♯集積回路
¥6980? ¥5800じゃなくて?
……くそがっ、何を地味に値上げしてやがる。
つまりこういうことらしい。
このゲームのソフトはテイマーの転職条件が開示されたことで売り上げを伸ばし、地味に在庫を売り尽くした。
混乱を予想したクソ運営は、事前にクリスマスソングを収録した2ndシングルを発売。お値段が少し上がったと。そういう事情なのだとか。
くそっ。あこぎな商売しやがって。
1.ニャンダム山脈
赤カブトが滝に打たれている。
魔法の杖を地面に付いて監督している先生が言った。
「ジャム。精神の修養だ」
我らがクラン【ふれあい牧場】は、赤カブトのクラスチェンジに向けて動いている。
テイマーになるためには薬剤師を経由し、召喚獣を得ることが条件だ。
AI娘の赤カブトの場合、少し特殊なケースということになる。
つまり召喚獣を指定する怪光線を俺が浴びて、俺のピンクバージョンと同期した赤カブトがログインするという寸法だ。
さらっと流されたが、やはり俺のリアルはAI娘に侵略されそうになっていた……。
赤カブトさんがカッと目を見開いて吠える。
「シューヨー!」
ううっ、やる気が。赤カブトさんのやる気が凄い。
……俺は確かに【ギルド】の一員だが、心までヤツらに売り渡したつもりはない。洗脳なんてしょせんはリップサービスのようなものだ。
せ、先生。やっぱり俺がジャムジェムのペットになるというのは無理があるのでは……。
「……【ギルド】は信用できない。しかしコタタマ。君ならば話が別だ」
え? 何の話を……。いや、そうか。そうだよな。赤カブトが俺のピンクバージョンに憑依できるなら何も俺がペットになる必要はない。例えば俺がペットを新しく飼って……いやダメだ。足が付く。ならば【ギルド】は? 【ギルド】を飼う分には問題ない筈……。身バレには繋がらない。いや違う。だから先生はその話をしてるんだ。
「コタタマ。私は君を信頼している。君はこれまでに数え切れないほどの多くのプレイヤーを陥れてきたが、ジャムに関しては明確なまでに特別扱いをしてきた。そして本当に驚くべきことに周囲のプレイヤーはそれを自然なことと受け入れている。平等という理念を根底から否定しつつも度を越えた反発を押さえ込んでいる。それは奇跡的ですらある。私は君に賭けるぞ」
な、なんてことだ。先生が俺に期待をしてくれている。やっぱり俺は不可能を可能にする男だったんだ。
俺は自分が可愛くて仕方ないから、俺自身を過大評価してるんじゃないかと心のどこかで思っていた。けど、そうじゃない。自覚がなかっただけで、俺は成長していたんだ。
ならば俺は俺の直感に従おう。
ジャムー! 俺は吠えた。
「なんでしょう。ペタタマくん」
赤カブトは悟ったような眼差しで俺を見た。綺麗な目をしてやがる。さては滝に打たれてワンランク上のステージに上がったように錯覚してやがるな。俺には分かる。赤カブトはそういう女だ。お調子者め。
俺はバッと後ろに跳躍して茂みに身を潜めた。四つん這いになってもるもると威嚇の声を上げる。
ジャムジェムよ。俺はまだお前を認めちゃいねえぜ? お前が俺のマスターだというなら力を示すことだな。
赤カブトが滝をザッと分け入って前に出る。
「元よりそのつもりです」
適当言いやがって。なんの勝算もない癖にその場のノリと勢いで喋ってやがる。
だが、それでもなお俺を上回るというなら、コイツは「持ってる」女ということになる。
面白え。思えばお前と本気で勝負をしたことはなかったな。俺とお前、どちらが上か……この場でハッキリさせるとしようや!
俺は前足を地面に叩き付けてクラフト技能を発動。地面に氷結の式を刻み、山の斜面を素早く駆け出した。
茂みを飛び越えた赤カブトが凍結した路面で盛大にコケた。
「にゃーっ!」
迂闊! あまりにも迂闊! パンチラゲットだぜ!
俺は後ろ足でちょこんと器用に立って自分の胸を親指でビシッと指差した。
俺のチップはここだ! 一撃でブチ抜いてみなよ? やれるもんならなァ!
