第五章。彼女は敗残兵、完結
1.エッダ水道-迎神尊像-ネフィリア社説明会
クソ虫さんたちと合体したことで彼らの思考が流れ込んでくる。
これは……過去の映像か?
エッダ水道の深部。暫定エイリアンを模した大きな像にびっしりとクソ虫さんたちが張り付いている。
それをじっと見上げているのはネフィリアだ。マゴットも一緒だ。ちょこちょこと寄ってきたクソ虫さんと戯れており、その様子をキチンとお座りしたペスさんがじっと見つめている。
ネフィリアがぼそりと言う。
「また増えたな。しかし……。やはりプレイヤーと同じか」
「え? 増えてます?」
首を傾げてクソ虫さんたちを指で数え始めるアホの子に、ネフィリアが丁寧に説明をしてあげる。
「数字は感覚で見ろ。そのためのレ氏像だ。間違いなく増えてはいる、が。二次曲線の増え方ではない。ネズミ算とでも言えば分かりやすいか? 【ギルド】の繁殖に個体数は関係ないということだな。何かしらの条件……。おそらくはプレイヤーの新規ユーザーと同じだ」
同じってことはないだろうよ。【ギルド】に中の人は居ない。だが、まぁアホの子にあまり細かく説明しても無意味だと思っているのかもしれない。
【ギルド】繁殖の要因は色々と考えられるが、縄張りの拡大とクリスマスイベントの影響、そのいずれかだろう。俺はクリスマス当日にクソ虫さん誕生の瞬間に立ち会っている。ヤツらは黒い雪から生まれた。
もちろんマゴットはそんなことは知らない。ぼけーっとして適当に返事をした。
「はぁ。そっスね」
ネフィリアがぴしゃりと言う。
「私の読みが正しければ、ここでの遣り取りは【ギルド】の目を通して記憶されコタタマに渡るぞ。ヤツが見てる」
「えっ」
アホの子が急にそわそわし始めた。慌ただしく髪を整えて襟を正していく。
「そ、そういうことは早く言ってくださいよ〜! 今日ほとんど家コーデだからっ。全然本気じゃねーし……!」
言うほど家コーデではないが。まぁ女子校みたいなもんだろう。男の目がないとダラけるってやつだ。
ネフィリアはマゴットを無視した。一歩前に出て声を張り上げる。
「新しい顔ぶれも居るようなので簡単に言う! 私がネフィリアだ! 指揮官不在につき、お前たちの指揮をとる! 覚えておけ!」
クソ虫さんたちは覚えた。モノアイのシャッターを上下し、カシャカシャとスクショを撮るような音がする。
ネフィリアは続けた。
「お前たちはこれより山岳都市に潜入して貰う。元【敗残兵】の最高幹部が不穏な動きを見せている。おそらくはコタタマに仕掛けるつもりだろう。コタタマは最高指揮官の手駒だ。確定ではないが、その前提で動く。状況が一気に動く可能性が高い。勇者の参戦。そうなれば最高指揮官も動く」
相変わらず面倒臭ぇことしてんなぁ。俺は思った。予想して動くというのは億劫だ。しょせんゲームだからな。動くのは事が起きてからでいいと俺は思っているし、大多数のプレイヤーが俺と同じ意見だろう。だからネフィリアに手玉に取られる。それはもう仕方のないことだった。
「お前たちは最高指揮官の指揮下に落ちるだろう。一時的なものと予想しているが確かなことは言えない。だが、どの道避けては通れない問題だ。最高指揮官を包囲展開し指揮系統を探る。そして、もしそうでなければ」
最高指揮官、ラム子が指揮権を発動しなかった場合。
ネフィリアはニヤリと笑った。
「つまり最高指揮官が散歩しているくらいの感覚で居たならば。コタタマはぶつくさと文句を言いながらも最高指揮官を説得しようとするだろう。そういう男だ。そうなった時、ヤツは必ずこの私を、お前たちを頼ってくる。交渉はテーブルに着く前から始まっていると教えたのはこの私だからな」
そんなもん教えられんでも知ってたわ。俺は心の中でイキッた。
ネフィリアはくすくすと笑いながら人差し指を立てた。
「そういうことだ。貸し一つだな、コタタマ」
へっ、知らねえのか?
