第六章、黒の星
気絶について。
RPGではよくスタンとか言われるバッドステータスであるが、このゲームにも当然それはある。
そして、この気絶。考えようによっては死よりも厄介で、かつレアな体験ということになるだろう。
普通に生きてて気絶するなんてことはそうそうないからな。あっても脳震盪くらいだろう。
少し具体的に言うと、気絶したプレイヤーは一定時間操作不能に陥る。もちろんユーザーまで一緒に気絶する訳ではないので延々とまぶたの裏を眺める作業になる。そして言うまでもなく他のゴミとの会話に参加するなんてこともできない。ログアウトも無理だ。
ではどのように対処するのかと言うと、スマホをいじるなりして時間を潰し、そろそろかな〜というタイミングでゲームを再開するのだ。
仲間が居ればもう少し簡単だ。殺して貰えばいい。スタンは厄介なバッドステータスなので、死んだほうが早いというケースは往々にして存在する。
では残機がヤバくて死ねない俺の場合はどうなるのか?
こうなるのだ。
俺は二週間を丸々気絶して過ごした。
1.ポポロンの森-クランハウス跡地
二週間という空白の期間をキャラクターの脳は認識していない。よって最初にフィードバックされるのは朝に目が覚めたという感覚だった。
記憶は鮮明だ。ラム子と戦っていたのがつい昨日のことのように思える。
それから、寝惚けた頭が少しずつしゃんとするように二週間ぶりというリアルの記憶が馴染んでくる。二週間か〜……。
俺が頭を抱えていると、近寄ってきたウチの小せえのが呆然として俺を見ている。ログインマーカーを見て俺のログインを知ったんだろう。
草むらの上で身を起こしている俺を見て、スズキが目をぱちくりとしている。
「こ、コタタマ」
俺は軽く手を振った。よう。俺、二週間も目を覚まさなかったんだって? ひょっとしなくても面倒掛けたか? 悪かったな。お前にはいつも面倒ばかり……っと。駆け寄ってきたスズキが抱きついてきた。
俺は苦笑など漏らして、華奢な肩を震わせる小せえのを撫でてやる。
そして内心でこう思う。
……身体にガタが来ている。
ハッキリとそう感じた。
俺は多分エンドフレームの操縦が下手なんだろう。無理にパワーアップを重ねた挙句に深い昏睡状態に陥った。そんなところか。
これは想定外の事態ではない。
レプリカ。最高指揮官。それらとの直面は、いずれも避けては通れないことだった。
いつかは出会うと分かっていたこと。多少予定は早まったかもしれないがイレギュラーではない。
だからョ%レ氏はそれらの事態に備えることができた。
つまり俺たちのこの身体に何かを仕込むことができたということだ。
まず【戒律】だろう。
祝福と呪詛。何かを得れば何かを失う。
俺の身体は「時間」を代償に捧げる段階まで来てしまっている。
そしてゲーマーにとっての「時間」は大きな意味を持つ。
何故なら俺には他のゲームで遊ぶという選択肢があるからだ。
情熱は冷める。ゲームはいつでもやめられる。一度離れたネトゲーに復帰するのは億劫だ。
今回はたまたまだった。
セブンとの戦いで俺はレベルが上がっていて。レベル5以上の領域を俺は体感したことがなかったから、ここでやめるには惜しいという気持ちが働いた。
それがなければどうなっていたか分からない。二週間というのはそういう時間だ。
まぁそれはキャラデリすれば済む話なので置いておくとして。
ラム子の説得はどうなった?
クソ廃人どもが撮影をミスった所為で顛末が分からない。
ミスったというのはアレだ。つまりリアルで検閲を食らった。ラム子、半裸だったからな。
クソのような廃人どもはゲームだからリアルじゃないからと抗議したらしいが、常識的に考えてそのような言い訳が通る筈もなかった。
まぁなんだ。なかなか良いボートだったぜ。
立ち上がろうとしたが、少しふらつく。スズキが俺を支えてくれた。
「あ、あのね。コタタマが居ない間に色んなことがあったんだよ。私、コタタマのことが心配で。みんな凄く心配してて。相談して。それで」
おい、少し落ち着け。言ってることがメチャクチャだ。
「い、家を。また家を建てようって。ご、ゴメンなさい。頭の中ぐちゃぐちゃでまとまらない」
家を?
