コマンダー・ペタタマ
1.山岳都市ニャンダム-露店バザー
暇してたニジゲンと一緒にクラン【大黒屋】所属のサトゥ氏とセブンの日常をリサーチしている。
まぁ売っ払った手前ね。心優しい俺は気が向いた時くらいは心配したりもするのだ。
ピンク髪と一緒に物陰に身を潜めてクソのような廃人どもを尾行している。
サトゥ氏とセブンは大黒屋に転売の妙技を仕込まれているようだ。
大黒屋が露店に並んでいる武器を指差して懇切丁寧に解説していく。
「相場を下回った商品を集めるのは基本だが、そんなことは当たり前のことだ。儲けを出すにはな、基本を押さえつつ何らかの違いを出さねばならん。まずは鍛冶を見ることを覚えて貰うぞ」
サトゥ氏とセブンはトップクラスの廃人だ。従来のMMOでは誰よりも真っ先に狩場を荒らしてレアな装備品を手に入れることで莫大な稼ぎを得ていたことだろう。新調した装備で次の狩場に進み、そこでまた装備を新調する。要らなくなった装備を高値で市場に卸す。その繰り返しだ。
だが、このゲームでその手の荒稼ぎは難しい。武器は消耗品であり、装備を新調しても劇的なパワーアップは望めないからだ。
種族人間がより良い装備を求めるのは、どちらかと言えばモンスターではなくゴミを迅速に始末するためである。
等しくゴミなら装備の質が明暗を分けることは十分にあり得るという訳だ。
まぁ近接職の鎧とか魔法職のローブなんてのはコスプレみたいなもんさ。装備がブッ壊れること前提のレイド戦だと揃いも揃って普段着だからな。
種族人間はここぞという場面で武装解除し、ちょっとコンビニにでもという格好で決戦に挑むのだ。そしてティナンに不思議な生き物を見るような目で見られる。
今もまたニジゲンのピンクツインテを子ティナンがくいっと引っ張って遊んでいる。
ニジゲンが小声で子ティナンを叱る。
「こらっ。女の髪を気安くさわんな。俺の髪を触っていいのは崖っぷちだけなんだよ」
そいつは知らなかったな。いつの間にか俺は得体の知れない特権を手にしていたらしい。まぁ本人がそう言うならせっかくだし触っとくか。俺はニジゲンのピンク髪を指先でちょいちょいと撫で付けてやった。乱暴に扱っても俺には何の得もねえからな。
時にJKよ。お前は転売についてどう考えてるんだ?
「ん? 別に好きにすればいいんじゃねえか? 金出して買ったもんをどうしようがそいつの勝手だろ」
まぁそうなるか。お前の作ったもんを安値で売り飛ばすアホは居ねえからな。
このピンク髪は国内サーバーでトップクラスの鍛冶屋だ。客を選べる立場なので受注生産だけで十分な稼ぎになる。
俺は大黒屋に視線を戻した。
大黒屋はでっぷりした腹を難儀そうに折ってしゃがみ込んだ。ちょいちょいと手を振ってサトゥ氏とセブンにもしゃがみ込むようジェスチャーする。
セブンは無視した。視線を左右に散らして辺りを見渡す。特に通りすがりのゴミを注視している。襲撃者を警戒しているようだ。ネトゲーにPKを取り締まる法などない。だからトップクラスのプレイヤーであること、それ自体が襲撃を受ける理由になる。
大黒屋はちらりとセブンを見てから、しゃがみ込んだサトゥ氏にレクチャーを再開した。
「鍛冶を見るというのは、まぁ全体を見ろということだ。違いを出せとは言ったが、まったくの別事業に手を出すのはいかにも効率が悪い。今なら相場だ。相場を知ること。何故なら情勢はあまりに不安定で予測できない。だが予測できることもある。それが鍛冶師だ」
……大黒屋はサトゥ氏に転売のイロハを教えようとしている。後継者にでも据えようってのか? いや、違う。いずれサトゥ氏は【敗残兵】の再建に動くだろう。そのことは大黒屋も承知している筈。では?
