奪還屋
1.山岳都市ニャンダム-怪しい倉庫
実際のところ、露店巡りの楽しさは「探せば誰かが売ってる」という前提に基づいていた。
どうしてこんな物が?というアイテムが高値で取り引きされていて、ゲームのシステムを理解するにつれて「ああ、そういうことか」と納得していくことになる。
そうしたアイテムは大抵ドロップ率が渋く、熟練者が狩るには獲得経験値が見合わない等の事情がある訳だ。
だから理想を言えば、苦労をすれば見つかる程度の難易度をマゴットに課したかった。
俺はマゴットに期待している。リア友や明るさはネトゲーでは手に入らない才能だ。
とはいえ鎖ガマのハードルは高すぎた。
やむを得ずに俺は情報通の下着ドロの紹介でネカマの鍛冶屋を訪ね、レズ疑惑のあるノミ女の監視に辟易しつつも鎖ガマっぽいものがないか問い質すのであった……。
「鎖ガマっスか?」
アナゴとか言ったか。新入りのネカマ鍛冶屋はぼーっとした感じの女キャラだ。
たまに居るんだよな。こういうオシャレに興味ありませんみたいな顔したキャラ。
気の抜けた返事。緩慢な動作。……コイツ、リアルでスマホをいじってるな。
茫洋とした眼差しで俺を見つめていた不健康キャラが不意に「あっ」と声を上げる。何だよ?
「先輩。コタタマですか?」
おい。掲示板で実況してんじゃねえ。生憎と人違いだ。俺は嘘を吐いた。
アナゴが肩を落とす。
「そうスか〜。コタタマだったら色々と話を聞きたかったんスけど……」
色々って何だよ。あと呼び捨てヤメロ。失礼だろ。大先輩だぞ。
「レ氏と直接やり合ったプレイヤーっスからね。動画で見てもイマイチぴんと来ないし」
アナゴは急に口数が多くなった。ぐっと身を乗り出してぺらぺらと喋り出す。
「俺、レ氏の動画を見てこのゲーム始めたんスよ。それまでは、あんまりがっつり遊ぶほうじゃなくて。ほら、ゲームって結局は暇潰しじゃないスか。スマホゲーでポチポチ遊んでるのが性に合ってるかなって。けどレ氏の玩具箱を見て。武器の形してなくても成立するんだって。俺、もっとズルい武器を作りたいんスよ」
そいつはどうかな。俺とて鍛冶屋だ。武器には一家言を持つ。
アナゴよ。どんなに奇を衒っても現場で武器を振るのは人間だぜ? 日本人は剣が好きだろ。自由に武器を選べるシステムだと六割近くは剣士になる。まぁこのゲームだと斧使いが多いんだけどな。それはこのゲームのMOBがクソ硬いからっていう側面もあるんだろう。重心が先端にある斧は力を乗せやすい。だが、一定以上のレベルになっていくと目立つのはやっぱり剣士なんだ。それは……。
言い掛けた俺の上着の袖をマゴットがくいっと引っ張ってくる。あんだよ?
「杖は? 杖キレーじゃん」
近接職の話だよ。魔法使いは滅多なことじゃ杖を壊さねーからな。鍛冶屋の仕事はどうしたって近接職用の武器に偏るんだ。杖専門も居ない訳じゃないが、それ一本で食ってくのはニジゲンくらいの腕がないと無理だ。
杖には魔法の射程と威力を伸ばす効果がある。そこら辺の理屈は未だに分かっていない。ある程度杖の体裁を取っていればOKらしく、リチェットが使ってるメイスも一応は杖という分類に入る。打撃力を重視してるぶん、どうしてもスキルの底上げは低くなるらしいが。
……杖が特別と言うよりは、魔法職は非殺傷武器から何かを引き出しているのか?
この世界がョ%レ氏のクラフト技能によって生み出されたものだというなら不思議なことではない気がした。アビリティを発動した時に俺の全身に現れる呪印みたいなのは、俺というキャラクターが【戒律】の塊であることを意味している。
おっと話が脱線したな。俺はアナゴに声を掛けた。
で? 鎖ガマは置いてないのか?
「鎖ガマとは少し違うんスけど……」
そう言って倉庫の奥に引っ込んだアナゴが持ってきたのはカエルスーツであった。
……なんかどこかで見た覚えがあるぞ。いやマリオだけどマリオじゃなくて。俺の脳裏をサトゥ氏の爽やかな笑顔がチラついた。
え? ガマ繋がり? 鎖ガマって言ってるのにそっちで攻めてくるの?
アナゴがボサボサの髪に手を突っ込んでわさわさと頭を掻く。
「強化服みたいなもんスよ。NAiとかGMマレの羽衣を再現できないかと思って。まぁ無理だったんスけど」
NAiとマレの羽衣は武器にもなる。瞬時に硬質化して鋭利な刃と化すのだ。おそらくはョ%レ氏がクラフトして二人に与えたのだろう。
俺はカエルスーツを手に取ってしげしげと眺める。強化服か。具体的には?