エッダとの決戦、通称紅蓮の天秤ガチャ事件で人間の里は滅んだ。ウチの丸太小屋も全焼し、永遠に失われた。
だが、そもそもウチの丸太小屋は現クランメンバーが建てたものではない。このゲームの暗黒時代を先生と共に駆け抜けた【ふれあい牧場】のOBが建てたものだ。
俺はスズキに肩を支えられて、よろよろと歩いていく。
先生が誰かと話している。
なよっとした感じの男キャラで、メガネを掛けている。
おいおい、マジかよ。
おい。俺はさっき身体にガタが来ていると言ったな。あれは嘘だ。
俺はスズキの腕を振り払ってダッと地を蹴った。オリンピック選手もかくやという理想的なフォームで疾駆する。叫んだ。
「パイセンじゃないスかぁーっ!」
俺らの先輩たちはメガネ率が半端ない。ネトゲーのキャラクターの視力が衰えるというのはあり得ないから度は入っていない。ファッションメガネだ。
猛ダッシュで接近してくる俺に気が付いたパイセンが軽く手を上げた。
「よう。コータ」
パイセンらは俺をコータと呼ぶ。愛称ってやつだ。
んいいいいいいっ!
俺は名状しがたい声を上げた。
先生の認可を得て【ふれあい牧場】を卒業したパイセンたちは各々で別のクランを率いるマスターだ。自分たちのクランメンバーを優先せざるを得ないし攻略組という訳でもないから、本当にたまにしか会えない。
俺は走りながらブンブンと頭を振った。視野の確保。金髪と赤いのが居る。
「こ、コタタマ!」
金髪が感極まった様子で俺に飛びついて来た。俺は素早く回避した。
今の俺はレベル5だ。全俺未踏の領域に足を踏み入れている。
このゲームのプレイヤーは一般的にレベル10でようやく一人前と言われる。それはレベル10ともなればさすがにシステムを把握していて他職の性能もおおむね理解しているだろうというボーダーラインだ。
しかしそれだけじゃないのかもしれない。
レベル5の倍数が一つの区切りになっている。その可能性はある。ネトゲーでは珍しくもない話だ。
だが、それを差し引いても……。
俺は歯列をギラつかせてポチョを挑発した。
遅ぇーよ! どうした? もしや俺を気遣ってんのか!?
俺はギョロリと目を動かした。赤カブトが飛び掛かってくる。
「ペタさんっ!」
だから遅ぇーって! 俺はひらりと身を躱した。ポチョと赤カブトの手をくるくると回っていなし、一転して二人の手をガッと握る。
俺は二人と手を繋いでぴょんぴょんと跳ねながらパイセンの周りをくるくると回る。
パイセン! パイセン!
先生とスズキも参加してきた。
俺たち五人は輪になって飛び跳ねながらパイセンパイセンと唱和する。
パイセン! パイセン!
「いや先生? あんたは俺の後輩じゃないよね?」
先生はお茶目なところもあるのだ。
俺たちは延々と跳ね続けた。
そして俺と先生が真っ先に体力の限界を迎えて脱落した。
ぜえっ、ぜえっ……!
呼吸がヤバい。
地に突っ伏して肩で息をする俺と先生を、パイセンが呆れたように見つめている。
「レベルそんなでもないのに無茶するから……。おい、コータ。お前、二週間も目を覚まさなかったんだぞ。そんなイキナリ動いて大丈夫かよ?」
俺は手のひらをパイセンに向けてちょっと待ってとジェスチャーした。み、水……。ちょっと水飲まして。
スズキが俺に水を飲ませてくれた。んくっ、んくっ……。
せ、先生。むっ。先生の給水は赤カブトが担当してくれたようだ。地面に大の字になっている先生に赤カブトが少しずつペットボトルを傾けて水分を供給している。丸いお腹が尊い。
俺は大きく息を吐いた。アッス〜ッ。ス〜ッ。
……ふう。死ぬかと思ったぜ。こっちで勝手にテンション天元突破しといて何だが、ウチの三人娘はそこそこレベル高いからな。付き合いきれねえ。
ようやく人心地ついた俺はパイセンに声を掛けた。
ぱ、パイセン。ウチの丸太小屋を再建してくれるんスか?