……分からない。大黒屋は頭の切れるやつだ。それは肥満の中年男性というキャラメイクからも見て取れる。自分自身の容姿を自由に選べる世界で、ヤツは最も不人気なグラフィックを選んだ。それは客に顔を覚えて貰うためだ。ヤツを見ていると、この俺ですら自分の甘えを自覚せざるを得ない。無駄なことは一切しないとイキがる俺ですら、ブ男にはなるまいという甘えがある。
だが、オンラインゲームで本当に目立ちたいならむしろブ男であるべきなのだ。
大黒屋は真剣だった。
「サトゥ、セブン。お前たち戦闘職は四人パーティーが基本らしいな。それは何故か分かるか?」
サトゥ氏は頷いた。
「そこがパーティー管理の限界だからだ」
「ん?」
大黒屋の意外そうな声。思ったのと少し違った答えだったのかもしれない。
サトゥ氏が指を三本立てて説明する。
「攻撃、防御、魔法。三つのコマンドがあるとする。二人ならコマンドの組み合わせは9パターンだ。三人で27パターン。四人なら? 81パターンになる。なんとなく分かるだろ? 81パターンもの選択肢から瞬時に正解を選び取るのは無理だ。リーダーが管理できるのは三人が限界で、それ以上はパーティー編成や訓練で補うしかない。だからパーティーは四人が基本なんだ。俺たちは本職の兵隊でも何でもないからな」
「……意外な答えが返ってきたな。崖っぷちは五人以上は目障りだからだと言っていたが……」
「それで合ってるさ。目障りだと感じるのは思い通りにならないからだ。けど理屈で言えばそういうことなんだよ。四人もしくは五人。そこがコマンドパターンの大きな境目で、逆に言えばパーティーの戦力が跳ね上がる最低ラインでもある。それだけ多くの選択肢があるってことだからな。だからドラクエは四人パーティーなんだよ。五人以上は難易度の調整が一気に難しくなるんだ」
だってよ。俺はニジゲンに話を振った。
「小難しいこと考えてゲームしてるのな。他にもっと楽しいことなかったのかよ」
ニジゲンはサトゥ氏の人生にケチを付けた。
おや、知らないゴミが会話に混ざりたそうにこちらを見ている。何してる。来いよ。俺が声を掛けると、知らないゴミが混ざってきた。
「セブン怖ぇーよ。大黒屋を殺すよう言われて来たんだがどうしよう?」
暗殺者が普通にうろついてるって正直どうよ? よく分からんが取り囲んで一斉に仕掛ければいいんじゃねえか? 他で騒ぎを起こして注意を引くとか魔法使いを連れてきて自爆させれば無理ってことはないと思うが。
「それをやるにはサトゥが邪魔臭ぇんだよな〜。あいつ、他人のアビリティをコピーできるんだろ?」
ああ、スキルチェインってそういう系統のアビリティなのか。確かにな。言われてみればそれ以外にはねえか。
……何か条件があるな。ハンターxハンターのクロロと同じだ。無条件でコピーできるのは便利すぎる。
(セブンが死んだことで、今……。条件を満たした)
そうか。条件は対象の死か。コピーと言うよりはストックに近い感じだな。だからサトゥ氏は【英雄】のアビリティを使えたんだ。ヤツはいっぺんロストしてるからな。その時にストックしたんだろう。
ちっ、セブンと相性が良すぎる。なんて面倒臭いコンビだ。
つまりヤツらはセブンが死ねば認識阻害を二回撃てることになる。そうなったら大黒屋を仕留めるのはまず無理だ。
そしてサトゥ氏のアビリティは自動発動という特性を持つ。いつ発動しても不思議ではないということ。認識阻害だけじゃない。どんなアビリティをストックしてるか知れたもんじゃない。種族人間はコロコロ死ぬからな。
うわ、考えれば考えるほど面倒臭ぇ。
「だろ?」
知らないゴミは溜息を吐いた。
二人で大黒屋の暗殺計画を練っていると、ニジゲンがくいくいと俺の袖を引っ張ってきた。どうした。
「大黒屋は何て?」
ああ、相場の話だよ。お前は聞こえてるだろ。
俺は目がいい。大黒屋の話を唇の動きと表情、ヤツの人となりから総合して判断している。
ニジゲンは耳がいい。それは単に聴力が高いってだけじゃない。聞き分けの能力も人間離れしている。必要な情報だけを拾えるということだ。
ニジゲンは俺と知らないゴミが二人で盛り上がってるのが気に入らなかったようだ。
仕方ねえな。俺は大黒屋の話を要約してやった。
つまり四人パーティーの内訳の話だ。前衛二枚とすれば鍛冶屋が割り込む余地はねえ。だが、本場の米国サーバーだとちょいと事情が異なるらしい。前衛三人に鍛冶屋を一人っつーパターンもあるんだとよ。
おそらくは三次職……ヴァルキリーとクルセイダーの存在が大きいんだろう。前衛がヒーラーを兼ねるならパーティー編成は多少の無理が利く。
このゲームの武器は普通に折れるからな。鍛冶屋を連れて行って現地調達した魔石で武器を打たせれば長期戦ができるようになる。
今後、国内サーバーも似たような経緯を辿ることは十分に考えられる。鍛冶屋の需要が高まれば相場に変動が起きる。
だから武器は今が買いってことだ。
そして大黒屋は最後にこう付け加えた。
「サトゥ。お前はクァトロを救いたいと言うが、人は情では動かん。人を動かすのは利だ。お前はクァトロを救うことの価値を示さねばならん。そのためには【ギルド】を動かすことだ。いや、【ギルド】だけではない。分かるか。連合軍だ。かつてない規模の、だ」
サトゥ氏はコクリと頷いた。
「ああ。分かるよ。丁度、今……」
ぐるんと首をひねったサトゥ氏がこちらを見た。白目が青白く発光する。
「【ギルド】の指揮官がそこに居る」
俺はダッと地を蹴って逃げ出した。
2.マールマール鉱山-山中
俺を追い掛けてきたサトゥ氏が俺にガッとタックルしてきた。
躱しきれなかった俺はサトゥ氏もろともごろごろと山の斜面を転がる。
は、離せ!
