サトゥくん
1.対戦アリーナ
迸る稲妻が蛇のように地を這う。
ギンギンに黒光りする首をぐうっと伸ばした俺は血走った目を見開いて舌を突き出した。
サトゥ氏〜……!
アリーナに降り立ったサトゥ氏の片腕が千切れ飛んだ。バランスを崩して片膝を付く。稲妻の残滓が宙に溶ける。
【スライドリード】のオーバーフロー。種族人間はニャンダムのように完全に【スライドリード】を使いこなすことはできない。それは、おそらく種族的な限界だ。それゆえに無駄が多く、無理に出力を上げれば【スライドリード】というスキルの処理能力を越えてしまう。
サトゥ氏は左腕を根元から失った。傷口が心臓に近い。止血は間に合わない。致命傷だ。俺は歯列をギラつかせた。
サトゥ氏……。お前を……トップランカーでどうこうしようってのは……甘かったな。俺の……ミスだ。
俺はガクリと両膝を屈した。どろりとした黒い血液が口腔からあふれる。
前足を持ち上げて前足の裏を見つめる。
こうまで……こうまで全てを費やしても……届かないのか。
何故だ? サトゥ氏……。レベルが上がっている。8……いや10を越えている。早すぎる。何をしたっ……! 貴様、いつの間にここまでの力を……!
サトゥ氏が剣を杖にふらりと立ち上がる。
「コタタマ氏……。お前は確かに強くなった。でも、それは独りよがりな力なんだよ。技ってのは進歩するんだ。お前は知らないだろう……。俺たちは一歩ずつ進んできたんだ。それは……借り物の力に縋ったお前には分からない」
ハッ、よく言うぜ。天才が。種族人間の代表みたいな顔して。
「【敗残兵】は解散した。けど、お前は知らないんだ。お前の強すぎる悪意がお前自身の目を曇らせている。お前が思うほど人間は腐っちゃいないし死に急いでもいないんだよ!」
俺はカッと目から怪光線を発した。
紙一重で躱したサトゥ氏が嬌声を上げて迫る。
「冒険者ギルドの全てが間違ってるとは言わない! でもヌルいんだよ」
俺の首を刎ねたサトゥ氏が笑った。手に持つ剣を地に突き刺して降り注ぐ俺の返り血を全身に浴びる。
「接待してる暇があるならマナ使い切れよ。ゲージ残ってるだろ。DPSアゲてこうぜ?」
ギスギス、オンライン……。
俺はコテリと死んだ。
2.マールマール鉱山-アンパンの隠れ家
クソのような廃人と死闘を繰り広げてる場合じゃねえよな。
とりあえず殺し合ってスッキリした俺はサトゥ氏と一緒にアンパンの隠れ家に遊びに来た。
アンパンくゥーん!
このゲームにノックという文化はない。あるのかもしれないが、俺の知る範囲にはない。訪問を知らせるというのは自ら不利を招く愚かな行為だからだ。
ガッとドアを開いて屋内に突入した俺とサトゥ氏にアンパンがびくっとした。
「わっ、気持ち悪いコンビ来た……!」
その気持ちは分かる。気持ち悪いよな。分かる。俺とサトゥ氏って接点が見えねえっつーか仲良くなる要素がないもんな。
サトゥ氏も「分かる」と頷いた。
「俺もたまになんでこんなのと仲良くしてんだ俺って思うもん」
一緒に狩りに行くでもなし軽く意味不明だよな。
アンパンも「分かる」と頷いた。
「当たり前のように俺の作業場がバレてるのも怖い。ドコ情報ですか?」
それは俺。残念だけどお前が俺から逃げるのは無理だよ。お前が動くと俺に情報が入るようになってるから。
「怖っ。何なの、このストーカー」
とりあえず立ち話も何なので、俺とサトゥ氏はアンパンくんの隠れ家にお邪魔した。一時避難場所の小屋なので作業部屋と物置くらいしかない。床に適当に座る。
で? サトゥ氏。俺らは何しに来たん?
俺はアンパンの膝小僧を凝視しながら尋ねた。顔をぐるぐる回して理想の角度を追求するが結局は逆さまに戻ってしまうのでなかなか難しい。
床にぺたりととんび座りしているアンパンが抗議の声を上げた。
「この黒いの、凄く見てくる」
アンパンは茶髪ポニーのネカマ野郎だ。男が男キャラを使う意味が分からないと豪語するだけあって自キャラのファッションには気を遣っている。本日の服装は肩のトコだけすっぽり抜けたブラウスに膝丈スカートだ。
俺はアンパンを指差して忠告した。
お前、ネカマだからって俺にセクハラされないと思ったら大きな間違いだぞ。俺からしてみれば得意属性じゃないからダメージ倍率にボーナスが掛からないくらいの認識だからな?
