第三の使徒
1.プクリ遺跡-最下層
【条件を満たしました】
【パッシブスキルが発動します】
命の火が燃える。
【女神の加護】
遅い。
【NAi】。お前は。俺たちに勝たせるつもりがないんじゃないか?
燃え上がる炎は母体のエネルギーを燃料化したものだ。生きるということは抗うということ。命に沸点があるとすれば、それはひどく低いものになるだろう。
命は火。意思は炎。
意思の火が灯り、灼熱の軌跡を追うように俺たちの肉体が再構成されていく。
ぐうっと起き上がったサトゥ氏が叫んだ。
「コタタマ氏、下がれ! お前はデサントだ! ロストするぞ!」
デサントの【戒律】はデスペナルティの倍加。
肉体の再構成はコストを大きく消費するのか? 分からない。そんなことは調べようがない。分からないことに俺が従う必要などない。
俺は歯列をギラつかせて吠えた。
「俺の目は役に立たねえ! 上等! らしくなってきたじゃねえか!」
俺は視力に特化したキャラだ。特化してればまったく役に立たない局面はあって然るべきだ。俺は万能じゃない。それが嬉しい。俺はネトゲーマーだから。ネトゲーマーには少数派でありたいという欲がある。
俺の存在を真っ向から否定するようなレイド級は、俺という存在の輪郭を浮き彫りにしてくれる。
加護が降る。アナウンスが走る。
【Death-Penalty-Cancel(尽きる命。果てる命)】
【Stand-By-Me!(ゲームは終わらない)】
カメレオンのレイド級、プクリは風景に溶け込んでいる。
セブンが嬌声を上げて弾をバラ撒いた。耳障りな音を立てて棒手裏剣が弾かれる。硬い表皮を持っている。だが、どんなものにも長所と短所がある。全身を覆う鱗が進化の行き着く先だというなら俺らの地球で哺乳類が繁栄する余地はなかった筈だ。
プクリの擬態も万能じゃない。攻撃時は迷彩の処理が追いつかないのだろう。
ガキの遣いじゃねえんだ。レイド級と遭遇しましたヤバそうなので逃げて来ましたじゃ話にならねえだろ。固有スキルを丸裸にしてやる。
俺は目に力を込めていく。
攻撃態勢を整えたプクリが姿を現した瞬間にピークを持っていく。
鳥獣戯画の型・突ク読!
俺の目は本能に根ざしている。全世界で俺だけってことはないだろう。だが俺にはセクハラしても許してくれる仲間たちが居る。女キャラを撫で回して自分はホモではないと確信することができる。だから俺は突ク読の扱いに長けたキャラクターということになる。
時間や空間に縛られないセクハラだけが支配する世界で魔物っ娘と化したプクリと向き合う。カメレオン娘だ。
だが相手はレイド級。そうは甘くないらしい。俺のセクハラ空間が凄まじい速度で侵食されていく。
俺の左目が潰れた。
時間にして半秒も持たなかったようだ。
思えば純粋なレイド級にセクハラしたことはなかったな。こうなるのか。
楽しい。GMマレはぬるかった。プクリは違う。正真正銘、混じりっけなしのレイド級だ。
ニャンダムの言葉が脳裏を過る。
(いつの時代も自由を求めて戦った。それが……異常個体。【クランマスター】だ)
このゲームは異常個体が出撃できる仕様になっている。それは何のために?
レイド級が異常個体というカテゴリーに入るからなんじゃないか?
俺の腹に穴が空いた。機雷、か? 不可視のトラップ……。従来のMMOであればあり得ないスキルだ。しかし考えてみれば、罠は見えなくて当然だ。
俺は血反吐を撒き散らしながら笑った。いいスキルだ。あるいは……レベル4002。4000越えを許した俺らのヘマなのかもな。ロマサガ2の七英雄と同じだ。レベル500、もしくは1000刻みで大きなパワーアップがあってもおかしくはない。これはゲームだからだ。レイド級のモチベーションを保つための何かがあっても俺は意外には思わない。
崩れ落ちた俺を後ろに引っ張りながらサトゥ氏が吠える。
「【迅速発破】を! 頭上、足元! 全方位に撃て!」
……? いや、そうか。罠を潰すつもりか。ゴミスキルなら味方への被害を最小限に抑えられる。的確な指示だ。
細い稲妻が走る。だが、しょせんはゴミスキルであった。前に出た前衛が溶け崩れる。ゴミスキルの威力が低すぎてトラップにスルーされたようだ。
サトゥ氏が悪態を吐く。
「くそがぁっ! ダメなんかいッ!」
いや、悲観するには早い。女神の加護は同一マップの全プレイヤーに適用される。中層域でモンスターの足止めに回っているゴミどもには余裕が出来た筈だ。
「サトゥくん手こずってる?」
【目抜き梟】の参戦だ!
