チラつく影の気になるアイツ
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー-怪しい倉庫
露店バザーには表と裏の顔がある。
かつての賑わいを懐かしんで露店を営んでいるネトゲーマーの密集地を表側とするなら、ティナンの勧告を無視して倉庫で寝泊まりしている連中が裏側ということになるだろう。
頬に傷を持つ男……もちろん傷はキャラクリで付けたものだ……。この男もまた裏の住人であった。表向きは倉庫番ということになっているが、裏では何でも屋とは名ばかりの下着ドロの常習犯だ。
下着ドロの鋭い眼差しがマゴットに向く。小さく舌打ちし、
「崖っぷち……。お前がここに女を連れ込むとはな。そいつは確か魔女の……」
マゴットが慌ててぺこりとお辞儀した。
「あ、マゴットです。えっと、その、初めまして」
俺の妹弟子は初対面の人間には意外と礼儀正しい。
下着ドロが舌打ちした。顔を逸らしてぶっきらぼうに告げる。
「……イーグルで通してる」
偽名だ。裏市の住人は決して本名を名乗らない。名乗る必要がない。フレンドリストでログインしているかどうかを探られるとマズい仕事をしているからだ。
下着ドロのイーグルはマゴットの視線に居心地の悪さを感じているようだった。巨躯を窮屈そうに縮め、俺に小声で話し掛けてくる。
「おい、何のつもりだ。分かってるだろ。俺は……」
俺は下着ドロを無視してマゴットに話を振った。
おい、マゴット。こっち来いよ。ちとヤニ臭えが我慢しな。ちょこちょこと寄ってきたマゴットに俺はイーグルの生業を説明してやった。コイツは何でも屋をやっててな。いかつい見た目してるし悪いヤツだが俺の身内に手出しするほどアホじゃねえ。
マゴットはきょとんとした。
「なんで? あんた別に強くないじゃん」
ええ? そこから? このガキンチョ、この俺を誰だと思ってるんだ。まぁいい。俺は簡単に説明してやった。
先生だよ。俺のバックには先生が付いてる。コイツらは後ろめたいことしてるから着ぐるみ部隊を敵に回すとマズいんだ。
下着ドロが横から補足する。
「それもあるが……。崖っぷち、コイツは頭がおかしい。何をしでかすか分かんねえ。崖っぷちの言うことにはハイハイ適当に頷いといて後でヒットマンを用意しろって通達が回ってるんだよ」
なんでだよ。仲良くしようぜ。こう見えて俺はお前を高く買ってんだ。だからマゴットをここに連れてきた。客層を変えてみるのも手かと思ってな。
下着ドロがぴくりと反応して俺を見る。
……コイツも哀れな男だ。漫画か何かの影響でハードボイルド路線の何でも屋を始めたはいいものの、最初に舞い込んだ依頼が気になる女キャラのパンツが欲しいというもので。そういうこともあるさと依頼を達成したのが運の尽き。それ以来、コイツの元に舞い込む仕事はパンツ一色になってしまった。
俺は哀れな下着ドロの背中をバンと乱暴に叩いて、
「人呼んで奪還屋のイーグル。その筋じゃ知られたヤツだよ」
奪還もクソもないのだが、依頼者からしてみるとイイ夢を見せてくれる存在であるらしい。まぁパンツを求める理由は人それぞれだ。何かしらドラマでもあったのだろう。
下着ドロは考え込んでいる。
この男は元々下着ドロになりたくてなった訳ではないのだ。客層が変われば仕事も変わる。そのメリットとデメリットを素早く計算しているのだろう。
ややあって下着ドロは重々しく口を開いた。
「……鎖がまだったな」
おお、そうなんだよ。まぁ作れば早いんだろうが、それじゃあつまんねーだろ。マゴットには俺も期待してんだ。お目当てのブツを探し当てる喜びを教えたいんだよ。露店巡りも悪かねえが、モノがモノだけにな。
下着ドロが頷く。
「そうだな。確かに鎖がまは……厳しい」