パイセンは手に持つ図面に目線を落としている。
「おー。本当はもっと早く来たかったんだけどな。ゴメンな。大工ってあんまり居ないからスケジュール空かなくてさ」
従来のネトゲーでは金さえ払えばポンとクランハウスが手に入るのだが、このゲームのクランハウスはプレイヤーが建てることになる。
クラフト技能で工程を省略することはできるが、設計図を引くのはアマチュアには無理だ。
俺が赤カブトにパイセンの偉大さを伝えていると、パイセン本人が「そんなことないよ」と謙遜した。
「俺は別にリアル大工じゃないし。結局はやるかやらないかだ。何度か失敗してコレはダメだったとかアレは良かったとか少しずつ学んでいくんだ。先生は力学に強いからな。俺らは恵まれてたんだよ。でも、リアル大工は凄いぞ〜。デザインに拘る余裕なんて俺にはないからなー」
俺はパイセンに寄り添って設計図を覗き込んだ。これがウチの新しいおうち……。
「コータ。希望とかあるか? あんま無茶は聞けないけど、少しくらいならいいぞ」
希望ですか。そうスね。先生御殿を建てて欲しいです。先生の銅像を四方に配置して。なるたけ大きいのを四つ。あ、金ならあるんスよ。まとまった金が。へへへ……。
「どうせ汚れた金だろ。お前は昔からそうだ。まとまった金を家に入れる時はまず怪しい金の流れがある」
そ、そんなことないスよ〜。
廃人どもを売り払った金とは口が裂けても言えない俺である。
そう、俺はパイセンらには頭が上がらない。
不特定多数のゴミどもに恨みを買っている俺が騙し騙しやって行けているのは、ひとえに先生とパイセンらが裏で手を回してくれているからだ。
直接そう聞いた訳ではないが、もしも俺なら俺のようなゴミが居たら徹底的に追い込む。リスキルは当たり前として、地の果てまで粘着して二十四時間体制でささやき攻勢を仕掛けるだろう。
そうなっていないということは、俺の知らないところで俺の知らない力が働いているということだ。
パイセン……。いつもご迷惑を。
俺がそう零すと、パイセンはちらりと俺を見てからすぐに図面に視線を戻した。
「コータ。お前、イベントがんばってるみたいだな。俺も鼻が高いよ。まさかウチから攻略組が出るとは思わなかった」
いや、パイセン。俺、攻略組じゃないっス。
「えっ。違うの? じゃあ何なの? なんかイベントで指揮とってるって聞いたけど。お前何なの?」
俺ぇ、レ氏に嫌われてるんスよ〜。
「それはそれで凄いな。あの人、そんな誰かを嫌うとかないだろ」
ええ? ありますよ〜。パイセンの中でレ氏はどんなキャラなんスか?
パイセンは照れ隠しにメガネをくいっと押し上げた。
「いやー。俺さぁ。前も言ったけど、ネトゲーのイベントってオマケだと思ってるんだよね」
それ凄く分かります。ですよね。俺もそう思うっス。
「だろ? だからさ、どうしても最前線の情報って聞きかじりになっちゃうんだよ。ログインして、あとになってこんなことがあったよーって聞くパターンが多い」
おお……。
ヤバいわ。やっぱパイセンって限りなく俺の理想に近い。マジ、リスペクトだぜ。
俺もパイセンみたいになりたい。パイセンみたいになれたら、ウチの三人娘に森に連れ込まれたりしなくなるのかなぁ。
俺を森に連れ込んだ三人娘が興奮した様子で何やら相談している。
「ど、どうなの?」
「……一回くらいなら」
「くらいって? そこちゃんとしてっ。ろ、ロストしちゃったらどうするの!」
あの〜。俺はおそるおそる挙手した。
なんかぁ。俺を殺そうとしてますよね?
でもぉ。俺ぇ、残機ヤバいんでぇ。そういうの控えたほうがぁ。お互いのためかなってぇ。
すると小せえのが真っ赤な顔をして食って掛かってきた。
「わ、分かってるよ! で、でもさ。そんなこと言い出したらキリないでしょ? こ、コタタマだって。我慢するの、あんまり身体に良くないって言うよ?」
言わないよ。なに言ってんの? 殺されるとか非健康の極致じゃん。まさにこの上ないだろ。
おや、珍しいこともあったもんだな。赤カブトさんが同意してくれた。
「そ、そうだよ! ペタさんって放っておいたら勝手に死んじゃうし。今はチョット余裕あるけど、一回くらいなら」
いや同意してねえ。
俺の残機を計測すんな!
くそっ、二週間だぞ。二週間もの間、意識不明に陥って貯めた残機をこんなところで吐き出して堪るか。
俺は三人娘の隙を見てダッと逃げ出して金髪に捕まって引きずり倒された。俺にのし掛かってきた金髪の目がヤバい。いや目だけじゃない。なんか触覚みたいなのが生えてる! 何コレ! 漫画的な表現なの?
「わ、私、我慢する……!」
おっと意外な言葉だー!
ポチョさんは俺の味方なの? 信じていいの?
ポチョはコクリと頷いた。
「コタタマをロストなんかさせない!」
偉い!
いや偉くはねえな。当たり前のことだ。
だが、その言葉が聞きたかった。俺はポチョの肩にガッと腕を回して抱き寄せた。
へへっ。おい、スズキにジャムジェムよ。聞いたか? ポチョは偉いよなぁ〜。
そうよ。俺は残機がヤバい。それをよ、お前らの自己満足のために俺を殺すってのは正直どうよ? お前らに思いやりってもんはねえのか? ペタタママは悲しいぜ。ん? どうなんだ?
