墜落
1.プクリ遺跡-落下中
プクリ遺跡強襲部隊は分断された。
何が起こってるのかよく分からないが、プクリ遺跡を構成していたマップがバラバラになって目下落下中である。
……つまりこういうことになる。ラム子の第四形態は、この星を二重に包み込んでいた。俺たちが踏みしめていた大地と見上げた空は、ラム子によって再現されたニセモノだった。そして、ひび割れた空から見えた白い何か。あれは繭だ。
ョ%レ氏の切り札。ワールドクラフトだったか。……心当たりはあった。
(この私はより強力になるだろう)
以前に本社とやらの追っ手を退けたアレだ。
スケールが大きすぎるものは目にしていてもそうと気付かない。だからョ%レ氏のクラフト技能の圏内でログインした追っ手は……身体を改造されたんだ。ログイン時の無防備な瞬間を狙われて。
あのタコ野郎は、俺たちがラム子と戦ったあの日から、ずっとクラフト技能を発動していた。たった一人でラム子を押さえ付けていた。
スケールが大きすぎて、それが一体どれほど凄いことなのかイマイチぴんと来ない。そういうレベルの戦いだった。
……でも俺たちだって戦ってたんだ。
ニセモノの世界で必死に抗っていた。
それだけは「本物」だ。
世界が終わる。崩れ落ちていく。
その光景をラム子はぼんやりと見つめている。
黒い髪。黒い服。赤い唇。その姿かたちには何かしらの意図があるのか。それとも単なる気まぐれか。いずれにせよ今の姿が本性ならクァトロくんはラム子を指して「彼」とは言わなかっただろう。
(最高指揮官の一人だよ。彼とは本当に長い付き合いなんだ)
ラム子の容姿は仮初めのものだ。ネトゲーにおける圧倒的なロリ人気に合わせたのかもしれない。しかし……。ショタ型廃人のクァトロくんと同い年くらいに見える姿に化けたのは、多分偶然じゃない。
ラム子が振り返った。
クァトロくんが閉じ込められた水晶を片手で訳もなく担いだハーブミントが俺たちの居る島に飛び移ってきた。地面に力なく横たわるNAiの姿を見て動揺を露わにする。
「し、死んだのか? バカな。あまりにも呆気なさすぎる……」
死んだよ。俺は寝転がったまま答えた。
その女はもうダメだ。段々セブンと似てきた。種族人間の生命力を糧にしている時点でそいつの敗北は決まっていたのさ。ゴミはどれだけ磨こうがゴミにしかならん。
NAiの身体が自壊を始める。俺は察した。そういうことか。NAiめ。仕方ねえなぁ。俺は乗ってやった。ハーブミントに声を掛ける。
これが最後になるかもしれない。母さんと呼んでやれ。
「……何故だ? この女はお前たちを利用した。俺は、お前たちのことが嫌いじゃない。色々なやつが居るが、中にはアベルのように熱い男も居る。そんなお前らを使い捨てようとしたのは許せない」
アットムくんの熱い言葉が俺の脳裏を過る。
(性的な目はある)
……まぁアットムくんのことは置いておこう。
何故と問われたならば、俺は「母さんと呼んでやれ」とか言うポジのキャラになりたいからだ。ここはもっともらしいことでも言っておくか。
ミントよ。お前は認めてないだろうが、その女はずっとお前らティナンと会いたがってた。種族人間をそそのかし、女神の加護を与え、ティナンに悪さをしようとするヤツを罰し、エネルギーを補充してきた。それらは全てお前らと一緒に生きるためだ。遣り方は間違っていたかもしれんが、その熱意は認めてやれ。……時間がない。さあ。
NAiの自壊が進む。鬼畜ナビゲーターは最後の力を振り絞ってキレイに退場しようとしていた。
ハーブミントは動揺している。NPCは死んだらそれまでだから、一度きりの人生で「死」が特別な意味を持つ。俺は畳み掛けた。
一度だけでいいんだ。