俺も頷く。だろうな。
俺も俺なりに考えてみたのだ。しかし考えれば考えるほど難しいと言わざるを得ない。
まず市場に存在するかどうか。何しろ武器として異質だ。鎖がまと言えば宮本武蔵の伝記に出てくる宍戸某が有名だが、何故わざわざ鎖がまをチョイスしたのか理解に苦しむ。それほどまでに扱いが難しいし、【スライドリード】との相性が悪い。鎖で繋がった武器をブン回してる時に【スライドリード(速い)】を合わせると、人間が制御できるスピードをやすやすと越えてしまうのだ。まず肩と肘もしくは手首がイカれる。そして使っている本人も吹っ飛ぶ。そりゃそうなる。運動力ってのは質量と速度の掛け算だからな。【スライドリード】は体重を上げるスキルじゃないし武器そのものに作用するスキルでもない。
鎖がまは種族人間に適した武器じゃない。だが……。俺はぼそりと呟いた。
「ネトゲーにあり得ないなんてことはあり得ない」
「ハガレン押しやめろ。ないものはない」
くそっ、作るしかねえのか。しかしそれは……。
ハッ。フリエアさん。フリエアさんが店の入り口でちょいちょいと指で俺を呼んでる。何やら内密にお話があるようだ。俺は下着ドロとちんちくりん二号に少し待つよう言ってトボトボとノミ女の元に向かった。
何でしょうフリエアさん。
「マゴットさんを変な店に連れ込むな」
しかしですねフリエアさん。
俺はこのノミ女にあまり強く出れない。マゴットから預かったらしくペスさんを従えているのも理由の一つだが、何より本日のデート費用はフリエアさんのポケットマネーから出ているのだ。
俺はガキンチョから金を恵んで貰ういわれはないとこの口で確かに言った。言ったが、それは時と場合による。フリエアさんはマゴットに喜んで欲しい。俺は余計な出費を抑えたい。双方の主張が合致したなら否やはなかった。
「口答えしない。プランはあなたに任せるから。返事」
はい。
俺は従順に頷いてトボトボとちんちくりん二号の元に戻った。
くそっ、なんてザマだ。この俺がガキンチョなんぞに顎で使われるとは。このままじゃ終われねえ。見てろよ、ノミ女。お前の想像を俺は超えてやる……。よし、そうと決まれば久しぶりに本気を出すとするか。
俺はニコッと爽やかに笑ってマゴットの手を取った。鎖がま。お前はどうやって探したらいいと思う?
「えっ。わ、私? 私は別に鎖がま要らないんだけどぉ……」
違う違う。お前は分かってないな〜。
俺は指を二本立てた。
二人居る。そう思え。人間が一人でやれることなんざ高が知れてる。だから俺たちでタッグを組む。二人なら一気に選択肢が広がる。鎖がまは通過点だ。目的地じゃない。要は改めて自己紹介しましょうねってコトさ。名前を言えってんじゃないぞ。俺はな、長い付き合いになるヤツとは三回の自己紹介が絶対に必要だと思ってる。まぁ人によっちゃ四回、五回と増えて行くんだろうが……。断言できるぜ。減ることは絶対にないね。
「三回」
さあ時間が惜しい。話は歩きながらできる。次の段階へ行こう。俺はマゴットの手を引いて歩き出しながらイーグルに手を振った。情報ありがとよ。またな。
イーグルは凄腕の下着ドロだ。口が固く、狙った獲物は逃さない。人脈が広く、顔も利く。その男がないと言うからには本当にないんだろう。お陰でこっちはないことを前提に動ける。大幅に時間を短縮できた。そう考えるべきだ。
舌打ちした下着ドロが大きな声で独り言を口にする。
「ああ、そういえば最近裏市に流れてきた変わり種の鍛冶屋が居たな。そいつなら鎖がまそのものとは行かなくても似たようなモンなら作ってるかもしれねえなー」
へっ、下着ドロの分際で粋な演出を。
俺も独り言を口にする。
あー。そういえば【目抜き梟】からちょっと相談があるから顔出してくれって言われてるんだよなー。人手が欲しいと思ってたトコなんだよ。そう、例えば暇そうにしてる何でも屋とかな。
