閃光のように……!
1.プクリ遺跡-最下層
魔法環境は蘇生不可と治癒力向上。女神の加護は一時的に停止している。
そんな中、一人の女だけが命の火を燃やしている。
NAiだ。ゴミとカス以外が動きを止めてラスボスじみた女を見る。
ゴミとカスは止まらない。端的に言ってNAiの登場に慣れたのだ。出てくるたびに何かデカいことをやってくれるのではという俺たちの期待を裏切ってきたツケだった。もう俺たちはこの鬼畜ナビゲーターに何も期待しない。どうせ今回もその辺をちょろちょろして気付けば居なくなるのだろう。
だがプクリの動きを止めたことは評価してやる。プクリは運営に絶対服従の【戒律】を刻まれた使徒だからな。運営の一員でもあるNAiを警戒しているのだろう。
【ギルド】の集中砲火。殺到した銃弾がプクリの鱗に弾かれるがノーダメージという訳ではないようだ。産出された魔石が辺りに散らばる。いいぞ。これは未曾有のチャンスだ。ゴミどもがクソ虫さんたちを応援する。
ゴミ種族人間とカス種族【ギルド】は攻撃の射程がまったく異なるため共闘が難しい。だから、これまでは魔法という切り札を持つ種族人間がメインを張って【ギルド】はマナポの原材料になるというチームワークで動いてきた。
しかしマナポによるMP回復は【戒律】を強め、結果として種族人間を無職にしてしまう。残機がヤバくなれば自死によるMPリセットという手段も使えなくなる。メインアタッカーはゴミからカスへと移行しつつあった。
ゴミカスが戦っている。NAiは面白くない。長らくチュートリアル空間に幽閉されていた反動なのか強い承認欲求を持っている。光の加減によって彩りを変える長い髪をうっとおしそうに掻き上げ、プクリに短く命じた。
【プクリ。構いません。程々に痛め付けてあげなさい】
ティナン四天王の三人はハーブミントを気にしていた。
ナイ教信者にしてはNAi登場に対する反応が鈍い。モンブランによればハーブミントはちょっと特殊な立場に居るという話だったが……。
NAiはひとまず俺をいたぶることにしたようだ。うつ伏せになってずりずりと地面を這う俺の背中に尻を落として座ってくる。何しやがる。ケツ揉むぞ。どけや。
「思えば、冒険者ペタタマ。あなたのスキルには手を焼かされました。凶運、非運、悪運のハードラック……。取るに足らないスキルだと思っていましたが、数が揃うとああまで化けるものなのですね。驚きましたよ。何よりあなたのスキルは私のそれに似ている。その受け入れ難い事実を私は認めねばならなかった。屈辱だ。もちろん私のスキルが遥か上位に位置していることは言うまでもありませんが」
サトゥ氏がNAiに仕掛ける。
「NAi……! コタタマ氏を……!」
急迫するサトゥ氏をNAiが一瞥する。虚空に出現した金属片が結集して小剣群を形成した。鼻先に迫る小剣群にサトゥ氏が息を呑んで動きを止めた。
NAiは興味を失ったようにサトゥ氏から視線を逸らした。
「ペタタマを? 何ですか? もう分かっているのでしょう? この男は私の所有物です。それは、サトゥ。あなたも例外ではない。にも拘らず、生意気にもティナンを利用してこの私を引きずり出そうとした。……サトゥ。あなたは私を殺害するつもりなのですね。悲しいですよ。参考までに理由を尋ねても?」
おそらくNAiは俺たちの心を読める。それはささやき魔法の副作用のようなものかもしれなかった。
サトゥ氏は小剣群を突き付けられながらも笑った。
「……逆に聞きたいね。頭に爆弾を仕掛けられて平気なヤツなんか居るのかよ?」
頭に爆弾? 何のことだ。
NAiは不快げに身をよじった。
「そこまで分かっているのか。……山岳都市を襲撃する計画まで? これが廃人……。危険な男だ」
……サトゥ氏の言う通り俺たちの頭に爆弾が仕掛けられているとすれば、トリガーはティナンへの攻撃だろう。それを実証するためには実際にやってみるのが一番早い。
