ペタタマの日常
アットムは言う。俺が甘くなったと。誰彼構わず噛み付く狂犬のようなギラつきが薄れたと。
もちろん俺にだって分別はある。
例えば先生のような素晴らしい人格者に噛み付くような真似は以前の俺だってしなかった。
だが、それは頭のどこかで冷徹な計算をしていたからなのではないか。先生を敵に回すのはリスクが高いという考えがあったからなのではないか。
そこに来て今の俺はどうだ?
……好意、というものがある。
この上なくあやふやで、相手の言うことを無条件に受け入れてしまう厄介な感情だ。
俺は、その好意を向ける相手を狭い範囲に限定することで自分を保ってきた。
それが最近では少し怪しくなってきた。
だが、それでいいのかもしれない。
味方は多いに越したことはない。
ならば無理に尖る必要はないだろう。
そうさ。何が悪い?
俺は変わった。
以前の俺とは違うのだから。
1.山岳都市ニャンダム
「あ、あ、あ、あー!」
ゴミどもと殺し合いをしている。
刺客だ。
ちと数が多い。
逆に言えば、これだけ頭数を揃えておいて初手で仕損じる意味が分からない。意地でも前口上を述べようとするし。どうも俺を殺すだけじゃ満足できないらしい。そういう変な色気を出すからダメなんだぜ?
俺は舌を突き出してブンブンと頭を振りながらぴょんぴょんと飛び跳ねて後退する。
「ぴろろろろろろろっ!」
頭がイカれた訳ではない。いやイカれてるかもしれないが。挑発だ。
やっておいて損はないだろう程度の軽い気持ちだったのだが、俺の煽りスキルは意外と高いのかもしれない。普通に効いた。
ゴミが突っ込んでくる。
「死ねぇー!」
お前が死ね。俺は生きる。
急降下してきたミドリがゴミを串刺しにした。竜騎士のジャンプだ。
そもそも俺が挑発したのは参戦するミドリの姿が見えたからだ。
ギョッとして動きを止めたゴミの一人をアオが引きずり倒して首を刈り取った。
ゴミリーダーが吠える。
「テメェらスマイルのっ。関係ねぇーだろ! 引っ込んでろや!」
それ説得のつもりなんか? 下手くそだなぁ。俺は内心呆れながらもゴミの群れに突進して手頃なゴミの首を刎ねた。ここまで乱してやればレベル差なんざ関係ねえ。深追いはせずにぴょんぴょんと飛び跳ねて後退する。おっと丁度いいところにモブキャラが。ちょっと失礼。俺は見学しているモブを突き出して盾にした。ほう、こいつはイイ盾だ。よし、くれてやろう。足を掴んでゴミの群れに放り投げてやった。もう死んでるが使うといい。ハンデだ。
俺の可愛い部下どもからささやきが入る。
『室長。女神像は押さえました』
よし、でかした。
リスキルに備えてセーブポイントを制圧するのはPKの基本だ。
まぁアオミドリの参戦で形勢はひっくり返ったようだが。
あっ、ミドリ! そいつは生け捕りにしてくれ! 生け捕りね、生け捕り!
生け捕りにして貰った。
ゴミリーダーの腕をアオがひねり上げて地面に引き倒す。
さて、お待ちかねの尋問タイムだ。
俺は歯列をギラつかせながら身を乗り出してゴミリーダーの顔を至近距離から丹念に眺める。
よう、負け犬。今どんな気分だ?
