詠唱! 見たか? 撮影したなっ?【戒律】に干渉するスケールが上がっている。Sprite…いやハードラックの段階解放だ!」
今だっ! 俺はポチョの手を引っ掴んで駆け出した!
おコアラ様は追ってこない。興奮なさっておいでだ。
「ヤギめ。面白いオモチャを飼っているではないか! 独り占めは良くない。実に良くない。おうおう、逃げろ逃げろ。もっとよく見せておくれ」
怖いお方だ。おコアラ様の哄笑が森に響き渡る。
「逃げろ! もっと速くだ! 鬼ごっこを始めよう! 準備はいいか? 数えるぞ。もういいかい? もういいかい?」
ポチョはおコアラ様が気になるようで何度も後ろを振り返っている。
「き、着ぐるみ部隊なのか? あれが?」
普段はああじゃないんだが……。俺は言い淀んだ。
おコアラ様は裏表が激しいお方だ。気まぐれと言うか善悪の区別があいまいと言うか。基本的なスタンスは先生やお犬様とあまり変わらないのだが、どうも倫理観が少し怪しいところがある。
とにかく今のおコアラ様に捕まったら何をされるか分からない。逃げるんだ。
ポチョはコクコクと頷いた。
「わ、分かった。こっちだ!」
フィールド派のポチョは通常マップの地形に詳しい。俺を追い抜くや方向転換して駆けていく。俺はポチョにおぶさった。俺はレベル5のゴミなので、普通に走ってもポチョの足手まといにしかならない。俺を背に乗せたポチョ号が嬌声を発して一気に加速した。おお、速い速い。木から木へと飛び移ったポチョが俺を地面に降ろして空を仰ぐ。
「ここならしばらくは大丈夫。二人きりだ」
そう言ってポチョは何やらもじもじし始めた。ちらっと俺を見て、
「つ、続きする?」
殺されるのかなぁ。俺はぼんやりと思った。
どうすれば正解だったんだろう……。
これは、とあるVRMMOの物語。
選択肢などというものはない。ただ、どこまでも道が続いていく。それは下り坂かもしれない。
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