お師匠様もまだまだ甘いな。
俺は借金を踏み倒すのが得意なんだよ。
1.山岳都市ニャンダム
今の俺はまるでパーフェクトモルボルだ。
触手で胴体と手足を作り! ドッキリテクスチャーで質感を再現ン! まぁドッキリテクスチャーは使えないのでそれは無理としても。
山岳都市の大地を二本の足で悠々と歩いていく。元が触手なので先端をバラして地面に接地すればティナンの家を踏み潰すこともない。ここら一帯を更地にしちまうとアットムくんが悲しむからな。
俺の肩にしがみ付くクァトロくんがまだ何かグチグチ言っている。
「うわ、ぐねぐねしてる……。コタタマさん! 説得って。でも僕は……」
うるせえ! お前がやるんだよ!
「それが無理だからコタタマさんに頼ったんですよ! こういう機会は何度もあったんです。でも僕は。僕じゃ何も変えられなかった。だから僕は」
ラム子はお前の傍に居たじゃねえか。
口が回るペタタマさんなら何とかしてくれるって? そんなのはお前の思い込みだ。
ラム子にとっての一番はお前なんだ。俺じゃねえ。そのお前の言葉に耳を貸さねえってんなら多分説得は無理なんだ。根底からして考え方が俺らとは違う。説得もクソもねえ。取っ掛かりがない。
でも、そうじゃねえってお前は信じてるんだろ? 俺は信じてねえ。だからお前がやるんだ。
まぁ気楽に行けよ。【NAi】の言った通りだ。俺らは人間様が何か特別な力を持ってるとは思ってねえ。そんなのはかめはめ波が撃てなかった時点で分かってたことなんだ。
クァトロくんよ。お前は正しい。ラム子を説得する。それ以外に勝ち目はねえさ。俺らの代には無理でも、いつか心を動かせることはあるかもな? だったら諦めるなよ。お前がやるんだ。
「そういうのが怖いんだよ! みんなが僕に期待をしてくれて。勇者だからって。でも僕は、本当の勇者じゃないんじゃないかって。ずっと……」
勘違いするな。最後に〆るのがお前の仕事ってだけだ。そこまでは何とかして俺らが運んでやるって言ってるんだよ。
お前が宇宙のヒーローなら、俺らは町内のヒーローでいい。俺は地球の勇者だ。
山岳都市に降り積もった黒い雪は種族人間を機械化する。
しかし俺自身がそうであるように、種族人間が行き着く先はエンドフレームだ。
高度に発達した技術は、生物と機械の境目をあいまいにしていく。
巨大な白猫と黒猫が山岳都市に現れた。ティナンの家を踏み潰さないようおっかなびっくりお座りしてじっと俺を見る。
シロ様、クロ様……。
お二人はニコッと笑った。
【コタタマくん、あまり無茶しないでね。危なかったら戻ってくるんだよ。ね、クロ】
【そうだね、シロ。コタタマくんが仕切ってる人身売買についてあとでお話があります】
人身売買? 何のことっスかね。俺はすっとぼけた。
おっとニャンダム様が危うい。加勢せねば。
俺はダッシュで山登りを始めた。ニャンダム山脈の頂上までひとっ走りだ。いや、よく考えたら飛べたわ。空を歩くっつーかね。エンドフレームはそういうことができる。
俺が道草を食っている間に化け猫様はやられてしまったようだ。機械獣に弾き飛ばされてニャンダム山脈の中腹に叩き付けられる。手足の自壊が始まっていた。
【ちっ、これしきのことで。ワシも鈍ったか】
ニャンダム様ー!
