コミュニティとはにぎにぎしてること?あなたの「コミュニティ観」どこから来てる?
同じ言葉が、違う輪郭を持つ
最近よく思う。人それぞれに、"コミュニティ観"というものがある。「コミュニティ」と同じ言葉を使っていても、その輪郭が驚くほど違うのです。
ある人にとっては、人が集いにぎにぎと、笑顔で集合写真が、いいコミュニティだと言う。別の人にとっては、ただ顔を知っている誰かが近くにいること、困ったときに助けてくれる存在がいること、それがコミュニティだという人もいる。自分は、後者の実感がいつもあるし、お手伝いをさせていただくときもまた、それを目指している。
はて、この違いはどこから来るのだろう。
思想の差とも言えるが、実はその人が生きてきた中での体験の差に近いのではないかと思った。幼少期から大人になるまで、自分を取り巻いてきた人間関係の質。その蓄積が、人を信じられる存在になっているかどうかの前提をつくる。
それは、家庭環境での経験とは異なる部分が影響しているようにも思う。むしろ、家庭の家の暮らしの外側で、どのような他者とどのように関わってきたか。どのような人たちに、どのような距離感で接してもらってきたか。そのひとにとってのコミュニティ観とは、身体が覚えている"外側のひと"との関係の記憶なのだと。
皆さんには、家庭外の環境で、他者の優しさにどのように触れた記憶がありますか。その原体験はきっと、それぞれにある。自分のそれをたぐり寄せていくと、いまの自分がコミュニティをどう捉えているかの輪郭が、少しずつ見えてくる気がするのです。
そしてそれらはとても個人的な話であっても、同時にとても普遍的な話でもあるはずで。
縁側と団地が教えてくれたこと
僕の場合、思いをめぐらせて浮かぶシーンがいくつかあります。
おばあちゃんの家に一緒に住んでいた幼少期。庭に向かって縁側があり、そこに座っていると、樹木の向こうに一軒隣の中野さんの家との境界に大人の身長くらいのコンクリート壁があった。よく、壁越しにコミュニケーションが起きていた。つくって余った家庭料理の「これをどうぞー」とか、旅行に行ってきたから「お土産をどうぞー」とか。壁越しではないが、中野さんのおじさんは、夏になると羽化させた鈴虫をたくさんくれたり、季節になると庭の消毒をしてくださったり、時には「まーちゃん(私)釣り行くかー」と池に連れて行ってくれた。
家の小さな門から縁側までは砂利が敷いてあるから、ジャッジャッと音がすると誰かがきたという合図。「こんにちは〜」と、ご近所さんがやってきて縁側に正座して座るおばあちゃんと近況報告トークがはじまる。するとまた別のおばちゃんがやってくる。小さかった僕はいつも可愛くいじられるのだった。
その前の団地での暮らしも印象深い。団地の2階という世界は、住棟間の緑やひろばとほぼつながっているようなイメージで、地上にいる人と住戸にいる人が窓越しに会話をすることが日常のようにあった。子供たちが下から「○○くん、あーそーぼー」というような光景がいつもそこにあった。いつも他人の気配がそこかしこにあった。そこに温もりのら記憶がある。
そういうことを一つひとつたぐらせていくと、ただそこにいて、自分自身をなんとなく見てくれていた他者たち、大人たちの存在が意外と効いていたことに気づく。干渉しすぎず、しかし放置もしない。何かあれば助けるが、過度に守らない。叱ることもあるが、もちろん人格を否定することなどはない。そうした関係のなかで育つと、人は「管理される」よりも「信じられる」感覚を持つようになる。その感覚こそが、その人のコミュニティ観の土台になっていく。
自覚なき設計は、自覚なき排除を生む
コミュニティなるものを支える作り手側に立ったとき、この原体験の差は、如実に出る。
作り手が変な仕掛けをしてしまうことがあるけども、それは悪意ではない。ただ、経験からコミュニティを「人を集めれば成立するもの」と捉える人は、イベントを打ち続ける。AをやればBになるという単線的な思考に陥るひとも少なくない。
しかし、コミュニティの本質にあるものは、そんな単純なものではない。豊かな経験を重ねてきた人は、その複雑さを前提に設計できる。だが解像度が荒い経験を重ねてきた人は、そのまま出力してハードもソフトもつくってしまう。それはうまくいかないので、負の循環に入っていく。
問題は経験の多さではない。自らのコミュニティ観を、どのように自覚しているかどうかだ。自分がどんな原体験によってコミュニティを捉えているのかを、問い直したことがあるかどうか。それが大きい。
無自覚によって生み出される設計やデザインは、いつの間にか無自覚な排除を生み出している。にぎやかさを正解と信じている人は、静かにそこにいたい人を、気づかないうちに弾いてしまう。集まることを目的にしてしまう人は、集まれない人を、最初から想定しない設計をしてしまう。
僕の場合は、その後、ロンドンでの生活で、高円寺での生活で出会った人々、東東京へ移り、喫茶ランドリーやオラ・ネウボーノを通して出会った無数の人々。血縁でもなくとも、出会い、重なり、僕と他人との関係は常に更新され続けていく。それらが過去の記憶と混ざり合い、いまの自分自身の"コミュニティ観"を形づくっている。自分はその輪郭を自覚し続けながら、あるべき状況をつくることに活かそうとする。
誰しもが生み出す、デザインする空間や状況は、そのひとのコミュニティ観の写し鏡というわけだ。
いいものをつくり、静かに広げていく
ではどうするか。
結局のところ、いいものをつくり続け、広げていくしかない。言葉で正すより、体験で更新する。焦らず、盛り上げず、管理しすぎない空間を実際に立ち上げていく。そしてそれが続いているという事実を示す。持続する関係は嘘をつかない。
コミュニティをつくるとは、人をつなぐことではなく、信じられる関係の地盤を用意すること。誰かにとっての"外側の他者との記憶"に、静かになっていくことだ。縁側越しに鈴虫をくれた中野さんのおじさんのように。団地の広場で声をかけてくれた見知らぬ大人のように。その人たちは、コミュニティをつくろうとしていたわけではない。ただそこにいて、目の前の人に、自然に関わっていただけ。
だからこそ、つくる側の人たちは今一度自分の原体験を問い直そう。自分が「信じられる」と感じた関係はどんなものだったか。その質を、いまつくっている空間に、静かに埋め込めているか。自分が信じる関係の質を、どうやったら実現できるのかを考えていく。
そしてその積み重ねが、誰かの幼少期の記憶になっていく。誰かの、コミュニティ観の土台になっていく。コミュニティを考える作り手の責任とは、そういうことなのかもしれない。
大西正紀(おおにしまさき)
ハード・ソフト・コミュニケーションを一体でデザインする「1階づくり」を軸に、さまざまな「建築」「施設」「まち」をアクティブに設計デザインする株式会社グランドレベルのディレクター兼アーキテクト兼編集者。日々、グランドレベル、ベンチ、幸福について研究を行う。喫茶ランドリー&オラ・ネウボーノ オーナー。
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