言いたいことを言って俺はダッと駆け出した。四つ足で力強く地を蹴ってぐんぐんと加速する。
「ま、待て〜!」
2.十分後
もるるっ……。
力尽きて地面に大の字で寝そべる赤カブトを俺は悲しげに見つめる。
よもやここまでおバカさんだとはな。
罠という罠に引っ掛かるし追跡が素直すぎる。ティナンじゃあるまいし、人を疑うということを知らんのか。
だが解せないこともある……。
俺は茂みに身を潜めつつ赤カブトに問い掛ける。
ジャム……。何故だ? 何故、ハイフレームにならない? お前が本気を出せば、さしもの俺も手こずったろうに。
赤カブトはフッと笑った。
「あの力は、ペタさんにしか使えないから。私ね、自分の実力で。みんなと一緒にがんばって、身につけた力で勝負しようって」
そうか。そうだな……。俺はしんみりした。ジャムジェム……。立派になったな。みんなと一緒にがんばって、か。立派だぞ。ペタタママはとても嬉しい。
ポチョやスズキと一緒に過ごした時間は、いつしか赤カブトにとって掛け替えのないものになっていて。それは栄光のαテスト時代に勝るとも劣らない輝きを放っていて……。
ころりと寝返りを打った赤カブトが手足に力を込めてよろよろと立ち上がる。
ジャム。もういい。俺はお前を……。
「でも負けたら意味ないので。ここから本気を出します」
赤カブトの手足が真っ赤に燃える。命の火がたちまち這い上がり、赤ごしらえの具足と化して四肢に絡み付く。
俺はダッと地を蹴って逃げ出した。そして一瞬で回り込まれた。両手を掴まれて地面に押し倒される。
やだー! やだー! 俺はブンブンと頭を振ってジタバタと暴れた。しかしびくともしない。
赤カブトさんはニコッと笑った。
「これでペタさんは私のものだね」
ざけんなっ! こんなの反則だろうがよ! 俺は認めねーぞ! 俺の感動を返せ! 負けたら意味ないってそんなことはないぞ! 大切なのは結果じゃない……。過程なんだ。
俺は赤カブトのピンク色の瞳をじっと見つめて人生で本当に大切なものを懇切丁寧に解説してやった。
俺はいつも現在俺が必要としてるものを追ってる。実はその先にある本当に欲しいものなんてどうでもいいくらいな。……言ってる意味、分かるか?
赤カブトはふりふりと頭を横に振った。
そうか。分かんねーか。じゃ、もう少し話すか……。
正直な話な、俺がこのゲームを始めたのはキレーなチャンネーとイチャイチャしたかったからだ。俺にとってのネフィリアがそうだった。あいつの下で修行して、よく見える目を手に入れた。これでパンチラ見放題だぜ。そう思った。事実そうだろう。しかし何故かな……。コソコソと隠れて女のケツを追っ掛け回す気にはならなかった。何より自分自身で不思議だったのが、事あるごとに俺は目がいいとアピールしてきたことだ。意味分かんねえよな。それぁよ、言ってみれば盗撮魔が望遠カメラ持ってますと宣言するようなもんだぜ。お陰で今となっちゃ俺の目は女キャラに警戒されてるし、イベントのたびに最前線に放り込まれる始末よ。目がいいなんて隠しておけば良かったんだよな。まぁいずれは露見しただろうが、何も自分から言う必要はなかった。
でもな、ジャムよ。念願叶ってパンチラを拝んだ時、俺が一番嬉しかったのは、ずっと願ってたパンチラを目の当たりにしたことじゃなく、真っ赤な顔して俺を睨み付ける女にビンタを食らった瞬間だった。
エロスの本質はシチュエーションなんだ。リアクションなんだよ。そいつらは今も俺に日々異なる感動と生きた情報をくれる。この連中と比べたらパンチラはただのおまけさ。
本当に大切なものは欲しいものより先に来た。
ハンターxハンターのゴンの親父さん、ジンの台詞だ。
けど、それはそれとしてパンチラ見てぇよなぁ。
俺は盛大な溜息を吐いた。あーあ。やっぱ物事には対価が必要だと思うんだよな。どっかに居ねえかな、毎日恥ずかしがりながら俺にパンチラショット恵んでくれるご主人様がよぉ。ちらっと赤カブトを見る。
「も、もっと凄いこといっぱいしてあげる!」
そんなこと言って結局は残虐ファイトなんでしょ? 騙されないよ。
赤カブトさんは興奮している。無理もない。何しろ俺は可愛いプレーリードッグだからして。覆い被さってきたレベル70の女にぎゅっと抱き締められて俺の外骨格がめきめきと悲鳴を上げる。凄いパワーだ。物凄い勢いで死が迫ってくる。
だが俺は満足だ。そこにおっぱいがあるから。
ジャムジェムとジュエルキュリ。その二人しか俺はαテスターを知らないが。コイツらが女キャラなのは、男が生まれながらにして業を背負っているからなのだろう。男キャラではテストにならないのだ。
俺は赤カブトのおっぱいに顔を埋めて相好を崩した。でへへ。
赤カブトが俺の耳元で甘く囁いてくる。
「……私の部屋、行こ?」
俺はお持ち帰りされた。
3.クランハウス-ジャムジェムの部屋
【条件を満たしました】
【イベント】【共に歩むもの】【Clear】
【Class Change】
【ジャムジェム さんがテイマーにクラスチェンジしました】
【♯集積回路】
【……ストックします】
【おめでとうございます】
【デサントが旅の仲間に加わりました】
【δ体】
【デサント】【ペタタマ】【Level-5】
これは、とあるVRMMOの物語。
悲しい事件でしたね。
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