負け犬は吠え面を晒すまいとへらっと笑った。
「いいのかよ? 俺は別働隊だぜ」
自己申告制の別働隊かい? そういうのを役立たずって言うんだぜ。下らねえハッタリだ。もうちょっとマシな嘘を吐けよ。程度が知れるぜ。
「……お前は何なんだ。そこまで見えてて、どうして好きこのんで恨みを買うような真似をする? 俺のダチはロストしたぞ、崖っぷち……。お前の口車に乗せられてっ……!」
いいや、違うね。
紅蓮の天秤ガチャの件だろ? 俺はリチェットの作戦に乗っただけさ。
お前はリチェットには勝てねえと踏んで手頃な俺で手を打ったんだ。妥協した。それは何故だ? 簡単だ。お前はお前のダチとやらよりも自分が可愛かったんだ。もしくは単純に俺が気に入らなかった。いずれにせよ、お前のダチとやらは関係ねえなァ。私怨だよ。
そしてお前は負けた。
敗因は何だろうな? そう、アオとミドリさ。
そいつらと俺は利害が一致してる。俺に死なれると困るのさ。
どうして、と言ったな。これが答えだ。俺やお前に先生の真似事はできねえ。味方を作るなら敵を作るべきなんだ。なのに大半のネトゲーマーは敵を作ろうとしねえ。良識派を気取って角が立つような真似を避ける。目立とうとしない。それがお前を縛り付ける枷だよ。
だからお前らはいつだって俺に出し抜かれる。揃いも揃って道徳の授業かよ? 下らねえ。スポーツだってルールをギリギリまで攻めるやつが強ぇんだ。いっそ賞賛される。スポーツほど高尚じゃないゲームでお前らは勝手に自分でルールを作ってそいつを遵守しようとする。勝手に作ったルールから逸脱したやつを不快だからと叩く。どうして不快なのかと言うと、それをやられると不利だからだ。結局のところお前らは負けたくないのさ。だから今度はルールがおかしいと喚き散らす。
そういうの俺は嫌いじゃねえぜ。だが、ちと回りくどい。気に入らねえなら気に入らねえって言えばいいじゃねえか。いい子ちゃんぶってねえでよ。
だから今日のお前は良かった。
俺が気に入らないんだろ? 最近ちょっとばかり羽振りがいいもんだからブッ叩いて小遣い稼ぎしようと思った。それでいいんだ。それが本質だろ。ここは学校じゃねえし会社でもねえ。ムカついたら殴るんだ。そんな当たり前のことを何で今更この俺が懇切丁寧に説明してやらにゃならんのよ? そんな簡単なことをお前らが分かってねえからだ。
なあ、おい。本気を出せよ! 手抜きしておいて俺に負けろってのは無理があんだろ! お前はいつから俺より偉くなったんだ? あ? お前が言ってんのはそういうことだぞ……。
寂しいぜ。やはり……セブンくらいか。俺に追い付けるのは。お前はもういい。死ね。
俺は、俺に寂しい思いをさせたゴミの頭を斧で落とした。
俺は……きっとセブンを殺したい。どうしようもなく想ってる。俺の100%と出会いたいのだ。
斧を肩に担いで立ち去る俺の背に、アオがぽつりと呟いた。
「あいつ、頭に愉快な病気でも湧いてんのか……?」
天才様には分からねえさ。凡百なネトゲーマーは負け方を考えるんだ。どう転んでもトップには立てないからな。
2.ポポロンの森
ひょっ?
森をてくてくと歩いていると、頭の横の木に矢が突き刺さった。
刺客か? 今日は大盤振る舞いだな。だが先制攻撃で仕留め損なったのは減点だ。ったく、また甘ちゃんかよ。問答無用で殺せばいいじゃねえか。どうしてそんな簡単なことが……。
木陰からスズキさんがひょこっと顔を出していた。俺と目が合うと、さっと頬を赤らめて姿を隠す。
俺は道徳の授業を始めた。
スズキさん。殺しは良くない。どうしてそんなことをするのかな?
劣化ティナンの返事はない。
狩られる……!
俺はダッと地を蹴って逃げ出した。
森の中をガムシャラに駆ける。
だ、誰か! 殺される! 助けてくれ〜!
喚き散らして助命を嘆願するが、すれ違うゴミどもは知らんぷりだ。日頃の行いだろうか。ネトゲーマーは互いに助け合うことこそが肝要なのに。ゴミめ。
くそっ、どうする。どうせいつもの発作だろう。俺の残機が貯まってきたと見るや仕掛けてきやがった。あるいは、この前赤カブトに殺されてやったから今度は自分の番だとでも言うのか。
目を使うのはダメだ。薄々は勘付いていたのだが、俺のセクハラの魔眼はウチの子たちに対しては火に油を注ぐ結果にしかならない。
レベル差が大きい。逃げ切れない。迎え撃つしかない。
矢が飛んできた。俺はころりと地面を転がって回避。魔石を握り込んでマナを注いでいく。んああっ……!