「ジャンプ力が上がるっス。脚力が上がる訳じゃなくて。本当にジャンプ力だけ」
こんなもん着て飛び回れってのか。熱中症で倒れるだろ。これビジュアルは変えられないのか? どうしても着ぐるみじゃなくちゃダメ?
「カエルから離れてくとドンドン効果が低くなるっスね。あと個人差もあるみたいで」
そうか。俺は一つ頷き、マゴットにカエルスーツを差し出した。ほれ。
「……え? それ私にどうしろっての?」
個人差があるって言ってンじゃん。試着だよ。これ着てそこら辺をちょっと飛び回ってみろ。
俺はマゴットにカエルスーツを押し付けながら、頭の中で設計図を引いていく。この際、実用性は捨てるべきだな。
おい、アナゴ。カエルスーツの改良版を作って欲しい。頼めるか?
アナゴは指で輪っかを作った。
「そこそこ値が張るっスよ。あと手持ちの魔石が心許ないんで素材を集めてくれないと」
素材は気にするな。俺があのカエルスーツを買い取る。そしたらカエルスーツを魔石に還元する。
「は? そんなこと可能なんスか?」
できるさ。俺はそういうタイプの鍛冶屋だ。
試したことはないが俺には確信があった。
サトゥ氏は俺のことを「死」という事象を操るのに長けた鍛冶屋だと評したが、それは俺というキャラクターの本質じゃない。
俺という存在の根源はセクハラにある。
俺は、カエルスーツを着てぴょんぴょんと跳ねているマゴットに近付いていく。
女が新品の服を着ている。多分、大事なのはそこだ。
このゲームのキャラクターが【戒律】の塊であるならば。
スキルと性癖を切り離して考えるのは間違っている。
俺はマゴットの手を握った。
「な、なに?」
マゴットの瞳が揺れる。
俺はクラフト技能を発動した。幾ばくかのマナを持って行かれるが、詠唱する必要性を感じなかった。無詠唱。そういうことなのかと思った。これが、俺のクラフト技能。スキルと性癖の歯車がガッチリと噛み合ったという実感があった。
俺はマゴットが着ているカエルスーツを事もなげに魔石に還元した。手のひらに転がる魔石を見つめてから、フッと笑って肩を竦める。
ま、こんなもんですよ。
そして猛ダッシュしてきたノミ女に頭を引っ叩かれた。
まぁ悪くないデートだったんじゃないか。
俺は再デザインしたカエルスーツをマゴットにプレゼントしてやった。
カエルスーツと言うよりはカエルマントだな。
カエルのフードが付いた少しオシャレな雨ガッパに近い。生地を薄くして服の上から着れるようにした。
大分原形から離れてしまったのでジャンプ力アップは微々たるものだが、ないよりはマシだろう。
マゴットはそれなりに喜んでくれたようで、一緒にメシを食ってる時も終始ご機嫌だった。
正直フードのダサさが半端ないんだけど、カエルらしさを残そうとしたらそこは妥協するしかなかった。
少なくとも俺はあんなもん着ろと言われたら御免被るね。
俺はニコニコしているマゴットとあれこれと喋くりながら、そんなことを思った。
2.ポポロンの森-人間の里-銭湯ポポロン
後日の話である。
リリララが温泉の経営について相談があるというので、奪還屋のイーグルを連れて行く。
銭湯ポポロンの管理はクラン【目抜き梟】の管轄だ。あのアイドル気取りどもはリアル女性ユーザーという触れ込みだからな。覗きに走るゴミが地上から消え失せない限りはアイドル気取りども以上の適任は居ないだろう。
現地に着くなり、俺を待ち受けていたモッニカ女史が不審げにイーグルの野郎を見る。
「そちらの方は?」
何でも屋さ。人脈が広い。
お前らが俺に頼るくらいだ。一筋縄じゃ行かない案件なんだろう。俺にも補佐が欲しい。とはいえ、俺はお前ら専属のお助けマンじゃないんでね。有り体に言ってお前らに監視されると動きにくい。だから何でも屋を連れてきた。イーグルってんだ。
「そうですか」
モッニカ女史はちらりとリリララを見た。リリララがコクリと頷く。それを見てモッニカ女史が「いいでしょう」と手を打つ。
「単刀直入に言います。下着泥棒が多発しておりまして」
おっと?
俺とイーグルは顔を見合わせた。
……どうやら俺はスーパーサブどころか重要参考人を連れてきてしまったようだぞ。
リリララが鼻をくんくん鳴らしている。
容疑者の下着ドロが居住まいを正して真剣な眼差しをモッニカ女史に向ける。
「詳しく聞かせてくれ」
その声には疚しいところなど一切ないと言わんばかりだった。
俺はイーグルを切るべきか考えていた。
これは、とあるVRMMOの物語。
一筋縄では行かない容疑者二名。
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