リチェットも居る。サトゥ氏、セブン、リチェット。元【敗残兵】の廃人三連星が揃った。
「状況は!?」
「目標はカメレオン! 騙し絵じみた擬態を使う! 固有スキルは設置型の攻撃魔法! 目には見えない罠だ! 全容は不明! 直接攻撃時は擬態が解ける! トラップの撤去は困難! 【迅速発破】は通用せず! 以上!」
腹に風穴を開けられた俺はコテリと死んだ。即座に復活して前線に復帰する。
イイ感じだ。久しぶりにゲームしてる。調子が出てきた。俺の肌を黒い紋様が這い上がる。俺のアビリティ、ハードラックが起動した。ハードラックはエッダ戦で解放されている。伝える感情を絞れば情報伝達は最小限で済む。
サトゥ氏!
「ああ! 【全身強打】じゃ無理だ! 【重撃連打】を! トラップを崩せぇ! 前衛、出るぞぉ!」
サトゥ氏は理解してる。この場でプクリを討伐するのは無理だ。何もかもが足りない。今はヤツの固有スキルを見極めるのが先決。
単なる設置型の攻撃魔法じゃない。先遣部隊が消息を絶ったのはデバフを食らったからと考えるべきだ。ならば複数の種類のトラップを持っている。
ゴミどもが次々と参戦してくる。持ち場を守れとは言ったが、楽しそうなほうに群がるのはゲーマーの習性だ。どんなに優秀な指揮官だろうとコントロールできる類いのものではない。だが、それでいい。どの道、長期戦にはならない。
人間爆弾さんが自爆して戦線を押し上げる。イケる。【重撃連打】は有効だ。不可視のトラップは強力だが【全身強打】や【四ツ落下】ほどの即効性はない。
死ねオラぁー!
俺はゴミに絡まれている。ゴミの頭を抱えて腹に膝を叩き込んでいた。
青い波が走る。
【消えゆく定め、命の灯火……】
【八ツ墓】だ。リジェネ破壊、デスペナ軽減の魔法環境。
青い波が矢継ぎ早に走る。
【定めし羽、さえずる声は高らかに】
魔法環境が秒刻みに切り替わる。
セブンが吠えた。
「殺すぞッ! ゴミども!」
エッダ戦の時の比ではない。このセミ野郎ですらゴミどもの嫌がらせに対応するのは不可能だった。
今ならハッキリとこう言える。
エッダを倒したのは失敗だった。種族人間は間違いなく弱くなっている。
サトゥ氏が決断を下した。
「二番環境を張ったヤツは殺せッ! 残機がヤバいやつは後退しろぉ!」
エッダ戦を境にプレイヤーは新しい戦法を余儀なくされている。残機の自己管理に根ざした戦法だ。前衛と後衛が目まぐるしく入れ替わる。それは、あるいは種族人間の新たな夜明けと言っても良いのかもしれない。
つまり残機に余裕がある新規ユーザーに活躍の場が用意されているということだからだ。
サトゥ氏の檄が飛ぶ。
「コタタマ氏! 下がれと言ったぞ! 俺に従え! 俺が頭だ! 俺に従わねえヤツは要らねんだよッ!」
イイ。イイぞ、サトゥ氏。お前はやはりイイ。しかし、だからこそだ。お前をここで失うのは惜しい。
俺はリチェットを見た。リチェットがコクリと頷く。
「サトゥ、セブン! オマエらも下がれ! 自分だけは特別なつもりか!? 私が指揮をとる! 邪魔だ! 下がれ!」
そう。ロストするまでがんばったからといって何になる? 迷惑なだけだ。確かにサトゥ氏とセブンは強いが、種族人間は等しくゴミだ。単純な戦力で言うならフレッシュなゴミを三人か四人を用意してやれば事足りる。俺に至っては居ないほうがマシすらあり得る。
俺とサトゥ氏、セブンは三人仲良く後方に下がってもるもると悲しげに鳴いた。
ゴミどもの猛攻にプクリが擬態を解いた。巨体を引きずって前に出る。運悪く踏み潰されたゴミどもが次々と散っていく。べっと突き出した舌を左右に振るだけで種族人間の上半身と下半身は泣き別れだ。強すぎる。生物としての格が違いすぎる。
リチェットが文句を垂れた。
「ここのレイド級はDr.ワイリーって話じゃなかったか!? 全然違う! サトゥの嘘吐き! バカ!」
「知るかよぉー!」
サトゥ氏が魂の雄叫びを上げた。
怪獣カメレオンが咆哮を上げる。
Faaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!
美声であった。
そして俺たちの鼓膜が破れた。
飛び上がったプクリが壁に張り付く。
視界が開ける。
ああ、と俺は吐息を漏らした。
やっぱりここに居たんだな。
最下層の行き止まりに水晶が浮かんでいる。いや、天井と壁から伸びる管で固定されているようだ。
水晶に閉ざされ、小さな子供が眠っていた。
美少年という分類に入るのだろう。
その寝顔は驚くほど幼く見えた。
クァトロ……。
その姿を目の当たりにした瞬間、サトゥ氏が凄まじい形相を浮かべた。
絶叫を上げて前に出る。念獣みたいのを頭の横に浮かべて。
アナウンスが走った。
【アビリティ:鼓舞】
【英雄は人心を鼓舞する】
【アビリティ発動!】
【制限時間:03.33…32…31…】
これは……【英雄】の。
サトゥ氏。お前は……。
戦いは佳境へと落ちていく。
これは、とあるVRMMOの物語。
その程度ですか。本当に弱くなりましたね。プクリの足元にも及ばない。
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