思えば、これまで種族人間とティナンが仲良くやってこれたのは不自然な奇跡だった。何故ならプレイヤーが一人でも山岳都市の住宅地で【全身強打】を撃てば両種族の良好な関係は脆くも崩れ去るのだから。
実際にそうなっていないというなら、すでに誰かが試して失敗したと見るべきだった。
なるほど。頭に爆弾か。種族人間は地獄のチュートリアルでポポロンとワッフルを打倒して【全身強打】と【心身燃焼】を解放したが、二体の使徒が万全だったかと問われれば疑問だ。種族人間に備わるスキルコピーには幾つかの段階があるという疑いがある。不完全なスキルコピー。その代償が条件付きで作動する爆弾なのかもしれない。
NAiがちらっと俺を見た。
「しかし大部分のプレイヤーがティナンに好意的であることは事実……。この件は不問と致しましょう。計画を実行に移していたならばその限りではありませんが」
くそっ、ケツを揉む気力すら湧かねえ。
NAi……。お前、俺に何をした……。
「分かりませんか? 【奇跡】ですよ。ペタタマ。あなたの自慢の目は、女神の加護の一形態であるに過ぎません。死を乗り越えたプレイヤーは霊感に目覚める。千の業を成して修を得る。何も不自然なことではありません。あなたたちの知る宗教観にも似たようなものはあるでしょう」
霊感だと? じゃあ俺のダルい日は……。
「霊感の悪用が原因です。あなたたちの言う【戒律】のオリジナルのようなものですね。私たち天使は秩序が保たれた状態を好む。その点、ティナンは素晴らしい。あの化け物を深く信仰していることを除けば」
そう言ってNAiはニコリと笑った。立ち上がってティナン四天王に両手を広げる。
「ようやく会えましたね。私があなたたちの本当の母親です」
NAiとティナンはエルフのように尖った耳をしているという共通点がある。
しかしハーブミントは懐疑的だった。
「俺たちは、ただ自分たちのルーツを知りたかっただけだ。……母親だと? 今更ノコノコと現れて何のつもりだ」
いや、それは違う。
俺は腹を痛めて産んだNAiの味方をしてやることをした。
ミントよ。NAiは見守るモノとか言われてたが、常日頃からお前らのことを気に掛けていた。俺から言わせてみればレ氏なんかよりはずっとマシだ。甘えられる時に甘えとけよ。そいつは……ずっとお前らの傍に居るって訳には行かないんだ。事情は知らんが、俺たちの生命力を奪うことでしか自分自身を保つことができない哀れなやつさ。
俺の憐みの目にNAiがきゃんきゃんと喚く。
「黙れヒューマン! 私は神のお膝元に仕えることを許された天使だぞ! この世界に遣わされたのもヤツらの監視のためだ!」
よく分からんがヤクザのお務めみたいなものだろう。あれだ。ムショから出てきたらお前も晴れて幹部入りだみたいな……。
「全然違う!」
違わないだろ。モモ氏はお前ら天使のことを殺戮人形だって言ってたぞ。それって要は鉄砲玉ってことだろ? 元々タコさんウィンナーたちと敵対してたっぽいしよ……。
「ぐっ……!」
NAiが言葉に詰まった。何か言いたそうにしているが立場上反論したくてもできないという感じだ。
さてプクリはと言うと、NAiの言い付け通りゴミとカスを程々に痛め付けていた。クソ虫さんたちの弾幕を物ともせずにのしのしと近付いて前足の一振りで軽くまとめて撤去している。
ザコ仲間のクソ虫さんたちがやられてゴミどもも黙っちゃいない。プクリに張り付いてガンガン武器を叩き付けるが、スタンを食らってコロコロと転げ落ちていく。
ハーブミントが吠える。
「下がっていろ! お前らではプクリに対応できない! モンブラン! やるぞっ!」
おや、ミンミンには何か秘策があるようだ。
コクリと頷いたモンブランが片手を突き出した。
寝返りを打って地べたでゴロゴロしていた俺に何やら加重が掛かる。おごごごごっ……!
