【槍弓】食事にまつわるエトセトラ
※現パロ
※喧嘩後にアーチャーの料理を食べなくなるランサーのお話です
●お知らせ●
クーエミFes!の新刊ですが、8月後半くらいに再版分が書店入荷予定です。
予約は始まっておりますので、ご興味のある方はどうぞよろしくお願いいたします!
https://ec.toranoana.jp/joshi_r/ec/item/040030755464
- 867
- 921
- 12,142
※元はツイート派生のネタで、べったーにあげていたものです。
ほんの少しだけ文章を改変しております。
アーチャーと喧嘩をした。
それはもう派手な喧嘩で、口頭での応酬に付け加え、殴る蹴るの乱闘騒ぎ。
だがここまでは珍しくもない。残念なことによくある日常のワンシーンってやつだ。
そんな喧嘩が日常茶飯事なオレたちだが、侵してはならない不文律というものはある。どんなに腹が立とうが、越えてはならない一線というものは確実に存在しているのだ。
その日の奴は、そこに踏み込んできやがった。
土足でそこに踏み込み、更には踏み荒すような発言をしたアイツを、どうにもこうにも許せん、とその時オレは強く思った。
オレ自身も相当頭に血がのぼっていたということもあり、その日の夜からオレは、奴の料理に対してハンガーストライキを起こした。
食事にまつわるエトセトラ
0日目、夜。
喧嘩をした際、腹が立っていれば立っているほどアイツは手の込んだ料理を作る。
手が込んでいる=奴の怒りの深さ、だ。
その日の夕食は、トロットロに煮込まれたビーフシチューだった。
煮込むのが中心の料理で、大して手間がかかっていないのでは?と思うだろう?
実際はデミグラスソースから作っており、他にもなんやかんやと面倒な工程を踏んでいるため、それなりに手間暇がかかることをオレは知っている。
そして、見た目も味も極上であるのも知っている。
奴にはこの上なくムカついているが、匂いにつられて料理に罪はない、とテーブルにつきそうになる。
だがだめだ。
今回のオレの怒りは、ビーフシチュー程度で緩和されるものでない。
オレは美味そうにセッティングされたテーブルから目を逸らし、ソファでストックされていた食パンを齧った。
1日目、朝。
鍋いっぱいに作ったビーフシチューは、やはりアイツ一人では消費しきれなかったらしい。
オレの席にはトーストとハムエッグ、昨晩の残りのビーフシチュー、小松菜のおひたしが並んでいた。
洋食中心のメニューの中で、おひたしの浮きっぷりが気になるが、青物が少ない食卓で栄養バランスを考えた結果なのだろう。
奴の席には何故かオレの皿がある。
ーーなんでテメェがオレの皿を使ってんだ。
すこしムカつきながら、オレは準備された朝食には手をつけず家を出た。
朝飯として、コンビニでおにぎりを買った。
1日目、昼。
職場の近くの店でカレー。
1日目、夜。
また性懲りもなくビーフシチューが出てきた。
案外消費する奴がいなくて困っているのかもしれない。
だが、オレは今日コンビニで弁当を買ってきた。
奴の料理には手をつけず、レンジであっためたそれを食った。
2日目、朝。
テーブルにはラップに包まれたおにぎりが置かれていた。
ここまで簡易なものは、アイツにしちゃめずらしい。が、絶対に美味いであろう確信もあった。
食べたい誘惑を振り切って、それには手はつけずにジャムを塗った食パンを牛乳で流し込んだ。
2日目、昼。
天ぷら蕎麦。
2日目、夜。
急遽誘われた職場の飲み会に行ってきた。
一緒に住んでいる以上は、と一応「遅くなる」というメッセージをアーチャーに送った。
既読はついたが、返信はなし。
ーー突発の連絡には、いつもなら小言が返ってくるのだが。
3日目、朝。
テーブルにはなにもなかった。