どうやら開発中の人力フィンガーフレアボムズを披露する時がやって来たようだ。
かつてョ%レ氏は【戒律】の使い方についてこう言った。まず失わねばならないと。
それは考えてみれば当たり前のことだった。しかしそれゆえに見落としていたことでもある。
ネトゲーマーは、いつだって仮想敵に過半数のプレイヤーを想定する。そのため戦法は無難なものに落ち着く。
だが、このゲームには【戒律】がある。
ハンターxハンターの念能力と同じだ。制約と誓約。犠牲を払わずして先に進むことはできない。余計な祝福も要らない。
ひゅんひゅんと矢が飛んできた。俺は避けない。身体に突き刺さる矢にも構わず、魔石を大きく振りかぶる。
食らえ。これが俺の人力フィンガーフレアボムズだ!
渾身のサイドスロー。俺のフィンガーがフレアボムズした。灼熱の尾を引いて俺の指が宙空に爆ぜる。んいいいいっ!
名状しがたい声を上げた俺の手からカッカと赤く燃える魔石が打ち出される。
【戒律】による魔球だ。
漫画みたいなデタラメさでぐるぐる回りながらカッ飛んで最後に大きくスライドする。
打者の胸元をえぐるようなカミソリカーブだ。えげつない速度を維持したままストライクゾーンを対角線に切り裂く。
木陰に身を潜めているウチの小せえのはひとたまりもない筈だ。
着弾した。轟音と熱風が俺の頬を叩く。
やったか?
やれてなかった。
俺は頭上から急降下してきた矢群に手足を貫かれて地面に縫い止められた。【スライドリード(射撃)】だ。とんでもないことしやがる。
そうか。二射目はフェイク。あれは通常攻撃を装った【スライドリード(射撃)】だったのか。俺が反撃に出ることを見越して自分の居場所を悟られないよう小細工を……。
正直、驚いた。才能があるとは思っていたが、ここまで強くなっているとは。
空が青い。
まな板の上の鯉とはまさに俺のことだ。びちびちと跳ねて脱出を試みるがびくともしない。
おっと、ちんちくりん一号を発見。木登りかな? 枝の上にしゃがみ込んできりきりと弓の弦を引き絞っている。
待て。話せば分かる。
待ってくれなかった。撃ち放たれた矢を俺は首をひねって躱した。くそっ、もてあそばれてる。正面から撃たれた矢くらいなら俺は目で追える。俺をじっくりとなぶり殺すつもりか。しかも巧妙にパンツを脚で隠している。俺は非難の声を上げた。
スズキ! 卑怯だぞ! 恥ずかしくはないのか!
劣化ティナンさんは興奮なさっておいでのようだった。
「き、今日は大丈夫な日だから」
大丈夫な日なんてもんはないんだよ!
「私が全部してあげるからっ。コタタマは気にしなくていいからね!」
くそっ、ダメだ。会話になってねえ。
俺は苦し紛れのハッタリをカマした。
パンツ見えてんぞ!
「……私のパンツ見たいの?」
見たくないと言えば嘘になる。
だが今は生きるか死ぬかの瀬戸際だ。どう答えるのが正解なんだ……? 急に神妙なご様子になったスズキさんが気に掛かる。こうしよう。俺はちんちくりん一号の相談に乗ってやることにした。
俺がお前のパンツに興味を示すのは何かおかしなことなのか?
「……小さな女の子が好みのタイプだったりしますか?」
誰がロリコンだ! お前だって言うほどロリでもねえだろ!
スズキはもじもじしている。
「でも、ほら、コタタマは毎日女の子を取っ替え引っ替えしたいって前に言ってたし」
言ってねーよ! なんだそのクズ! いや言ってたわ! ランダムチェンジ萌えな! クズでゴメンね! でも嘘偽りのない気持ちを述べればそうなっちゃうんだな!
「うん。今日は私の日だから。ね?」
合意が成立したみたいなこと言うな! 待て! お、俺を殺すのか? 考え直せ! ロストしたらどうするんだよ!
「……私たちに黙ってロストしようとした癖に」
いや、それは違う!