ちょっとだけよと俺にそそのかされたハーブミントがクァトロくん入りの水晶を地に突き立てて、地面に横たわるNAiの手を握る。迷いはあった。それでも。
「……母さん」
NAiの死に顔は安らかだった。口元に小さな微笑を浮かべて、満足そうにNAiはその短すぎる生涯を閉ざした。
堰を切ったようにハーブミントの目からポロポロと涙が零れる。
「母さーん!」
さて、茶番はこのくらいでいいだろう。
ラム子がクァトロくんに近寄っていく。
水晶に手を添えると、無造作に指を突き入れた。水晶がひび割れ、一気に砕けた。倒れ込んできたクァトロくんをラム子が抱きとめる。
クァトロくんがぱちっと目を覚ました。
「ラム」
ラム子はニコリと笑った。
「クァトロ」
感動の再会みたいな感じだが、内情は異なるようだ。
クァトロくんは困ったように笑って、
「……僕も、君と戦うのは好きだよ。ずっとそればっかりやってたからかな……。仲良くなれたらって思うけど、そうなったら物足りないかもね……」
おっとゴミどもが嗅ぎつけてきたな。
「クァトロ〜!」
マリオブラザーズみたいにぴょんぴょんと島から島へ飛び移ったサトゥ氏が、復活したクァトロくんに抱きついた。
「ふん……」
大して嬉しくもなさそうなセブンが踏み込みをミスって落ちて行き、リチェットと宰相ちゃんが顔を見合わせてフフリと笑った。
「クァトロ! おかえり!」
一方、俺の周りに集まるのはゴミばかりだ。
「崖っぷち〜。今回は珍しくうまくやったのぅ」
「点数稼ぎか? あ?」
「何を企んでる。言えや」
ダリぃんだよ。放っとけ。
罵詈雑言を垂れ流すゴミどもが不意に静まった。あん? 見れば、ラム子が俺の傍らにちょこんと座っている。
おおっ、クァトロくんを救い出した俺にご褒美をくれるのかな? へへっ。これでようやく俺も【ギルド】の幹部か。
ラム子はサトゥ氏に高い高いされて困惑しているクァトロくんを見て、そこら辺に散らばってるゴミを見て、少し遅れて駆けつけたティナン四天王を。その中心に立つハーブミントを見た。
俺に視線を戻したラム子が俺の胸に手を当てる。おお……。力が……力が湧いてくる……ような気がしたが気の所為だった。むしろ逆だ。俺の黒光りするチャームな前足が種族人間のひ弱な腕に戻ってしまった。
俺はゾッとした。
り、リストラされる!?
俺はラム子にしがみ付いた。
ま、待て! 待ってくれ! お、俺を捨てるのか!? 何故だ!? 一体何が気に入らなかったんだよ!? お、教えてくれ! 言ってくれれば直すから! 俺を捨てないでくれ〜!
だが俺の懇願も虚しく、俺の身体から黒い金属片がドンドン剥がれ落ちていく。い、嫌だ! 俺は地面に這いつくばって黒い金属片を搔き集める。いつもの感覚で金属片を操ろうとするが、それが具体的にどんな感覚だったかを思い出せない。失われてしまった。
お、俺の力が! 力が抜けていく……!
俺はおいおいと泣きながら、さっと立ち上がったラム子の足に縋り付いた。なんでだよ〜! なんでこんなひでぇことするんだよ〜! も、もう一度俺にチャンスを……。チャンスをくれ〜!
ハッ。クソ虫さんたち。クソ虫さんたちが俺を慰めようとしてくれている。……い、いつ接近した? 嘘だろ……。俺の頭ン中のレーダーまで停止してる……。こ、これじゃあそこら辺のゴミと何も変わらねえ。くそっ!
俺は掻き集めた黒い金属片を腕いっぱいに抱えた。だ、誰にも渡さねえぞ。これさえ。これさえあれば、いつかきっと返り咲いてみせる……!
ダッと地を蹴って駆け出した俺に、一人のゴミが足を引っ掛けてきた。すっ転んだ俺は俺に足を掛けたゴミに吠えた。殺すぞッ! 誰だテメェ! 三下が! 引っ込んどれや!