ひどく身勝手なのは百も承知だが、オレはなにも準備されていないことにショックを受けた。そしてそんな自分に更にショックを受けた。
とりあえずなにか食べるものを、とキッチンを漁っていると、捨てられた大量のビーフシチューの残骸を発見した。
……一緒に住み始めてから、アイツがこれほどの量の食い物を捨てるのを、初めて見た。
3日目、昼。
カツ丼。
3日目、夜。
ラーメンを食って帰った。
帰宅したら、もうアイツは自室に引っ込んだのか、姿は見えなかった。
4日目、朝。
テーブルにはなにもない。
コンビニでサンドウィッチを買った。
4日目、昼。
焼き魚定食。
和食が恋しくなってきたからこれをチョイスしたが、どうにも物足りなく感じる。
4日目、夜。
アイツは一人で何かをもそもそ食っていた。
オレはコンビニ弁当を買ってきたので、それを食った。
5日目、朝。
テーブルの上を確認するのはもうやめた。
コンビニでおにぎりを買った。
5日目、昼。
牛丼。
5日目、夜。
冷凍食品のチャーハン。
かなりレベルが高く美味かった。
ーー美味いが、オレはこれ以上に美味いチャーハンを知っている。
6日目、朝。
仕事は休みだ。いつもよりもゆっくりな起床。
昨晩買ってきたバターロールと、卵とベーコンを適当に焼いたものを食った。
アーチャーは出掛けたのか、気配はない。
6日目、昼。
近所の店でラーメン。
コンビニも外食も飽きた。
不味くはないが、求めているものはこれではない、と身体が訴えてくる。
そろそろ、アイツの飯が恋しい。
6日目、夜。
アーチャーは一人でテーブルについて飯を食っていた。
アイツの飯を食わなくなってずいぶん経つ気がする。
怒りはもうだいぶ薄れていて、仕方ねぇからオレから折れてやるか、くらいの気持ちになっていた。
今ならまぁ、こちらもいろいろと言いすぎたかもしれない、と思える。謝罪の一言でも言って、いい加減このギスギスした空気から脱したい。
そのきっかけになればいいと、オレはテーブルにつかつかと歩み寄って、アイツが箸で掴んでいたものを掌ごと掴んで自分の口に運んだ。
ーーその味に、衝撃が走った。
オレは今、一体なにを食ったんだ?
「……っ、おま……っ、なんだこの塩っ辛いのは!?」
「……そうか?」
「そうか、じゃねぇよ!いくらなんでも、塩分過剰じゃねぇのか?むせる勢いだぞ!?」
キッチンに水を取りに行こうとしたオレの背に、ぽつりと言葉が落とされる。
「わからないんだ」
「……は?」
思わず振り返った。
「どうせ食べるのは私一人だし、と思っていたら、味がわからなくなった。というか、味がしない。……そうか、これはそんなに塩辛くなっていたのか」
テーブルの上の料理は、見た目はいつものそれと変わらず美味そうに見える。
アーチャーは、それをどこか虚ろな様子で見下ろした。
「……まぁ、私が食べればいいだけの話だ。きみには問題なかろう」
そう言って食事を続けようとしたアーチャーの腕を掴んだ。
「いくらお前さんの飯とはいえ、これはすすめられねぇ。味が濃すぎる」
「ふん、コンビニ弁当を好む舌のきみに、味の濃さについて指摘を受けるとは」
「嫌味言ってんじゃねーよ。最近はコンビニだってかなりうまいし健康志向だぞ」
「……ならばそれだけ食っていろ。私の料理は口に合わないだろうからな!」
「たしかに今のテメェの料理は口に合わねぇだろうよ」
辛すぎるものは苦手だが、塩辛すぎるものも同様だ。
正直にアーチャーの言葉を肯定すると、奴は虚をつかれたような表情をした。
それを見て、オレは自分がまずい返答をしたらしいことを察する。
「……ランサー」
不気味なほど静かに、アーチャーがオレを呼んだ。
「……なんだよ」
「きみは家事全般は一人でも充分にこなせるな」
「……そりゃ、お前と住む前は一人でやってたからな」
「料理は……得意ではないかもしれないが、まぁそこそこの腕だったな。加えてコンビニのものでも満足できる、と」