どうやら広範囲に【四ツ落下】を適用してプクリの呪詛が這い上がってくるのを押さえ付けているようだ。
ティナンは自分たちのレイド級を探し求めて世界中を旅してきたという設定を持つ。旅の途中でプクリと遭遇して交戦した経験があるのかもしれない。
重力環境でもティナンの動きに陰りは見られない。特にハーブミントだ。プンッてなってプクリの顎を蹴り上げる。仰け反ったプクリの巨体が少し浮いた。凄まじい威力だ。ドラゴンボールかよっていう。
次元が違いすぎる。奮闘するティナン四天王にゴミとカスは声援を送ることしかできない。
その様子をうんうんと頷いて偉そうに見守っているのがNAiだ。
「小さな身体に高い俊敏性。パワーこそレイド級には及ばないものの、知恵と技術で補うことができる。やはり彼らティナンこそがョ%レ氏の最高傑作」
お前、何しに来たの?
俺の素朴な疑問にNAiは大いに気分を害したようだった。
「いちいち癪に障る男ですね……。私は現場監督です。ガムジェムの力を得たティナンならば相手がレイド級といえど簡単にはやられません。ですが、最高指揮官が相手となれば話が別です」
ラム子か。あいつにティナンをどうこうしようという気はなさそうだが……。
「ペタタマ。私はあなたたちに同情をしているのですよ」
あ?
「私たちにも【ギルド】の正体は分かっていない。私たちは生物のタイプを幾つかのランクに分類していますが、λ(ラムダ)体などというものが本当に実在するとは思っていませんでした。いかなる経緯によるものかは不明ですが、【ギルド】という不滅の存在が誕生し……。同じ宇宙にたまたま住んでいた不幸な種族があなたたちなのです」
そんな深刻ぶることねえだろ。
俺はヨチヨチと寄ってきた【歩兵】をヨシヨシと撫でてやった。
しかし、そうか。コイツらは宇宙人ってことになるのか。けどよ、イキナリ卵を産み付けられて内側から食い破られるよりは幾らかマシなんじゃねえか? いささかR-TYPEのバイドっぽいのが玉に瑕だな。ゆるバイドだぜ。
……なんだ?
俺の頭ン中に仕込まれたレーダーに映るゆるバイドの光点が俺に何かを訴えてくる。
それは……。
クラフト技能で粘土をこねているあの感覚にひどく似通っていた。
得体の知れない情報をダウンロードされるあの感覚だ。
地面が大きく揺らいだ。
え? 俺の所為じゃねえよな?
俺はキョドッた。
激しい揺れが最下層を揺さぶる。
崩落が始まった。
いや、これは崩落と言うより空間そのものが……。
ノイズが走る。
天井と地面のグラフィックが脱落していく。
黒い金属片が屹立し、天井を構成していた黒い金属片がバラバラと剥がれ落ちてくる。
NAiが舌打ちした。
「ョ%レ氏……」
あ? レ氏がどうしたって?
「あなた自身が言ったことでしょう? 最高指揮官の第四フェーズは世界そのものだと。対策と強化。あの最高指揮官は、ョ%レ氏のクラフト技能に対抗して、この黒い星を作った」
空が見えた。
雲一つない青空に亀裂に走っていた。
まるで世界の終わりだ。
ひび割れた空が脱落していく。
脱落した空の隙間から白い何かが見えた。
NAiの手元に結集した金属が大剣を構築した。言う。
「ョ%レ氏の切り札、ワールドクラフトが競り負けようとしている」
しばらく音沙汰ないと思ったら、ちゃんとお仕事してたのね……。
アナウンスが走る。
【Gun's Guilds Online】
【バトルフェーズに移行します】
【隊列を組んでください!】
おっと俺の腹からにょきっと小さな手が生えた。
またこのパターン?
本気でやめて欲しいわ。俺の腹は便利な連絡通路じゃねえんだよ。
……よう、最高指揮官殿。元気にしてたかい?
俺の腹から這い出てきたラム子に、NAiが大剣を振り上げて襲い掛かる。
ラム子がちょいと片手を突き出した。
吹っ飛んだNAiが血を吐いた。
「こ、これが【ギルド】の、最高指揮官……」
NAiってさぁ。俺は思った。
なんて言うか、噛ませ犬だよな。
いつもそう。肝心な時に役に立たねえ。
その芸風なんとかならないの? あ、ダメっぽい。
ティナンを守るだのと大言壮語を吐いていた女は夏を精いっぱい生きたセミのようにコテリと死んだ。
これは、とあるVRMMOの物語。
そ、素材が。素材が悪い。
GunS Guilds Online