ゴミがニヤニヤと笑っている。
「三下? まだ分かってねえのか。力を失ったアンタに俺らを率いることはできねえよ」
テメェ、冒険者ギルドの……。
「なあ、元ギルドマスターさんよ。あんたは言ったよな? 金が全てだってよ。じゃあ、あんたはどうなんだ? あんたはウチに幾ら出せるんだい?」
ふ、ふざけるな。俺の冒険者ギルドだぞッ! なんで俺が金を出さなくちゃならねえんだ!
「あ? ピンハネした分はあんだろ。ない筈は……。いや、もしかして使い込んだのか?」
俺は宵越しの金は持たねえ主義だ。
少し離れたところに立っていたスマイルがギョッとした。あんだよ。
「コタタマくん。本気で言ってるのか? 君の資産は相当な額に登っている筈だぞ。それを使い切った? どうやって?」
どうやってって……馬だよ。ジョゼット爺さんがいいスピンが育ったって言うから。今や俺は大馬主だ。
いいか。金を使って金で金を回す仕組みを作ったやつが偉いんだ。手持ちの金で満足してたら先はねえんだよ。どっかで博打に出ねえと。デカい金でデカい勝負をするんだ。注ぎ込む金は多ければ多いほど勝率が上がる。社会はそういう仕組みになってる。だから俺は借金して、その金を全部突っ込んだ。どうせ返ってくるからな。
…………。
俺は少し考えた。
え!? 冒険者ギルドのゴミを見る。お前ら、もしかしてクーデターを起こしてるの? それは困るよ? 前提が崩れるじゃん。大人しく俺に従っとけよ。そしたらお前らにもイイ目を見してやるから。クーデターなんて誰も得しねえぞ。
「全財産を馬に突っ込むようなアホに従えってか……」
いや、だって、お前ら知らねえのか? 賭博ってのは元締めが確実に儲かるよう出来てるんだぞ。今は生産職の相互組合が仕切ってるが、レースで勝ち星を上げるスピンのオーナーになればそこに食い込める。勝つ馬ってのは人気があって、人気ってのは商売のキモだからだ。こ、怖い顔するなよ。仲良くしてこうぜ? な?
「……俺は今やAランカーだ。あんたを見返したい一心で歯を食いしばって生きてきた。汚れ仕事にも手を染めた。その俺を、あんたは覚えてねえらしい」
あーあ。俺は肩を竦めた。
あのな、俺とお前の間に何があったかは知らねえが、いちいちモブの顔なんざ覚えてられっかよ。大方、Cランカーのクズがイキって俺に凹まされたんだろうが、そんなのは日常茶飯事だ。なーんも特別なこっちゃねえ。お前にとってはそうじゃなかったのかもしれねえが、知ったことかよ。
俺はゴミのデコを軽く小突いた。どーんっ。
お前はこれまでに食べたパンの枚数を覚えてるのかよ?
地表がぐんぐん近付いてくる。
地表が近付くたびに足場の金属片が端から削れていく。
クァトロくん辺りが何かしたのか、このまま行けばエッダ海に着水するだろう。
俺は頃合を見計らってダッと地を蹴ってバッとエッダ海に身を投げた。
海中をすいすいと泳いで、距離を稼いでから海面にぷかっと顔だけ出す。
黒い金属片がエッダ海に降り注いでいる。
俺はもう一度海中に潜ってすいすいと泳いでいく。
潮時だ。
ゴミどもが反旗を翻したなら、これまでに俺が行ってきた数々の不正が白日に下に晒され、俺は全てを失うだろう。おそらくは借金のカタにスピンも持ってかれる。
だが、俺はまだ負けちゃいない。
この恨みは忘れねえぞ。
這い上がってやる。何度でもな。
俺は日の光から逃れるように海を深く潜っていく。
歯列をギラつかせて復讐を誓った……。
これは、とあるVRMMOの物語。
負けることが恥なのではない。負けて、立ち上がらないことが恥なのだ。
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