俺は嘘を吐いた。
勝算はあったと言ったろ。ロストするつもりなんかなかったさ。俺はニッコリと笑った。お前たちのことは大切に思っている。
「そ、そう?」
スズキはいそいそと弓に矢をつがえた。
「じゃあ……。いいよね?」
良かぁねーな。
だが時間稼ぎはできた。
濃厚な死臭を嗅ぎ取ったのだろう、ブーンがひょこっと木陰から姿を現した。普通に歩いてきたのか。そこは予想外だった。まぁいい。俺は目に力を込めた。ブーン、カモン!
ハッとしたブーンがぴょんぴょんと軽く跳ねて近寄ってくる。よしよし。
しかし角度が悪い。上手く行けばスズキの射線を遮れるかもしれないと考えたのだが、そう甘くはないらしい。
ブーンはじっと俺を見下ろしている。俺が死ぬのを待っているのだろう。まさにノンアクティブの本領発揮といったところか。
スズキは慈しむような眼差しで俺を見ている。何だってんだよ。
「もう。せっかちなんだから。久しぶりだから……我慢できないんだ?」
言っている意味が分からない。
いや、分かった。俺はやろうと思えばブーンに殺されてやることもできるのだ。
だから結果的にはスズキを急かしたことになる、のか? ちょっと自信ない。まずモンスターとクランメンバーが等しく俺の命を狙っているという状況に納得が行かない。
スズキが【スライドリード(射撃)】を繰り出した。エロい声を出すまいと我慢して余計にエロくなっていた。
「行く、よっ……! はっ……んっ! やっ、あっ……!」
俺は心臓をブチ抜かれてコテリと死んだ。
ふわっと幽体離脱して、俺の死体をくちばしにくわえて飛び去るブーンを見送る。
最近ご無沙汰だったからな。ワッフルの雛にはしっかりと味わって俺を食べて貰いたい。俺はゆっくりと女神像に向かった。
3.クランハウス-居間
死に戻りした俺はスズキの太ももに頭を乗っけて横になっている。これくらいの役得がないとやってられんぜ。
ちんちくりん一号は久しぶりに俺を殺して満足したらしく、俺の頭を優しい手つきで撫でている。
「コタタマ。気持ち良かった?」
気持ちいいとは?
お前らは何か勘違いしているようだが、俺は殺されて気持ちいいとかないぞ。
「ゴメンね。ポチョのほうが上手なんだろうけど、私もたまには……。本当にたまにでいいよ」
なに言ってるのか分からないけど、まぁしばらく大人しくしてくれるならそれでいいや。
便利な女に甘やかされて俺、ご満悦である。
けど、こういう時に限って邪魔が入るんだよな。
今回も例外ではなかった。
ちんちくりん二号。マゴットだ。
「羊さん居るー?」
勝手にウチの丸太小屋に上がり込んだ俺の妹弟子が、スズキにひざ枕されてる俺を見てギョッとした。何だよ。
パッと駆け寄ってきたマゴットが俺をスズキから引き離す。何しやがる。
「昼間から何やってんの? スズ姉に迷惑でしょ。わ、私がひざ枕してあげよっか?」
うーん。でもお前、細っこいからなぁ。
まぁいいや。今日はどうした? 先生に何の用事だ?
「いいから。ほら」
マゴットはソファに座って自分の太ももをぽんぽんと叩いた。遠慮なく来いと言いたいらしい。
いや、俺の話を聞けよ。先生に何の用事だって。
「何だよー。照れてんの? 私のこと意識しちゃってる?」
ほざけ。今にも折れそうな脚してからに。
スズキがくすくすと笑っている。
「マゴットちゃん細いもんね。いいな〜」
細すぎなんだよ。女キャラは大抵そうだ。理想像なんだろうけど、極端なんだよな。俺はころりと寝転がってマゴットの太ももに頭を乗っけた。悪くはないけど、やっぱり細すぎだぜ。まぁ将来に期待ってトコか。
マゴットは手の置き場に困っているようだ。逡巡した挙句に俺の顔面をぺしぺしと叩いてくる。何しやがる。
「あ、えっとぉー。ネフィリアさんが。羊さんと決闘したいんだって。それで私っ……」
決闘だと?
俺はキリッとした。
詳しく聞かせろ。
それと前からそんな気がしてたんだが、お前もしかして俺と結婚したいんか? 気が早いな。結婚システムが実装するまで待てよ。
これは、とあるVRMMOの物語。
実装した日がお前の命日になるでしょう。
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