【小僧、あとはお前がやれ。ワシはしばし休む】
……鈍ったというのは本音だろう。この化け猫、まったくレベルが上がってなかったからな。ティナンに祀られて食っちゃ寝ばかりしてるから。
それでも完全上位互換である筈の機械獣を追い詰めたのは確かであるらしい。
機械獣の身体を構成していたパーツが分離し、次の形態に移っていく。
対策と強化。
もしも最高指揮官に弱点があるとすれば、相手の戦力の上限に合わせてしまうということだろう。
生身のラム子が機体の内部に収納され、薔薇を模した巨大な空中要塞を形成していく。小型化した機械獣が複数体、要塞を守るように周囲を飛び交う。ガーディアンか。
第二形態の敗因はニャンダムとの一騎討ちに応じたことだった。だから今度はそうならないよう対策を練ってきたということなのだろう。
クァトロくんが苦々しく呟く。
「迷宮型……」
アナウンスが走る。
【Phase-3】
黒薔薇の花弁がパッと開き、レーザー光線が放たれる。それは花弁で乱反射してニャンダム山脈を下から上に切り裂いた。いや、非生物には干渉しない仕組みになっているようだ。ラム子はニャンダムにトドメを刺しただけだ。
レーザー光線で身体を真っ二つにされたニャンダムが笑う。
【なかなか楽しめたぞ。ではな】
珍しく生き残ってるミノムシ野郎がガーディアンの機械獣を撃った。悪びれる様子もなく告げる。
【悪いナ。手が滑った】
洗脳されていてもミスはする。人間なら誰だってそうだ。ミスなら仕方ねえよな。
セブンのミスを呼び水に粗大ゴミどもが一斉にミスをし始めた。
日本人はロリコンだらけだ。この国の未来はお先真っ暗だ。だから貴重なロリ枠を守るためにゴミどもは戦う。
オンラインゲームは運営との戦いの連続だ。それはいつもそうだった。
運営の指図は受けねえ。
俺たちの勝利条件は、俺たちが決める。
ミノムシ野郎が機械獣の反撃を受けて沈んでいく。
だがヤツは母体は一人一体という基本ルールすら守れないクソ野郎だ。火力や耐久力を分散しているという欠点はあるようだが、敵に運試しを迫ることができる。
【残念。外れだ。俺はこういうこともできる】
ミノムシ野郎が羽化した。中から飛び出したのは大きなセミだ。そんなこったろうと思ったぜ。セブンという男はセミの化身なのだ。
セミ野郎の背には元【敗残兵】のメンバーが乗っている。
クァトロくんが叫ぶ。
「サトゥさん! みんな……!」
セミ野郎の背でサトゥ氏が親指を立ててニッと笑った。リチェットと宰相ちゃんはぐったりしている。セブンの内部はグロかったに違いない。それ以外のメンバーがクァトロくんに手を振っている。ネカマ六人衆も一緒だ。
クァトロくんは元【敗残兵】候補のメンバーだ。
ラム子はクァトロくんといつも一緒に居た。
だから国内サーバーでラム子を救ってやりたいと誰よりも強く願っていたのは元【敗残兵】のメンバーなのだ。
けど撃墜されそうになっとる。
黒薔薇の花弁がセミ野郎に向く。仕方ねえなぁ。オラぁ!
俺はデカいゲンコツで黒薔薇を殴りつけた。叫ぶ。
【突入しろぉ!】
迷宮型と言うからには入り口があるんだろう。
いつも何だかんだで事件の渦中に巻き込まれてきた俺だが、今回は脇役でいい。つーか脇役がいい。
クァトロくんが俺の肩を蹴って飛ぶ。
「ありがとう!」
クァトロくんが従える金属片が稲妻を帯びる。
アナウンスが走った。
【限界突破!】
【勇者】
【君主】【クァトロ】【Level-4999】
元【敗残兵】のメンバーと合流したクァトロくんが要塞の内部に突入した。
俺に飛び掛かってきた機械獣を【NAi】が大剣で一刀両断にした。
何してる。お前も行けよ。
【NAi】は深々と溜息を吐いた。
【誰かが追撃を絶たねばならないでしょう。あなた方にそれができるとでも?】
お前、損な性分してんなぁ。そんなだからいつも華々しく登場しておいて他の誰かに持ってかれるんじゃねーの?
何つーか負け犬根性が染み付いてる。
【私は天使ナイです。天使は空気を読む能力に関しては他の追随を許しません。絶対君主たる神に仕えるものなのですから】
ハッ、お前っトコの神さんとやらに少し興味が湧いてきたよ。
そんじゃ、ま、脇役は脇役らしくがんばるとしましょうかね。
俺は奇声を上げて機械獣に殴り掛かった。
死ねよやぁー!
これは、とあるVRMMOの物語。
ハッピーバレンタイン!
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