俺の隣でマゴットが首を傾げる。
「フツーに話せば?」
わびさびを解さないやつだな。まぁとやかくは言うまい。こういう場面でネフィリアなんかはクールにバシッと決めるだろうし、ちんちくりん二号もおいおい学んで行けばいいのだ。
二人で手を繋いで露店バザーの裏通りをてくてくと歩く。俺の左手はアットムくんの指定席なので、マゴットと繋いでいるのは右手。利き手が塞がっている形になる。刺客に襲い掛かられたらとっさには対応できないかもしれない。いざという時は頼むぞ、ペス……。肩越しにちらっと振り返ると、ペスさんと一緒に物陰に身を潜めているフリエアさんからOKサインが出た。どうやらごく自然な流れでマゴットと手を繋いだのがお気に召したご様子。
おっとガラの悪い男二人組がくっちゃくっちゃとガムを噛みながら通りの向こうから歩いてくる。トラブルの予感がするぜ。ゴミが俺に気が付いた。
「あ? おい、崖っぷちじゃねーか。女連れかよ。いい身分だな? ええ、おい?」
オンドレぁ! まず一人。もう一人は……くっ、キツいか? 斧を受け止められた。
「ご挨拶じゃねーか! お前オモシレーな!? ゴキゲンだよ! あ!?」
女を連れてるだけで絡まれるのかよ。どこのヤンキー漫画だよ。
ペスさんが俺の肩を蹴ってゴミを飛び越える。
「ひゅっ」
ゴミが奇妙なうめき声を発してどうと地に伏した。切り裂かれた首から、ターと地面に血だまりが出来ていく。つ、強すぎる。同じ地球産なのにどうしてこんなに差があるんだ……。
ゴミを始末したペスさんが振り返らずに駆け去っていく。俺はトゥンクと高鳴る胸を押さえてペスさんを見送った……。
2.露店バザー-もっと怪しい倉庫
まぁ犬コロにときめいてる場合じゃねえよな。
裏市の新入りのヤサを突き止めるのはそう難しくなかった。
ガンと壁を蹴って乗り込む。
おう新入りぃ! オメェが挨拶に来ねえからワシから出向いたったわ! 感謝せぇや!
先輩風を最大風力で吹き散らしながら倉庫を練り歩いていると、不健康そうな女が奥から出てきた。まとまりの悪そうな癖っ毛に、いかにも研究が楽しくて寝てませんと言いたげな目の下のクマ。
霊感少女キャラの宰相ちゃんもそうだが、色々と拗らせた女は可愛いキャラを作ろうとして何故かニッチな方向に進む。ウチの赤カブトみたいに個性のコの字もない明るくて元気なキャラのほうが男受けすると思うのだが。
不健康キャラが癖っ毛を手で撫でつけながらぺこりと頭を下げた。
「あ〜。先輩の。こんちは〜」
ゆるい。俺の威嚇が効いてない。なるほどな。そういう感じのキャラか。
顔を上げた不健康キャラがへらっと笑う。
「俺は〜アナゴって呼ばれてます。なんでか知らないけど」
コイツ。アンパンと同じタイプのネカマだ。自分がネカマだと隠そうとしないネカマ。俺は消極的なネカマと呼んでいる。
俺はひとまず新入りの頬をブッ叩いてやろうと思っていたのだが、当てが外れた。さすがに女キャラの頬をさしたる理由もなくブッ叩く訳には行かない。
代わりにちんちくりん二号が噛み付いてくれた。マゴットが俺の腕にひしっと身体をくっ付けて、新キャラのアナゴを恨めしそうに見る。
「ちょっとぉー。あんまり近付かないでよ。私の……だし」
嫉妬してくれているらしいが、正直ネカマに対抗心を燃やされても困る。どうしたものか。
俺の腕にぐいぐいと身体を押し付けながらマゴットがきゃんきゃんと喚いている。
「私、負けないっ!」
俺は嘆息して天井を仰いだ。
これは、とあるVRMMOの物語。
いつも男とばっかり仲良くしてるから……。
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