俺はサトゥ氏を殴った。
サトゥ氏が殴り返してくる。
「なあ、頼むよ」
それが人に物を頼む態度か!
サトゥ氏っ。よく考えろ。クァトロを遺跡マップの最下層に閉じ込めたのはレ氏とモモ氏だ。ラム子から引き離すためだろう。俺たちはラム子の腹ん中に居る。あいつは俺たちがクァトロを連れ出すのを待ってるんだ。そうは思わないか?
「思わない。やったのはモモ氏だ。ちびナイ劇場でレ氏が言ってただろ。止めはしないと。モモ氏の独断だ。そして……モモ氏はクァトロの肉親だ。クァトロの意思を無視している」
そうかもしれない。だが、クァトロを連れ出すのはリスクを伴う。そこは変わらない。
「俺はラムも何とかしてやりたい」
何とかなるもんかよ。なあ、サトゥ氏。少し落ち着けよ。俺たちは特別な存在なんかじゃない。百年か千年か。もっとかもしれない。クァトロくんはずっと同じことを繰り返してきたんだろう。そして失敗し続けた。中には俺たち人間なんかよりずっと優秀な種族も居た筈だ。でも無理だった。
サトゥ氏。俺たちに一体何がしてやれるよ?
「コタタマ氏。まだ分からないのか? お前は洗脳されてるんだよ。以前のお前ならこう言っただろう……」
サトゥ氏は俺に馬乗りになって叫んだ。
「特別で何が悪い!」
お前に何が分かる!
俺はサトゥ氏を突き飛ばした。
黒い金属片を組み上げて片腕をガトリングガンに換装して叫ぶ。
俺はお前とは違うんだよ! 俺だってネトゲーマーだ! お前みたいに最前線で活躍するヤツらを遠巻きに眺めてきた一人だ! 俺は特別じゃねえ! 主役にはなれねえ!
ラム子に選ばれて……。俺はやっと特別な存在になれた気がした。
ウジ虫みたいな【ギルド】が俺の身体を這い上がってくる。【狙撃兵】だ。俺を見張ってたのか。
俺はへらっと笑った。見ろよ、サトゥ氏。今や俺は【ギルド】の幹部候補だ。監視されるだけの価値がある。
俺はサトゥ氏に銃口を向けた。
サトゥ氏、お前との縁もここまでだ。俺は【ギルド】と一緒に行く。お前はいつまでも人間にしがみ付いていればいい。
「本気か。スマホ圏外だぞ」
それは困るな。
いや……。いや、困る。待て。少し考える。
俺は少し考えた。
スマホ圏外か……。
ウジ虫が俺の頭にドスッと足をブッ刺してきた。何やら俺に寄生しようとしているようだ。え? スマホなんてどうでもいいだろって? バカ言え。現代人なんてスマホが本体みたいなトコあるんだぞ。俺は洗脳してくるウジ虫を引き剥がして地面に叩き付けた。本気で俺を洗脳したいならスマホを洗脳するこったな。あばよ。俺はウジ虫を撃ち殺した。
道は分かたれた。
俺は人間だ。スマホ圏内に残るぜ。
「コタタマ氏……」
俺はニコリと笑った。
サトゥ氏。何をボサッとしてる。行こうぜ。クァトロくんを救い出すんだろ?
確かにお前の言う通りだ。どうやら俺は大切なものを見失っていたらしい。
俺はサトゥ氏とガッと握手した。
そう、ラム子の部下がクァトロくんを歓迎してる訳ねえんだ。
俺はラム子にクァトロくんを差し出して幹部の座に収まるぜ。
未だ見ぬ幹部どもを蹴落としてな。
くくくっ、ふははははははははははは!
哄笑を上げる俺を黒い金属片が取り巻く。
それは、まさかのプレーリードッグ!
ごきごきと俺の首がへし折れて上下反転する。でも生きてる。
機械獣プレーリードッグの胸に俺の顔が生えてる感じだ。
新たなボディを手に入れた俺は感動に打ち震えた。
ああ……。
「生まれ変わったような気分だ」
俺の変貌をぼんやりと眺めていたサトゥ氏がコクリと頷いた。
「あ、うん。そうね……」
これは、とあるVRMMOの物語。
え? そのまま行くんですか?
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