モンブランとハーブミント
1.ティナン姫の屋敷-客待の間
レイド級はクリア間近まで行ったプレイヤーの知識を持っている。
そしてニャンダムとマールマールに共通する強い憎悪。対象は【ギルド】と運営だ。
さらにガムジェムの永遠の菓子という特徴。あれは獲物を招き寄せて強い器を得るためのものだろう。
となれば答えは自ずと見えてくる。
特別俺が賢い訳じゃない。検証チームはもちろんのこと、サトゥ氏辺りは当然のことと把握してるさ。
だが、サトゥ氏は知っていて黙っていたらしいな。
色っぽいティナンがガッと俺の首を掴んで俺の身体を持ち上げてくる。
「お前っ……! 今言ったことは!」
何だよ。ムキになるなよ。黙ってたほうが良かったかい? サトゥ氏みたいによ。
その時、ずっと黙っていた黒尽くめが口を開いた。
「モンブラン」
ギョッとした色っぽいティナンが思わずといった感じで俺から手を離した。
黒尽くめが続ける。
「確認が先だ。殿下の御身を優先しろ」
プンッてなった黒尽くめがふすまを開いて廊下に出て行く。色っぽいティナンも慌てて黒尽くめの後に付いていく。
俺は首をさすりながら座り直す。あ、ちょっと凹んでる。ったく、生物としての格が違うんだからもっと優しく扱ってくれよな。
にしても、あの慌てよう。くくくっ……。
含み笑いを漏らす俺を、宰相ちゃんがじとっとした目で見ている。
「あんな煽るような言い方をして……」
そっちから話を振っておいてそりゃねえだろ。お前な、話題の持って行き方がヘタクソだぞ。強引すぎる。見てて冷や冷やしたぜ。
俺は宰相ちゃんにダメ出しした。
何だよ、実は知ってましたとか言い出すって。仕方なく乗ったけど俺にアドリブを期待するのはやめて欲しい。
俺は深々と溜息を吐いた。
……メガロッパ。お前は分かってるだろ。サトゥ氏がお前に俺を連れて行けって言ったのは、このためだよ。要は飴とムチさ。サトゥ氏は俺に憎まれ役を押し付けるつもりだ。そして、それは正しい。いつでもログインしてるアイツは今後もティナンと交渉を続けることになる。しかし誰かがティナンの目を覚ましてやらにゃならん。そいつは俺がやるさ。
メガロッパ。お前は余計な口出しをするなよ?
おっと問題のマーマレード殿下の登場だ。色っぽいティナン……モンブランね……と黒尽くめに両脇を抱えられて、捕獲された宇宙人みたいに引きずられてきた。手には厚い本をしっかりと掴んでいる。動物図鑑だ。サトゥ氏の手土産かな?
マーマレードは動物図鑑の続きが気になるようで、両脇を抱える二人を気もそぞろに咎めた。
「無礼だぞ」
客待の間にティナンの姫様を引っ張り込んだモンブランがべしべしとマーマレードの後頭部を平手で叩く。
「ぺっして! ほら、【飴】をぺっして!」
「無礼だぞ」
くくくくっ、ふはははははははははは!
俺は我慢できずに吹き出した。
ギョッとしたモンブランが俺を見る。俺は何でもないと手を振った。
いや、悪い。続けてくれ。くくくっ……。
ハッとしたモンブランが俺に詰め寄ってくる。
「お前っ、俺らを騙したのか!?」
俺はモンブランを無視した。マーマレードに目を向ける。
マーマ、愛されてるな。
ティナン姫は溜息を吐いた。
「冒険者コタタマ。お前の相手は荷が重かったか」
いいや、そんなことはないさ。そっちの黒尽くめは気が付いてるようだしな。
部下を鍛えたいというマーマレードの気持ちはよく分かる。ありとあらゆる采配を自分一人で取るのは無理があるし、勅命を下せるティナン姫は二人居るのだから。非常事態に備えて指揮系統はメインとサブの二系統を用意しておくべきだ。
俺は色っぽいティナンを指差した。
お前、モンブランだったか。さっき黒尽くめが名前を呼んでたよな。お前はバカじゃない。けど危機感が足りてない。分かりやすく教えてやるよ。
俺はマーマの意識がガムジェムに乗っ取られてるかもしれないと言ったよな?
それは嘘じゃない。理屈から言えば、その可能性を排除することはできないんだ。もしもそうじゃないってんなら、まだ俺らが知らないルールがあるってことになる。おそらくジョゼット爺さんなら、ある程度は見極めが利くだろう。あの爺さんは気配とやらに敏感だからな。
だが完全じゃない。ガムジェムの侵食がどういった種類のものなのかを俺らは知らないからだ。侵食と言うよりは融合に近いのかもしれない。いずれにせよ、今のマーマが本物なのか? その問いに答えられるのは、このゲームの運営しか居ない。
しかし、だ。お前らにとっては幸運なことに一人だけ例外が居る……。
それがクァトロさ。
俺はぐっと身を乗り出した。
モンブラン。お前はクァトロ救出に動く理由はないと言ったな。違うぞ。むしろ逆だ。理由がないのは俺たちのほうだ。何故なら俺らにはリアルがある。逃げ場があるんだ。
お前らはお前らの知らないルールで生かされてる。危機感を持て。お前らはクァトロに恩を売るべきなんだ。
それとな、これは前にマーマとメープルにも言ったが……。サトゥ氏に気を許すな。アイツはお前らにクァトロは友達だから助けたいとか言ったんだろ? まんまと騙されやがって。アイツにとって友情なんて便利な道具だよ。友達だからと言っておけば周りが勝手に納得してくれる。その程度さ。アイツはクァトロくん争奪戦レースを一人で勝手に準備して走り出してるんだ。お前らは出遅れてる。もう一度言うぞ。危機感を持て。
モンブランはカーッと顔を真っ赤にした。
「お、俺に恥を掻かせたな……!」
殺される。
俺は命乞いした。
ま、まぁ待てよ。違うんだ。そうじゃねえんだ。恥とかそういう問題じゃない。種族の垣根を乗り越えて仲良くしていこうねっていう。そういう話よ。
俺はぺこぺこと頭を下げた。
に、憎まれ役を買って出たっていうかね。そういう感じなんだよ。ほら、俺ってそういうの得意だからさ。必要悪って言うんですかね? サトゥ氏がっ……! ヤツに俺は嵌められたんだっ! 俺はヤツに利用されたんだよ! 恨むならサトゥ氏にしてくれ〜!