「真面目な顔して何言ってんの? そんなだから旦那はネフィリアにフラれるんだよ。見境なしだもん」
フラれてねーよ。俺ぁな、アイツの下に居るとスゲー楽なんだよ。それで、なんか素材集めのダンジョン周回してるみてーな気分になっちまったんだ。お前を下に見てるのも気に入らなかった。発展性がねえ。組織をデカくしようとするなら先任を上げるしかねえだろ。そういう素振りを見せねえから俺はネフィリアの下に居てもずっとこのままなんだなと思った。まぁ今となっては早とちりだったと思ってるが、そんなのは当時の状況じゃ分かんねえしよ。結局は先生の見る目が正しかったってことだ。ネフィリアな、アイツは教育者に向いてるよ。マゴットに、クリケット、フリエア……。なんだかんだで育ってる。アイツらが引退もせずにずっとこのゲームを続けてるのは全面的にネフィリアの手柄だ。多分俺には真似できねえ。まぁそれは置いとこう。サトゥ氏?
「喋っていいのか?」
いいか悪いかで言ったらダメだな。よう、アンパン。俺ぁ前から気になってたんだけどよ、お前らネカマは水着とかどうしてんだ? さすがに抵抗あるんじゃねえか? ちょっとパンツ見せてみろよ。
「イヤだよ。あり得ないでしょ」
あり得なくはないんだよ。俺は驚くべきことに気が付いたんだが、どうもこのゲームだと消極的なネカマも女のパンツを履く派とそうでもない派に分かれるっぽいんだよな。お前はどっちなんだよ?
「それ、どういうシチュなの? ちょっ、覗き込まないでよ! 変態! ケダモノ! 俺はちゃんとパンティー派だよ! ばか!」
ええ? マジかよ。変態じゃん。お前、大丈夫か? そこまで徹底しておいてホモじゃないの? 本当に? 俺はお前を信じていいの? 心理がまったく分かんねえ。
「いや、女キャラが男のパンツ履いてたらそれこそおかしいでしょ。ネトゲーはずっとそうじゃん」
そうだけどさぁ……。
じゃあ水着なんて今更か。
「それなんだけどさ。水着の流通がメチャクチャ絞られてるんだよ」
水着が? 俺は不思議そうな顔をした。
アンパンは頷いた。
「そう。全然市場に出回ってない。馴染みの露店商に聞いてみたら、関連の魔石が高騰してて元を取れそうにないんだって。高値で売りに出しても文句付けられるからしばらく様子見するって言ってた」
「そのことなんだが」
おぅ、サトゥ氏。急にどうした。
「温泉を掘り当てようと思ってる」
詳しく聞かせろ。俺は食い付いた。
「プレイヤーは身体が汚れないだろ? でも一定の需要はあると思うんだよな。要するに湯を沸かして温泉っぽく仕上げたい。ぱっと思い付くのは硫黄なんだが。アンパン、この世界に硫黄なんてあるのか?」
「硫黄っぽいものならあるよ」
ぽいとは?
「組成が違う。多分【戒律】の所為だ。前に先生が言ってたんだけど……再現性が低い」
狙って作れないってことか?
「いや、魔石が要るんだ。理屈は分かんないけど、現物を化合しても同じ結果が得られない。あ、これ以上は企業秘密ね」
……魔石は法則の根っこに近い?
「そういうこと言う旦那は嫌い」
悪かったよ。冗談だ。お前の領分に手出しする気はねえ。おい、そっぽ向くなよ。悪かったって。俺はアンパンの肩にガッと腕を回してちょこちょこと頬を撫でてやった。
機嫌を直したアンパンが俺の腕を払いのけて言う。
「そういう訳だからサトゥさん。温泉やりたいなら大量の魔石が要るよ〜。多ければいいって問題じゃなくて、供給ルートがしっかりしてないとダメだと思う。将来的にどうなるか分かんない商売なんてやりたくないもん」
「儲かると分かっててもか?」
「初期投資を速攻で取り返せるならとっくのとうに誰かがやってるよ。ネトゲーってそういうもんでしょ。誰もやってないなら絶対に儲からない理由があるんだ」
そうだな。しかし水着か……。
サトゥ氏、分かってると思うが。全裸の女が壁一枚隔てた向こう側に居るってのは大事だぞ。ハッキリ言ってそれが全てだ。
「嫌な理由だな。しかし否定はできない……。そして……このタイミングで水着の流通が滞っているだと? 仕組まれてるとしか思えないが……あまりにも……」
そう言ってサトゥ氏はちらっと俺を見た。
おいおい、サトゥ氏。俺を疑ってるのか? あり得ないだろ。長期展望にも程があるぜ。
「……まぁいい。そうなると俺が主導するのはマズいか。大黒屋の……いや、リリララの助けが要るな。その線で考えるとしよう」
俺とサトゥ氏の繋がりは周知の事実だ。余計な勘繰りを防ぐためには女性プレイヤーの代表格に動いて貰ったほうがいいということだろう。
……サトゥ氏。お前、何を考えてる? クァトロくんを救い出すんじゃなかったか? なんだって温泉なんか……。
「ん? 最初に言ったろ? 目的を絞るのは損なんだ。俺は人間の里を前線基地に作り変えるつもりだ。商業施設を増やして観光地にする。そしてティナンを呼び込む」
ティナンを巻き込むつもりか? 【NAi】が黙ってないぞ。
「安全ならいいんだろ? ティナンは死なせない。簡単なことなんだ。レイド級を作ればいい。眷属はレイド級に絶対服従なんだから。【NAi】がそうなんだよ。ヤツがティナンのレイド級だ」
俺は何も聞かなかったことした。
これは、とあるVRMMOの物語。
ついに来た。私の時代が。
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