「満足かどうかはさておきだが、最低限料理はできるが」
「わかった。ーー別れよう、ランサー」
「ッ、はぁ!?!?」
突如落とされたデカすぎる爆弾に、オレは大声をあげていた。
「は、なん、なに言ってんだお前!?今の話の流れでなんでそうなる!?」
「……ずっと考えていた。私はきみの踏んではいけない地雷を踏んだ。しかもわかっていて、敢えて、だ。大した信念もなく、ただの意趣返しや腹いせのために踏んでみせたんだ。最低だろう?自分でもそう思う。結果、きみはこの数日間ずっと怒っていただろう」
「……否定しねぇが」
それは事実だ。
オレはコイツに対してかなりの怒りを覚えたし、自分の首を締めるのも承知でハンガーストライキをする程度には怒っていた。
だが、それでも別れるなんて考えはこれっぽっちも思い浮かんじゃいなかった。
だから、アーチャーの申し出はオレにとっては寝耳に水というやつである。
「きみの生活に私は必要ではない。むしろ怒りを煽るだけのロクでもない存在だ。しかもきみがいたく気に入っていたと……私がそう思い込んでいた料理も、もう私は満足に作ることができない。……なぁランサー。世の中にはもっときみに似合いの、可愛げのある料理上手な人間が」
「お前を専属のコックとして雇った覚えはねえ!」
アーチャーの言葉にかぶせるようにして、オレは怒鳴るように言った。
そんな言葉が聞きたいのではない。
まるでオレがお前の価値を家事にしか見出していないような言い分は心外だ!
「……雇われた記憶は私にもないさ。給金を貰った記憶もないし」
「あげ足とんな!!いちいちムカつく野郎だな!」
「だから、別れようと言っている」
「『ムカつく』と『別れる』は連動してねぇんだよ、オレの中ではな!ムカつくところも引っくるめた上で、それを承知の上でテメェを選んだんだ。承知していなかったら、誰が同棲なんざすっかよ。いいか、オレはテメェと別れる気はねーからな!あとそこに座ってちょっと待っとけ!」
一息で告げて、足音も荒くキッチンへ向かう。
そうしてオレは、冷蔵庫を勢いよく開けた。卵を3つ取り出し、調味料の棚からは砂糖と塩を取り出す。
久し振りすぎるが、まぁきっとどうにかなるだろう。
十数分後。
「おらよ」
オレの言いつけ通りに大人しく座っていたアーチャーの前に、少々不恰好な厚焼き玉子を置く。
少し破れていたり焼き色が均一ではないが、味は大丈夫なはず、だ。
アーチャーはそれをじっと見下ろしたまま動かない。
「べつにおかしなもんはいれてねぇよ。お前、だし巻き玉子よりも砂糖入れた甘めの玉子焼きの方が好きだろ」
オレはだし巻き玉子の方が好きだ。
だからそれに合わせて、コイツがだし巻きを優先して作るのも知っている。しかし、実はコイツは甘めの玉子焼きの方が好きなのだ。
「味がわからんでもいい。でも、お前がやたらと塩辛いもん食ってたのは確かだからな。ここらで少し甘いもんも食っとけ」
「……では」
妙に畏まった様子で、アーチャーが玉子焼きに箸を入れる。一口大に箸で割り、口に運ぶ。
「……味はすっか?」
恐る恐る聞くと、アーチャーは苦笑して首を緩く振った。
「残念ながら」
そう言ったきり、アーチャーは箸を進めようとしない。
「……味がしねぇもんを食うのがキツイなら、捨ててもいいぜ」
正直に言えば、これを言うのは勇気が必要だった。
実際にそれを実行されたら、自分が結構なダメージを食らうであろうことを分かっていたからだ。
そこではた、と気付く。
それなりに上手くできた「誰かのための料理」が、その誰かに消費されないというのは、こんな気持ちなのか、と。
こんな気持ちを、この数日の間にオレは、アーチャーに何度も味わわせていたのか、と。
「捨てたりはしない。きみがわざわざ作ってくれたんだ。例え毒が入っていようと、完食してみせるさ」