「わ、私たちも我慢するよ! ね、ジャム!」
「う、うん」
そうだよなぁ〜。
俺は強気に出た。今まで散々殺されてきた借りを今ここで返すのだ。
そう。そうなんだよ。お前らはどうも是が非でも俺を殺したいらしいが、さすがにロストはヤバいよな? 多少余裕があったとしてもだよ? 俺はコロコロ死ぬからな。多めに見積もっておかねえと、お前らの所為でロストってこともあり得るわな。
分かるか。お前らに俺は殺せねえ。
くくくくっ。この日を待ちわびたぜ。
おやおや? スズキぃ。殺したくて仕方ねえって顔してんなぁ。別にいいんだぜ? 殺してもよ。しょせんお前はその程度の女だったってことだ。
ジャム〜。どうした? ん? いつもみたいに殺さねえのか? いや、できねえよな。お前にはできねえよ。お前には俺の残機を見る目が備わっているらしい。だったら尚更だよな。
ふははははははっ!
どいつもこいつもメスの顔しやがって!
俺は荒ぶる鷹のように両腕を広げた。
どうした! おい! 殺せよ! やれるもんならやってみやがれ!
いいや無理だね!
お前らに俺は殺せねぇー!
俺は三人娘の耳元で順に俺を殺してくれと甘く囁いた。なあ、殺してくれよ。どうして殺してくれないんだ? たまにはいいじゃねえか。一回くらい殺したって大して変わりゃしねえよ。
……少し攻めすぎたか?
いや! 三人娘は必死に耐えている。この俺がこんなにも懇願しているにも拘らずだ。
イイ。凄くイイぞ。
俺はベロリと舌舐めずりした。
コイツらに対して、かつてこれほどまでに俺が優位に立てた瞬間があったろうか。いや、ない。
間違いない。今の俺は無敵だ。
小せえのがぽつりと言う。
「れ、劣化ティナンって……なに?」
んお? ああ、そういえばラム子を説得しようとした時に言ってたか。口が滑ったな。
まぁいいか。この際だから言っちまおう。
スズキ〜。俺ぁな、お前のことを言うほどガキじゃねえと思ってんだよ。ティナンよか育ってるし考え方もしっかりしてる。だから劣化ティナンなのさ。ロリっぽいキャラメイクしてる割には振り切れてねえっつーかな。照れがある。そりゃあ身体は小せえが、幼児体型とは違うよな。ちゃんと女の身体してる。狙ってやったとしたら大したもんだ。
「そ、そうなんだ? 私のこと、そういうふうに」
……これ以上はマズいかもな。
劣化ティナンさんがもじもじしながら弓の弦を引っ張っては離して引っ張っては離してを繰り返している。
赤カブトさんに至っては俺の腕を手に取って自分の爪を押し付けて爪痕を残そうとしているし、ポチョは俺の首筋に顔をぐりぐりと押し付けて頚動脈を探っている。
俺はニコッと爽やかに笑った。
よし、パイセンのトコに戻ろうぜ。先生も待ってる。
だが三人娘はまったく動こうとしなかった。
……なあ、待てよ。いや、分かった。少し言い過ぎたな。謝るよ。この通りだ。
俺は神妙に命乞いした。
頼むから殺さないでくれ。俺は本当にいつ殺されてもおかしくないからよ。お前らが責任を感じてとか嫌なんだ。だから、もっと残機を貯めてよ。もう大丈夫ってなったら。そん時は今ここに居る四人で相談してさ。たくさん殺せばいいじゃねえか。な? 今はそれでヨシとしようや。それまでは我慢だ。
……どうだ? 新しいパターンだぜ。
三人娘は……。
コクリと頷いた。
俺は胸中で喝采を上げた。
勝った……!
俺は成功したんだ! 生きること、に!
いぃぃぃぃやったぁぁぁぁぁっ!
心の中で歓喜の雄叫びを上げる俺に、赤カブトが可愛らしいおねだりをしてくる。
「たまには……。指、一本くらい折ってもいい?」
もちろんさ。
俺はニコッと微笑んで快諾した。
俺は指をへし折られた。
順に一人ずつ執拗に折り畳まれたもんだから、もはや指と言うよりは手に生えた邪魔な突起物だった。
邪魔な突起物をチラッと見て頬を赤らめたポチョがぼそりと言う。
「予約、ね?」
まったく意味が分からなかった。
これは、とあるVRMMOの物語。
死ななければいいという問題になった。
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