俺は頭部を畳にぐりぐりと押し付けながらちらちらっと宰相ちゃんに目でSOSを送る。何を黙ってる……! お前のその自慢のよく回る頭で俺を助けるんだよォー!
宰相ちゃんはじとっとした目で俺を見ている。
「さっき口出しするなって言ったのに……」
おいおい、そう拗ねるなよ。俺は宰相ちゃんの肩にガッと腕を回した。
真に受けるなって。ちょっとカッコ付けてみただけじゃねえか。お前は頭のキレる女だ。こう見えて俺はお前を認めてるんだぜ? 頭のいい女と話すのは楽しいよ。お前はイイ女だぜ。
おや、黒尽くめがマーマレードを連れて部屋を出て行こうとしている。待ちなよ。話が途中だぜ。
ぴたりと足を止めた黒尽くめが肩越しに振り返って俺を見る。
「お前はアベルの友だ。俺もまた友のために戦うだろう」
それだけ言い残して黒尽くめは去って行った。
……何なんだ、あいつは。普通のティナンじゃない。ひょっとしたらマーマレードやハニーメープルよりも……。
おや、モンブランがドヤ顔をしている。凄く聞いて欲しそうな顔してる。仕方ねえな。ご期待に応えるとするか。俺はドヤ顔モンブランに黒尽くめについて尋ねた。
あいつは何者なんだ? ちょっと特殊な立場に居るという話だったが……。
モンブランは俺の命乞いに溜飲を下げてくれたようだ。チョロいぜ。ふふんと鼻を鳴らして言う。
「あいつは風のハーブミント。四天王最強のティナンにして、王族にもっとも近い男さ」
最強の男だと?
……なんということだ。
ティナン四天王の中にも格付けがあるのか。俺の中でラムレーズンとミルフィーユの格付けが一つ下がってしまった。
俺は、俺の中の格付けランキング表に新たにハーブミントとやらの名札をペタリと張った。王族にもっとも近い男。良い響きだ。有象無象の名札をまとめて一段下に引きずりおろしていく。その中にサトゥ氏の名札も混ざっていたことは言うまでもないだろう。しょせんは過去の男よ。お前の栄光の時代は終わったのさ。
さて、じゃあ俺も帰るか。俺はいそいそと帰り支度を整えていく。メガロッパ。細かい調整は任せるぞ。俺はウチに戻って経験値稼ぎする。
俺は手をふりふりして、ふすまをすぱっと開いた。
「あっ」
ん? おお、コニャックじゃねえか。どうした、そんなところで。
廊下で聞き耳を立てていたらしい。ティナンにしては育った女が、俺と目が合うなりパッと廊下の柱の陰に隠れた。
……んん?
し、飼育員さん?
俺が近寄ると、同じだけコニャックさんが下がっていく。
「…………」
まさか。俺は、黒光りする俺のニューボディを見下ろした。俺の目に映るのは【ギルド】の一員としか思えない機械の身体だった。
し、飼育員さん。
俺だ。コタタマだよ。あんたの可愛いコタタマくんだ。なんでそんな怯えたような目を俺に向けるんだ……。
「……違う。君はコタタマじゃない」
ガンと頭を殴りつけられたような気がした。
お、俺は。俺は……。
……いや、俺は俺だ。何も変わっちゃいない。それをこれから証明してみせる。
コニャック。地下へ行こう。
「地下へ……?」
そうさ。身体で教えてやるよ。
2.ティナン姫の屋敷-地下牢
「この色ツヤは……。コタタマ! 君だったんだね! 疑ってゴメンよ!」
いいのさ。
「しかし驚きだ。硬い殻の中に人間のパーツが一通り揃っている。これは……【ギルド】とプレイヤーの間に互換性があるということか?」
生命の神秘というやつだな。
「コタタマ……。今夜の予定は空いてるかい? こんなところを見せられてさ、我慢できないんだ。チョットくらい、いいだろ?」
いえ、こんなことしてるのウチの子たちにバレると面倒ですし……。
飼育員さん。俺はジャムジェムのペットになったんです。だから、こういうのはこれっきりにしてくれませんか?
「冷たいんだね。内緒にしてれば大丈夫さ。二人きりの秘密だよ。ふふ、なんだかワクワクするね。それに……今更だろ?」
底の見えない深い穴に二人で落ちて行くかのようだった。絡み合った指がとくんとくんと二人の心音を溶け合わせていく。
いつか身の破滅に繋がる行為だということは分かっていた。それでも手を切ることができないのは、きっと惰性によるものだった。
シーツの上で身をよじった俺に、コニャックが覆い被さってくる。
「あっ……」
これは、とあるVRMMOの物語。
内臓は嘘を吐けない。
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