そう言って、やっともう一口玉子焼きを口に運んだアーチャーの目から、不意にぼたりと大粒の涙が零れた。
初めて見る光景に、オレはぎょっと眼を剥いた。
「……っ、ぁ、すま、すまない……違うんだ、嬉しいはずなのに、なのに」
「お、おい……」
「自分の料理の味が分からないよりも、きみの作ってくれたものの味がわからないのが、」
ーー悲しい。
そう言ってぼたぼたとテーブルに涙を落とす男を見ていられなくて、オレは思わずアーチャーの頭を胸元に抱き込んだ。
「……絶対に大雑把な味がするはずなのに」
ずび、と洟をすすりながら失礼をブッ込んでくるアーチャーに、ふは、と笑いが零れた。
「でもきっと、優しい味がするのだろうな」
それがわからないのが惜しいな、と震える声でアーチャーが言う。
「何回でも作ってやるさ」
「……本当か」
「ああ」
「それはつまり、まだ私と共にいるということか」
「まぁたその話かよ?別れねぇっつったろうが」
「……私は役立たずだぞ」
「役に立つからお前と付き合ったり、一緒に住んでるわけじゃねぇよ」
ぼそぼそと胸元で話す男に、オレは大袈裟にため息をついてみせた。
「オレは確かにお前がいなくても普通に生きていけるだろうし、それはお前も同じだろう。でもまぁ、近くにいた方が張り合いが出ていいってこった」
なぁ、それでいいだろう?
今は絆されろよ、とオレは白い髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
「……承知した」
アーチャーは、再び、ずび、と洟をすする。
そうしてその音に紛れこませるように、小さな声ですまなかった、という言葉を口にした。
腕の中で鼻の頭を赤くして洟をすする姿は随分と幼く見える。
なんだか幼児でも抱き込んでいるような気分だ。
どうにも締まらねぇなぁとは思ったが、これはこれでオレたちらしいかもしれない、と思えば、シャツの胸元に鼻水だか涙だか判別のつかないもので盛大な地図を描かれようとも、まぁ許せるような気がした。
アーチャーと喧嘩をした。
それは些細な口論から始まり、最終的にはクロスカウンターまで披露するような盛大な殴り合いにまで発展した。もはや喧嘩という枠におさめていいのかも謎なくらいの規模である。
最大の不機嫌をぶら下げて、二人揃って出先からの帰路につく。
互いに満身創痍。
アイツの頬骨の上は紫色になっているし、オレの鼻の下は乾いた鼻血でかぴかぴしている。
同じ進行方向を向いているのも嫌だが、しかしそもそも帰る場所が同じなので仕方がない。
わざわざ3mくらい離れながら、オレたちはオレたちの家に向かって歩く。
帰宅後も、目を合わせず言葉を交わしもしない。
下手に話せば殴り合いの第2ラウンド開始のゴングが鳴ってしまうかもしれないからだ。
そうして各々、干渉せずに好きに過ごして数時間。
キッチンから漂う匂いにつられて、オレは時計を見上げた。
夕食の時間だった。
オレは無言でテーブルにつく。
キッチンでがちゃがちゃとなにかをしていたアイツが、やがて皿二つを持ってテーブルに近寄ってきた。
置かれた皿にはオムライスがのっていた。
再びキッチンに戻ったアーチャーが、今度はオニオンスープとサラダを持ってきて、オレの前に置いた。
声は出さない。けれど一度手を合わせて、それからオムライスにスプーンを入れた。
僅かに塩気の効いたふわっとした卵と、ちょうどよい酸味のトマトソース、そしてしっかりとした味のチキンライスが絶妙なバランスで口内でハーモニーを奏でる。
文句なしの出来栄えだ。
ーー言っておくが、オレは今も奴にはムカついている。
しかし、アーチャーの飯がとても美味いのは今日も変わらず。
そして、それを食べないという選択肢は、もうオレの中には存在しないのだ。
end
好きです……